意思と遺志
「お前、死んだじゃないか」
さあ寝ようと布団に入ろうとしたその時、目の前に人影が現れた。
「言い残したことがあって、来ちゃった」
その姿は、先日事故で命を落とした親友だった。
なよなよして、優しすぎて、よく損な役回りをしていて、でもたまに意地を張る。
見ていて危なっかしいけど、飽きない奴だった。
そんな奴が未練だということが何か、気になった。叶えてやりたいと思った。
「言えよ。なんでも聞いてやる」
「許してあげてよ」
「は?誰を?」
「運転手さ。僕を轢いた車の運転手」
「何言ってんだお前」
意味が分からなかった。
相手の過失で起きた事故だ。何故庇う。
「あの人だって悪気はなかったはずだよ」
「それで許されるなら警察は要らねぇな」
「あの人が居なくなると困る人って結構多いんでしょ?」
「立場と犯罪には何の関係もねぇよ」
「僕だって周りをよく見てなかったし」
「見てたら市街地を時速100kmオーバーで走る車を避けられるのかよ」
「僕、死んでもいいなって思ってたことがあってさ」
「それでもお前は生きるはずだった」
「その僕が許してるのさ」
「お前が許せても俺が許せねぇんだよ!」
「ごめん」
そう言うと、すぅっと消えてしまった。
翌朝。
昨日と変わらず、仕事の合間に訴訟の準備を進めていく。
俺は間違っていない。相応の罰を受けさせるという気持ちは揺らがなかった。
ただ後悔はしている。夢だったのか本当だったのかは別の話として、せっかくあいつと話せたのに喧嘩別れのようになってしまった。
それもまあ仕方ない。俺の意思は揺らがなかったのだから。
互いに譲れなければ、どちらかが折れるしかない。
そしてどちらかが死んでしまっているのなら、それは生きている俺が優先される。
状況を変えられるのは生きている人間だけだ。