第116話 簡易裁判
七分後……
「捕まえてきた」
「うぐっ!」
髪の毛を掴まれて階段を引き摺られて下りていく。
そして、階段に座って休憩中のオルファウスの前に投げ捨てられた。
「た、助けてくれ……」
あの状態で勝てるわけがない。岩の手は魔法破棄ですぐに破壊された。
その後は一方的にボコボコにやられて、両足も切断された。
今は胴体を岩で四角に固められて、頭だけ出している無残な姿だ。
「生け捕りにするのはいいが、これはやり過ぎだ。手足がないと歩けないだろ?」
仰向けに倒れている俺を見て軽く笑いながら、オルファウスがエストに聞いた。
それに対してエストは、岩で四本にまとめた俺の両手足を階段に落とした。
「手足ならある。必要ならくっ付ければいい」
俺の扱いが色々と雑過ぎるが、敗者に文句を言う資格はない。
少しでも抵抗したら、胴体を拘束する岩を押し潰す、と脅されている。
「そう簡単にくっ付いたりしない。切断面が治癒したら硬くなる」
「そんな事は知っている。硬くなった部分は切ればいい。それでくっ付く」
「それだと短くなるな。まあいいか」
駄目に決まっている。
俺の治療方法でちょっとした言い争いが発生したが、俺の手足は戦利品扱いされやすいようだ。
前回はロビンに左手と両足の三本、今回はエストに両手足の四本、次回は頭を含めた五本だろうか。
次の敗北で俺の死は確定みたいだが、この状況で次があるとは思えない。
だけど、次があると信じて頑張るしかない。
「リエラの居場所を教える。嘘じゃない。46階に隠れている!」
「この調子だ。最初は43階に捨てた。次は40階で分かれた後は知らないだ」
「なるほど。嘘発見器でもあればいいが、無いのなら手荒な方法で聞くしかないな。目玉はいらないな?」
「なっ⁉︎」
いるに決まっている!
流石に悪ふざけでもこれはやり過ぎだ。捕虜でももっと優しく扱われる。
それなのに俺の目玉を本気で抉り取るつもりなのか、オルファウスは両手を近づけてきた。
目玉を抉り取られないように、頭を必死に振って理由を聞いた。
「待ってくれ、待ってくれ! 何で姉貴の弟の俺にこんな酷い事をするんだよ!」
「お前がジャンヌの弟だからに決まっている」
「何だ、その理由は⁉︎ いや、違う! 俺には姉貴なんていない。一人っ子だ!」
火に油を注いだようだ。少し怒った感じにオルファウスが即答してきた。
姉貴にパーティを追放されたからって、俺は俺、姉貴は姉貴だ。
八つ当たりしないでほしい。でも、無駄みたいだ。
「また嘘か。じゃあ、どうして一緒にいた? 偶然会って一緒に行動していた、とでも言うつもりか?」
「あぐぐっ……!」
必死の説得に何故かオルファウスが逆上して、十本の指を頭にめり込ませてきた。
怒っている理由と、目玉を抉り取るから、頭を握り潰すに変更になった理由を聞きたい。
だけど、そんな時間はない。嘘が駄目なら、本当の事を言うしかない。
「分かった。やめてくれ! 本当は居場所なんて知らない!」
「そんな事はどうでもいい。今良いところなんだ。お前の見張りに用意する人員はない」
「あぐぐぐっ……!」
本当の事を言ったのに駄目だった。
どうでもいいなら放してほしいが、それが無理なのは分かっている。
逃げようと身体を動かそうとするのに、オルファウスから流れる魔力で妨害されている。
「潰れる潰れる‼︎ 誰か助けてくれぇー‼︎」
もう誰でもいいから助けてほしいと叫んだ。
「……何かあったんですか?」
俺の願いが天に通じたのか、階段下から声が返ってきた。
「オルファ、やめろ。騒ぎすぎだ」
「騒いでいたのは俺じゃない。いいか、余計な事を言えば殺すぞ」
「うぐっ……」
エストに注意されて頭から手を放すと、階段を駆け上がってくる人物に聞こえないように、オルファウスが囁いてきた。
余計な事を言わなくても、あとで殺そうとするのは分かっている。
「どうしたんですか? うわぁー⁉︎ 隊長、副隊長! カナンの野朗が捕まってますよ!」
階段を駆け上がってきた銀髪の男は俺を見て驚くと、すぐに階段下に向かって大声で叫んだ。
どうやら天ではなく、俺の願いは地に通じたようだ。
地獄の使者がやって来た。早速俺の顔面を足裏で踏みつけた。
「ぐぼぉ!」
「この野朗、たっぷりブチ殺してやるから覚悟しろよ!」
「殺すのは後です。これは何ですか?」
俺もお前達の意見に同感だが、まずは汚い足を退けさせるのが普通だ。
だけど、このまま話し続けるみたいだ。ロビンに聞かれて、エストが嘘を話し始めた。
「上を見張っていたら、攻撃してきたから捕まえた。また戦利品でも狙ったのだろう」
「なるほど。ここまでご苦労な事です。助かりました。あとはこちらで始末します」
「それは信用できないな。元仲間だ。逃すつもりなんじゃないのか? それともお前達も共犯か?」
「はぁ? そんなわけないでしょ! 俺はボコボコにされて、ガイは足を切られたんだぜ!」
