第111話 四十六階デーモン
「いいか? 大人しく隠れているんだぞ」
「あうっ」
「危ないと思った時だけ、階段の中に避難するんだからな」
「あうっ」
しっかりと言い聞かせると、メルを45階に置いて、46階に出発した。
ウッドエルフの料理を終わらせると、45階の地面の下に秘密基地を作った。
ただの四角い狭い部屋だが、壁と天井は頑丈に作ってある。
そう簡単には壊れないはすだ。
念の為に出入り口も塞いでおこうかと思ったが、それだと外に逃げられない。
ウッドエルフのほとんどを拘束しているから、大丈夫だと信じるしかない。
「次は『デーモン』か……」
ウッドエルフの茶色い枝十五本は入手した。次はデーモンの皮十五枚とまた多い。
階段を下りながら、姉貴の手帳の情報を頼りに作戦を立ててみる。
デーモンはキメラと同じように、複数の生物が組み合わさったモンスターだ。
身体は人型の黒狼だけど、熊並みにデカくて、鋭い爪と牙で攻撃してくる。
頭の左右には上に伸びる鋭い槍角が生えていて、背中には黒い鳥の翼が生えている。
地上だけでなく、空中も素早く移動できるそうだ。
もちろん姉貴情報は当てにならないから、参考程度に覚えておく。
実物は自分の目で見て、判断するしかない。
それに今更、熊並みの大きさ程度にビビるとは思えない。
熊なら大きくても約3~4メートルぐらいだ。
翼が生えたミノタウロス程度の脅威しか感じない。
逆に大斧を持ってないから、楽勝だと思ってしまう。
「とりあえずデーモンは余裕だな。宝箱を最低二個は見つけてやる」
46階に行く真の目的はデーモン狩りではない。
虹色魔玉探しのついでにデーモンを倒すだけだ。
剣の強化素材は地下49階『王城戦場』まで行かないと手に入らない。
そこまで行く間に、帰り道のヴァン達と遭遇するに決まっている。
だったら、メルの為に虹色魔玉を集めて、進化させた方がいいに決まっている。
悪いが俺の大切な人は俺だけだ。最も安全で確実な方法を取らせてもらう。
♢
地下46階……
灰色レンガのトンネルを抜けると、上の階と同じ景色だった。
バラの花が咲き誇る森にまたやって来た。
「油断しない方がいいかもな」
過剰戦力とは思うが、念の為にゴーレムに乗り込んだ。
姉貴情報の『地上も空中も素早く移動できる』が少し気になる。
姉貴が必要ない情報を書くとは思えない。
「小さっ!」
だが、心配のし過ぎだったようだ。
ゴーレムに乗って、注意深くバラの森の探索をしていると、デーモンに遭遇した。
確かに熊並みの筋肉ムキムキの身体だが、身長は2メートルぐらいしかない。
高さ5メートルもあるゴーレムに比べると貧弱な身体だ。
「ウォーン‼︎」
その貧弱なデーモンが果敢にゴーレムに挑んできた。
狼のような遠吠えを上げると、翼を広げて真っ直ぐに飛んできた。
きっと左手の鋭く短い爪で、ゴーレムの身体をえぐり取るつもりだろう。
爪の威力を確かめる為に、このまま食らってもいいけど、俺はウサギを狩るのに全力を出す男だ。
打撃LV4の手袋をはめて、身体から棘カウンターを出して突き刺し、右拳で地面の中に沈めてやる。
「さあ、かかって来い」
両手を上に上げて、降参のポーズで攻撃を誘う。
「ガフッ」
「んっ? どうした?」
だが、デーモンは俺の前で急上昇した。
何か狙っていると警戒されたようだ。意外と賢いモンスターかもしれない。
「あぁ、なるほど。確かに狼だな」
でも、狙っていたのは俺だけじゃなかった。
上空で待機しているデーモンに、次々に他のデーモンが集まってくる。
狼のように群れで獲物を狩る習性があるのだろう。
だとしたら、最初の遠吠えが仲間を呼ぶ合図だったんだろう。
「フッ。探す手間が省けて助かったよ」
だが、これは非常にラッキーだ。思わず笑ってしまった。
ゴーレムの両拳を素早く振り回して、反応速度を確認した。
今日も調子は良いみたいだ。これなら六体ぐらいは余裕で倒せる。
「ウォーン‼︎」
「準備完了か?」
上空を見上げて待っていると、六体のデーモンが一斉に降下してきた。
素早い動きで多方向から攻撃して、俺を撹乱させるつもりのようだ。
確かにゴーレムの中から覗き穴で確認するから、隅々まで素早く見て反応する事は出来ない。
小さな身体で素早く動き回られたら、隙のある場所を少しずつ爪で削られてしまう。
「ガフッ、ガフッ」
「四方向からの同時攻撃か……」
上空から一体、前後と左から一体ずつ、合計四体のデーモンが襲ってきた。
拳で攻撃できるのは一体が限界だが、最初から拳だけで戦うつもりはない。
地面とゴーレムの身体の両方に、ジェノサイドトラップを用意した。
「いつでもどうぞ」
ドガガガガッッ‼︎
「グガァァー‼︎」
突然地面から突き出た無数の黒棘に、デーモン三体は身体を削られながら突っ込んでくる。
空中で止まる事は出来ないみたいだ。
体勢を崩して激しく転倒すると、黒棘を壊してまだ向かってくる。
根性はあるようだが、根性とやる気だけでは結果は残せない。
これはモンスター社会でも人間社会でも共通だ。
ゴーレムの右手の人差し指から、白銀の刀身と銅色の三日月模様が施された剣をちょこんと出した。
小さい相手を切るのに、わざわざ大きくする必要はない。
指先を素早く振って、転倒中の動けない三体を切り刻む。
次に頭の上で串刺しになっているヤツを倒せば、残りは二体だけだ。
「空中で見学か?」
四体のデーモンを倒すと、残り二体を探してみた。
森を見て、空を見ると、空の方で二体仲良く飛んでいた。
『次はお前が行けよ』『仲間が来てから行こうぜ』とか話しているのだろうか?
