第110話 森の料理人
結界に守られた階段の中に入ると、メルに見張りを頼んで、虹色魔玉七個を使用した。
流石にウッドエルフがいる、バラの森の中で進化する度胸はない。
ドクン‼︎
「ぐぅ、があああっ‼︎」
「ゔあっ、ゔあっ!」
待ってはいなかったが、いつもの苦痛の時間がやって来た。
胸を押さえて横方向だけに激しく転げ回る。
縦方向に転がると、階段下まで転げ落ちてしまう。
十五分後……
「ふぅー、これで進化は最後かもしれないな」
メルが騒いでうるさかったが、進化が終わって身体が楽になった。
闘技場で痛めた部分も治ったのだろう。早速、進化後の身体を調べてみた。
【名前:腐った魔人 年齢:20歳 性別:男 種族:魔人 身長:178センチ 体重:64キロ】
【進化素材:殺生白珠七個】
【移動可能階層:1~50階】
体重が少し増えたみたいだが、それ以外の変化は、移動可能階層が50階になったぐらいだ。
ここまで移動できるなら、外に出られそうな気もするが、無理なら安全な場所で暮らすしかない。
闘技場で魔石を稼いで、水晶を素材に、バラの森でメルと静かに豪勢に暮らすとしよう。
『剣術LV7』『体術LV7』『盾術LV7』『斬撃LV1』『射撃LV6』『圧縮LV5』『筋力LV7』『素早さLV1』『物理耐性LV7』『魔法耐性LV4』『聖耐性LV4』『自然治癒力LV6』『調べるLV7』『眷属使役LV4』『運LV3』——
新しく習得したアビリティは二つあるが、すでにアビリティ装備で使っている。
全体的にはLVアップしているから、戦闘を避けて、人質を連れ去るぐらいは出来るかもしれない。
だけど、確実に連れ去るには、まだまだ実力が足りない。一人で50階に行くのは難しい。
氷か木でも斬りまくれば、斬撃をLVアップできるだろうけど、修行する時間はないだろう。
それにそろそろ50階から、ヴァン達は引き返してくると思う。
俺がわざわざ危険を冒して向かわなくても、ここで待ち伏せするという手もある。
行き違いになったら、それこそ大変だ。ここに置いたメルまで連れ去られてしまう。
「あーあ。ウッドエルフみたいに不死身なら、迷わずに行くんだけどなぁー」
良い手がないから階段に寝転んだ。
別に助けに行きたくないわけではない。助けにいく実力が足りないからだ。
言い訳ではなく、事実だからどうしようもない。
「ゔあっ、あうっ!」
「何だよ、ちょっとぐらい休憩させてくれよ。疲れてるんだよ」
遊んで欲しいのか、メルが俺の足を手で叩いてきた。だけど、今は休憩中だ。
接近する足音も話し声も聞こえないから、遊びたいなら階段を往復していろ。
「ゔあっ、ゔあっ!」
「まったく、剣がどうかしたのか? これは玩具じゃないんだぞ」
だけど、俺の言うことを聞かずに、今度は剣を奪い取ろうとしている。
俺の代わりにモンスターを倒しに行くつもりなら、やめておけ。
孝行娘になる前に、モンスターにやられて親不孝娘になるだけだ。
でも、注意してもしつこく剣を欲しがるので、仕方なく起き上がると、剣を貸してやった。
「分かった分かった。どうしたいんだ?」
メルは鞘付きの剣を受け取ると、下手くそに振り回した後に俺に突き返してきた。
何がやりたいのか、さっぱり分からない。
「ゔあっ! ゔゔっ、ゔゔっ!」
俺が何も反応しないからか、今度は階段下を何度も指差し始めた。
身振りで俺に何かを伝えているようだ。
表情は怒っている感じだから、仕事しろや掃除の邪魔みたいな感じだろうか。
だとしたら、剣を振り回していたから、戦えと言っているんだと思う。
でも、ウッドエルフは倒せないと知っているから違うと思う。
だったら、45階よりも下の階にいる相手と戦えと言っているだろう。
「もしかして、リエラを助けに行けと言っているのか?」
「あうっ!」
適当に推測して言ってみたけど、正解だったようだ。メルが頷いている。
眷属使役がLVアップした影響なのか、急に賢くなっている。
もう一回進化できるから、次は片言で喋れるかもしれないな。
