第141話 間話:メル
「全然眠れない……」
布団に入って寝ようとするのに、眠気がやってこない。
家に帰ってきたのに、もう何日も眠れていない。
隊長にゾンビにされた所為だ。お腹も空かないし、疲れもしない。
ご飯を食べるのは、習慣で食べないと落ち着かないからだ。
「うぅぅ、人間に戻りたい」
ゾンビ魔人の治療方法はないから、自分で調べるしかないらしい。
隊長はAランクダンジョンに行く準備で忙しいからと言って、全然調べてくれない。
多分、暇でも調べるつもりはないと思う。24時間働けると喜んでいる。
最近は二日に一回帰ってきて、ミノタウロスの角を使った高級包丁を大量に作っている。
赤い魔石とBランク素材を使うと、武器製造のアビリティLVが早く上がるそうだ。
家の庭に黒岩でお店まで作って、一本五千ギルで販売している。
店員には私の替え玉のターニャちゃんを雇っている。
店員が子供の方が売り上げが良いそうだ。やり口が汚い。
「私もダンジョンに行こうかな?」
隊長がAランクダンジョンなら、治療方法があるかもしれないと言っていた。
このまま眠れない日々をイライラ過ごすよりは、そっちの方が良いと思う。
というよりも、普通の人は正気じゃいられない。隊長が異常なのだ。
翌朝……
「おば様、おはようございます」
「はい、おはよう。今日もダンジョンに行くのかい?」
「はい、ちょっとだけ」
弓矢と剣を持って部屋を出ると、台所にいたおば様に外出する事を伝えた。
「子供なんだから遊んでいてもいいんだよ」
こんな大きな子供と遊んでくれる子供はいない。
近所の人達には隊長の従妹という事にされている。
見た目年齢は十五歳もある。一気に老けてしまった。隊長の所為だ。
「そういうわけにはいかないです。お昼ご飯は外で食べてきます」
「はいはい、怪我しないように気をつけるんだよ」
「はぁーい!」
同じぐらいの身長になったおば様に許可をもらうと、家から庭のお店を目指した。
隊長には生活費は自分で稼ぐように言われている。
私はすでに百人前らしいから、もう子供じゃないから世話しないそうだ。
意味が分からないけど、分かったら終わりだと思って諦めている。
「おはよう。隊長いる?」
縦横六メートル程の店内に入ると、カウンターで暇そうにしているターニャちゃんに聞いた。
今日は雷蛇の皮で作った黄と黒の水玉服を着ている。
品揃えがミノタウロスの白包丁と革服だけだから、お客さんが全然いない。
もしくは隊長のお店だから人気がない。
「はい、新商品の開発中です。奥にいますよ」
「じゃあ、お邪魔するね」
品揃えも悪く、内装も黒岩一色の地味な店内を通り抜けて、二階建ての作業場に入った。
床に置かれた大量の岩箱の中に、赤い魔石や角や皮が入っている。
隊長は二階の方で作業中のようだ。階段を上っていくと、山積みの包丁と隊長が見えた。
「隊長、Aランクダンジョンには、いつ行くんですか?」
「んっ? いつかは行くが今ではないな。ほら、新商品の開発に成功したぞ! 今量産中だ」
「そうですか……」
出発予定日を聞いてみたけど、まだ決めてないようだ。
黒光りする刃に赤い鱗の刀身の片刃剣を、自信満々で見せてきた。
白包丁のように山積みになってないから、数時間前に作り始めたみたいだ。
一本だけ手に取ってみた。
【炎竜黒剣:長剣ランクX】——刀身に炎属性を有する。
【使用素材:極地魔法の黒剣、炎竜の牙、炎竜の鱗、赤魔石】
【必要アビリティ:極地魔法LV8、炎魔法LV2、武器製造LV4】
「……」
凄そうな剣なのは分かったけど、私が驚いたのは武器製造がLV4になっている事だ。
ミノタウロス包丁はLV2で作っていた。多分一秒も休まずに包丁を作り続けている。
ここまで来るとただの馬鹿です。
「隊長は眠れなくても平気なんですか? 私は眠れないのはキツイです」
「慣れれば平気になる。そんなに眠りたいなら、強力な睡眠薬でも作るんだな」
「睡眠薬ですか?」
「ああ、ウッドエルフの睡眠矢を凝縮すれば作れるかもな」
睡眠不足を隊長に相談すると、睡眠薬を作ればいいと教えてくれた。
出来ればAランクダンジョンに連れて行ってほしいけど、武器作りに飽きるまで無理そうだ。
