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第八十六話 少女について⑤

何故私はこんな場所にいるのだろう。


瞳に映る景色は荒れた街並み。半壊した家、割れている窓、生気の感じない人々。目はまるでアンデットだ。

空気が汚いし、歩く地面も汚い。ゴミが散乱し、腐乱臭のようなキツい匂いが鼻を刺す。誰もきっと好き好んでこの場所になど来ない。こんな腐った場所、魔王軍領にもきっとないのではないか?少なくともダークフェアリー族の村にこんな場所は無かった。


何でもここは、貧民街と言うらしい。奴隷になる価値もなく、生きる尊厳も認められていない生きながらにして人の墓場。表の通りではネックレスやら装飾品やら豪華な物品を身につけて、高い料理を口にしている人々が跋扈していると言うのにまるで別世界だ。


気色悪い。

これだから帝国は悪なのだ。滅びるべきなのだ。こんな奴らのために働かなければならないなんて虫唾が走る。


けれど……主に命令された時点で、私に…ダークフェアリー族元四天王のジェットに拒否権はない。

だからこそ風の盗賊団とか言うよく分からない組織のために、調査をしに来たのだ。

貧民街での目撃証言、その真相を突き止めるために……。


歩いていると、死んだような人たちが死んだような目で私を一斉に見てくる。隙を見せたら殺す、奪う、そう言った意思がダダ漏れの連中。少しくらい気配を消す技術でも身につけたらどうだ。


けれどそんな環境を作ったのも、奴隷制度みたいな圧倒的格差社会を作ったのも、全部帝国が悪い。

魔王軍にも格差はあれど、これほどじゃない。きっと魔王様が全てを収めた世界の方が、幸せに包まれているはずだ。


ただ……帝国が悪くてもそこに住む人々が必ずしも悪くないことくらい…学んだ。

魔王軍に所属していたときより、二つの立場を見ることで視野が広がった…それは確かだろう。そして帝国に対する恨みが、怒りが、日に日に薄れていることも理解している。


きっとこの首輪のせいなのだろう。あれほど殺そうと、殺戮の限りを尽くそうと、そう感じていた相手は今や、帝国も良いんじゃないか?そう言う曖昧で気持ち悪い感情に、埋め尽くされようとしている。


まるで雪だ。

冬に積もっていたはずの雪は、春の訪れとともに溶けて消えていく。私の帝国に対する真っ黒な感情もまた、春解けのように薄れていく。きっと一か月も経てば、そこにいるのは私ではない。

帝国に洗脳された、私ではない私だ。


最悪だ、ムカつく。怒りだ。怒りだ。怒りだ。

拳を気付けば握ってしまうような、どうしようもなく煮えくり返る怒りだ。けれどその怒りは行き場を無くしている。私が私たりうる怒りは、空気中に蒸発するかのように日に日に見えなくなってしまっている。つかみ取れなくなってしまっている。


泳げないまま海に放り投げられた気分。溺れている。帝国と言う海に溺れている。

そしていつしかその海に順応し、地上にいたことを忘れるのだ。それが私。魚になりたくなくても、気付けば魚になっているのが私だ。


最近にいたっては、主に対して良く分からない感情も芽生えつつある。

本来なら私を丸裸にして、魔王軍の情報も何もかも吐き出させればいいのにそれをしない。騎士団に突き出すことも、他の冒険者に根掘り葉掘り聞かれることも彼は決して許さない。

そうして私を守ってくれている。そこに対して、感謝のような感情が芽生えない訳じゃない。けれど……最近それが感謝だけではないことに気付いた。


そこまでは首輪の効果なのか分からないけれど……どこか彼が喜んでくれることをしてあげたいようなそんな感情に包まれる。彼と一緒にいたいと思えるようになっている。

気持ち悪い。我ながら気持ち悪い。

もし部下にそんな奴がいれば、頬を三度叩く自信がある。それくらい気持ち悪い感情。


帝国の、更には私を倒した相手に、こんな感情を抱くなんて気持ち悪い以外の感情が浮かばない。これもまた怒りだ。屈辱だ。けど事実を変えることはできず、心の整理も一生終わらない。


