第114話 地魔法使い
「ここまで来るとは思ってなかった。一人で来たのか? 女はどうした?」
「女?」
五メートル程の距離で立ち止まると、エストが周囲を警戒しつつ聞いてきた。
内緒話でもしたいのだろうか。女とはおそらくメルの事だ。
コイツがメルを気にする理由は分からないが、親切に教える義務はない。
怒った口調で嘘を教えてやった。
「死んだよ。あれで死なないと思ったのか?」
「そうか、呆気ないものだ。確かに全身穴だらけにされたら、そうなるかもしれないな」
全身穴だらけは流石に言い過ぎだが、その穴は進化で綺麗に塞がっている。
心配する必要はない。あとは言葉を話せれば人間だと言える。
まさか、こんな事を聞きたいわけじゃないだろう。
「心配してくれているとは思ってなかった。本当は何が聞きたいんだ?」
「死体はどこにある? 本当に死んでいるのか確認したい。素直に教えれば楽に殺してやる」
「殺す? 何を言っているんだ?」
どうも話が噛み合わないが、俺の会話を無視すれば分かりそうだ。
つまりエストはメルが本当に死んだのか、死体を見て確かめたいと言っている。
当然、見せられないし、殺されるつもりもない。交渉決裂だな。
「悪いな。海の底に沈めてしまった。43階に行って探すんだな。運が良ければ浮いているかもしれない」
「はぁ……嘘が下手過ぎる。40階から死体を担いで、わざわざ43階に捨てる意味が分からない」
「遺言なんだよ。綺麗な海に沈めてほしいって……」
まあ、この程度の嘘に騙されるヤツはいない。
それに殺すと言っているから、敵認定してもいいだろう。
ゾンビにする前に情報を聞き出して、用が済んだら階段に放り込んでやる。
怪しまれない内部の共犯者ゲットだな。これで楽に盗みが出来る。
「それよりも50階は攻略したのか? まだなら、地魔法使い二位の俺が手伝ってやってもいいぞ」
「面白い冗談だ。二位はディルという名前だった。お前は十七位だったと記憶している」
十七位だと? 情報を聞き出そうと思ったが、コイツからは正確な情報は聞けそうにない。
俺は十五位だ。魔力を地面に流して、エストの周囲の地面から黒い弾丸を一斉に発射する。
地面から空に落ちる弾丸の雨に撃たれて、俺の前に跪け。
「残念、その情報は古過ぎだ。それにすぐに一位は変わる!」
パァン‼︎
「なっ⁉︎」
だが、弾丸の雨を発射しようとした瞬間、地面の魔力が弾かれ消失した。
『魔法破棄』——同系統の魔法なら、強い方が弱い方の魔法を打ち消す事が出来る技か。
どうやら、瞬間的な魔力放出量はアイツの方がかなり上らしい。
「お前の魔力の流れは『魔眼』で見えている。今度は逃すつもりはない。無駄な抵抗はやめろ」
「そのつもりはない!」
地面の弾丸を防いだ程度で調子に乗ったようだ。突っ込んできた。
地面が無理なら、手から発射すればいいだけだ。両手を向けると弾丸を発射した。
安心しろ。お前が魔力を使い切る前に倒してやる。
「腕から切るか」
弾丸の雨を走りながら回避して、エストが右手を一回振り上げた。
その直後に地面から、紙のように薄い2メートル程の黒い刃が突き出した。
「何だ、あれは?」
砂ザメの背ビレのように、黒い刃が地面を滑るように俺に向かってきた。
刃に触れた草原の草が切断されている。圧縮された地魔法の刃のようだ。
だったら、同じ弾丸で破壊可能だ。
でも、それは無理なようだ。
弾丸が切られているのか、弾丸をすり抜けて黒い刃が向かってくる。
だったら、避けるしかない。右に飛んで回避した。
「くっ!」
だけど、地を這う刃が方向を変えて付いて来た。
そういえば、同じような現象を弓矢で見た事がある。きっと空に飛んでも付いて来る。
急いで鞘から剣を引き抜き、全力で黒い刃に叩きつけた。
ガン‼︎
「ぐくっ、硬ッ……!」
薄い刃なのに予想よりも硬くて力がある。
目の前に人がいるようにグイグイ押し返してくる。
「このぉー! 消えろ‼︎」
だけど、アイツに出来る事が、俺に出来ないわけがない。
剣から黒い刃に向かって、魔力を全力で流して破壊した。
「壊せるとは思わなかった」
「余裕だよ!」
目の前まで迫ってきたエストに対して、力強く剣を構えた。
面倒な相手だが、コイツを倒せば、俺が地魔法使い一位だ。
素手の相手だろうと容赦なく切り倒してやる。
「ハァッ、ウラァッ!」
左肩を狙って剣を振り下ろし、右胸を狙って突き出す。
上手く躱しているつもりかもしれないが、お前の動きは速くない。
胴体を半分に切り終わったら、たっぷりと輸血してやるから感謝しろ。
乱撃で隙を作ると素早く間合いを詰めた。終わりだ。
浮いている左腕の肘下を通るように、左胸を狙って鋭い斬撃を振り払った。
「ハァッ!」
ガン!
