第10話 間話:メル(休日)
「夜に帰るから、昼と夜の食事は自分で食べるんだぞ」
「はい、いってらっしゃーい」
猫が描かれた千ギル銀貨を一枚渡して、隊長が部屋から出ていった。
隊長はちょっと変な人だけど、必要な物は買ってくれる。
隊長のお父さんのおじさんも変な人で、販売という仕事をしている。
「ゴミ商品を二流、三流の目利きの人に高く売るのが楽しい」といつも言っている。
「どうしよう?」
お昼まで時間はあるけど、やりたい事がない。
本棚から適当に手に取った絵本をパラパラと読んでいく。
隊長が勉強を教える為に、子供服と一緒に押入れから探してきた。
勉強は苦手だから、すぐに眠くなってしまう。
本当のお父さんとお母さんは私に興味がなかったから、いつも放ったらかしにされていた。
逆に隊長はいつも近くにいるから、もうちょっと放ったらかしにして欲しい。
毎日寝る前に問題を出してきて、問題に答えられないと腕立て伏せをさせられる。
腕が疲れたら、腹筋をさせられるし、とっても面倒くさい大人だ。
「うーん、もうちょっと寝よう」
やっぱり眠くなってきた。疲れている所為かもしれない。絵本を閉じると本棚に戻した。
いつもは床の隊長の寝袋で寝ているから、隊長のベッドでお昼まで寝させてもらおう。
寝袋は薄くて軽いので、硬い床に身体が当たって痛い。
「うっ! こっちは臭い」
柔らかいベッドに寝たものの、汗の臭いなのか、酸っぱい臭いがしてきた。
臭い場所で寝た事はあるけど、好きで寝ていたわけじゃない。
このまま我慢して寝るよりは洗濯しよう。明日は熟睡できる。
「よいしょ、よいしょ!」
シーツをベッドから外して、毛布は窓から屋根に放り投げた。
隊長は脱いだ服は屋根に一日放置すると、お日様が綺麗にしてくれると言っていた。
でも、床に散らばった服の匂いを嗅いでみたけど、綺麗になっているとは思えない。
「やっぱり臭い……」
よく考えたら、隊長は食事代は渡してくれるけど、料理は一回も作ってくれた事がない。
家事は得意じゃないみたいだ。
今日は外で食事しないで、洗濯や料理をおばさんに習おう。
もしかすると、洗濯や料理のアビリティがあるかもしれない。
ダンジョンでは役に立たないけど、家では役に立つと思う。
洗濯物を持って一階に下りると、おばさんを探してみた。
隊長の家は二階建てで、子供が生まれた時に一階だった家を増築したそうだ。
だから、二階は一階の半分ぐらいの広さしかない。
でも、窓から洗濯物を屋根の上に放り投げるだけで、簡単に干せるから凄く便利だ。
今日はキチンと洗ってから放り投げよう。そうしたら、もっと綺麗になると思う。
「あっ、おば様。洗濯の仕方を教えてもらってもいいですか?」
台所で食器を洗っていた茶色い髪のおばさんを見つけた。
この家で茶色い髪じゃないのは、黒髪のおじさんだけだ。
「あらあら、そんな事はあの馬鹿にやらせたらいいのよ。それが親の仕事なんだから」
その隊長に任せたら駄目だった。
困った顔でおばさんにもう一度頼んでみた。
「洗濯と料理を覚えたいんですけど……私が家のお手伝いをしたら迷惑ですか?」
「迷惑じゃないわよ。うっふふ。やっぱりメルちゃんも女の子ね」
「はい?」
何だか、おばさんが嬉しそうだ。
私が家事を手伝えば、少しは助かるからだろうか?
