第八十四話 少女について④
「あのー……ここに立ってれば…いいんです…か?」
ジェットは少し心配そうに、俺の顔を覗いてくる。こういう仕草は姿相応の反応だな……何て思いながら屈んで彼女の目の高さを合わせた。
「そうだ。そしてトイレを聞かれたらあっち、試験会場を聞かれたらこっちを示す。分からないことを聞かれたなら、入口近くにいるスピネルを頼れ。理解したか?」
「分かった……。」
そうして彼女は小さく頷いた。
シルフギルドの入団試験、監督員の多忙緩和を行うため、奴隷であるジェットやクリスタも仕事に引っ張り出された。と言っても重要な仕事を任せるのではなく、このように施設案内人としてだが……。
風の盗賊団……あれ以降特に音沙汰がある訳でもなく、何か新しい情報が見つかった訳でもない。全く進展の無い日々が、こうして何日も続いている。
加えて調査をしたいと思っているシルフギルド冒険者も、今はシルフギルドの入団試験に手一杯。とても風の盗賊団を追える環境ではない。かく言う俺も、こうして今から試験員の仕事を遂げに行くのである。
気付けば日々も、光陰矢の如しとは言ったもので、面白いように早く過ぎる。ことわざを真に受け、日々を無為に過ごすべきではないとは常々思っているのだが……多忙な時ほど、時間が狂ってるのかと思えるくらい早く過ぎ去るものだ。あっという間に1次試験、2次試験と終わり今日、3次試験が始める。
今回の試験会場は、いつも食事を楽しむ食堂。簡易的な壁で何個かの区画に分けられており、そこにそれぞれ10人ほど受験者が集まっている。いつみたいで食堂が使っている者たちも、その会場の様変わりに驚きを隠せないだろう。
俺はふわ〜と欠伸をしながら試験会場に入り、来ている受験者の様子を全体を通してチラリと見る。そこに見覚えのある灰色の狐耳を見かけた。
あれは……確か、クリスタの弟子だったか。魔術因子をぶち込まれながらも、生きながらえた謎の少女。どうやら無事、1次試験と2次試験を突破して来たらしい。3次試験も突破できるといいが、もちろん誰もクリスタの弟子だからと言って贔屓を行うことはない。もし贔屓する奴がいたら、それはシルフギルド冒険者の根本として間違っている。
この入団試験はただの難関な試験……とだけ思っている一般人は多いだろう。けれど、この試験の本質は人を落とす試験では無く、シルフギルド冒険者として十分に働ける才能を持った人材を、探し出す試験なのだ。故に才能を持つものがいれば何人でも合格させるし、いなければ誰も合格しない。
ここで謎の贔屓や優しさで合格させれば、困るのは受験者の方。そんな奴はきっと1年後にどこかの戦場で死んでるか、魔物の餌になっている。冒険者は自由で、夢のある職業ではあるが…命は軽い。簡単にシルフギルドの冒険者になんて、なるものでは無い。
そんなシルフギルド冒険者として多様な思いに駆られながら、俺は予めされていた区画に足を踏み入れる。そしてパッと人数と受験者の場所が合っているかを、持っている紙とにらめっこしながら確認。
今日行われる3次試験は、いつもの入団試験とテイストが大きく異なる。毎年の試験の流れとしては、1次試験は受験者をガッツリ落とす、指定された魔物を持ってくる試験。2次試験は団体行動の能力を見定める、協力討伐試験。そして3次試験は筆記試験となる。
だが今年は順番が入れ替えったらしい。
2次試験と3次試験が逆となり2次試験が筆記試験だったのだ。つまりこれからするのは3次試験、協調性や計画性を問う団体行動試験だ。
ちなみに1次試験は、いつも通りの魔物を持ってくる試験だった。今回はハイウルフ3匹だったっけ?近場のハイウルフが軒並み駆逐されたと聞いた。
さて……もう試験開始時間だ。
俺以外にも何人かのシルフギルド冒険者が1チームの観察をし、評価を行う。ただこのグループでは俺が一番偉いこともあり、進行を任せられてしまった。
はぁ……と一つため息をして、受験者10人の前に出る。
「これよりシルフギルド入団試験、3次試験を開始する。試験内容は……これだ。」
そう叫んで、10人の前に1枚の紙を提示した。そこには試験内容がびっしりと書かれている。
今回の3次試験、その内容は……
『人工の雪を用いた雪合戦を行う。フィールドはシルフギルド修練場を利用し、詳しいルールは下記に詳しく記す。一日目は作戦会議を行い、作戦書の提出。二日以降他チームと総当たり戦を行い、総合評価により合格者を選抜する。』
と記されていた。
そう、今回の試験は雪合戦なのだ。ちなみに人工の雪はギルドマスターが魔法で作ってしまった。
あの人の魔法、万能すぎる……。
雪合戦は子供の遊びである感覚が多いかもしれないが、チーム戦となれば戦争にも似た立派な競技。
恒例の魔物を討伐するクエストとは異なるが、団体行動の能力を見るには非常に適していると言えるだろう。
今回のルールは簡単に言えば、相手の雪玉に当たったら場外に退出し、制限時間経過後フィールド内に残っている人数の多い方が勝利となるもの。
