第123話 間話:隊長ヴァン
「副隊長、あの腰抜け野郎を行かせて良かったんですか? いないよりはいた方がマシですよ」
「居たら居たらで安心できません。腕輪を手に入れた瞬間に襲ってくる可能性もあります」
「あぁー、確かにやりそうですね。いや、絶対にやりますね!」
駆け上がる階段が茶色の煉瓦の階段から、白い岩階段に変わっても、誰も走る速度を落とさない。
誰よりも早く、五階の開かずの間に到着したいようだ。
「カナンが抜けて戦力は下がったが、最初からいない人間の力を頼る必要はない。俺達だけで伝説を作ろう」
「ハハッ! 伝説とは大袈裟なヤツだな。Aランクは結構いる。まあ、伝説の1ページ目にはなるな。2ページ目に行けるヤツはそうはいないがな」
決戦の前に士気を高めようとしたら、後方のオヤジ達から笑われてしまった。
面白いところがあったか分からないが、笑う余裕があるという事だろう。これなら安心だ。
「大丈夫だ。今までの冒険を語るには最低でも300ページは必要だ。2ページぐらいは余裕だ」
「ガッハハハ! 確かに2ページぐらいなら余裕だな! 俺達も毎日書けそうだ!」
「ヴァン、あなたは喋らない方がいいです。馬鹿真面目なんですから」
楽しく話していると余計な事を言うなと、隣を走るロビンが注意してきた。
余計な事を言ったつもりはない。本なら400ページぐらいは当たり前だ。
俺達の冒険はペラペラの薄い本では語れない。
「馬鹿でも真面目な方がいいだろう。冒険者は口だけのいい加減な奴が多い。一人一人の行動が信頼を築いていくんだ」
「そうですね。だったら、今回の腕輪は辞退しましょう。全員の武器強化が出来るホールド、二つの魔法が使えるクォーク、最後にあなたの順番で腕輪を貰いましょう」
「そうだな。それが良いだろう」
なかなか良い案だ。腕輪が手に入るのは一ヶ月に一個だけだ。
一週間ごとに手に入る宝箱と、モンスター素材で武具を強化しながら、戦力を底上げした方がいい。
一人が強くなるよりも、皆んなが強くなる方が断然いい。
「はぁ……冗談ですよ。くじ引きで公平に決めます。上の人間だけがおいしい思いをしたら、下の反感を買うだけです。常に綺麗なものは存在しません。汚れても綺麗にするから綺麗なんですよ」
「ああ、そうだな」
何を言っているのか分からないが、くじ引きをするようだ。
ロビンの冗談を左に軽く受け流して、五階に到着した。
あとは開かずの間がある中央を目指すだけだ。
「二人とも早く来てくださいよ! 扉が開いてますよ!」
「ちょっと早く来いよ! まだ団体戦が残っているぞ!」
一番に絶大なこだわりがあるのか、扉の前に立っているアレンが手を振って呼んでいる。
隣に立っている赤髪の魔法曲芸士ブレルも、クォーク達を呼んでいる。
個人戦は勝ったみたいだが、団体戦が残っているなら急いだ方がいいな。
歩いている連中を追い越して、四番目に扉の前に到着した。
「隊長、紫色の奴が一匹だけです。これ、絶対に余裕ですよね?」
ニヤニヤ笑って指を差すアレンに言われて、開いている扉の中を覗いてみた。
天井まで伸びる巨大な白い柱、天井と壁には色ガラスを組み合わせて作られたステンドグラス。
床は白色と水色の格子柄、茶色の壁には金色で植物の蔓が装飾されている。
そんな部屋の一番奥に、椅子に座っている紫色の人型モンスターがいる。
椅子までの距離は約二百メートル、大きさはミノタウロスよりも小さいぐらいだ。
後方に伸びた鋭い二本の角、身体よりも大きい濃い紫色の翼、長い尻尾が見える。
纏っている雰囲気は明らかに強者のもので、隠そうともしていない。
俺達に見られていると分かっているのに、余裕があるのか動こうとしない。
「……どうだろうな。部屋の中に入った途端に扉が閉まって、他のモンスターが大量に現れるかもしれん」
「うわぁー、それありそうですね。じゃあ、副隊長に頼みますか。遠距離から一撃ですよ」
そんなに簡単に倒せるとは思えないが、椅子から動かすぐらいは出来そうだ。
罠がありそうな部屋に入るよりは名案かもしれない。
「デーモンに近いですが、人型の竜でしょうね。身体の色から毒を警戒した方がいいです」
「だとしたら、解毒薬が必要だな。一旦準備に戻りたいが、時間はなさそうだな」
「午前九時まで、四時間強か……」
全員が集まるのを待って、扉の外からロビンの千里眼で見てもらった。
人型の竜ならば、相当に頑丈だろう。強力な武器を用意しないと傷一つ付けられない。
今回の探索はここまでにして、一ヶ月後に武器と解毒薬を揃えた方が安全だ。
「一度町に引き返した方がいいと思う。無謀と勇気は違う。しっかり準備しないと危険だ」
「俺は反対だ。戦わずに逃げるのは恥だ。悪いが一人でも行かせてもらう。それで対策が練れるはずだ」
「確かに情報は必要だな。無駄になるかもしれない物を大量に作って運ぶつもりはない」
「解毒薬は少量はあるんだ。このままでも十分行ける。大火炎竜の数倍強いだけなら倒せる」
準備が必要だという俺の意見に、反対の者が多いみたいだ。
ガイ、ホールド、クォークが反対の意見を言っていく。
俺に準備はもう十分だから覚悟を決めろ、と言いたいようだ。
だったら仕方ない。最低限の安全策を用意して挑むとしよう。
「分かった。戦おう。だが、全滅するわけにはいかない。戦うのは八人だけだ。俺以外の七人を決めてくれ」
「おいおい、勝手に一人分取るのかよ? まあいいぜ。防御は絶対に必要だな。俺も行く」
「面倒な事をする。二組行けば、ちょうど八人だ。さっさと終わらせよう」
「そういう事です。あなた以外は誰もビビってないんです。さっさと道を開けてください。邪魔です」
「フッ。この大馬鹿共め。どうなっても知らないからな」
人がせっかく心配してやったのに、どいつもこいつも好き勝手に言ってくれる。
結局、俺達とクォーク達の八人で戦う事に決まってしまった。
まあ、これだけの強者が揃えば、殺される前に逃げ出すぐらいは出来そうだ。