第104話 四十三階フェンリル
地下43階……
雷蛇と雷鳥の素材、暗黒物質四個を集め終わると、氷の大地と流氷が浮かぶ、『氷海』にやって来た。
ただただ見渡す限りに、青空と氷の大地と氷の山が見える。
「ゔゔっっ、寒い寒い寒い! 氷耐性の指輪があるのに!」
「ゔあっ、ゔあっ!」
どうやら順調な旅はここまでのようだ。痛覚が戻っているから、この寒さが辛い。
吐く息は白く、身体の関節が油が抜けたように動きづらい。
メルも氷耐性の指輪をはめているのに寒そうだ。急いでブラックゴーレムに乗り込んだ。
「ああ、寒かった。生身だと死んでいたな」
「あうっ」
氷耐性と体温調節のアビリティがないと、この氷海では満足に動けないようだ。
何も感じないから要らないな、と体温調節の服を脱ぎ捨てた昔の俺を叱りたい。
「さてと、どっちから探そうか……」
必要な暗黒物質は一個だけだ。
この状態でも宝箱の近くにいけば、メルが教えてくれるだろう。
だとしたら、『フェンリル』を探しながら適当に歩いていけばいい。
どうせ、もうヴァン達には追いつけないのは分かっている。
のんびりと素材回収をしながら、戦闘技術を上げればいい。
「宝箱がある時だけ喋るんだぞ」
「あうっ」
熱い風呂に入りたいと思いながら、ゴーレムを氷の大地の上を歩かせていく。
だけど、よく考えたら、ゴーレムの重さで氷が割れそうな気がする。
空中の方が安全だし、広範囲を探すには都合が良いだろう。
すぐに空中散歩に切り替えた。
「腹は空かないけど、味覚があるから何か食べたいよな?」
「……」
「45階の森に果物があれば、蛇皮と混ぜれば酒ぐらい作れるかもしれないな」
「……」
「ああ、お前は未成年だから飲めないか」
「……」
俺の言いつけをしっかりと守っているようだ。
話しかけているのに、メルは全然喋らない。
「んっ? あれか……?」
暇そうに地上を眺め続けていると、氷の上に三つの白い塊を見つけた。
隆起した大地の一部かと思ったが、三つとも形が似ているのはおかしい。
ゆっくりと高度を下げていくと、やっぱりフェンリルが寝そべっていた。
アイツらも冒険者がやって来ないから、暇なんだろう。
見つけた白い大きな狼の体長は5メートル以上はある。
デカイと言えばデカイが、この辺のモンスターの中では小さい方だ。
三匹で楽しく寝ているのか、喋っているのか知らないが、お互いの仕事を始めよう。
「さてと……まずは海に落とすか」
俺は容赦しない俺だ。
空から大地を弾丸で破壊して、フェンリル三匹を冷たい海に落とす。
あとは犬かきで泳いでいる三匹を、順番に沈めていけばいい。
丸い弾丸だと威力が足りないから、先を尖らせた岩杭を使用する。
太さは五十センチぐらいでいいだろう。これだけでも頭に当たれば倒せそうだ。
まずはこのままフェンリルを狙ってみる。倒せれば分厚い大地を壊す手間が省ける。
「よし、首根っこだ」
高速落下して、大剣で首を切断してもいいけど、避けられたらヤバイ。
初見のモンスターには慎重に行動しないと駄目だ。
狙いを定めて、黒い岩杭を寝ているフェンリルに発射した。
「ガウッ……⁉︎」
「滑った?」
完璧の直撃したと思った一撃が、首に当たってから、滑るように地面に突き刺さった。
身体にヌルヌルの油でも塗っているんだろうか。
だが、理由を考えている時間はない。失敗したのなら攻撃あるのみだ。
連射性能に優れている丸い弾丸を、起き上がった三匹に発射していく。
「他は無視して集中攻撃するか」
弾丸の雨を三匹のフェンリルは、地面を波打つように素早く動き回って避けまくる。
滑るように高速で走り回るので、確実に当てるには一匹ずつ狙うしかないだろう。
一匹の背中を弾丸の雨で追いかけていく。
「やはり滑っているな。いや、凍結しているのか?」
確実に弾丸は何十発も当たっている。それなのにフェンリルの動きに変化はない。
明らかに弾丸の衝撃を感じていないように見える。
弾丸が身体に当たる前に、何かが起こっていると考えた方が自然だろう。
