第11話 盗賊
「これは……⁉︎」
「どうかしたんですか?」
メルが家に暮らし始めて、八日が経過した。
いつものようにスライムを倒して家に帰ると、寝る前にメルを調べた。
すると、昨日までなかったものがあった。
「短剣LV1と職業を習得している」
「本当ですか!」
「ああ、本当だ。盗賊になっている」
「えっ、盗賊ですか……」
喜ぶべきだと思うが、盗賊はちょっと微妙な職業だ。
職業を教えると、喜んでいたメルが急に複雑そうな顔になった。
心当たりがあるのだろうか?
泥棒だから、孤児だからと盗賊になるとは限らない。
実際に盗んでいたとしても、俺の物を盗まなければ何も問題ない。
「盗賊は優秀な職業だ。短剣と弓と素早い動きが得意で、宝箱とモンスターの位置も分かる」
「へぇー、凄い職業なんですね」
良い職業はあるけど悪い職業はない。
盗賊の長所を教えてやると、メルは少し安心したようだ。
それどころか凄い職業を習得したと思い始めている。
「ああ、その通りだ。それに職業も成長する。俺の魔法使いなら、魔法剣士と魔術師になれる」
「だったら、私も魔法盗賊になれるんですね」
「ああ、可能性はあるぞ」
「わぁーい!」
魔法盗賊なんて職業は聞いた事ないが、子供も大人も夢を見る事を忘れたらいけない。
それに職業には上位職業がある。
魔法使いなら、剣と魔法が得意な『魔法剣士』、さらに強力な魔法が使える『魔術師』がいる。
どちらか一つしか選べないが、強化されるのは間違いない。
本棚から職業図鑑を取り出して、盗賊の習得アビリティを調べてみた。
職業限定の特別なアビリティが存在する。
盗賊なら宝箱を見つけると、『宝箱探知』というアビリティを習得できるみたいだ。
まだ戦力として期待できないので、メルには宝箱発見器として活躍してもらおう。
「とりあえず宝箱を開ければいいみたいだ。明日は三階と四階を探してみるか」
「私が三階に付いて行っても大丈夫なんですか?」
明日の予定を話すと、メルが心配そうに聞いてきた。
二階の巨大蚊との戦闘を諦めたから、危険だと心配なんだろう。
戦わせるつもりはないし、週末に七階まで行った。
子供を護衛しながら四階ぐらいは余裕で行ける。
「三階と四階は見晴らしのいい草原だ。俺から離れないようにすれば問題ない」
「そうですね。いつも通りに隊長が守ってくれるなら安心です」
「当たり前だ。三~四階のモンスターは俺の前ではいないのと一緒だ」
明日の予定が決まったので、あとは細かな点を話すだけになる。
命懸けで守るつもりはないが、弱小モンスターを追い払うぐらいはしてやる。
メルは怯えた子猫のように、俺の後ろに隠れていればいいだけだ。
「昼飯はダンジョンで食べるから、トイレ用の紙を忘れるなよ」
「分かりました。お昼ご飯は私が用意しますね」
「ああ、任せる。変なものは買うんじゃないぞ」
「はい、期待してください!」
張り切っているメルに昼飯代千ギルを渡した。
週末に町で遊んで美味しい店でも見つけたのだろう。
お菓子とケーキ以外なら許してやろう。
♢
一週間経って復活した、一階の宝箱四個は昨日取ってしまった。
残り三個はバラバラに復活しているから、誰かがたまに宝箱を開けているようだ。
二階は今日復活しているはずだが、三階と四階に青い宝箱がないか探してみたい。
青い宝箱にはアビリティ付きの特別な装備品が入っている。
メルに装備させれば、五階の探索も安全に出来る可能性がある。
だけど、簡単には手に入らないので期待するだけ無駄だ。
一階の青い宝箱は見つけられていない。
「今日の昼ご飯は私が作ったんですよ」
「そうか、それは楽しみだな」
「肉団子のスパゲッティです」
一階はメルを先頭に炭鉱迷路を進んでいく。
昼飯を買うようにお金を渡したのに、早起きしてババアと一緒に作っていた。
千ギル程度の端た金を節約する為に時間を使うなら、勉強時間に使った方がいい。
クソ不味かったらすぐにやめさせてやる。
「宝箱の気配を感じるか?」
「何も感じないです」
「そうか……」
二階に到着すると先頭を交代して、三階への階段に向かって進んでいく。
一応宝箱の気配を聞いてみたが、やっぱり感じないようだ。
宝箱のアビリティを習得するまでは、今まで通りに目視で探すしかない。
「昨日の夜にも説明したが、時間があるからもう一度説明するぞ」
「お願いします」
冒険者が少し前に通ったのだろう。
巨大蚊が全然いないので、地下三~四階『縦穴草原』の説明をした。
縦穴草原は地面に空いた大きな穴に出来た草原だ。
天候は晴れで、あるのは高い岩壁、緑色の草、地面から突き出た岩と木しかない。
三階には『ビッグアント』と呼ばれる巨大アリが生息している。
四階には『ホーンラビット』と呼ばれる、小さな角が頭に生えた白ウサギがいる。
どちらも大群に襲われると非常に危険なモンスターだ。
「隊長でも危ない時があるんですか?」
「当たり前だ。人間相手でも五対一なら逃げるに決まっている。俺が危ないと思った時は、近くの冒険者に助けを求めて階段に逃げるんだな」
「えぇー! 一緒に逃げましょうよ!」
「逃げられる時は逃げるに決まっている。逃げられない時の話をしているんだ」
万が一の事態に備えて対処方法を教えた。
メルと比べれば、俺は超人的な強さかもしれないが、俺は文化系の人間だ。
体育会系のような馬鹿力は発揮できない。
人間相手の喧嘩は一対一までしかやらない。
本当に危険な時は子供を置き去りに全力で逃げる。
俺はそういう男だ。自分の身は自分で守れるように早く強くなるんだぞ。