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第126話 時間稼ぎ

「はぁっ⁉︎」


 氷の大地の揺れが収まったと思ったら、それは起きた。

 氷の大地全体が何の危険も感じさせずに、上空に向かってブッ飛んできた。

 縦150メートル以上、横80メートル以上、厚さ7メートル強は絶対駄目だ。


「ぐっ、バリアを使う! 耐えろ!」


 氷の大地と一緒に飛んでくる坊主頭が叫んでいるが、それは無理に決まっている。

 出来るのは、頭の先から天井に激突しないように、仰向けになるか、うつ伏せになるかぐらいだ。


「ガイ、寝転べ! 出来るだけ防ぐ!」

「頼む!」


 背中から炎剣を抜くと、うつ伏せに寝転んで身体の正面に構えた。

 次に岩板に寝転んだガイと俺の身体を、急いで岩塊で分厚く覆い尽くしていく。

 あとは数秒後の衝撃に、身体が耐えられると信じるしかない。


 ドガァン‼︎


「ぐがぁぁ‼︎」


 打ち上がってきた氷の大地は一切止まる事なく、四角い岩塊に守られた俺達を容赦なく破壊した。

 丸型の天井に背中から激しく激突して、意識を吹き飛ばそうとするが、俺は気絶する事も寝る事も出来ない。

 ただ氷の勢いが止まるのを待つか、俺が潰れて死ぬか待つだけだ。


「ゔがああッッ‼︎」


 だが、そんなつもりはない。俺は待ち合わせ時間を過ぎたら待たない男だ。

 両手で構えた炎剣に魔力を注ぎ込んで、押し潰そうとする氷を溶かしていく。

 押し潰させるつもりも、押し潰されるつもりも微塵もない。


「がああッッ‼︎」


 ドガァ‼︎ 数秒間の根比べに勝利したのか、目の前で氷が砕け散った。

 ただ天井に衝突して砕け散っただけかもしれないが、砕けた氷の大地が水面に落ちていく。

 このまま一緒に落ちるつもりはない。岩板を作って気絶しているガイを一緒に乗せた。


「ぐはぁ! ハァ、ハァ……死ぬぞ!」


 何とか助かったが、これは駄目だ。Bランク冒険者が千人集まって勝てるかどうかだ。

 少なくとも地魔法使い一位を三十人、いや、五十人は欲しい。


「しぶといな。まだ何人か動けるか」

「あぁ、最悪だ……」


 こっちは全滅間近なのに、水中から竜人が飛び出してきた。

 空中で周囲を見渡して生き残りを探している。

 水面に落ちて死んだフリをすれば良かった。


「ロビンもやられているのか……」


 水面に氷塊と一緒に浮かんでいるヤツが多いが、水面に立っているのが三人いる。

 ヴァン、クォーク、坊主頭の三人が何とか立っている状態だ。

 天井に激突して、水面に落下したのに、逆に元気な方かもしれない。


「お前もまだ生きていたか。ここまで生き残った褒美をくれてやろう」

「……ありがとうございます。見逃してくれるんですか?」


 わざわざ天井まで竜人が飛んでくると、俺にご褒美をくれるそうだ。

 ろくなご褒美は期待できないが、一応丁寧に聞いてみた。


「いいや、違う。もう一度選ばせてやる。我の僕になれ。お前の力は見えている。その眷属使役で死なせなくない者を選べ。そいつらだけは特別に生きる事を許可してやる。慈悲深い我に感謝せよ」