「私が良いお嫁さんになれるように、キチンと教えてあげるから大丈夫よ」
「はい、おば様。よろしくお願いします」
「じゃあ、私は洗濯樽を用意するから、メルちゃんは洗濯したい物を全部持ってきて」
「分かりました。すぐに持ってきます」
お嫁さんになりたいわけじゃないけど、おばさんが凄く張り切っている。
もしかすると、隊長と結婚させるつもりかもしれない。
隊長は二十歳だから十三歳も歳が離れている。結婚だけは許してほしい。
♢
庭に洗濯物を持っていくと、おばさんが大きな樽と一緒に待っていた。
樽の大きさは高さ90センチ、太さ80センチはありそうだ。
「洗濯は簡単よ。洗濯樽に汚れ物を入れて、水とスライム石鹸を入れるだけ」
「なるほど。簡単ですね」
「あとは蓋を閉めて、樽の横に付いている取っ手を20回回すだけ」
私がシーツと隊長の服を渡すと、水の入った大きな樽に詰め込んだ。
次に四センチ程の青い石鹸を入れて、樽の蓋を閉めて、取っ手を回していく。
説明通りだと凄く簡単だけど、これで終わりだろうか?
「あの……おば様? これで終わりですか?」
「あっははは! まさかぁー。このまま二時間置いておくわよ。石鹸が汚れを分解してくれるの」
聞いてみたけど、やっぱりまだ洗濯には時間がかかるみたいだ。
おばさんにおかしな質問をしたみたいで、大笑いされてしまった。
「じゃあ、二時間は何も出来ないんですね」
「そうよ。だから、この時間に買い物とか料理とか掃除をするの。さあ、買い物に行きましょう」
「はい」
洗濯の次は料理みたいだ。
二時間以内に買い物に行って、料理をして食べないといけない。時間との勝負だ。
手を洗うと町中に買い物に出かけた。
♢
ダンジョンは町の中心地にある。
だから、ダンジョン近くには、武器屋や宿屋などの冒険者関係の建物が多い。
反対に町の外側には、民家や市場などの一般的な建物が多い。
「メルちゃんは何か食べたい物はあるの?」
「何でもいいです。おば様の料理は何でも美味しいです」
「うーん、嬉しいんだけど、それが一番困るのよね。肉と野菜ならどっちがいい?」
「それならお肉です」
「お肉料理ねぇ……」
食材が並んでいる市場を歩きながら、おばさんが聞いてきた。
作る料理を決めずにやってきたみたいだ。
お肉だと答えたのに、まだ悩んでいる。
「よし、肉団子にしましょう! あれならソースを変えるだけで騙せるから」
おばさんが立ち止まると手を合わせて、一人で納得している。
作る料理が決まったみたいだ。でも、騙すのは悪い事だと思う。
「パン粉と片栗粉はあるから……ひき肉と玉ねぎだけでいいわね。メルちゃんは豚と牛のどっちがいい?」
「えーっと、どっちでもいいです」
「じゃあ、豚にしましょう! 混ぜ合わせれば、揚げるか茹でるだけだから楽勝よ!」
豚ひき肉と玉ねぎだけを買うと家に帰った。
私の仕事は玉ねぎを微塵切りして、ひき肉と混ぜ合わせるだけらしい。
包丁で適当に玉ねぎを細切れにして、金属のボールの中のひき肉と混ぜ合わせていく。
ネバネバ、グチャグチャとスライムの感触にちょっと似ている。
丁寧に混ぜ終わると、あとは三センチぐらいに丸めて並べていく。
八十個の生肉団子を並べると、おばさんに報告した。
「終わりました」
「はい、ご苦労様。あとは3~4分油で揚げるだけよ。危ないから離れて見てるのよ」
「はぁーい」
報告が終わるとすぐに、生肉団子が熱々の油の海に投げ入れられた。
ジュージュー音を立てて、美味しそうな匂いも出している。
確かにこれなら簡単だ。あとはトマトケチャップを用意して、揚げたてを食べるだけだ。
「はふっ、はふっ……美味しいです!」
熱々肉団子はとっても美味しい。
たくさん食べすぎて、お腹が一杯になってしまった。
お腹が苦しいから、ちょっとお昼寝したい。
「はぁー、幸せです」
部屋に戻って、寝袋と一緒に窓から出て、ポカポカ屋根の上でお昼寝した。
気持ち良くて、そのまま夕方まで寝てしまった。
晩ご飯はマヨネーズで食べよう。