ダンジョンの隠し部屋に閉じ込められた下級冒険者はゾンビになって生き返る⁉︎

第三章：魔人編

第115話 絶望と恐怖

「ちょっと待ってくれ！　鼓膜がやられて何も聞こえないんだ！」

「……」

　黒針が撃たれたら、間違いなく死ぬ。

　両手を左右に何度も振って、必死の時間稼ぎを始めた。

「本当の事を言う。女は生きている！　隠れている場所に案内するから殺さないでくれ！」

「本当か？」

「嘘じゃない。嘘だったら殺してくれ！」

　もちろん案内するつもりはない。

　メルを探しているのなら、居場所を知っている俺は殺せなくなる。

　これですぐに殺される心配はなくなったはずだ。

　あとは話している間に、コイツを効率的に倒す方法を考えればいい。

「さっきは死んでいる。今度は生きている。本当の事を一度でも言った事はあるのか？」

「今度こそ本当だ！　嘘なら人質の女と一緒に殺していいから！」

　かなり疑っているが、やはり黒針を撃ってこない。

　多分、小さな女の子が好きな変態か、宝箱探知器の能力が欲しいのだろう。

　メルの所に案内して、油断しているところをメルに噛ませれば、ゾンビに出来る。

「人質の女？　誰の事だ？」

　だけど、人質の話を出した途端に雰囲気が変わった。

「リエラ……黒髪の女が人質じゃないのか？」

　確かに脅迫状には『大切なもの』『殺されたくなければ』と書かれていた。

　リエラの名前は書かれていない。それに殺されるも幅広い意味を持っている。

　武器を我が子のように愛している人間なら、壊されたら、殺されたと思うだろう。

「巫山戯ているのか。その女の居場所をお前が知っているんじゃないのか？」

「んっ？」

　でも、そういう詩的な表現ではないようだ。

　不機嫌そうな顔でエストが、俺にリエラの居場所を教えろと言ってきた。

　そんなの俺が教えてほしいに決まっている。馬鹿なんじゃないのか？

　もちろん、そんな事を思っていても、ハッキリと言えるわけがない。

　じゃあ、人質は誰なのかというと、全然心当たりがない。

　俺と無関係の人間を連れ去って人質にしているなら、それは拉致監禁だ。

　俺まで犯罪に巻き込まないでほしい。

「ちょっと待ってくれ。誤解があるようだ。人質は黒髪の女じゃないんだな？」

「人質は最初からいない。お前を誘き出す罠だ」

「……」

　嘘ついたら駄目でしょう。

　出来るだけ落ち着いて丁寧に聞いたら、人質はいないと言ってきた。

　前向きに『人質を使わない優しい人なんだな』と思いたいけど、それは無理だ。

　つまり、コイツの狙いはこういう事だ。リエラの居場所が知りたい。

　でも、分からないから分かる人間に聞きたい。その分かる人間に選ばれたのが俺だ。

　という事は、重要なのは俺ではなくて、リエラになる。

「そうか、だったら悪いな。その女の居場所は知らない。39階まで探したけど、見つからなかった。もう俺は用済みだから帰ってもいいよな？」

「そんなわけない。お前にはお前の使い道がある」

　大人しく帰ろうとしたのに、愚かにも駄目だと言ってきた。

　しかも、もう聞きたい事はないと、今にも黒針を撃ちそうだ。

　もちろん、大人しくやられるつもりはない。戦闘再開だ。

「だろうな！」

　ドン‼︎

「くっ、無駄な足掻きを……」

　俺の身体を守っていた、ゴーレムの体内の丸岩を全方位に発射した。

　残っているのは右半身しかないから、エストにほぼ当たらないがこれでいい。

　これは攻撃ではなく、動きやすくなる為にゴーレムの服を脱いだだけだ。

　動きにくい服を捨てると、落ちていく大剣を追って地上に落下していく。

　大剣が小さくなっていくが、地上に落ちる前に掴むぐらいは出来る。

　パシィと剣の柄を掴んで、足元に岩板を作って、ゆっくりと地上に降りた。

　確かに身体を飛ばすよりは、こっちの方が楽だ。

「上に下にと忙しいな。意味不明な行動で相手を混乱させるつもりなら、俺には無駄だ」

　空を見上げて待っていると、俺と同じようにエストが地上に降りてきた。

　黒針は使うつもりがないのか、手には持っていない。

　それとも得意の遠隔操作で、どこかに隠しているのだろうか。

　まあ、どちらにしても、これから起こる結末は変わらない。

「そうかな？　お前は三つの失敗を犯した」

「まだ続けるつもりか？」

　右手に持った剣を軽く一振りして、身体の調子を確かめた。問題なくやれそうだ。

　魔法耐性がLVアップしたから、前よりも長く使えるだろう。

　話しながら、身体の魔力を沸騰させるように高めていく。俺の本気を見せてやる。

「俺をここに呼んだ事、人質を用意しなかった事……そして、俺より強いと勘違いしてしまった事だ」

「……結局、何が言いたいんだ？」

　左手の親指から順番に折り曲げて、三つの失敗を親切に教えていく。

