第121話 青い壁紙
「最後の部屋にも何もありませんでしたね。どうしますか?」
「別の場所のモンスターを倒すとか勘弁してほしいですね」
廊下の一番端の部屋の前で、ロビンが疑いの眼差しを向けて聞いてきた。
アレンも便乗してタメ口を聞いているが、階段から突き落とすのは後でも出来る。
メルに本当に宝箱があるのか確認した。
「メル、ここに宝箱があるんだよな?」
「あうっ、うあっ」
メルは縦に頷いた後に右翼側を指差した。どうやら宝箱を通りすぎたみたいだ。
それなのに短気なロビンが勘違いしている。
「あっちは探しました。何もありませんよ。それとも、右翼側を探せという意味ですか?」
「ゔゔっ、ゔゔっ!」
「どこにあるのか分からないんですか?」
厳しい口調で聞かれて、メルは首を激しく横に振っている。
今度はちょっと難問だ。分からない、違う、嫌いのどれかだと思う。
だけど、俺よりも早く解答者が現れた。
「それは違うだろ。一緒に宝箱を探した時は凄い的中率だった。俺達が見落としたんだ」
小船でメルを一緒に迎えに行った黒髪坊主頭が、短時間でメル語を習得したようだ。
俺もそう思うけど、俺は身内だし、今は疑われている。
このまま静観させてもらうから頑張れ。
「見落としですか? 全員のミスと一人のミス。疑うなら普通は一人のミスです」
「だったら自分のミスも少しは疑えよ。モンスター探知も宝箱探知も同じLV6だ」
「私がモンスターを見落とした、とでも言いたいんですか?」
「そうは言ってない。その可能性もあると言ってんだよ」
「まあまあ、二人とも少し落ち着け。言い争っても何も見つからない。見落としがあるなら皆んなで考えよう」
殴り合いが始まりそうな雰囲気だったが、俺も坊主頭と同じ意見だ。ロビンがミスしていると思う。
最後はヴァンが止めたが、あと少し遅かったら、傲慢な金髪の顔面に俺の右拳がめり込んでいた。
でも、正直言って、九人の冒険者がモンスターを見落としたとは思えない。
やっぱり壁と天井を探した方が、隠し宝箱が見つかる可能性はあると思う。
「だったら部屋が怪しいんじゃないのか? 交代で入って倒していたから、誰かが見落としたんだよ」
「ちょっ、俺じゃないですよ⁉︎ 何で、俺を見るんですか!」
「そうだな。疑うのはよくない。最後に部屋を閉める時に確認していた。見落としはないはずだ」
「となると、探知できない透明モンスターか、宝箱が壁に隠されているわけか」
「……」
廊下の端で緊急の話し合いが始まった。
様々な意見が飛び交うが、誰も俺の意見を聞くつもりはないようだ。
ジッと聞いてくるのを待っていたのに、そのまま話し合いが終わってしまった。
「では、隠し宝箱と透明モンスターを探しましょう。カナン、あなたにしか出来ない特別な仕事があります。やってくれますか?」
「ふぅー、やっと俺の出番か? 楽な仕事じゃないんだろ?」
「ええ、まあ。この中だと、あなた以外は絶対に出来ません」
話し合いの結果、隠し宝箱と透明モンスターを探す事になった。
ロビンが俺を頼るという事は、宝箱探しの達人の出番というわけだ。
ゴーレムに乗って、巨大スコップで壁でも掘れとか言うんだろう。
仕方ないヤツだ。二時間以内に見つけて、俺が頼りになる優秀な人間だと教えてやるか。
三分後……
「この方法なら一人で探せます。廊下が終わったら、部屋の方もお願いします」
「お前がいてくれて助かった。しっかり探してくれ」
「……」
ロビンに探す方法を教えられ、ヴァンに右肩を叩かれ応援された。
俺だけで探せとか、異常な探し方だが文句は言えない。
優秀な人間の宿命だと思って諦める。
天井、壁、床の長さにピッタリと合わせた、トゲが付いた長くて太い黒棒を四本取り付けた。
あとはこの四本のトゲ付き棒を操り転がしていけば、壊せる壁にトゲが当たれば壊される。
確かに全員で戦闘をしながら、チマチマ探すよりは俺一人でやった方が効率的だ。
清掃業者のような気分だが、キチンと報酬さえもらえれば、文句は言わないでおこう。
「分かっていると思うが、メルの治療の為に殺生白珠は全部寄付してくれよ」
「勿体ない。上級の聖水でいいでしょ?」
「駄目だ。それだと、『あうっ、ゔゔっ』しか喋れない状態で戻ってしまう」
