第107話 間話:副隊長ロビン
地下45階……
美しいバラの森に到着した。
40階で、知り合いとの予期せぬ戦闘があったものの、全体的には順調に進んでいる。
カナンが犯罪者になったのは、七ヶ月前の酒場の決断が影響しているのは間違いない。
ああなってしまった責任の一端は、私達四人にもあるだろう。
だが、責任を取るつもりはない。
七ヶ月も経過していれば、他の影響も十分に考えられる。
「ちょっといいか? 念の為に虹色魔玉を一個だけ探そう」
ちょうどカナンの事を考えていると、先頭を進んでいたホールドがやって来た。
宝箱を探す理由は分かっているが、逃げた二人がここまで来れるとは思えない。
雷平原と氷海を抜けるのは簡単じゃない。
「ここまでやって来れるとは思えませんけど?」
「だから、念の為だ。また襲われる可能性もある。邪魔されないように対処するべきだ」
「まあ、確かにその通りですね」
カナンを調べたホールドの話では、怪しい人体実験の材料に虹色魔玉が必要らしい。
それを七個使うと進化できて、力が跳ね上がるそうだ。
とても信じられない話だが、実際のカナンの実力を見たら信じるしかない。
あのEランクがBランク並みの実力になっていた。
そして、進める階層には制限があって、その制限がこの45階らしい。
ホールドの予想では、進化するとその階層制限がなくなるそうだ。
つまり、45階から先に行けるようになるという事だ。
虹色魔玉を一個見つけるだけで、一週間も足止めできるのならば、確かに探す意味はある。
「分かりました。負傷者には休憩してもらって、その間に探しましょう」
「ああ、助かる。階段に置いてある荷物を盗られたくないからな」
少し用心深い気もするが、無駄に反対するよりは探した方が早く終わる。
ホールドの意見に賛成した。でも、隣で話を聞いていたアレンが馬鹿な事を言ってきた。
「じゃあ、俺も休みます。ここの木人間には剣とか効かないんで」
「はい? 何を言ってるんですか。負傷者じゃないんだから探しなさい」
負傷者とは足を切断されたガイの事を言っている。人質の子供を撃たれた馬鹿の事じゃない。
雷平原と氷海のモンスターとの戦いでも、剣闘士なのに情けなくも魔銃を借りて攻撃していた。
いつもは見ているだけだから、多少は役に立ったものの、あの程度で疲れたとは言わせない。
「だからですよ。負傷者になる前に休むんです。剣じゃ倒せないから、俺やられちゃいますよ?」
「くっ……」
口の減らない男だ。誇りの欠片も持っていない。
それに実際にやられる姿しか思い浮かばないからタチが悪い。
「それなら問題ない。焼くか、凍らせれば再生できなくなる。氷剣を貸してやるから頑張れ」
「えっ? あぁ、ありがとうございます。助かります」
殴ろうか、蹴ろうか悩んでいると、ホールドが青白い刀身をした氷剣を差し出してきた。
アレンは明らかに苦笑いを浮かべて受け取っている。
「すみません、助かりました。良かったですね。問題解決したようで?」
「えぇ、まぁ……あ、探してきます!」
ホールドにお礼を言うと、アレンを睨みつけた。睨みつけるとアレンは慌てて走っていった。
どうせ休みたかった理由は、毒矢や麻痺矢を食いたくなかっただけだ。
これ機にホールドにアレンを引き取ってもらいましょう。
♢
地下48階……
燃え盛る町に到着した。炎と煙に満ちた世界だ。
夕暮れ時のオレンジ色の空の下に、赤い煉瓦の壁に黒焦げた木材の柱が散乱している。
身体についたバラの匂いが煙の臭いに変わっていく。
45階で虹色魔玉を一個入手すると、50階を目指した。
前回の探索で、47階までの青い宝箱からアビリティ装備は回収している。
戦力アップする方法は武器を強化する以外にないが、必要な素材が分からない。
けれども、方法がないわけじゃない。
「そこをお願いします。料金は希望する金額を用意——」
「何度も言わせるな。武器を強化したいのなら、頭を鍛えろ。楽に強くなれないのは知っているだろ」
周辺の火炎竜を行動不能にして、作戦の最終段階に入っても、ホールドの答えは変わらなかった。
危機的状況ならば喋るだろうと期待したものの、予想以上の石頭だったようだ。
「……分かりました。では、援護をお願いします」
「ああ、それならいい。任せておけ」
三回目の説得を諦めると、『巨大火炎竜』への攻撃を開始した。
火炎竜は氷竜と体型は似ているが、細い氷竜と違って、全体的に首も尻尾も含めて太い。
強敵だが、十人一組で二方向から突撃して、階段を守っている火炎竜四匹を短時間で撃破する。
「グオオォー‼︎」
接近する私達に気づいた、一番大きな火炎竜が咆哮を轟かせた。
前回はこの咆哮で、周囲の火炎竜が集まってきて、十匹以上に増えてしまった。
でも、今回は咆哮の対策を用意してきている。
周囲の火炎竜がやって来ないように、周辺の火炎竜の手足と翼を破壊させてもらった。
同じ手は通用しない。遠くの火炎竜がやって来る前に倒させてもらう。