　だけど、察しの悪い馬鹿なのか、俺に絶望的な答えを教えてほしいようだ。

「お前が俺に勝てないという事だ。人質がいなければ、手加減する必要がないからな！」

　最初から手加減は一切していなかったが、エストがそう信じれば少しは動揺する。

　ヒビ割れ始めた身体から赤い光を放出して、一気にエストとの間合いを縮めた。

「ハァッ！」

　剣を振り払い、隙だらけの右胴を狙って、凄まじい速さの斬撃を放った。

　腕で受け止めれるものなら、止めてみればいい。腕ごと胴体を切断するだけだ。

　ガン！

「まだ手加減中か？」

「ぐぐっ！」

　信じられない。こんなのはおかしい。

　両手で全力で押しているのに、右腕に受け止められた剣が動かない。

　絶対に切れない籠手を腕に仕込んでいるようだ。

　だったら、攻め方を変えてやる。

「チッ！」

　押していた剣を素早く引いて、エストの右腕を滑らせていく。

　切れない場所があるなら、切れる場所を探せばいい。

　頭や背中なら切れるはずだ。高速で振り回す剣を永遠に防ぐ事は出来ない。

「ハァッ、クォッ、ラァッ！」

　右胴に振り払い、左肩に振り下ろし、股下から胸を狙って振り上げる。

　だけど、どんなに素早い攻撃も防がれ、躱されれば無意味だ。

　俺の剣はことごとく、エストの両手足に防がれている。

「苦しそうだな。あと何分持つ？」

「ぐっ……！」

　涼しそうな顔でエストが剣を受け止め聞いてきた。

　この卑怯者は俺の身体が壊れるまで、徹底的に防御に集中するようだ。

　それが賢い戦い方かもしれないが、命懸けの戦いに、そんな勝利が許されるわけがない。

　負ければ死ぬのなら、もう先の事は考えない。ゾンビに出来ないぐらいに破壊してやる。

　魔法破棄できるものなら、やってみろ。お前の魔力が根こそぎ奪われるだけだ。

「この卑怯者がぁー‼︎」

　雄叫びを上げて、周囲に莫大な魔力を放出した。

　俺とエストを囲むように、天と地に回避不能の岩壁が大量に出現した。

　臆病者は俺との魔力量比べを逃げ出したようだ。

「窒息でもしていろ！」

　俺とエストを押し潰す為に、七十枚近くの黒壁が一斉に飛んできた。

　死ぬ時は一緒じゃない。岩塊で完全密閉して、お前が窒息死するまで拘束してやる。

「愚策だ。『地雷弾』」

　ドガァン‼︎

「ぐっ！」

　エストが丸い弾を両手から次々に発射したと思ったら、岩壁と触れた瞬間に爆発した。

　この程度で防げるわけがない。ただの目眩しになってしまっている。

「馬鹿め」

　そして、この目眩しのお陰で助かった。これで気づかれない。

　俺の背中を押す岩壁達を次々に反転させて、岩壁の外に脱出した。

　予定変更だ。お前一人で潰れていろ。

　ドガガガガッッ‼︎

　大量の岩壁がぶつかり壊れて積み重なり、中心にいるエストを押し潰していく。

　このまま岩を追加していって、巨大な墓石を建ててやる。

　墓に刻む言葉は『元地魔法使い一位の墓』でいいだろう。

「フッ。一瞬の油断が命取りになったな」

　決着はついたが、俺は油断しない男だ。岩壁の小山に素早く近づいて両手で触れた。

　まだ勝負は終わっていない。この程度で死ぬとは思えない。

　内側から壊されるよりも早く新しい岩を作って、死ぬまで出さない。

　流石に五分も続ければ、くたばるだろう。

「んっ？」

　岩塊の奥から、俺とは別の魔力が外に向かってくるのを感じた。

　やはりしぶとく生き残っている。長い魔力比べをするつもりはない。

　俺の身体が魔力暴走で灰になって壊れる前に死んでくれ。

　ドサッ……

「何だ？」

　岩塊の山から細い何がか飛び出したと思ったら、両腕が地面に落っこちた。

　視線を左右に移動させると、両肩から血飛沫が噴き出している。

「ぐがぁぁッッ‼︎」

　思い出したように痛みが脳に流れ始めた。

　痛みは軽減されているはずなのに、それでも痛い。

　岩塊の山から後退りながら、急いで両肩を岩で覆って止血した。

　よく見れば足の小指も切れてやがる。

「くっ、またアイツかぁー‼︎」

　怒りの叫びを上げて、素早く周囲を探してみた。でも、弓使いは見つからなかった。

　となると、やっぱり岩塊の中の死に損ないの仕業だ。

　両肩から黒い岩の手を作っていき、出来立ての右手で腰の剣を抜いた。

　ドパァン‼︎

　その直後に岩塊の山が破裂して、空に大量の砂粒が舞い上がった。

　砂が舞い落ちる草原の中を、黒い格闘着を着た男が額から血を流して、俺に向かって歩いてくる。

「少しズレたか。耳が残っている」

「ほぉー、どうやら楽に死にたくないらしい。この世に生まれた事を……死ぬほど後悔させてやるよぉー‼︎」

　出来立ての腕で剣を力強く振り抜くと、死に損ないに向かっていった。

　両腕を切り落とした程度で、俺に勝てると信じているなら、それは勘違いだ。

　お前を絶望と恐怖のドン底に叩き落としてやる。