第127話 死刑台
「その程度の力で驚くとは大した事ないか……だが、力に慣れさせると厄介になるやもしれんな」
竜人が俺を小馬鹿にした後に、理由は分からないが、開かずの扉が開いた。
大量の水が氷塊と一緒に扉の外に流れ出ていく。
「ぐぐぐっ!」
「ぐおおおおー!」
俺は流されないように踏ん張っているのに、オヤジ達が流されているようだ。
野太い声が聞こえてきた。だらしないヤツらだが、水に汚物認定されたのだろう。
「……これは何のつもりだ?」
数分で部屋の水が扉から吐き出された。扉の所を砕けた氷塊が塞いでいる。
天井から流れ落ちていた大量の水が止まっている。
濡れた床に立っているのは、俺と竜人だけしかいない。
「簡単な事だ。お前達を閉じ込め、痛ぶる為に使っていた力を、お前を殺す為だけに使ってやる」
「へぇー……」
竜人が右腕を鋭く振り回して、直径120センチはある白い柱に、三本の炎の刃を飛ばした。
横向きの炎の刃が当たると、白い柱はその部分が溶け落ちた。
本当に手加減していたようだが、謹んで辞退させてもらう。
もちろん、それが通用しない事は分かっている。
そして、俺の進化は終わっている。
さっきの弾丸の威力は、いつもの二倍以上は軽く出ていた。
普通なら水に抵抗されて、勢いと威力はどんどん削られて停止していた。
額から水滴を拭うフリをして、進化後の状態をチラ見させてもらおう。
【名前:カナン 年齢:20歳 性別:男 種族:魔人 称号:ダンジョン主候補、蠱毒の王候補 身長:178センチ 体重:64キロ】
ヒューン‼︎
「くそ!」
ゆっくりチラ見もさせてくれないらしい。飛んできた炎の刃を慌てて回避した。
竜人は左右の腕をデタラメに振り回して、無数の炎の刃を飛ばしてくる。
頭に当たれば即死で、溶け落ちた部分は簡単には治らない。
だが、良い情報が見れた。進化素材と移動可能階層の部分が消えていた。
進化はもう出来ないが、これで自由に外に出られそうだ。
あとはコイツを倒して出るか、倒さずに出るかだ。
「厄介だな……」
炎の刃に混じって、炎の剣が飛んできた。
十八本の炎の剣がロビンの矢のように、俺を追いかけてくる。
しかも、弾丸で撃ち落とそうとしたら避けやがった。
俺の弾丸も当たるように動いてほしい。
「待てよ? 出来るんじゃないのか?」
エストは発射した黒針を直角に二回も曲げていた。
進化後の俺ならば同じ事も出来るかもしれない。いや、出来ない方がおかしい。
右手には銀剣を持っているから、左手だけでやってみよう。
走りながら素早く後方を振り返って停止すると、左手から高速の弾丸を八連射した。
「曲がれ!」
俺に向かってくる炎の刃と剣を睨みつけて、発射した弾丸達に曲がれと念じた。
すると、弾丸と正面衝突した刃が砕けて、弾丸を躱した剣が普通に飛んできた。
「……」
なるほど。離れ過ぎると俺の不屈の意思のように、弾丸は真っ直ぐにしか飛ばないらしい。
二度とやらないように心に誓うと、身体の正面に素早く岩壁二枚を作り出した。
「ぐぐぐっ!」
すぐに大量の刃と剣が岩壁を切り溶かし、突き溶かし始めた。
両手を前に突き出して、岩壁を赤く溶かして突き抜けようとする、炎の剣を岩壁で押さえ込む。
「無理だな」
このまま岩壁を修復し続けるよりは、炎の剣を壊した方が早い。
二枚の岩壁を左右別方向に動かして、剣を真っ二つにへし折った。
これで新しい炎の剣が飛んでくるだけだ。
「よし、防御は完璧だ」