 期待した通りのロクデモない褒美を言ってきた。

 今の眷属使役はLV4だ。進化後にLV5になれば、四人をゾンビとして使役できる。


 ちょうど生きている人間が四人いるなら、コイツらに使ってもいい。

 全滅するよりは生き残って、倒すか逃げるチャンスを待った方がいい。

 最悪、オルファウス達の力を借りてもいい。死ぬよりはマシだ。


「返事はどうした? まさか断るほど愚かではあるまい」

「……もちろんです。ご慈悲を有り難く頂戴させてもらいます」


 俺が黙っていると竜人が再度聞いてきた。

 選びたくはないが、選ばないとどうなるか分かっている。

 岩板に跪いて、額をつけて、感謝のフリを示した。


「そういうと思った。では、まずは使役しない者の首を剣で切り落としてもらおうか。いや、その前に隣の男を殺せ。我の身体を汚そうとした不届き者だ」

「——ッ‼︎」


 形だけの僕になる予定だったが、この腐れ外道は仲間殺しを命令してきた。

 ガイを殺させて、水面に浮いているのを殺させて、最後に扉の前にいるオヤジ達を殺させるつもりだろう。

 そして、そこまでやっても俺を生かしてくれる保証はない。全員殺させた後に焼き殺しそうだ。


「どうした? 早く殺せ。我の命令が聞けないのか?」

「それは……」


 天井まで残り13メートル。進化はまだ終わらない。

 おそらく十四分は経過しているから、残り六分だけ時間が欲しい。

 命乞いでも何でもいいから、死刑執行を出来るだけ遅らせる。

 生き残りを救出して、ゴーレムに乗って戦えば、態勢を立て直す時間稼ぎは出来るはずだ。


「ご主人様、お願いします! 他の者では駄目でしょうか! 仲間なんです!」

「駄目だ。そいつを殺すか、全員死ぬか、好きな方を選べ」

「うぐっ!」


 この腐れ外道め。この俺が頭を擦り付けて頼んでいるんだから、許すのがご慈悲だろうが。


「早くした方がよいぞ。水は止まらぬ。我が殺すのではない。お前の愚鈍な決断が殺すのだ」

「うぐっ……その必要はない!」

「ガイ……」


 竜人に急かされる中、他に時間稼ぎ方法がないかと探していると、ガイが立ち上がった。

 明らかに槍を支えに立っているだけで限界だ。


「俺がお前を倒す。それで終わりだ」

「クククッ。面白い冗談だ、気が変わった。コイツは殺さなくてもよい。我の爪研ぎに使ってやろう」

「だったら尻でも掻いてもらおうか。さっきの弱すぎる攻撃でちょうど痒かった」

「……人間、冗談が過ぎると笑えぬぞ」


 時間稼ぎになると思ったが、流石に限界だ。ガイを止めないと首が撥ね飛ばされる。

 竜人は最初は笑っていたが、二度目は怒気を含んだ紫色の瞳で睨みつけている。


「ご主人様、少々お待ちください。この無礼者が!」

「ぐがぁ! うわぁぁぁ!」


 素早く立ち上がると、ガイの顔面を殴りつけた。

 殴り飛ばされたガイが、岩板から悲鳴を上げて落ちていく。

 大丈夫だ。下には生き残りの回復術師がいるから、怪我しても治療してもらえる。


「これはどういうつもりだ?」

「こういうつもりです」


 ご主人様が理解力のない馬鹿みたいな質問をしてきたので、右手で左腰の銀剣を抜いて応えた。

 怪我人に戦わせるだけ無駄だ。進化予想時間の残り四分ぐらいは自分で稼ぐ。


「愚かな。我に再び刃を向けるか。真の死を理解しておらぬようだ。お前は何も見つけられず、何も手に入れられず、何も知らずに死んでいく。それは幸福や喜びを知らずに死ぬのと同じだ。つまらぬ人生だったと死して後悔するがよい」

「うるせいなぁー! テメェーを殺せばいいだけだろ! さっさと来い——」


 ブォーン‼︎ 来るのが早すぎる。


「くぅ‼︎ この野朗!」


 俺はつまらない話を最後まで聞いてやったのに、人の話は最後まで聞くつもりはないようだ。

 振り回された細長い尻尾が真横から飛んできた。岩板を急降下させて回避した。


「もう逃げ場もない。死ぬまでの時間を長く苦しむか、短く苦しむかはお前次第だ」


 残り僅かな空中を逃げ回る俺を、竜人の氷炎の刃が追いかけてくる。

 下には浮いている人間がいるから逃げられない。限られた空間を上と横に避け続ける。


「まだ痛むな。まだかよ」


 ヴァン達は坊主頭に回復されているようだが、戦闘復帰はまず無理だ。

 身体の痛みが消えるまで逃げ回るにも限界がある。いっそ水中に逃げた方が良さそうだ。

 急降下して氷塊の隙間に見える水面に突っ込んだ。


 ドボンッ‼︎ 冷たい水が身体の体温と痛みを奪い取っていく。

 これはこれで最高かもしれない。

 水面を見上げても、巨大な影が落ちて来なければ……


「ぐぼぉ!」


 身体を岩で包んで無理矢理に動かし、竜人の突進を緊急回避した。

 空中戦と違って、水中戦の経験はほとんどない。槍魚人と数回戦ったぐらいだ。

 こんな小便臭い水の中で死ぬなんて、つまらない人生ではなくて、最悪の人生だ。

 

【名前:ルティヤ 年齢:1歳半 性別:オス 種族:魔人 称号:ダンジョン主、蠱毒の王 身長:310センチ 体重:480キロ】


「何だ、これは……?」


 水中で襲ってくる竜人の攻撃を躱していると、変なものが見えた。

 水を通して調べるでも発動したのか知らないが、今必要なのは情報ではなく、力だ。

 水を切り裂いて飛んでくる三本の氷の刃に、銀剣を力一杯振り下ろした。


「ハァッ‼︎」


 バキィン‼︎ 刀身が激突した瞬間、横向きに縦に並んで飛んできた氷刃が砕け散った。

 避ける程の攻撃じゃなかった。手加減した攻撃で俺を切り刻んで、痛めつけるつもりだろう。


「それが貴様の本当の力か? 我を倒して新しい主になるつもりか知らんが、一年以上も主を続けた我は、Aランクを超えた存在だ。勝てると思わぬ事だ」

「はい?」


 次の攻撃を警戒していると、水中で仁王立ちしている竜人が、また訳の分からない事を言い始めた。

 今度は言い終わるのを待つつもりはないから、俺から攻撃してやる。

 左手を向けると、魔力を圧縮した弾丸を発射した。


 ドン‼︎


「ぐっ!」


 左手から発射された直径40センチ程の弾丸が、予想以上の速度で水を吹き飛ばして飛んでいく。

 いつもと違う強い手応えに驚いたが、竜人には避けられてしまった。

 だけど、避けられた弾丸が70メートル程先の壁まで飛んでいって激突した。


「な、何だ、これ⁉︎」


 思わず震える左手を見て叫んでしまった。

 地上でもこの飛距離と威力は絶対にあり得ない。

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