第120話 五十階暗黒城
「じゃあ、今日は一日ゆっくり休んで、明日の午前九時に最後の探索を始める」
「あぁー、疲れた。草原で寝っ転がるか」
午後二時、50階攻略会議を終わらせると、ひとまず解散する事になった。
階段近くに岩小屋を複数作り、炎と氷の魔法双剣士の協力で風呂場も作った。
熱い風呂に入り、服も洗濯すれば、肉体的、精神的疲労も少しは取れるだろう。
午前零時……
「シィー、静かに移動しろよ」
明るい草原を気配を消して、階段に向かって歩いていく。
オルファウス達を除いた二十二人で、最後の探索を開始した。
午前九時開始は嘘だ。あの三人が起きた頃には全てが終わった後だ。
49階の門を通って、白い岩盤の地面に開いた階段を下りていく。
この先が50階だ。いつかは来ると思っていたが、やはり来てしまった。
「その子供が使えない時は一旦小屋に戻してから、地下二階から探していく」
「大丈夫だ。同じ階にあるなら分かる。そうだろ?」
「……」
「⁉︎」
まさかの無反応だが、メルは人見知りだから仕方ない。
たくさんの大人に囲まれて、きっと怖くて緊張しているのだろう。
階段を下りると、一階玄関ホールに到着した。
少し獣の臭いがするが、建物の状態はそこまで悪くなさそうだ。
雨漏りや、壁や床にヒビ割れやシミは見当たらない。
窓からは真っ黒な雷雲と土砂降りの雨、不気味に枯れ果てた庭の草木が見える。
暗黒城という名前はここから付けたらしい。
広い城内の横幅は七メートル、高さは十二メートルぐらいはある。
少し黄色がかった滑らかな床、白い大きな柱、壁は濃い青色をしている。
ちょっとデカく作り過ぎていると思うが、住民のサイズに合わせたのだろう。
最低でも十メートルぐらいの住人がいると思った方がいい。
「メル、宝箱の気配はあるか?」
「ゔゔっ」
城内の内装はある程度分かったので、早速仕事を始めた。
どうやらこの階にはないようだ。メルの首は横に振られた。
「無いみたいだな。階段は左翼に二ヶ所、右翼に一ヶ所ある。右翼の方は地下にしか行けない。こっちに行こう」
「分かった。行くぞ」
「あうっ」
サラサラの良い黒髪の方のクォークが、先頭で案内してくれるようだ。
まずは階段を上り下りして、宝箱の反応があるのか調べるのだろう。
反応があった場合だけ、その階を本格的に調べ始めるというわけだ。
「城と言うには物がないな。城主の絵ぐらいは飾ってほしいものだ」
「そうだな。一応探してみたが見つからなかった。礼拝堂、劇場、食糧庫とあったが何もなかった」
襲ってくる多種多様なモンスターを倒しながら、城内を進んでいく。
暗黒城は玄関ホールを中心に、左右対称に近い建物が作られている。
左翼側よりは少しだけ、右翼側の方が豪華に作られているそうだ。
地下二階から地上五階の間取りは調べ終わったらしいが、広い城内だから隠し部屋もありえる。
俺としては隠し宝物庫が見つかるのを期待している。
「そうそう、部屋数だけは多いのに何もないんだ。でも、絨毯はあるんだぜ。職人のオヤジに頼んで加工してもらえば、外に持ち出せる。あれは絶対に金になる!」
「また、その話か……」
クォークと話していると、名前を忘れた赤髪魔法使いが儲け話をしてきた。
確かに絨毯は高額な物なら、一千万ギルする物もある。
それが取り放題ならば見逃せない話だ。
「ほぉー、それは是非とも試さないと駄目だな」
「馬鹿な話だ。あんなデカイ物を運ぶよりは、素材を鞄に詰め込んだ方が金になる。絨毯なら町でも買える」
「おいおい、やる前からやらない選択肢を選ぶのは反則だろ。運ぶのは俺がやるよ。まずは持ち帰って、商人に値段を確かめてもらおう。文句はその後だ」
クォークは反対みたいだが、50階の貴重な絨毯だ。欲しい金持ちはたくさんいる。
素人は簡単に手に入る物には価値はないと決めつけているが、岩に埋まっている宝石と一緒だ。
その辺に落ちている物ほど価値がある。
「商人に聞かなくても、職人に聞いたから分かる。モンスターの毛皮で作られた絨毯らしい。高くても十五万ギル。それを一度加工するから希少価値もなくなって、三万ギルがいいところらしい」
三万ギル……だと?