気持ち悪い感情を抱いているのは事実で、それでいてその気持ちは暖かくて、その暖かさに飲まれたくなる自分もいる。その全ても気持ち悪い。

結局いくら考えても、この感情の追いかけっこに終わりはない。


だから考えるのは止めた。

感情がどうであれ、私は詰まる所主の奴隷でしかない。行動に自由が無い。

感情がどう動こうと、私の行動は変わらない。だから今はただ主の命令に従っている。訳も分からない気持ち悪さと怒りを抱えながら、私はこの貧民街を歩き回るしかないのだ。


風の盗賊団。魔王軍の何かしらが関係している組織。

調査が進めば進むほど魔王様の足を引っ張っているような、帝国の肩を持ってあげてるようなそんな気がする。けど私は私の全てを使って、この調査を進める以外どうしようもない。

とにかく風の盗賊団を探すしか、私にはできない。



「おい、お前、身ぐるみ全部置いていきな。ぐへへ……。」


三十分ほど歩いていると、いきなり短剣を手に持つ男が現れた。服もボロボロで、魔力もほとんど感じない。雑魚だ。明らかな雑魚だ。けど目は覚悟が座ってる。

ここで何かを得なければ死ぬ。そういう眷属を増やさないと生きる価値を感じないような、ゾンビの目だ。


「まさかこんな弱そうな女が、ここまで来るとは好都合だ。」


「いっそ、犯してやろうぜ。ぐへへ……。」


後ろからも数人が現れ、私を囲んでくる。なるほど弱い者は弱いなりにグループを作っているのか。

理にかなってはいる。弱きものは徒党を組むことで、その弱さを多少誤魔化せるだろう。

だが……残念ながらそれは微小の差しか埋められない。雑魚はいくら集まろうと雑魚。

圧倒的な力の前に、何の意味もなさない。


けど情報くらい、持ってればないだろうか?


「風の盗賊団、知らない?」


「風の盗賊団、何だそれは?それより早く身ぐるみ…がっ……。」


「知らないなら、どいて。」


私は目の前の男を手刀で真っ二つにした。

返り血が飛び散り、地面に無残な死体とともに水たまりができる。


「おい!嘘だろ……。」


「馬鹿野郎!早く逃げるぞ!」


周りにいた男たちが、一目散に逃げだす。一瞬のうちに私の視界から、男たちの姿は消えた。

逃げ足だけは速い。まるでネズミだ。

ただのか弱い少女が、貧民街に足を運ぶわけがない。それくらいの観察眼、貧民街に住んでいるなら持っていて欲しいものだ。ただ……その私の願いは叶わなかったらしい。


それから何人も何人も私を襲う人は絶えない。馬鹿だ。学んでほしい。

無心で人を、殺す殺す殺す。ただ……帝国人を殺すと言うのは、やはり気分が良い。こんな制限だらけの人生だけれど、魔王様のために行動できるような……そんな気がしてくる。


うーんしかし、風の盗賊団に関する情報を全く得られていない。まいったな……。

主のためにも、ちょっとくらい収穫しておきたいのだが……。


「そこのあなた。」


ん?

いきなり声をかけられて振り向くと、少女が立っていた。見た感じ十歳くらいだろうか?

私より背が低くて、非常に幼く見える。


「……なに?」


「私、知ってます……風の盗賊団のこと。」


少女は不思議にもそんなことを言って来る。

どうやら嘘をついている様子ではない。本当に知っているようだ。

私が風の盗賊団のことを聞き回っている姿を見て、寄ってきたのだろう。


「なら教えて…ください……。」


「じゃあ、お金。十万。」


そう言って少女は、私に手のひらを差し出してくる。

どうやらお金が欲しいらしい。


「残念ですけど……私はお金を持ってません。」


「なら、いい。帰る。」


言葉通り帰ろうとする少女の前に、素早く回り込む。


「お金は払いませんけど……情報は吐いてもらいます。」


「嫌。お金のない相手をする気はない。それにその服装、十万くらいあるでしょ?貧乏人がする服装じゃない。」


「無いものは、ありません。そしてあなたには……逃げる権利も与えるつもりはありま…せん。大人しく情報を吐かないと、殺しますよ?」


「脅しに屈する気はない……って、うわ!?」


私は素早く少女をその場で押し倒す。そして彼女首を、左手で握りしめる。

栄養を十分に取れていないのか、彼女の体は酷く脆い。肉付きも悪く、ちょっとでも力を加えれば殺してしまいそうだ。上手に手加減しないと……。

こんな貴重な情報源、失う訳にはいかない。


「情報を吐いてください。吐かないのであれば爪を1枚ずつ剥がします。そして指を1本ずつ切り落としたあと……出血多量で死ぬ前に、回復魔法で全ての怪我を治し…ループ。嫌であれば今すぐ……吐いて…下さい。」


