第143話 町外旅行
二日後……
「お嬢ちゃん、ここで回復水が買えると聞いたんだけど……」
「はい、一本1リットル10ギルになります!」
「それじゃあ、一本貰おうかね」
「ありがとうございます!」
ターニャが元気な声を出して、回復水を売りまくっている。
無料配布の効果なのか、回復水だけを買いにやってくるお年寄りが増えた。
回復薬を飲むと、足腰の痛みが和らぐという噂が広がっている。
あとは子供店員だから、お年寄りには多少の孫効果があるのかもしれない。
お小遣いをあげる感覚で買い物に来ているのだろう。俺の読み通りだ。
まあ、それに間違いなく痛みは消えているはずだ。
一週間も飲み続ければ、杖無しで買い物に来れるようになるかもしれない。
回復水を作り続けたお陰で、薬品製造がLV5、回復水がLV3になった。
回復効果が向上している。このまま続ければ回復水LV4も夢ではない。
「社長、お客さんが増えてきたから、そろそろ人を雇った方がいいですよ」
「大丈夫大丈夫。ある程度人気が出たら、委託販売するから問題ない」
ターニャが店内奥の在庫置き場に回復水を取りに来た。
そのついでに、回復水を作っている俺に言ってきた。
大量注文がいつ来てもいいように、在庫を大量に用意している。
「いたくはんばい? 何ですか、それ?」
「簡単に言えば、俺が作って、売るのは別の人に任せるという事だ」
「んっ? 今と同じですよね?」
七歳の子供には、まだ委託販売は早かったようだ。首を傾げている。
作業をやめて、魚が描かれている十ギル銅貨を使って説明する事にした。
「そうだがそうじゃない。問題だ。10ギルで買った回復水を20ギルで売りたい人間と、20ギルで買った回復水を40ギルで売りたい人間がいる。お前はどちらの人間に売りたい?」
「えーっと、20ギルです」
「正解だ。回復水の商品価値が上がれば、そういう人間がやってくる。そういう人間に売るんだ」
「じゃあ、ここで40ギルで売った方がいいんじゃないですか? 私の仕事がなくなります」
そこも問題ない。手当たり次第に委託販売した後、しばらくしたら売らないようにする。
委託販売は撒き餌だ。勝手に遠くの町まで宣伝してくれる。
100ギルぐらいまで値段が吊り上がったところで、良心的な俺が10ギルでまた販売再開する。
委託販売業者の好感度は激下がり、俺の好感度は激上がりだ。
「じゃあ、もっとお客さんが増えるじゃないですか! 人を雇ってくださいよぉー!」
「……」
おかしいな。最初の話に戻ってないか?
丁寧に委託販売と委託販売後の予定を話したのに、人を雇う話に戻っている。
仕方ないから貯金箱でも置いて、ターニャには客が金を入れているか見張らせよう。
それなら一人で出来るだろう。
♢
翌朝……
「隊長、Aランクダンジョンに行ってきます。しばらく帰ってきません」
「んっ? いやいや、急に何言ってるんだ?」
品質が悪い回復水LV2を庭に撒いていると、旅支度をしたメルがやって来た。
背中に膨らんだ鞄を背負い、武器に炎竜黒剣と弓矢を持っている。
「急じゃないです。何度も言っているのに連れていってくれないから、自分で行く事にしたんです」
「やめておけ。絶対に迷子になるだけだ」
「大丈夫です。馬車に乗せてもらいます。お金もあります」
どこから自信が湧いてくるのか分からないが、そのお金を盗まれたら終わりだ。
子供とはいえ、女の一人旅なんて認められるわけない。
「駄目だ。治療薬は研究中だから、大人しく待っていろ」
「この回復水ですか? 全然効かないです。作るなら睡眠薬を作ってください」
メルは子供みたいに頬を膨らませて拗ねている。
我儘を言えば、俺が連れていくと思っているようだ。
岩箱の回復水を一本取ると、勝手に飲んで、地面に叩きつけて文句を言った。
ご近所さんに聞かれたらどうするつもりだ。
「睡眠薬もLV7になったら作る。何事も準備が必要なんだ。今は我慢しろ」