「……そろそろ階段だな。モンスターも階段を使うのか?」
「ああ、使う。おそらく宝箱を持ったモンスターが、階段を使って逃げ回っている」
「だったら階段を封鎖して挟み討ちするしかないな。戦力を分散してしまうが、他に方法はないだろう」
絨毯の話はもういい。興味が失せてしまった。現実的な話に戻るとしよう。
だけど、夢から現実に戻れない人間もいるようだ。
「あのぉ……それで結局、絨毯はどうするんですか?」
「絨毯の前にやる事があるだろう。まずは生きて帰る事だけを考えろ。夢みたいな話はその後だ」
「俺もそう思う。絨毯の話は腕輪を手に入れた後にしよう」
赤髪魔法使いがしつこいが、クォークの意見に便乗して、優しく誤魔化した。
名前は忘れたが、コイツは19歳だ。つまり俺より下だ。下如きが上に逆らうな。
絨毯はハンカチサイズに切り取って、記念品に渡してやるから、それで我慢しておけ。
♢
「ここにあるのか?」
「あうっ」
地上三階、宝箱の反応があるようだ。
メルに再確認すると、縦に首を振って、建物の左翼側を指差した。
これで本格的に探索を始められる。
「まずは予定通りに二ヶ所の階段を封鎖する。それとカナンは岩で右翼側の通路を塞いでくれ。それでモンスターが出入り出来にくくなる」
「分かった。すぐにやる」
「階段の封鎖は俺達が六・六に分かれてやっておく。中は残りで調べてくれ」
クォークの指示で廊下を特大の岩壁で二ヶ所も塞いだ。
階段を守る方が動かなくて楽そうだが、上下の階も含めると、最大三方向から同時攻撃される。
階段はオヤジ集団に任せるとしよう。ヴァン組とクォーク組と一緒に、三階左翼側の探索を始めた。
「部屋の中に四匹います。気をつけてください」
「了解。さっさと片付ける。アレン、行くぞ」
「はぁーい」
モンスター探知を持つロビンが茶色の木扉を指差すと、ガイとアレンが突入した。
このやり方で安全に調べているようだが、このやり方には問題がある。
モンスター探知のLVが低いと、格上のモンスターは探知できない。
「ロビン、俺の事も探知できているのか? 格上の相手にはモンスター探知は通用しないだろ」
「心配しなくても結構ですよ。そのぐらい分かっています。逆に反応がない方が助かります。当たりの可能性が高いですからね」
俺の質問に呆れながらもロビンは答えたが、本当に聞きたいのはそっちじゃない。
「分かっているならいい。それで俺の反応はあるのか?」
「ふぅー、ないですね。まだ人間なんじゃないですか?」
「なるほど。人間か……」
ロビンのモンスター探知はLV6だ。
それで分からないのなら、俺が格上か、モンスターじゃないという証拠だ。
だとしたら、リエラが言う通り人間探知もあるのだろう。
そうじゃないと水上遺跡で逃げた時に、俺が捕まった説明がつかない。
でも、この際、人間探知はどうでもいい。
それをリエラが持っていても、自力で50階に来る事は出来ない。
それに今更やって来たとしても、もうやる事はない。
帰り道に40階辺りでうろついているのを見かけたら、お情けで小船に乗せてやろう。
「駄目だ。何も落とさなかった」
「そうですか。ここまで来るとモンスターじゃなく、隠し部屋に宝箱が置かれている可能性も考えますか」
「あっ、絶対にそれですよ! 宝箱を一個開けると、何処かの部屋に出現するんですよ!」
「なるほど。罠みたいなものか。そうなのか、カナン?」
部屋のモンスターを倒したガイがロビンに報告している。
報告を聞いて、ロビンが別の可能性を話すと、アレンがそれに賛成している。
そして、最後にガイが俺に正解なのか聞いてきた。悪いが聞く相手を間違っている。
「えっ? ああ、そのパターンもあるが、モンスターの可能性もあるな」
宝箱の方向はメルが分かるから、城の左翼側にあるのは間違いない。
左翼の部屋数は二十前後と、右翼の三十前後よりも少ない。
しかも、メルは階段から左側を指差したから、部屋数はさらに少なくなった。
その半分以上を調べても見つからないなら、初心に戻って、壁や床を破壊するべきだ。
だけど、それは無理だと分かっている。
廊下に見える窓ガラスは開かないし壊れない。壁を殴っても崩れない。
床に張り付いている絨毯は剥がせない。隠し部屋に続く、一部の壁が壊せるだけだ。
「だったら、まずはモンスターを全て倒しましょう。木を隠すには森の中です」
「確かにその通りだ。残り八部屋だ。さっさと調べよう」
「よし、やるか」
小休憩と話し合いを終わらせると、ロビンとヴァンが全員のやる気を出させて、また探索を始めた。
だが、左翼側にある部屋と全てのモンスターを倒しても、宝箱は見つからなかった。
明らかに途中から『本当にここにあるのか?』という疑いの眼差しが、俺だけに向けられていた。