「は、吐きます!ゆ、許して!」


どうやら理解の早い少女だったらしい。





少女に案内されて来たのは、貧民街の最奥であった。

シルフ街を囲む城壁が目の前にあるので、多分最奥であることに間違いはない。

そこの近くには、二階建ての貧民街にしては大きな建物。どうやら話によれば、ここに風の盗賊団が出没するらしい。


ホントにこんな場所に来るのか、私は半信半疑ながらも完全に姿を消して近くに建物の影に隠れる。

案内してくれた少女は、すぐに解放してあげた。嘘はついていないようだし、彼女がいることで私の存在が見つかったら最悪だ。これが最善だろう。


どうやらあの建物には貧民街の賊の集団が、住み着いているらしい。少女によれば数ヶ月前にシルフギルドの冒険者たちによってここにいた賊は駆逐されたらしいのだが、また新しい賊が住み着いたのだとか。

まあ…あれほど立派な建物、誰かがすぐに住み着こうとするのは当然か。


風の盗賊団……考えてみれば私には、その人が風の盗賊団かどうかの判断材料を持ち合わせていない。

厄介な盗賊団って聞いているし、少しくらい気配が違うと勝手に思っている……て、あ、多分あれだ。


銀色の四角いケースを持つ、一人の男性。

明らかに貧民街に住んでいる人とは思えない、立派な服装。足には魔道具と思わしき、不思議な靴を履いている。気配が圧倒的に違うかと言われれば分からないが、少なくとも他の人々に比べればまともな感じ。


どうやらあの二階建ての建物に、用があるらしい。ただ私はその男の進行を遮るようにして、飛び出し姿を表した。


「あなた……風の盗賊団です…ね?」


そう声をかけた瞬間、男は踵を返して走り出した。履いている不思議な靴が光だし、目にも止まらぬスピード。

どうやらあの靴は、逃走に特化した魔道具らしい。


あの焦ったような反応からして、図星だろう。まさか貧民街にまで追跡している者がいたとは、思っても無い様子だ。


絶対に逃がすつもりは無い。

足が早い?そんなこと私からすれば、止まって見える。私は一瞬で男に追いつくと、彼のお腹目掛けて膝蹴りをぶち込んだ。スピードを出していたこともあり男は大きくバランスを崩して、地面を転がる。

無事、確保……かと思ったが、男の目は死んでいなかった。


「くそっ、こうなったら!」


男はギロりと私を睨むと、持っていた銀色のケースを開ける。すると出てきたのは……ゴーレムであった。

ゴーレムと言っても姿は、人型の人形。なるほどこの人形の魔道具を、この男は運んでいたのか。もしかしたらあの建物の中にいる何者かに、このゴーレムを売る気だったのかもしれない。


ゴーレムは一人で歩き出すと、私に向かって突進してくる。ゴーレムは核を潰さなければ無限に再生する、非常に厄介な魔道具。魔道生物と行ってもいい。


そう言えば魔王軍幹部の1人に、こう言う魔道具を得意にしている人がいると言う話を聞いたことがある。

名前は確か……、あれ、忘れてしまった。元々自分の種族以外興味が無かったし、しょうがないかな。

ただゴーレムと言うことならもしかしたら……その人物が関与しているのかもしれない。族長に実験をそそのかしたのも、あの人物?


色々と考えることが増えてきたが、とりあえずこのゴーレムを潰そう。私は魔力で斧を作り出すと、一振でゴーレムを粉砕した。核ごと……。


大量の魔力を目に流せば、核の位置も何となく察しがつく。こんな魔道具一体、私の相手ではない。


「な、なに!?」


男が動揺した声が聞こえた。

以外だったのだろうか?私がこの程度の相手に負けるわけないだろうに。逆に物足りなすぎて、興奮もしない。

イーグル街の戦闘の方が100倍楽しかった。


「さて……風の盗賊団について…洗いざらい吐いてもらいますよ。」


私は男の胸ぐらを掴んで、そう笑みを浮かべながら訴えた。


読んで頂き感謝申し上げます。

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