「アレン、冗談に興奮しない。まあ、そういう事です。それにやるならもっと上手くやりますよ」
二つのパーティが喧嘩するのは都合が良いが、どちらが俺を殺すか話し合っているだけだ。
ここは第三者として、場をさらに混乱させるしか生き残る道はない。
自分の身は自分で守るしかない。俺の偽証LVは8はある。
「ちょっと待て。何なんだ、これは? 俺が何をしたんだ!」
「うるせい、この泥棒野朗が!」
「ぐぼぉ⁉︎ ぬ、濡れ衣だ! 証拠はあるのか! 俺がやったという証拠がどこにある!」
「この野朗! 黙らないと俺の拳を口に突っ込んで、その汚い舌引っこ抜くぞ!」
無実を訴え始めた途端、アレンが振り上げた右足に強く踏まれたが関係ない。
頭を振って、口を塞ぐ足の隙間から必死の抵抗を続ける。
それと……調子に乗っているお前は後で絶対にブッ殺す。
「証拠ならありましたが、共犯者の女が鞄を持って逃げました。ですが、状況証拠で十分です。少なくとも、ガイの足を切断したのはあなたです」
「つまり、証拠もないのに犯人扱いか。やりたい放題だな! どうせ足も治療したんだろ。それにお前達から攻撃してきた。あれは正当防衛だ。この殺人鬼が! 子供の次は俺を殺すつもりか!」
「はぁ? 子供なんて殺してねぇよ! デタラメばかり言いやがって!」
ここぞとばかりに怒りの感情を周囲に撒き散らす。
俺の無実を階段下にいるだろう、他の奴らにも聞かせてやる。
私怨だらけのお前達と違って、どちらが正しいかキチンと判断してくれる。
「待て! 少し冷静になろう。お互い勘違いがある。まずはアレン、足を退けろ」
「ぐっ!」
だけど、最初に動いたのは傍観していたヴァンだった。
悔しそうにアレンが足を退けていく。
「話すのは久し振りだな。まず、お前と一緒にいた子供を殺したのは俺達じゃない……」
ヴァンは犯人の名前を言わなかったが、ロビンとアレンの視線を辿れば分かる。
中途半端に長い黒髪で尻尾を作っている男が、悪びれる様子もなく名乗り出てきた。
「ああ、その通りだ。威力を間違えて、貫通させてしまった。お前があんなに弱いとは思わなかった。弱いと知っていれば、もう少し威力を弱めたのに悪かったな」
「お前がやったのか?」
「ああ、そうだ。恨むなら俺にするんだな」
本当に悪いと思っているなら、ニヤけた笑いは封印した方がいい。
メルが生きているから、何とか感情を抑えられるが、死んでいたらブチ切れている。
姉貴の弟だからといって、俺の仲間まで殺そうとするなんてイカれてやがる。
俺を殺したいのなら、もっと前から何度でもチャンスはあっただろう。
「これで一つ誤解が解けた。次はお前の番だ。お前には強盗傷害の容疑がかけられている。これは本当か?」
「いや、身に覚えがない。あの鞄は37階に落ちているのを拾っただけだ。あとでギルドに届ける予定だった」
「お前ッ‼︎ この! 適当な事言ってんじゃ——」
「アレン、話を聞いている途中だ。静かに出来ないなら下に行け」
「す、すみません……」
聞かれた事に素直に答えただけなのに、アレンがいきなり踏みつけようとしてきた。
ヴァンに止められて、大人しく謝っているが、礼儀作法がなってないな。
「あの鞄が拾った物なら、強盗傷害の犯人は別にいるのだろう。疑って悪かった」
「いや、気にする必要はない。間違いは誰にでもある。お前達はそれが多いだけだ」
「そうだな。では、最後にそのモンスターの身体は何だ?」
随分と素直に俺の言う事を信じていると思ったら、ただの飴と鞭作戦か。
優しくして、俺にペラペラと喋らせて、あとでおかしな点を指摘するつもりか。
くだらない手を使う。俺は嘘に嘘を重ねて、自分に都合のいい真実に変える男だ。
世の中、飴みたいに甘くはないんだぜ。
「モンスターになってはいけない法律でもあるのか? 俺は強くなる為には手段は選ばないんだ。それともゾンビに噛まれた人間は、人間扱いされないのか?」
「いや、そんな法律はない。お前は人間だ」
「だったら人間扱いしろよ。この拘束を解いて、手足の治療をしろよ」
俺は何も悪い事はしていない。
犯罪者でも容疑者でもないのなら、自由と治療を強く要望する。
だけど、俺の要望をオルファウスが邪魔してきた。
「それはやめた方がいい。さっき言ったように、コイツから襲ってきた。解放すれば襲ってくるぞ」
「黙れよ、人殺し。おい、ヴァン、ロビン。俺から襲っている現場も見ていないのに、どっちが正しいのか判断するつもりか? 俺なら躊躇なく子供を殺すような、人間の言葉は絶対に信用しない」
瞳に偽りのない眼力を込めて、元仲間二人に正しい決断を迫った。
状況証拠だけなら、俺が言っている事も全て正しく聞こえたはずだ。
「……分かった。自由にしよう。ただし、問題を起こした場合は、容赦なく倒させてもらう」
「ああ、そんな事は起きないが、その時はそうしてくれ」
勝訴だな。少し悩んだ末に、ヴァンが愚かで正しい決断をしてくれた。
約束通り、問題が起きないように、注意してやるから安心してくれ。