素材回収に付いていって、自分で睡眠薬を作るしかない。
♢
地下40階……
冷んやりと涼しい円形闘技場に到着した。凍ったミノタウロスの中に氷竜がいる。
隊長が苦労して使役して、ミノタウロス狩りを任せているそうだ。
アレンさんやブレルさんのように利用されるだけ利用されて、捨てられる可哀想な存在だ。
「メル! ボッとしてないで、さっさと回収しろ。遊びに来たんじゃないぞぉー!」
「……」
客席の魔石を回収している隊長が注意してきた。魔石だけでも五千個はありそうだ。
大量の魔石を何度も持ち込んだ結果、最近、換金所を出入り禁止になったそうだ。
「赤毛ジジイめ! この俺を敵に回した事を後悔させてやる!」と言っていた。
多分、換金所で隊長が半笑いで言った、「この町に俺以外の冒険者いる?」が原因だと思う。
完全に調子に乗っているし、町の冒険者を全員敵に回してしまった。
だから、お店にも人が来ない。このままだと私も出禁になるかもしれない。
「さて、帰るぞ」
「まだ何も終わってないです」
魔石と素材の回収を終わらせると、普通に帰ろうとする隊長を引き止めた。
ただで魔石拾いは手伝わない。予定通りに睡眠薬作りを手伝ってもらう。
「強力過ぎると売れないし、薬品系は販売の許可を取るのが難しいんだよなぁー」
小船で45階を目指す隊長は、売れない物には興味はないようだ。
私も毒矢から毒薬を作るつもりはない。
「自分用だから大丈夫です。他の人には使わないです」
「それならいいけど、使う前に生物実験はした方がいいぞ。20階のゾンビで試してみるんだな」
出来れば隊長に協力してほしい。ゾンビだと効いているのか分からない。
そもそも私の薬品製造LV7は、無理矢理に進化させられた結果だ。
隊長が責任を持って、協力するのが常識だと思う。
「炎、氷、雷の三属性の剣を作った後は、竜鱗と蛇皮で属性防具を作ろうと思っている。コイツは絶対に売れるぞ。間違いない」
「そうなるといいですね」
隊長の新商品アイデアを聞かされながら、やっと45階に到着した。
絶対に売れないと思う。新商品じゃなくて、盗作商品です。
「ああ、疲れた。一匹捕まえて使役して、睡眠矢だけ出させるか」
「青い宝箱があるみたいですけど、どうしますか?」
宝箱の数は八個あるから、青い宝箱も復活しているみたいだ。
絶対疲れてないだろう隊長に報告した。
「そうだな。矢を出させる間に見つけるか。魔術の指輪なら試したい事があるからな」
「分かりました。一番近くのモンスターはあっちで、宝箱はあっちです」
「じゃあ、宝箱の方を案内してくれ。モンスターは後でもいい」
「はぁーい」
やっぱり睡眠薬作りは後回しみたいだ。
隊長の優先度は私よりも自分で固定されている。宝箱を指差した方に真っ直ぐに歩き出した。
仕方ないので、私も綺麗な花が咲き乱れる森を宝箱を目指して歩き出した。
「植物系は使役するのに時間がかかるんだよな」
岩塊で拘束したウッドエルフを岩箱に押し込むと、隊長は腕を切って、岩箱を血で満たしていく。
『何十リットル出るんだよ』と突っ込みたいけど、そこまで興味がないから無視しよう。
岩箱の蓋を閉めると、あとは数時間後に使役完了らしい。隊長の汚い血で溺れるなんて可哀想だ。
「この辺にあります」
ウッドエルフの血漬けが完成する前に、宝箱を全部見つける事になった。
パパッと案内して、パパッと隊長が見つけて、魔力で操るスコップで地面を掘っていく。
もう自分の手で掘るつもりはないようだ。堕落した悪い大人の見本が目の前にいる。
「おっ、当たりだ!」
「良かったですね。早く睡眠矢を集めて帰りましょう」
五個目で青い宝箱が見つかった。中身は隊長が欲しかった魔術の指輪だった。
今度は隊長が私を手伝う番だ。だけど、私の考えは甘かった。
「何言ってるんだ? 試したい事があると言っただろ。ウッドエルフの魔石が二百五十個必要になった。さあ、集めるぞ」
「……」
二度と隊長の手伝いはしないと決めた。
炎竜黒剣を渡された。これの試し斬りも必要らしい。
予備で二本あると思ったのに、私に最初から使わせる為に用意したみたいだ。
結局、家に帰れたのは、追加で21階のブルータートルを二百五十体倒した後だった。