第100話 雷平原
ガイの左足を切断すると、階段に向かって走った。
俺はメルの治療をするから、お前も早く治療してもらえ。
「仕方ないな」
リエラの無事を確認する余裕はない。ここからは別行動になる。
階段の中に飛び込むと、圧縮した魔力を身体から解放して、階段の中を岩で塞いでいく。
これでしばらくは誰も追って来れないはずだ。
「大丈夫みたいだな」
階段の中に転がっている岩塊を見つけると、上部半分だけを手で触れて壊した。
岩の中から穴の空いた紺色の上着の背中が見えた。
階段を転がり落ちている間に、仰向けからうつ伏せになったようだ。
まあ、ひっくり返せば仰向けになるから問題ない。
「血は残っているだろうな! うぐっ! ほら、たっぷり飲め!」
「……」
子供を噛む趣味はないので、俺の左腕と右腕を剣で思いきり切った。
ドクドクと流れ出した血を、メルの胸の穴と口に押しつける。
悪いが他に助かりそうな方法を思いつかない。
ゾンビになるか魔人になるか分からないが、モンスターになれば助かる可能性はある。
心臓がない俺が生きているんだから間違いない。
「とりあえず、外に出るか」
まだ何も起こらないが、このまま階段の中でモンスターになるのはマズイ。
行動可能階層:階段では逃げ場はない。
メルが乗っている岩塊を小さな船の形にすると、血を飲ませながら階段下りを始めた。
最低でも41階ぐらいは自由に動き回りたい。
「ゔゔゔっっ!」
「おいおい、まだ早いぞ‼︎ もうちょっと待て‼︎」
まだ階段の中なのに、メルが不気味な呻き声を上げて暴れ出した。
俺の不味い血が嫌いで暴れ出したのなら、まだまだ無理矢理に飲ませる。
でも、そうじゃない。身体を岩でしっかり拘束すると、階段の出口に急いだ。
「よし、間に合いそうだ!」
見えてきた階段の出口から、落雷の光と音が頻繁に聞こえてくる。
モンスターになる前に出られそうだ。
41階と42階は『雷平原』と呼ばれる落雷が多い場所らしい。
モンスターだけでなく、落ちてくる雷にも気をつけないといけない。
♢
地下41階……
滑り落ちるように大岩の穴から飛び出すと、小船をゆっくり停止させた。
41階は黒い雷雲が空を覆い尽くし、黒い砂利道の地面には、黒く硬そうな岩柱が点在している。
遠くの地面の上を雷の帯が動き回っている。あれが『雷蛇』と呼ばれる雷を纏った大蛇だろう。
戦うつもりはないから、今は雷が落ちても大丈夫な場所に避難したい。
「……安全な場所はなさそうだな」
周囲を見渡した結果、安全な場所がないのはすぐに分かった。
雷が一秒に十発以上は落ちている気がする。とにかくうるさい。
「ゔゔゔっっ!」
「とりあえず移動するか……」
いつまでも階段の前にいるのは危険だ。メルはまだ呻き声を上げている。
隠れられそうな場所を探しに、小船を前に進ませた。
「それにしてもヤバかった。あれで互角とか信じられん」
魔力を暴走させて、捨て身で戦闘能力を上昇させたのに、ガイとは互角だった。
まあ、メルを連れ去る事には成功したが、お陰で身体はボロボロの状態だ。
今ならジャンプして、着地しただけでも骨折しそうだ。多分、魔法耐性がなかったら死んでいた。
もう使わないようにしないと、次は頭以外の全身を岩製にしないといけなくなる。
五分後……
「あとは入り口を塞いでと」
穴を掘ろうと思ったが面倒だったので、二人入れる岩の柱を作った。
直立状態のメルが呻いているが、一時間ぐらいの辛抱だ。
デスアウルで実験した時は、血を飲ませて使役するまで四十分かかった。
最長でも二時間あれば大人しくなるだろう。
「服の替えはないのに困ったな」
メルがモンスターになるまで、ゆっくりと休んでいる時間はない。
今持っている物で最善の手を考えないといけない。
服のポケットを裏返して、中身を全部取り出した。
持ち物は射撃強化と薬品製造と家具製造の手袋、姉貴の手帳、金貨が数枚だけだった。
俺とメルには食べ物はいらないから、一応長期戦でも大丈夫だ。
だけど、7歳とはいえ、女に右胸を露出させて歩かせるわけにはいかない。