上手い一時凌ぎの方法を見つけたが、これで勝てるわけがない。
あっちも体力と魔力がほぼ無限なら、勝負は長期戦になってしまう。
予想通りに新しい炎の剣が刃と一緒に飛んできた。
「チッ。調子に乗りやがって」
そろそろ反撃した方がいい。逃げ回りながら進化後の変化は把握した。
強度、威力、速さは格段に上がっている。近場なら操作性も良くなっている。
そして、最近地魔法使い一位と修業したばかりだ。
手足を失うほどの過酷な修業で盗んだ技を、全て使わせてもらう。
まずは地を這う背鰭の刃は四角い板でやってみたが、あれは脆すぎて使い物にならない。
爆発する弾丸と針は出来そうな気がしない。
出来るのは空中に足場を作るのと、両手足を刃のようにして相手を切断する技だけだ。
だが、二つ使えれば問題ない。
身体の正面に四枚重ねの岩壁を作ると、両足の下に正方形の岩塊を作った。
次に両足の岩塊を発射して、竜人に向かって自分を撃ち飛ばした。
「よし、飛べるな。一位の技でバラバラにしてやるよ」
この俺にご主人様と呼ばせて、頭を下げさせた事を後悔させてやる。
岩壁を炎の刃と剣が破壊しようとするが、刃と違い剣は十八本以上は出せないようだ。
このまま岩壁に突き刺したまま拘束すれば、次は出せない。
お前の技は防御中に全て見切った。もう俺には通用しない。
「硬さだけは我よりも上か。だが、所詮は下等生物だ!」
「予想済みだ」
「ぬっ!」
竜人は岩壁を真上に避けると、俺の頭上から炎の刃を飛ばしてきた。
岩壁の後ろ二枚を素早く俺の頭上に移動させて、降り注ぐ刃を防いだ。
真っ直ぐに突っ込んでいけば、当然回避されるのは分かっている。
こっちは回避される前提で動いている。
そして、岩壁で俺の姿を見えなくしてから攻撃開始だ。
竜人の周囲を囲むように、岩壁一枚を20センチ程の正方形の岩塊に変えて、空中にバラ撒き固定した。
次はこれを足場に接近戦で、デカイ翼を切断して、飛べない身体に変えてやる。
「何のつもりだ? 板に乗っていたが速く動けていたぞ」
「俺もそう思う!」
岩壁から真横に飛び出すと、空中の足場を素早く飛び移って、竜人に接近する。
空中の岩塊を飛び移る俺に対して、竜人は両腕や尻尾を振り回して攻撃してくる。
その攻撃を回避しながら、新しい足場を空中に作り続ける。
確かに足元に岩板を作って飛んだ方が速く動ける。
だが、これは足場ではない。これは流星群だ。
俺も足場だと思って油断したところをやられた。
「俺の前に跪け」
「何だと?」
準備完了だ。さあ、下等生物よ。身の程を知れ。
流星の雨に打たれて地べたを這いずり回れ。
これが力だ。俺の前に立ち塞がった事を死して後悔せよ。
流星の嵐『ミーティアストーム』‼︎
「ぐっ‼︎」
心の中で熱い勝利宣言を唱えると、竜人を囲む数百の弾丸が一斉に襲い掛かった。
その回避不能の攻撃を竜人は巨大な翼を折り畳んで、身体を包んで防御しようとしている。
「ぐがあああッッ‼︎」
だが、無駄だ。竜人の全身を四角い弾丸の角が強打していく。
紫色の身体を黒い岩塊に埋め尽くされて、黒に塗り潰されていく。
銀剣を左腰に構えると、両足を乗せた足場を竜人に向けて発射した。
「切り裂け‼︎」
そして、目の前に迫ってくる竜人の折り畳まれた翼を狙って、銀剣を薙ぎ払った。
ギィーン‼︎
「ぐがああ‼︎」
「くっ、硬いな!」
紙のように簡単に切れると思ったのに、分厚い丸太を切ったような手応えだった。
