第108話 間話:オルファウス
「どういうつもりだ? 手助けするなんて……」
「手助けじゃない。いつも通りの妨害だ。事件には犯人役が必要だろう?」
地下46階、異薔薇の森で虹色魔玉を探していると、エストが理由を聞いてきた。
上の階でくだらない手を使われたので、ヴァン達には内緒で虹色魔玉を探している。
俺達には必要ないが、必要な改造人間がいるそうだ。
「そっちもそうだが、聞きたいのは50階の方だ。今すぐに片付けた方が楽だ」
「ああ、そっちか。別にビビっているわけじゃない。腕輪を手に入れる必要があると思っただけだ。キチンと利用した後に50階で全員片付ける」
Aランク冒険者になりたいとは思わないが、他の冒険者をAランクにするつもりはない。
この町では二年以上もAランク冒険者は出ていない。
これから先も俺達が冒険者を辞めるまで、その予定は変わらない。
「そう予定通りに行くとは思えないがな。腕輪を入手する前に全滅もあり得る」
「そうなったら、そうなったらで手間が省けていいじゃないか。それに死ぬならこんな所よりも、50階の方がいいだろう? 俺の優しさを汲んでくれよ」
「優しいさね。誰かに腕輪を使われて、返り討ちに遭わなければいいがな」
エストはヴァン達を早く片付けたいようだが、物事には順序がある。
事故と事件はまったくの別物だ。いつものように才能がある冒険者を事故死には出来ない。
生き残りに逃げられると、俺達が犯人に疑われてしまう。
実行するなら逃げられない場所と決まっている。
「何、勝手に決めてんですか。始末するなんて勿体ない。一人仲間にしますよ」
「んっ、珍しいな。興味があるヤツでもいたのか?」
後ろの方から珍しく声が聞こえてきた。
振り返って見てみると、いつもは猫背のシトラスが背筋を伸ばしていた。
「いい馬車がいるでしょ! 50階まで運んでくれる馬車が!」
「ああ、アイツか……アイツは駄目だ。アイツの弟だからな」
職人の一人でも欲しいのかと思ったが、一番駄目な奴を欲しがっている。
アイツからは俺達と同類の腐った人間の臭いがする。
仲間になると油断させてから、毒とか平気で食事に入れそうだ。
「あんたの私怨なんてどうでもいいんだよ。不死身の馬車が欲しいんだよ! 腕輪が取り放題だろ!」
「ああ、分かった分かった。そこまで言うなら勧誘は自分でしろ。出来ない時は始末するんだぞ」
「大丈夫。もう首輪と手綱はあるから」
何を言っても聞きそうにない。説得するのをやめた。
シトラスは鎖を持って不気味に笑っているが、あの暴れゴーレムを調教するのは無理だ。
無理矢理に乗っても、壁にぶつかって道連れにされるだけだ。
「おい、見つけたぞ。あそこの木に成っている」
「ああ、本当だな」
四十分程探していると、エストが木の枝にぶら下がっている赤い宝箱を見つけた。
赤いデカイ実も一緒にぶら下がっているから、パッと見ただけでは見逃しそうだ。
宝箱から虹色に輝く玉を回収すると、45階に引き返した。
「ここでいいだろう。台座を作ってくれ。俺は招待状を書く」
46階への階段口の前に、エストの地魔法で四角い台座を作らせた。
台座の上に見えるように虹色魔玉を埋めて、ついでに招待状も埋め込ませる。
改造人間が生きていれば、招待状を読んで50階にやって来るだろう。
「一個で足りるのか?」
階段を駆け下りながらエストが足りるかと聞いてきた。
悪いがそこまで親切じゃない。宝箱探しが得意らしいから大丈夫だろう。
「七個も集める時間はない。それに重要なのは腕輪の方だ。こっちは腕輪を入手した後のお楽しみだ」
「そのお楽しみが途中で死なないといいがな。さっさと追いつくぞ」
犯人役の準備は終わらせた。あとはヴァン達を追いかけて協力するだけだ。
そして、50階のボスを倒した後に裏切る。それだけで、また頂点としての平穏な日々を過ごせる。
♢
地下48階……
「なるほど、頭を使って突破するつもりか。まあ、そういう手もあるな」