「お前の気持ち分かるけど、ウッドエルフを倒せないのに先に進めると思うのか?」
「あうっ、ゔゔっ!」
俺の質問に、メルはまた身振りで答えようとしている。
剣を指差してから、右腕を曲げて力こぶを見せようとしている。
全然力こぶは見えないけど、何を伝えたいのかはすぐに分かった。
「剣を強化しろと言っているのか?」
「あうっ」
「まあ、確かに戦力アップにはなるな」
予想通り正解だったようだ。メルは頷いている。
剣はまだ調べてないけど、調べるはLV7になった。
今度は強化素材が分かるかもしれない。とりあえず調べてやるか。
【エンシェント・ストーム:長剣ランクB】——持ち主に素早さ上昇の加護を与える。
【強化素材:虹色魔玉七個、ウッドエルフの枝十五本、デーモンの皮十五枚、巨人の鉱石十五個、炎竜の鱗十五枚、将軍の魂七個】
「うわぁー、これは無理だな」
強化素材は見えたけど、すぐに諦めた。
こんなに集めている時間はないし、虹色魔玉が七個手に入るなら、メルの方に使う。
結局分かった事は助けに行くなら、このままさっさと行けという事だけだ。
「ゔゔっ、ゔゔっ!」
「はいはい、助けに行くよ。でも、素材を集めながら行くからな。入手できない時はそこで終わりだ」
「ゔあっ、ゔあっ!」
言い訳はいいから、早くやれだろうな。
メルが腕を引っ張って、45階に連れて行こうとしている。
進化して強くなっているけど、どうせウッドエルフは倒せない。
俺の実力を見せつければ、諦めて待ち伏せ作戦で納得するだろう。
♢
「さてと、どうしようかなぁー?」
岩塊に閉じ込めたウッドエルフを見下ろして、どうやったら倒せるか考える。
奪い取った毒矢、麻痺矢、睡眠矢の枝矢は剣に吸収されなかったから、倒さないと駄目らしい。
逆に言えば、倒せるという事だけが分かってしまった。
「切っても殴っても駄目なら、擦り潰してみるか」
メルが監視しているから、失敗した方法はもう使えない。
やるとしたら、黒岩ですり鉢とすりこぎ棒を作って、すり鉢に細かく切ったウッドエルフを入れる。
あとはゴーレムですりこぎ棒を持って、グチャグチャになるまで、ウッドエルフをかき混ぜるだけだ。
でも、普通にそれを手でやっても、ウッドエルフの修復スピードの方が速いから無理だろう。
常に高速で切り刻みながら、高速でかき混ぜないと倒せないはずだ。
「待てよ? 器が小さい方が身動き出来ないよな」
ゴーレムの圧倒的なパワーで擦り潰そうと思ったけど、どちらかというと火起こしの方が良さそうだ。
筒型のすり鉢を作って、その中にウッドエルフを入れて、上からすりこぎ棒でフタをする。
あとは棒を高速回転させれば、摩擦熱でウッドエルフが燃えていく。
「これなら行けそうな気がする。よし、やってみるか!」
名案を思いついたので、早速調理器具を作ってみる。
まずは正方形の大きな黒岩の塊を用意して、ウッドエルフを入れる穴を一つ空ける。
直径50センチ、深さ150センチぐらいでいいだろう。あとは穴にピッタリ入る棒を作るだけでいい。
あっという間に、頑丈なすり鉢とすりこぎ棒が完成した。
「美味しくなれよ」
ゴーレムに乗り込むと、ポイっと胴体だけのウッドエルフを穴に落として、すぐにすりこぎ棒でフタをした。
両手で棒を回すつもりはないので、両手から魔力を棒に流して、楽に超高速回転を開始した。
「オオオォー‼︎」
「美味しくなれ、美味しくなれ」
ゴリゴリという残酷な音と、食材の声が聞こえてくるが、これは料理を作っているだけだ。
三秒もあれば燃え始めるから、燃え尽きるまで気にせずに続けよう。
「……」
「んっ、終わった?」
七秒ぐらいで棒が底に付いた気がした。食材の声は聞こえてこない。
棒の回転を止めて、穴から引き抜いて、覗き込んでみた。
穴の中から緑色の食材が消えていた。
「よし、予定通りだな」
すり鉢を逆さまにすると、穴から砕けた枝と赤い魔石が落ちてきた。
もうちょっと早く、棒の回転は止めた方がいいみたいだ。
まあ、森の中には岩塊に閉じ込めた食材が沢山ある。少しぐらい失敗しても問題ない。