やはり剣の性能が俺の実力に釣り合っていないが、目的の一つは達成した。
両翼を切り裂かれた竜人を、岩塊で埋め尽くしたまま濡れた床に落下させた。
「うぐっ、許さぬ、許さぬ、許さぬぞぉー‼︎ この腐りかけの死に損ないがぁー‼︎」
「それはこっちの台詞だ。今のは結界に俺を閉じ込めた分。次は小便臭い水に入らせた分だ」
竜人を追って床に降りると、倒れたまま絶叫している奴に弾丸を次々に発射していく。
これは攻撃用ではなく、拘束用だ。次は手足を一本ずつ切断する。
コイツの場合は俺と違って翼があるから一手間かかる。
だが、コイツは生け捕りにする必要がない。首一本で終わるから超お手軽だ。
「死ねぇー‼︎」
「グガアアアアッッ‼︎」
「——ッ‼︎」
頭を滅多刺しにしようと岩板で飛んでいくと、口から炎を吐き出してきた。
慌てて立ち止まると、今度は身体の岩塊を溶かし始めた。
もちろん、身体の拘束を溶かされるのを黙って見ているつもりはない。
炎を吐き出す顔面を狙って、左手から岩杭を連続で発射した。
「舐めるな‼︎」
だが、直径30センチ程の炎の塊を口から次々に発射してきた。
炎の塊が岩杭を破壊して、俺に向かって飛んでくる。
「この野朗! 大人しく死ねよぉー‼︎」
ここから体勢を立て直されると非常にマズイ。同じ奇襲攻撃が成功するとは思えない。
背中から氷剣を抜いて左手に持って、右手の銀剣と交差させると、足元の岩板を全力で飛ばした。
炎の塊を避けて突撃していくと、すぐに攻撃が氷の息に切り替わった。
正面に岩壁の盾を作って、氷の息を防いで進んでいく。
全身を岩で軽く覆って、特に手足は分厚く覆う。
これで多少は防げるようになった。
「丸焼きはどうした‼︎ 約束が違うぞ‼︎」
攻撃の間合いに入ると、岩板から飛び上がって、倒れている竜人の顔を空中から見下ろした。
そして、交差させた二本の剣の中心に左足を乗せると、そのまま首を狙って急降下した。
「愚か者め」
空から落ちてくる俺を見て、竜人は軽く笑うと氷の息を吐き出した。
悪いがそこまで予想済みだ。
俺と一緒に突撃した岩壁を横倒しにして、竜人の目の前で停止させた。
「ガアアアアッッ⁉︎」
吐き出される氷の息が岩壁に防がれる。
お前にとって相当邪魔だろうが、俺にとっても邪魔なのは一緒だ。
すぐに退かすから、これでも食らえ。
「‼︎」
竜人の顔から岩壁が消えると、代わりに俺が現れた。
氷の息を身体に浴びながら、交差させた刃を竜人の太い首に食い込ませた。
左足と両腕に力を入れて、さらに深く食い込ませていく。
「ク、ククッ、我の首を切れると——」
「この程度の剣じゃ切れないんだよな?」
「貴様……何をするつもりだ?」
何か喋ろうとしていたが、とっくの昔にお喋りの時間は終わっている。
微笑みながら、床に着けている右足で、竜人の首の後ろの床に魔力を集めていく。
そして、叫ぶと同時に魔力を爆発させて、首の後ろに岩柱を勢いよく迫り上げた。
「知ってるよぉー‼︎」
ドガァン‼︎
「ぐぎゃああああ‼︎ やめろ、やめろ、やめろぉー‼︎」
左足を押し上げようと、迫り上がる岩柱を左足で力一杯踏み付ける。
交差した刃に、岩柱に押された竜人の首が食い込んでいく。
お前はとっくに死刑台の上に寝転んでいる。さっさと首を撥ねられろ。
ガギィン‼︎
「——ッ‼︎」
「やああああッッ‼︎」
交差した剣の刃に石柱が激突した瞬間、勝利の雄叫びを上げた。
死刑完了だ。