第122話 分かれ道
白い岩階段を上って、四階、五階と宝箱の反応を調べたが、反応があったのは地下二階だった。
姉貴の手帳に宝箱は一個ずつ出現して、現れる場所はランダムと書き足しておこう。
「あうっ、あうっ」
「宝箱は右翼側にあるそうだ。ゾンビに噛まれるんじゃないぞ」
「へぇーい」
地下二階は、茶色い煉瓦で作られた地下牢獄のような場所だ。
階段封鎖に飽きたのか、今度はオヤジ達六人も参加するようだ。
妄想オヤジに見送られて出発した。
まあ、右翼側は階段が一つしかない。十二人で守る方がおかしい。
十六人でパパッと倒して探した方が早く終わるだろう。
「この温度なら食糧庫に使えるな。あと何体ゾンビに出来るんだ? 見張りを置けば暮らせるぞ」
「いや、腹は空かないし、階段で休んだ方が安全だからいい」
「遠慮するなよ。城に住むなんて男の夢だろ。モンスターなんて岩に閉じ込めればいいんだよ」
「ほら、あそこに仲間のゾンビがいるぞ。遊んでこいよ」
「……」
地下二階の気温は少し肌寒いが、話しかけてくるオヤジ達が暑苦しい。
俺にここに住めとしつこく勧めてくるが、鉄格子の中に住むつもりはない。
俺に分からない暗号を使って、俺を閉じ込めようと話し合っているように聞こえる。
宝箱を七個見つけたら、俺から全部奪い取って、ここに閉じ込めるつもりだろうか。
ザァン!
「グガァー‼︎」
ゾンビがゾンビを倒すというおかしな状況だが、言われた通りに剣で遊んできた。
すると、「ごめん、間違えた!」と言って、戻ってきた俺を切ろうとした。
悪いけど冗談でも笑えない。次は俺も容赦なく切り返す。
「50階まで攻略したら、残りの人生、何を目標に頑張ればいいんだよ」
「いつも通りに魔道具作って、酒飲んで、飯食えばいいだろ。兄さんはこれからどうするんだ?」
隊長の妄想オヤジがいないから、暑苦しいオヤジ達の無駄話が止まらない。
多分、俺の隣にいるメルを守っているつもりだろうけど、黙って見守ってほしい。
あとやる事がないなら、死ねばいいんじゃないかな?
「とくにないですね」
「おいおい、若いうちから目標立てないと駄目だって。それだと、ボッーと生きているのと一緒だぜ」
「そうだぜ。ゴールしたら終わりじゃないんだ。ゴールした後がスタートなんだよ」
「そうなんですね。参考になります……」
ちょっと何言っているのか分からない。
興味がないから適当に答えたのが駄目だったらしい。オヤジ達の説教が始まった。
だけど、人生とは我慢と忍耐だ。嫌な事からは逃げられない。
だが、その我慢の時間も終わりそうだ。前方に強いモンスターが現れたみたいだ。
「おっ! 見つけたみたいだぞ。ちょっと苦戦してやがる」
「へぇー、骸骨剣士か。いつもの剣と少し違うな。倒される前に武器加工しないと」
「よし、兄さん。生け捕りにして、剣を回収してくれ! 良い剣作ってやるよ!」
三階に続いて、また俺の出番みたいだ。オヤジ達が少し興奮している。
正直やりたくないが、迷っている間に骸骨双剣士がヴァン達に倒されそうだ。
殺生白珠の代わりに、オヤジ達に剣ぐらいプレゼントしてやるか。
「待て待て! 俺が拘束するから絶対に倒すんじゃないぞ!」
オヤジ達の群れから抜け出すと、剣を抜いて走り出した。
強化モンスターの実力は30~40階の間ぐらいとランダムだ。
だけど、さっきのキングスライムのように、巨人並みに強いのもいる。
苦戦しているから、49階の将軍ぐらいの強さだろう。四人がかりなら楽勝だ。
「どうした? 何で倒したら駄目なんだ!」
「オヤジ達がコイツの剣が欲しいらしい。名剣なんじゃないのか?」
「名剣か……なら仕方ないな。ガイ、ロビン、手足だけ破壊する。頭は絶対に壊すなよ」
「時間がないのに難しい注文ですね」
戦いを止められてガイは怒っているが、別に俺が止めたいわけじゃない。
手短に説明すると、剣士のヴァン以外も嫌々ながら賛成してくれた。
名剣なら戦力アップも期待できるから、剣士なら見逃さない。
「当たらないように気をつけてくださいよ。立ち位置は左右だけで、前後は当たりますからね」
「だったら射つな!」と言いたいが、右足だけを狙って、ロビンは時間差で弓矢を射ち続けている。
この地味な嫌がらせ攻撃に、骸骨双剣士の片腕はほぼ防御に封じられている。
その隙を突いて、俺達三人が左右から腕を狙って攻撃を繰り返す。
「両腕を封じる! 二人とも合わせろ!」
「ああ!」
ギィーン‼︎
「グゴォーッ‼︎」
ヴァンの合図で、左右から同時に攻撃を繰り出した。
骸骨双剣士は双剣で、剣二本と槍一本を上手く受け止め防御しているが、両足が隙だらけだ。
その停止した両足目掛けて、ロビンが容赦なく弓矢を発射した。
ドゴォ!
