第130話 人質交渉
「口程にもなかったな」
両足の下に岩板を作ると空中に浮かせた。巨大な岩塊が地上に激突した。
俺の身体を拘束していた鎖が抜け落ちたから、最低でも気絶ぐらいはしている。
声も出さずに弾丸は耐え切れない。
「さてと、空中戦と地上戦……どっちなら勝てそうだ?」
お客様のお見送りは済んだので、次のお客様をどうするか考えないといけない。
俺と同じように空中に岩板を作って待っている。多分、ゴーレムはやめた方がいい。
地上に降りたら二対一になるから、空中戦の方が少しマシぐらいだ。
「よし、やるか!」
地上と空中、どちらで戦うか決めると剣を構えて突撃した。
アイツの爆発する弾丸は、接近戦では危なくて使えない。
今の俺の身体の強度ならば、拳や蹴りぐらいは耐え切れる。
「一人なら逃げられるのに戦うか。優しい男だ」
「それはどうも!」
褒められても全然嬉しくない。急停止すると左手から弾丸を連射した。
前回接近戦で負けたのに、懲りずに接近戦を挑む馬鹿はいない。
拳を躱せるギリギリの間合いから攻撃させてもらう。
俺は格闘家ではない。戦士と殴り合いで勝負する魔法使いはいない。
「だが、愚かだ。怒りと優しさは同じものだ。視野を極端に狭くする。時間切れだ」
「んっ?」
速さと威力が格段に上昇した弾丸を避けながら、エストが右下を指差した。
そんな手には騙されないと思いながらも見てしまった。
空中に六つの岩小屋が浮かんでいる。その屋根の上にオルファウスが乗っている。
「六つの小屋に人質を分けて入れている。俺を殺せば落下する。俺の魔力が切れると落下する。俺の気分次第でも落下する。腕輪はどこにある?」
「何度聞いても答えは同じだ。殺したければ殺せ。どうせ殺すつもりだろう?」
また、懲りずに脅迫してきた。
剣で刺し殺そうが、手足を引き千切って殺そうが、殺す事には変わらない。
目の前でどんな残虐な方法で殺そうと、俺の答えは変わらない。
「ああ、その通りだ。だが人間の考えは変わる。切っ掛けが一つあるだけでな。一つ試してやろう」
「なっ⁉︎ くそ!」
嫌な予感は当たるようだ。小屋の一つが地上に落ち始めた。
身体が反射的に動いてしまったから、今更間違えましたは通用しない。
急降下して小屋を追いかける。
「ハハッ! 重たいから気をつけるんだぞ。エス、軽くしてやれ」
「巫山戯やがって! なっ⁉︎」
俺が作った岩小屋だから、接近すれば操る事は出来る。
出来るはずだったが、エストが小屋を狙って太い黒針を撃ってきた。
姉貴にどんな恨みがあるのか知らないが、流石にやり過ぎだ。
黒針の射線に立ち塞がると、岩壁を作り出した。
「ぐはぁっ!」
爆発の強い衝撃が岩壁を粉々に砕いて、俺を岩小屋に吹き飛ばした。
頑丈な小屋の壁に背中を強打したが、流石は俺が作った小屋だと褒めてやろう。
小屋の方は無傷だ。魔力を流して、ゆっくりと小屋を地面に降ろした。
「さっさと出、なっ⁉︎ 誰もいないだと⁉︎」
小屋の扉を急いで開けて、人質を逃そうとしたのに、小屋の中には誰もいなかった。
確かに分けて入れていると言っていたが、敵の言葉を信じる馬鹿はいない。
「今のはお試しだ。もう一度だけチャンスをやる。次は二個落とす。腕輪はどこにある?」
「こんな事をしてタダで済むと思っているのか? 俺がギルドに話せば、お前達の人生は終わりだぞ!」
空からオルファウスの声が降ってきた。
空を見上げて、今度は俺が脅し返した。
「心配するな。モンスターの話なんて誰も信じない。俺が殺人モンスターに襲われたと証言してやる」
「知らないようだから教えてやる。死人は喋れない。見逃してやるから、さっさと消え失せろ!」
「ククッ。その強気がどこまで続くのか見てみたいが、残り二十秒だけやる。お前だけは見逃してやる。それならいいだろう?」