燃えている建物の煙が目に滲みる。そんな建物の中に火竜が大量に倒れている。
殺さずに放置して、新しく増えないようにしているようだ。
闘技場と同じ手を使って、こんな手間をかけるなら、デカイ門番を倒した方が楽だろうに。
「大きいのと小さいのが一匹ずつ余っている。どっちを狙うんだ?」
「そうだな……」
エストが二匹の火竜を指差して聞いてきた。すでに戦闘中の二組は小さい火竜を攻撃している。
二組とも火竜を倒せる実力がある事は、その辺に倒れている火竜が証明している。
ここで小さい方を倒しても感謝される事はないだろう。だったらデカイ方に決まっている。
「ラス、お前の出番だ。絶対に放すなよ」
「はいはい、落ちないように気をつけてよ。回収できたらするけどね」
デカイ方を狙うと決めると、攻撃を開始した。
俺とシトラスは火竜の右横から接近すると、重力で身体を軽くして高く飛び上がった。
身体が宙に浮かび上がって上昇していく。俺の身体にはシトラスの鎖が巻き付いている。
離れられない親密な仲というわけだ。
ドガァン‼︎
「グオオォー‼︎」
「上手くやっているようだ」
真下を見下ろせば、火竜の大きな背中と、攻撃中のエストが見えた。
火竜の正面に立って、20センチ程の弾丸を発射している。
その弾丸をぶつかる瞬間に爆発させて、2メートル超えの棘弾丸に変えている。
地魔法なら時限式でも難しいのに、それを遠隔操作で楽々やっている。流石は天才だな。
「よし、行くぞ」
「はいはい、長くは拘束できないよ。エストがバテる前にさっさと倒してよ」
火竜はエストに集中している。突撃しても気づかれにくい。
シトラスに頼んで、火竜の首目掛けて、頭から矢のように飛んでいく。
確かに火竜の身体は巨大だが、重要なのはどこを攻撃するかだ。
尻尾や翼を切断しても殺せないが、首や頭を切断すれば殺せる。
Aランクの剣なら赤い鱗を貫き、重力の魔法ならば、体内から骨を粉々に破壊できる。
「グオオッー‼︎」
シトラスは首に着地すると、五本の透明な鎖で火竜の首を強く締めつけた。
当然、火竜は首を振り回して振り落とそうとするが、そう簡単には出来ない。
太い首の上に立って、暴れ首を上手に乗りこなしている。
「ちょっ、早くしてよ! 結構痛んだから!」
「ああ、すぐに終わる」
だけど、長くは持たないそうだ。
手足と繋がっている鎖が切れるか、手足の方が切れるか、堪忍袋の尾が切れるそうだ。
仕方なく鞘から剣を抜くと、重力を込めた切っ先を火竜の首に突き刺した。
ドスッ‼︎
「グゴオーッ‼︎」
赤い刀身の半分以上が突き刺さった瞬間、火竜は激しくのけ反った。
だが、この程度で死なないのは知っている。
「俺の魔力をたっぷり食わせてやるよ」
「グガァ、グ、グゴォ……!」
喉に食べ物でも詰まらせたように、火竜が苦しみ始めた。
残念だが、吐き出すのは不可能だ。そのまま死んでくれ。
『グラビティバースト』——切っ先に集めた重力を暴走させて、大きく膨らませていく。
暴走した重力は瞬時に肉も骨も押し広げて、最後は首まで破裂させる。
最初から制御するつもりがないから、威力は上げ放題だ。
「終わりだな。ラス、離れるぞ」
火竜の首に大きな喉仏が出来ている。バキバキと首の骨はさっき折れた。
もう死んでいる。剣を引き抜くと地上に降りた。
「さて、何が出るかな?」
しばらく待っていると、予想通りに火竜は消え始めた。
興味はないが、一応は現れた青い宝箱を開けてみた。
宝箱の中には、紫色の宝石がはまった銀色の指輪があった。
よく知っているハズレアビリティだ。
【神器の指輪:使用者に魔術LV1を与える】
「チッ、行くぞ」
「おい、捨てるなよ。勿体ない」
手に取った指輪を地面に捨てると、階段に向かった。
魔法使いがはめても何も起こらない。戦士がはめても何も起こらない。
何年間もはめても、何も習得しない。究極のゴミアビリティだ。