「軽いな」
「ぐぐっ!」
だけど、その鋭い斬撃をエストが左腕を下げて、左腕の前腕で受け止めた。
剣から硬い衝撃が伝わってくる。絶対に腕に何か隠している。
素手のフリをして油断させるとは、卑怯な奴だ。
左腕で剣を受け止めたまま、右拳で俺の顔面を殴り飛ばした。
ドゴォン!
「ぐがぁ!」
痛覚耐性で強烈な痛みは感じないが、思いっきり殴られれば痛いに決まっている。
それなのに、フラついた俺に拳と蹴りを容赦なく叩き込んでくる。
剣を振り回して反撃するが、両腕の硬い何かに受け止められてしまう。
「本気を出せ。それともこの程度か?」
「ぐっ、ぐふっ、ぐごぉ……」
身体を守る岩鎧が壊されていく。
俺が動けなくなるまで、痛ぶるつもりなら無駄だ。
強引に後ろに飛んで、身体を空に撃ち上げた。
「ペェッ……骨が折れたらどうする!」
上空に逃げると、口に溜まった血を地上に吐き捨てた。
少し油断して、ボコボコに暴行されそうになったが、今度は俺の番だ。
ブラックゴーレムLV6に乗れば、お前の拳はもう効かない。
「何だと……?」
だけど、地上から猛スピードで飛んでくる人間が現れた。
明らかに俺に向かって飛んでくる。
「逃さないと言ったはずだ」
「しつこい男は嫌われるぞ!」
まさか空まで追いかけてくるとは思わなかった。
ゴーレムになりかけの左手で弾丸を飛ばして、しつこい男を地上に落とそうとする。
けれども、エストが空中に、複数の四角い岩板をバラバラに出現させた。
それを足場に飛ぶ方向を器用に変えて、弾丸を避けながら接近してくる。
「悪いな、遊びは終わりだ」
だが、俺の勝ちだ。三メートルと小さいがブラックゴーレムは完成した。
付け焼き刃の空中戦で俺に挑むとは、一位様はやはり調子に乗っているようだ。
右手の大剣で相応しい順位に叩き落としてやろう。
「それはもういい」
「んっ?」
投げナイフなのか知らないが、エストが手の平を合わせて黒い針を作って撃ってきた。
ゴーレムの胸の真ん中に真っ直ぐに、黒い針がたった一本だけ飛んでくる。
当然、大剣で受け止めるに決まっている。大剣の腹を胸の真ん中に構えた。
「えっ……?」
でも、黒い針が大剣を避けるようにストンと下に落ちた。
そして、今度は急上昇して胸の中心に突き刺さった。
黒い針がゴーレムを突き破って、俺の身体を——
「舐めるな!」
突き破るのを待つつもりはない。
俺の身体を出来るだけ岩で厚く覆って、ゴーレムの体内を右に移動した。
だけど、間に合わなかった。目の前で爆発が起こった。
ドガァン‼︎
「ぐがぁぁ‼︎」
衝撃が身体を襲い、僅かに意識を奪われた。それでも、回復した頭で状況を確認した。
ゴーレムの左半身が吹き飛んでいる。地魔法で爆発を起こせるなんて、聞いた事がない。
「首……残っていたか。加減……ぎたか」
「はい?」
ちょっと何言っているのか分からない。
空中に浮いた岩の板に、エストが黒い針を構えて立っている。
今は耳がキーンとなっているから待ってほしい。