まあ、その右胸には穴が空いているから、膨らみの欠片もないが……
いやいや、女の価値は胸じゃない。俺も気にしないから、お前も気にするな。
とりあえず、射撃の赤い手袋で胸と背中の服の穴を隠してやった。
これで恥ずかしくないだろう。
「さてと、どう動くべきだ?」
問題の一つが解決して、持ち物から現在の状況が分かった。あとは作戦を考えるだけだ。
当然、一番に考えるべきは、メルの進化素材の入手だ。
進化させれば胸の穴も綺麗に塞がるし、行動可能階層が広がる。
でも、それには問題がある。
俺達を襲ったヴァン達がここにやって来るかもしれないのに、安全に探せるわけがない。
俺だけなら、メルをここに置いていけば、45階まで行ける。
44階辺りなら、邪魔するのはモンスターぐらいだ。
だけど、メル無しで宝箱を簡単に見つけられるとは思えない。
それに武器が弱いままでは、モンスターもまともに倒せない。
リエラの力があったからこそ、ここまで来れたようなものだ。
「やはり合流するしかないな」
しばらく考えた結果、結論が出た。
岩柱の中から様子を見て、リエラとヴァン達のどちらがやって来るのか確認する。
リエラが来たらすぐに合流、ヴァン達ならば41階を通るまで大人しく隠れる。
42階に行った後に行動を開始する。
「通る人数で状況は変わるから、まずは確かめるしかないか」
考え過ぎると疲れるだけだ。
人数を分けて、時間差で通る場合の対処方法を考えるのをやめた。
そこまで考えていたら、見つかった時の逃げる方法まで考えないといけない。
とりあえず魔力感知で気づかれないように、魔法を使わないように気をつけるだけでいい。
三時間後……
「何で普通に歩いてるんだよ!」
メルのゾンビ化が無事に終わったのに、待っていたリエラじゃなくて、ヴァン達がやって来た。
先頭を歩いている魔法使い四人組の後ろに、ヴァン達四人が歩いている。
俺が命懸けで左足を切ったのに、足でも生やしたように、普通に歩いている。
「まあいい。重要なのは何人いるかだ」
怒るだけ時間の無駄なのは分かっている。人数を確認すると、全員で二十三人いた。
オルファウス達を含めて、全員無事なようだ。
「まさか……やられたのか?」
信じたくはないが、一対十ぐらいでリエラは戦っていた。
普通に考えれば負けるに決まっている。問題はそのリエラの姿が見えない事だ。
オヤジ達が引いている箱の中に監禁されているのか、階段の中に放置されたのか。
でも、階段で生きているなら、拘束した状態でも見張りの一人ぐらいはつける。
それがないと言う事は死んでいるか、逃げられたかのどちらかだ。
「落ち着かないと、まだ死んだとは決まってない」
ザワザワした嫌な予感を感じるが、まだ何も決まっていない。
死体を見るまでは分からない。だけど、モンスターに死体は食べられた後かもしれない。
「メル、俺はどうしたらいいと思う?」
「ゔゔっ、ゔゔっ」
「分かった。そうするよ」
メルに相談した結果、何も分からない事が分かった。
話しかけても呻き声を出すだけで、何を言っているのか分からない。
こんな状態で何をしたらいいのか分からない。
だけど、それでも考えて最善の方法を実行するしかない。
ヴァン達の姿が完全に見えなくなってから、さらに二時間待った。
もう動いても大丈夫だろう。岩柱の壁を壊して外に出た。
「メル、ここで静かに大人しく待っているんだぞ」
「ゔゔっ、ゔゔっ」
「よし、良い子だ。すぐに戻ってくるからな」
付いて来ようとするメルを岩柱の中に押し戻すと、頭を撫でながら待つように言った。
素直な良い子だと信じたいけど、メルの身体を岩で拘束させてもらった。
俺には人を信じる心はないようだ。悪いが俺が戻るまでは、岩柱の中に閉じ込めされてもらう。
「さてと、これで大丈夫だな」
雷蛇に壊されないように、念の為に岩柱を少し太くしておいた。
明らかに太くすると目立ってしまうから、この辺がギリギリの太さになる。
これで出発準備は終わりだ。安心して40階を目指せる。