「姿は違うがスライムみたいなものか? だとしたら、ちょっと厄介だな」
姉貴の手帳情報は『大きな白い狼、噛まれると凍りつくよ』しかない。
倒し方をもっと詳しく書いてほしいが、姉貴にはこれが限界だから仕方ない。
それに遠距離攻撃が効かないのは十分に分かった。
だったら、剣で攻撃するしかない。右手から水晶剣を出して巨大化させた。
雷蛇と同じ戦法で噛まれたら、凍らされる前に身体から棘を生やして倒せばいいだけだ。
地上に降りると、フェンリルに対して大剣を水平に構えた。
「ヴヴヴヴッッ!」
「ゔゔゔゔっっ!」
「こら、真似するな」
ゴーレムの中までフェンリルの呻り声が聞こえてきたから、メルが反応している。
もしもここに宝箱があったとしても、今は戦闘中だから静かにしてもらいたい。
「ガルゥ!」
「逃げないか。じゃあ、やるしかないな!」
しばらく睨み合いを続けていると、フェンリルの方から向かってきた。
この隆起した氷の大地を速く走れる自信はないが、地面ギリギリを飛ぶ事は出来る。
フェンリルに向かって、俺も突撃を開始した。
身体の大きさは同じぐらいだ。
このまま激突して、体勢を崩したところを大剣で攻撃してもいい。
だけど、俺の体勢が崩されたり、激突した瞬間にゴーレムの身体が破壊される可能性もある。
危険な賭けはせずに、無難に大剣で攻撃した方がいいだろう。
攻撃の間合いに入ると、フェンリルの鼻先に向かって大剣を薙ぎ払った。
ブン——
「グルガァ!」
「なっ⁉︎ あぐっ……!」
ドガァン‼︎ だが、俺の攻撃は避けられた。しかも、押し倒された。
フェンリルは俺に向かって飛び跳ねると、空中で前回転しながら大剣を躱して、頭に噛みついた。
鋭い爪を生やした四つ足を突き刺して、ゴーレムを仰向けに押し倒している。
「これはヤバ過ぎるだろ⁉︎」
予想外の絶対絶命のピンチだ。
前足と後ろ足の爪に突き刺された両肩と両足を中心に、ゴーレムの身体が急速に凍り付いていく。
覗き穴も氷で塞がって何も見えなくなった。
「くっ、無理か!」
腕の丸岩が凍り付いていて、大剣を振り回せなかった。
だが、普通は頭を凍らされた瞬間に終わりだ。まだチャンスがあると思うしかない。
諦めるのはまだ早い。予定通りに岩棘を身体から突き出した。
ドガガガガガッッ!
「……」
「チッ! 何も分からない!」
突き刺さったような手応えがあった気もするが、何も見えないから分からない。
とりあえず仰向けに押し倒された状態のまま、身体を真上に飛ばすしかない。
一度上空に逃げて、体勢を立て直すとしよう。
「あの手袋、どこにある‼︎」
上空に向かって、ゴーレムを撃ち上げながら、解凍手袋を急いで探す。
絶対に使わないと思って、メルの人形入れの岩箱に押し込んだ。
早く見つけないとヤバイ。ゴーレムの体内がまだ凍り付いている。
フェンリルがまだ生きているのだろう。
このままだと俺達が凍り付くのも時間の問題だ。
岩棘を何度も突き出し、凍り付いた体内の丸岩の塊を次々に発射していく。
少しでも時間稼ぎしないと、冷凍ミイラ二体が完成してしまう。
ガコッ!
「んっ? 軽くなった……?」
急にゴーレムにのし掛かっていた重さが消えた。
左肩を見ると、突き刺さっていた白い爪が消えていた。
他の場所の爪も消えている。フェンリルが落ちたようだ。
「馬鹿野郎が、脅かしやがって」
メルの身体を解凍手袋で擦るのをやめると、ホッとひと安心した。
今回は本当に危なかった。俺じゃなかったら間違いなく死んでいた。
だが、安心するのはまだ早い。急いで状況確認だ。
ゴーレムの凍り付いた頭を丸ごと発射すると、そこから顔を出して確認した。
身体の上にはフェンリルはいなかった。やはり地上に落ちたようだ。
両手は大剣を握っている状態で凍り付いていた。これなら回収する必要はない。
「とりあえず被害はないな」
被害はなくても、かなり危なかった。
何の対策も無しに、またフェンリルと戦いたいとは思わない。
地上に降りて、新しいゴーレムに乗り換えたら、新しい作戦を用意しよう。