「おっ! 予想通りですね!」
「そうだな。だからと言って、一人だけ階段の中に逃げ込むなよ」
「ヤダな。そんな事するわけないでしょう。俺だけ生き残っても帰れないですよ」
「確かにその通りだな。悪かったな」
「いやいや、悪いのは今の発言ですよ! 俺、この為に体力温存していただけなんですから!」
最初の作戦が成功して、アレンとガイは喋る余裕があるようだ。
私もこのまま二十対四で勝負を決めたい。
おそらく、あの巨大火炎竜を倒せば青い宝箱を落とすはずだ。
他の火炎竜が15メートル程なのに、18メートルを超えている。
予定では十対一で最初に小さい三匹のうち二匹を倒す。
その後は大と小に分かれて、小を素早く倒して、大との二十対一を予定している。
火炎竜の援軍や巨大火炎竜を倒せないと判断した場合は、階段を探す事を優先している。
巨大火炎竜を倒す事が目的ではない。
「先に翼を破壊しましょう。後ろ足の破壊はヴァン達に任せます」
三角形の配置で巨大火炎竜を守っている一匹に狙いを定めた。
一緒に攻撃するホールドの仲間六人には、翼の破壊をお願いする。
「分かっているよ。無理に倒さず、階段を見つけるのが最優先なんだろ?」
「ええ、その通りです。死なないように頑張りましょう」
「はいよ!」
赤茶色の髪の男はさっさと戦いたいようだ。面倒くさそうに答えている。
全員が両手に氷魔法を発射する銃と、腰に氷剣を持っている。
火炎竜には炎は効きにくく、雷よりも氷の方が効くそうだ。
「やれやれ、頭を一撃で倒したいですね!」
最終確認を手短に終わらせると、攻撃を開始した。普通は巨大な翼を破壊するだけでも一苦労する。
でも、弓騎兵の固有アビリティ『遠目』『狙う』『会心率』があれば、そこまで難しくはない。
遠目で見える距離ならば、狙うを使う事で、ほぼ100%命中させる事が出来る。
アビリティ『圧縮』で放たれた剛矢は、会心率を合わせ持ち、貫いた部分の周囲まで破壊してしまう。
この弓を強化すれば、火炎竜の頭部さえ破壊できるかもしれない……
なのに、頭の固い人間が協力しない所為で、それは実現できなかった。
火炎竜の右翼をへし折ろうと、三本の矢を下から斜め上に向かって発射した。
「グガアアッ……!」
「くっ、相変わらず頑丈ですね」
矢は狙い通りに、背中に見える翼の付け根に直撃して爆散した。
けれども、翼は折れていない。火炎竜が痛そうに体勢を崩しただけだ。
「まったく、体力温存しないといけないのに……」
文句を言いながらも、連続で会心の剛矢を放っていく。ここを突破したら階段で長時間休みたい。
圧縮は身体能力を瞬間的に上げて、攻撃力や素早さを引き上げる効果がある。
その代償に体力を激しく消費してしまう。使い過ぎると動けなくなるから注意が必要だ。
「グガァァーッッ‼︎」
「よし、折れたぞ! 翼から背中に乗る! 死にたいヤツはついて来い!」
「おおー!」
凍り付いた右翼に十五発の剛矢を炸裂させると、やっと翼がへし折れた。
背中からぶら下がった右翼が、情け無く地面にくっ付いている。
チャンスとばかりに、職人達が右翼をハシゴ代わりに登ろうとしている。
「ああ、あれは駄目だ。アレンには真似できない」
アレンは勇敢な職人達に続くつもりはないようだ。
引き取ってもらうのは諦めた方がよさそうだ。
氷剣を持ったアレンはガイと一緒に左前足を攻撃している。
しかも、氷剣を足に突き刺してぶら下がっているだけだ。
「後ろ足は破壊しているから、残りは前足のみですか……倒すのは時間の問題でしょうね」
状況確認を素早く終わらせると、火炎竜の頭に弓矢を向けた。
射っても炎の息で壊されるだけだが、注意を引きつける事は出来る。
その間に背中の職人達が、火炎竜の首に氷剣を突き刺せれば終わりだ。
「はぁっ、はぁっ……終わったようですね」
「グガァ……」
短時間で倒そうとすると、かなり疲れてしまう。
首に何本も氷剣を突き刺された火炎竜が地面に倒れていく。
クォーク達の方はまだ戦闘中だから、こっちが巨大火炎竜の相手をしないといけない。
帰り道が楽になると思って倒すしかない。
素早く集まると負傷者がいないか確認した。
全員無事なようだが、このまま全員で突撃するつもりはない。
「次はデカイのに行きます。でも、二人ほど階段探しをお願いします。見つけた時は空に向かって合図を発射してください」
職人達六人の中から、階段探しに二人使わせてもらう。逃げ道は早めに用意したい。
「ああ、分かった。すぐに見つけて加勢に行く。ギュンター、行くぞ!」
「おいおい、俺は探し物は得意じゃないだ。勘弁してくれよ」
「小さなネジじゃないんだ。デカイ階段なんて見落とす馬鹿はいねぇよ!」
一人は自信なさそうだが、二人は階段を探しに走っていった。
おそらく巨大火炎竜の周囲が最有力候補だが、そこは戦闘しながら探すしかない。
万が一の可能性を考えての保険だと思って、二人には頑張ってもらいましょう。