「治療したら、普通に喋れると思いますけどね」
トゲ付き棒を転がしながら、ロビンと報酬の確認をする。
残り二個の殺生白珠を手に入れたら、俺はメルの治療を優先する。
腕輪は今すぐ必要ではないし、俺が欲しいと言ってもくれないだろう。
腕輪も貰えないのに、危険なモンスターの戦闘までやりたくない。
それにメルを進化させた方が戦力アップになる。俺に使っても強くなるだけだ。
モンスター探知のLVが上がれば、素材集めが楽になる。
宝箱探知がLV7になれば、宝箱の正確な位置まで分かるかもしれない。
俺の分の殺生白珠を楽に手に入れる為の必要な投資だ。
「んっ? ちょっと待って。剥がれた壁紙が棒にくっ付いた」
暇そうに壁の点検作業を続けていると、問題が発生した。
廊下左側の壁を調べている棒の上部分に、濃い青色の幅50センチ程の薄い壁紙が巻きついた。
「本当だな。引き剥がすと宝箱が出るんじゃないのか?」
「さっさと剥がせよ!」
一人生意気な奴がいるが、階段から突き落とすのは後だ。
罠の可能性もあるから、まずは全員を避難させる。
毒、麻痺、睡眠のガスや矢を食らったら、回復するのに時間がかかる。
「結局、俺かよ……」
俺以外の全員の避難が完了した。
毒、麻痺、睡眠のほぼ完全耐性があるから、俺が適任らしい。
まあ、棒を動かさないといけないから、残るのは分かっていた。
左側の壁の棒だけをクルクル転がしていく。
「長いな。どこまで続くんだ?」
廊下の端から端まで約三百メートルぐらいはある。
壁紙が巻きついてから、もう百メートルは進んでいる。
俺はお土産に壁紙なんて持って帰るつもりはない。
「おいおい、本気かよ」
恐れていた事態が発生した。
百三十メートル程の壁紙を全部巻き終わったのに、壁紙の下には何もなかった。
青い壁の薄皮が取れたみたいに、壁は青いままで、棒に分厚くなった青い壁紙が巻きついているだけだ。
絨毯よりも価値の低そうな紙なんていらない。
「はぁ……とりあえず調べるか」
伝説の壁紙の可能性も考えて、短くした棒を床に倒した。
意外と紙じゃなくて、布や皮や金箔みたいな物かもしれない。
【名前:キングスライム 年齢:不明 性別:不明 種族:スライム 体長:不明 体重:86キロ】
「なっ⁉︎ モンスターだ! 壁紙はモンスターだ!」
不明の部分が異常に多いが、必要な部分は見えたから問題ない。
右手を素早く離して距離を取ると、近づいてくる連中に教えてやった。
ロビンもアレンと一緒に階段から突き落としてやる。
「食らえ!」
ロビンへの文句を終わらせて、右手の手の平から、鋭い岩杭をキングスライムに発射した。
岩杭が直撃すると、青色の汁が飛び散って、壁紙が動き始めた。
グニャグニャと形を変えて、巨大な丸いスライムの形に変わっていく。
「なるほど。マグマスライムの特徴もあるのか」
一撃で倒せると思ったが、そうはいかないらしい。岩杭を食らってもダメージは無さそうだ。
だが、問題ない。俺の仕事は終わっている。まさか、倒させとまでは言わないだろう。
駆けつけてきた連中と交代すると、数分後に凍りついたキングスライムは砕かれ倒された。
「これで六個目か。残りは一個だな」
「待て待て! 開けるのはメルの係だ」
「あうっ」
出現した宝箱をガイが普通に開けようとしたので、慌てて止めた。
こっちは宝箱探知器のLV上げをしている。お前は胸板の筋肉でもピクピク上げていろ。
「壁に擬態するモンスターがいるのは厄介ですね。奇襲されると防げません」
「大丈夫だろう。擬態できそうなのはマグマスライムぐらいだ。青と赤を警戒すればいい」
まずは対策を練るよりも、お前は全員に見落とした事を謝罪しろ。
だが、俺は心の広い人間だ。残り一個を手に入れるまで問題を起こすつもりはない。
「次は四階と五階だな。階段を塞いでいたのなら、どちらかにあるだろう」
「その可能性は高いですが、一個ずつ出現するなら、地下の可能性もあります。思い込みに囚われるのは危険ですよ。さあ、四階に行きましょう」
俺に言っているのか、自分自身に言っているのか不明だが、四階を探すみたいだ。
階段を封鎖するオヤジにはこのまま待機してもらう。
先に宝箱の反応が、四階と五階にあるか調べた方が効率的だ。