「嫌です。ジャンヌお姉ちゃんを探すから大丈夫です。お世話になりました」
「くっ!」
聞く耳を持たないにも程がある。なんて恩知らずな子供なんだ。
誰のお陰でそこまで大きくなったのか分かってない。
適当に頭を下げると、どこに行くか分からないが歩き出した。
「分かった。分かったから待て!」
「うぐっ、何ですか?」
追いかけると背中の鞄を掴んで引き止めた。
どこかの町で問題を起こして、俺の名前を出されたら呼び出されてしまう。
「Aランクダンジョンまで送ってやる。準備するからちょっと待っていろ」
「……じゃあ、五秒待ちます」
「この‼︎」
「何ですか? 殴るんですか?」
駄目だ。ご近所さんが見ているかもしれない。
どんなに生意気でも、拳も平手も蹴りも駄目だ。
振り上げた右手を回復水が入っている岩箱に向けた。
「そ、その水を庭に撒いてくれ。その間に支度する」
「分かりました。すぐに終わらせます。死ね死ね死ね‼︎」
「なっ⁉︎」
俺の言う事を素直に聞いているが、方法が恐ろしく反抗的だ。
剣で岩箱を攻撃し始めた。子供の我儘を舐めていた。
殺される前に準備しよう。
♢
地図、方位盤、お金、着替え、神器の腕輪、剣四本を家から持ってきた。
これだけあれば何とかなる。庭に黒岩の小船を作って、メルと乗り込んだ。
小船を空に浮かべて、街道を進んでいけば、Aランクダンジョンに着ける。
「12時間もあれば着くからな」
「そんなに早く着けるなら、何で行かないんですか?」
清々しい青空の下、小船を操縦しながら、後ろの乗客に到着予定時間を教えた。
往復一日もあれば、回復水を14000本も作れるのに困った奴だ。
文句があるなら、馬車で一ヶ月の旅に出掛ければいい。
「忙しいからに決まっている。それに期待して行っても、簡単に治療方法は見つからないぞ」
「行かなきゃ分からないです。早く連れていってください!」
「はいはい。探している姉貴もいないかもな。ブラブラと旅行するのが趣味だから」
乗客の苦情が止まらない。
タダで連れていく俺への感謝の気持ちが足りない。
俺みたいにしっかり計画しないと失敗するのに、それが子供だから分かってない。
まあ、俺は失敗しないから大丈夫だ。
今回の真の目的はAランクダンジョンではない。
回復水の販売店舗を増やす目的がある。
あっちでは一本百ギルで販売する。
人件費を考えると、それぐらいで売らないと店を維持できない。
短時間で店員、店、商品を用意するのは至難の技だが、俺なら出来る。
いざという時は俺一人で移動販売すればいい。
むしろ移動販売でいいかもしれない。
今度、近場の町でやってみるとしよう。
一時間半後……
「あっ、隊長。あそこが私が住んでいた町です」
「へぇー、意外と近くの町だったんだな……よし、お前の両親を殴りに行くぞ」
左前方に見える町を指差して、メルが教えてきた。俺もやる時はやる男だ。
ここは少し寄り道して、コイツの両親を一緒にボコボコにしてやろう。
お前達の育て方が悪いから、我儘に育って俺が苦労している
「あっ、いいです。今は塀の中にいるので……」
「確かにそれはマズイな。塀の中の人間を襲うのはいいが、塀と兵を襲うのはマズイ。出た後にやるか」
町に急降下しようと思ったが、俺は状況判断が出来る男だ。進路を街道に戻した。
町に友達がいるとか、兄弟がいるのか聞きたいが、暗そうな話は聞きたくない。
十時間後……
暗い地上に目的地の街の灯りが見えてきた。
食事も寝る必要もないから、宿屋ではなく、ダンジョンの入り口を探そう。
小船を降下させていき、商店が多そうな場所で降りた。
「おい、空から船が降りてきたぞ。飛行船の小型化が成功したみたいだな」
「それにしては音が静かすぎる。動力が見当たらないから別物だろう」
街の住民達の視線が集まっているが、目立った方が移動販売が成功しやすい。
販売する時は岩でミノタウロスではなく、ミニタウロスになって接客してやるか。
子供も大人も喜ぶだろう。