「大丈夫。俺が行く」
待っていても襲って来ないなら仕方ない。空を飛ばせてもらった。
慌てたように二匹が別方向に逃げ出した。きっと別の仲間の所に案内してくれるんだろう。
片方を選んで追いかけていくと、予想通りに上空を飛んでいる五匹のデーモンを見つけた。
「ガフッ、ガフッ⁉︎」
「ガルゥ、ガルゥ! ウォーン‼︎」
『助けてくれ、変な奴に追われている』『何? 仲間を呼んでブチ殺してやる』……だろうな。
メルの所為でデーモンの声と仕草で、何を言っているのか大体分かる。
逃げ出したデーモンが俺の方を指差して、五体のデーモンに何か言っている。
「多分、さっきの攻撃は警戒されるな。別の手で行くか」
デーモンは少し賢いようだから、逃げたヤツが俺の棘カウンターを仲間に話している。
迂闊に突っ込んで来なくなるだろう。でも、爪が武器なら接近戦をやるしかない。
だとしたら、考えられる手は一つしかない。
「グガアッー!」
「やっぱりか」
一体の勇敢なデーモンが突っ込んできた。その後ろに残りのデーモンが続いている。
時間差で突っ込んで、棘カウンター発動後に総攻撃をするようだ。
一体を犠牲にして、他の仲間の攻撃を成功させる、実に勇敢な作戦だと思う。
でも、次の作戦を早く用意した方がいい。
右手から剣を出して、大剣に変えると、勇敢なデーモンに振り下ろした。
近づかれる前に倒すに決まっている。
ザァクン!
「ガフッ……!」
上半身を斜めに切断されたデーモンが地上に落ちていく。
次は時間差で向かってきた愚か者達を落とす番だ。
「やれやれ、強くなり過ぎてしまったようだ。困ったな」
もちろん困るのは俺じゃない。困っているのはデーモン達の方だ。
大剣を剣に戻して、逃げ回るデーモン達を追いかけ回す。
倒せないなら逃げようと考えたみたいだが、そんな甘い作戦が通用するわけない。
氷竜よりも速い俺からは逃げられない。
「ガフッ、ガフッ‼︎」
追いついたら片手で掴んで、暴れるデーモンに人差し指の剣でトドメを刺す。
大剣で派手に倒して、地上に落ちた魔石と素材を大捜索するつもりはない。
一時間後……
「ヤバイな」
デーモンを倒しまくっていたら、皮が十五枚集まってしまった。
角と骨もあるけど、使う予定はない。そして、予定通りなら下の階に行かないといけない。
正直行きたくないが……
「ここは行くしかないな。森は探すには広すぎる」
一時間で見つけた宝箱の数はゼロだ。ここで粘っていても、見つけられる可能性はかなり低い。
デーモンを倒した勢いのまま、次は47階の『巨人』狩りといきたい。
姉貴情報では地下47階は『燃える町』らしい。
その町を濃茶の棍棒を振り回す、体長13メートル超えの緑色巨人が襲っているそうだ。
俺なら絶対にそんな町には行きたくないが、氷竜と同じなら、頭や首を切れば簡単に倒せるかもしれない。
とりあえず行ってみて、無理なら引き返そう。
「よし、誰も上って来ないな」
47階への階段口まで行くと、周囲と中を確認してから慎重に下り始めた。
バッタリ昔の仲間と出会っても、楽しいお喋りは始まらない。
血みどろの戦いが始まってしまう。
でも、よく考えたら、その時に人質を一人捕まえればいい。
リエラと人質交換して問題解決だ。
半殺し状態でも、手足が二、三本無くなっていても、進化で修復できる。
だが、問題がある。かなり良い手だと思うが、それは相手が交換してくれる場合だけだ。
「俺の事は気にせずに殺してくれ!」とか言われたら、全てが台無しになる。
とりあえず、リエラを連れ去るのが難しい時に試してみるとしよう。