コイツは駄目だ。最初から交渉するつもりがない。
どちらかが全滅するまで殺し合いがしたいなら、付き合うしかない。
宙に浮いている五つの岩小屋に識別眼を使って確認した。
四つの小屋には誰も入っていない。一つの小屋に全員が詰め込まれている。
「あの大嘘吐きが……」
人質がいる小屋が分かった。でも、どうする事も出来ない。
下手に助けようと近づけば、一人ずつ殺そうとするだろう。
人質の安全の為には、あの小屋を奪い取って守らないといけない。
「……駄目だな。壊すか」
助ける努力はした。必死に考えた。
でも、無理なものは無理だ。勝利の為には犠牲が必要だ。
左手を人質の入った岩小屋に向けた。
「⁉︎」
そして、瞬間的に放出できる最大魔力で弾丸を撃った。
発射された直径三メートルはある巨大な弾丸が、岩小屋をバラバラに破壊した。
「……何をしている? 何をやったのか分かっているのか⁉︎」
俺の勇気ある決断にオルファウスが動揺しているが、実に簡単な事だ。
助けられないなら助けなければいい。死人は生き返らない。
人質になった瞬間にアイツらの命は終わっている。
空から岩に拘束された人質が落ちてくるが、あれは全部死体だ。
「次はお前の番だ」
「くっ!」
邪魔者は消えた。これで正々堂々と殺し合いが出来る。
空中に並ぶオルファウスとエストの二人に弾丸を発射した。
「生け捕りは中止でいいな。今度こそ殺す」
「ああ、殺れ! ジャンヌと同じで言葉が通用しない!」
弾丸の雨を躱しながら、エストが一直線に地上に降りてきた。
狙って撃っているのに簡単に避けられている。
「チッ。予知でもしているのかよ!」
当たらない弾丸に頼るのをやめた。魔力を暴走させて石火状態で倒すしかない。
体内の魔力を圧縮して燃やしていく。身体が燃えるように熱くなっていく。
けれども、身体に燃えるヒビ割れが発生しない。
魔力耐性がLVアップしたからだろうか。
理由は分からないが、これなら10分程度は戦えそうだ。
邪魔な足元の岩板を踏み砕くと、自分の足を地面に着けた。
今なら自分の足で動いた方が断然速い。
「今日でお前の時代は終わりだ」
全身に力を込めると、弾丸を上回る速度で突進して、首目掛けて剣を振り抜いた。
「ぐぅぅ!」
左上から右に振り抜いた銀色の刃が、エストの両腕に受け止められた。
常人なら両腕が切断される一撃を地面に踏み止まって、さらに左足で俺の右腹を蹴り上げてきた。
「がはっ……!」
「死ね」
そして、少しよろけた俺の顔面に、容赦なく右拳を振り抜いてきた。
流石にそれは早すぎる。顔だけ強引に横に動かして躱すと、代わりに左足を腹に叩き込んだ。
「ぐぅ……!」
「ハァッ!」
俺は最後の言葉を言うつもりはない。右手の剣を左肩を狙って振り下ろした。
けれども、左腕一本で受け止められると、そのまま流れるように右拳を腹に叩き込んできた。
無理矢理に口から空気を吐き出される。どうやら、やられたらやり返すタイプらしい。
「くそ……」
少し下がって、エストの両腕を見た。血が流れているから完全には防げていない。
攻撃は間違いなく効いている。だったら、攻撃を続けるしかない。
だけど、二対一は無理に決まっている。オルファウスが赤い剣を抜いて、地上に降りてきた。
「駄目だ、遠距離は効かない。直接身体にぶち込んで破壊する」
「見れば分かる。大丈夫なのか? 予想以上に速い」
「お前が負ければ、次は俺だ。どちらかの一撃を決めて終わらせる」
「確かに長期戦は不利か……」
話し合いが終わったようだ。ここから50階に逃げるという手もあるが、それは出来ない。
まさか、空から落ちた程度で全員が死ぬような雑魚じゃないだろう。
誰でもいいから、岩の拘束ぐらい自力で壊して助けに来い。