「グガァッ⁉︎」
両足の膝を粉砕された骸骨双剣士が崩れ落ちていく。
トドメを刺すなら絶好のチャンスだが、倒れた骸骨双剣士の両手の甲を踏みつけた。
これで剣は振れないし、逃げられない。
「腕を破壊する。そのまま押さえていろ」
「ああ、早くしてくれ」
何だか、25階の墓地で骸骨双剣士に墓石を投げつけていた連中を思い出すが、これはイジメじゃない。
ヴァンとガイが骸骨双剣士の両肩を剣先と矛先で破壊した。
あとは銅色の片刃剣をオヤジ達に届けるだけだ。
【呪われた剣:長剣ランクX】——長時間持ち続けると精神に異常が起こる。
「まさかな……」
届ける前に一応剣を調べてみたら、不吉な情報が見えた。
また悪質な冗談をやるつもりなら、今度はこの剣で切りつけてやる。
♢
呪われた剣をオヤジ達に届けると、武器製造で加工された呪われた剣が返ってきた。
俺は違いが分かる男だが、流石にこの違いは分からない。
違いを確かめる為、ガイに背骨を踏まれている、骸骨双剣士の頭に呪われた剣を振り下ろした。
ゴッ!
「チッ……トドメは任せる」
「ククッ。使い手が悪いだけかもしれないぞ?」
どうやら切れ味も呪われているらしい。ヒビ一つ入らなかった。
俺に代わって、ガイが笑いながら槍でトドメを刺して、赤い宝箱を出現させた。
これだけ時間をかけて、ただのモンスターだったらオヤジ達は許されない。
「んっ? おい、他のモンスターも消えていくぞ」
「へぇー、これは楽になるな」
骸骨双剣士を倒すと、他のモンスターも一緒に消え始めた。
これで安全に動けると数人が喜んでいたが、逆にロビンが注意を呼びかけている。
「むしろ警戒した方がいいです。49階と一緒なら本体が現れます」
「だったら、ヤバイな。二千匹に囲まれたら一瞬で終わりだ!」
そんなに危ないなら、さっさと結界に守られた階段に避難するに決まっている。
メルに宝箱を開けさせて、中身を回収すると、階段を封鎖しているオヤジ達六人と合流した。
ロビンが警戒する本体はまだ現れないが、現れてほしいヤツはいないだろう。
「私達は五階の開かずの扉を見てきます。安全な階段で待機していてください」
「その必要はない。俺達もこのまま付いていく。一番乗りは譲らない」
「じゃあ、俺達は帰るから頑張れよ」
「……」
ヴァン達とクォーク達は、このまま五階に行くようだ。
やる気と元気に満ちているが、悪いが俺は空気を読むつもりはない。
予定通り、ここで抜けさせてもらう。
安全第一で、機会があれば、腕輪獲得後に参加させてもらう。
「そうですか。では、気をつけてください。誰かに襲われて、寄付を台無しにしないでくださいよ」
「ああ、大丈夫だ。ダンジョンは広いから上手く逃げ回るよ」
「おい、これだけ寄付させて、都合が良すぎるんじゃないのか! ちょっとぐらい手伝え——」
誰も引き止める気がないようだ。階段でロビン達と素早く分かれた。
何かアレンが叫んでいたような気もするが、気にせずに一階の玄関ホールを目指そう。
「って⁉︎ 全員行ったのかよ。団体行動が好きだな」
「あうっ」
後ろを振り返って見ると、メル以外は誰もいなかった。
オヤジ達は付いてくると思ったのに、全員が五階に行ったようだ。
二十人で頑張っても、腕輪は一人分しかないから取り合いになるだけだろうに。
「よし、到着」
モンスターがいなくなったので、玄関ホールまで余裕で行けた。
この後は40階のミノタウロスを倒しまくって、赤魔石を集めまくる。
それを一階にいる冒険者に頼んで換金してもらい、その金で進化に必要な素材を購入する。
チマチマと宝箱を探すよりは、こっちの方が早いはずだ。
神金剛石を集めようにも、最近俺達が取ったばかりだから、復活するまで手に入らない。
「これを使うのは、他の素材が手に入った後だな」
手に入れた七個の殺生白珠は、まだメルには使わない。鞄の中に保管しておく。
万が一の危機的状況が訪れた時、俺に使わないと助からない。
「さてと、小船で一気に40階まで行くからな」
「あうっ」
玄関ホールに二人乗り用の短い小船を作った。俺が前に乗って、後ろにメルを乗せた。
ヴァン達が腕輪は手に入れるか、確かめた後でもいいが、大勢の人間と荷物を運ぶのは疲れる。
乗せてくれと頼まれる前に出発だ。