何個かの遮蔽物がフィールドにはあり、それを駆使しながら戦うサバイバル形式。
雪合戦は役割分担も去ることながら、戦略も大きく勝敗を左右する。
役割分担と言うのは例えば雪玉を作る係や、その雪玉を作る人を守る係、全体を広く見て指示を飛ばす係や、攻撃を分担する係など様々。その全ての係が重要で、係を作るか作らないかもまた重要。
中には雪玉を作る係を作らないなんて、作戦もあるかもしれない。チームをどのような体系に持っていくか、それが実力を計るカギとなる。
ただここで重要なのは……この雪合戦の総当たり戦で一番勝利したチームに所属していた所で、合格する訳ではないと言うこと。
優勝したチームにいても実力のない奴は落ちるし、逆に一番弱いチームに所属していても能力があれば受かる。
そこを見定めるのが俺ら、試験員の仕事なのだ。彼ら彼女らの会話や行動の全てに、常に気を配りその人の能力を汲み取る。
1チームに10人もいるのに、そんなにしっかり推察できるのか?と思うかも知れないが舐めないでほしい。
俺らはシルフギルドの冒険者。人を観察し、特質や本質を見抜くのは冒険者として基本だ。それに一人で10人評価する訳ではなく、俺らも数人のグループを組んで評価する。試験が終わった後は、皆で意見の交換もするし問題は無い。
早速話し合いが始まったのを片目に、俺は一人一人小さな仕草までしっかり観察してメモをとる。
そうして刻々と時間は過ぎていくのだが……昼終わりに差し掛かったときだろう。早速トラブルが起こった。
俺らの担当していたチームで言い争いが始まったのだ。内容は誰が雪玉を作る係をするか……らしい。まあ慌てることは無い、言い争いなんて良くあることだ。
雪玉を作る係と言うのは、確かに地味な仕事だ。彼らもまた、この試験において雪合戦のゲームで勝てただけでは、合格しないことを知っている。
だからこそ自分の実力を発揮し評価を受けやすい、攻める係やリーダーをする係を求めるわけだ。地味な雪玉を作る係では実力をアピールし辛く合格できない……そう思っているのだろう。
けど残念。違うんだな、これが。
雪玉を作る係だって、どの位置で作るのか、攻める人たちへの供給経路をどう作るのか、作りながら移動するのか、など考えることは多くある。その一つ一つの小さな違いが、結果的に大きく戦況に影響を与えるのだ。
そこを見逃して、評価しない試験員など、この場所にはいない。
その本質を見抜けず、言い争ってしまうのは正直頂けないな。グループの会話を通じて仕事の一つ一つに適した人を選別し見抜くことも大切だし、誰もしない仕事があれば引き受けるのも協調性と言うものだ。
ただ……この試験はグループ活動とは言え、協調性だけを重要視しているわけじゃない。現に協調性が無いのに今まで受かってるやつはいる。分かりやすいのは……やっぱアズか。
この頃は協調性の無さが目立つことが少ないアズだが、あれは近くにいるフォスが手綱を引いているだけ。協調性は間違いなく低い。あいつが受かったときの試験に俺ももちろん関与していたので知っているが、グループ活動で激しい言い争いをしたのだとか。
それでも合格できたのは、彼女の類まれなる才能だろう。どれだけ不満を言っても与えられら仕事をしっかりと成し遂げ成果を残す実力、正しい意見を曲げない意思としての強さ。そう言った幅広い視点で持って俺らは評価している。
意思が強すぎるのはマイナス評価かもしれないが、明らかに間違っている作戦を無理矢理でも止めさようとするのは、とても大切だ。それで命が失われる可能性もあるのだから。今言い争いをしている彼らも、まだ試験に落ちると決まったわけでは決してない。
プラス評価なのかは、審議のいるところだけど……。
結局見かねたグループの一人が、雪玉を作る係を半ば不服ながらも受け入れる形となり、言い争いは集結した。
ああ言う場を取り持つフォスのような人材、是非ともシルフギルドに欲しいものだ。変な奴が多いから……。
★
「試験……終わったん…です…か。」
3次試験の一日目が終わり部屋に戻ると、既にジェットが帰ってきてたようでベットの上に体育座りしていた。
心做しか彼女の表情からも、疲れが見える。
「どうだった?案内はこなせたのか?」
「はい……一応…。近くに美味しい食事処があるのかと聞かれたときは……少し困りましたが…。」
「そんな質問されたのか?試験に来ているというのに、生意気な奴もいたものだな。それで…どうしたんだ?適当に嘘でもついたか?」
「いえ……言われた通り…スピネルを頼りました…。まあ……多分あの人は嘘を言ってたと思います…けど…。」
嘘を教えるって……何してんだあの奴隷は…。
そう言えばジェットに前に聞いたのだが、スピネルは魔王軍幹部なんだとか。知ったとき死ぬほど驚いた。
けどスピネル自身あまり知られて欲しくは無さそうだったので、誰にも教えてはいないしジェットにも言わないように言っている。
何で魔王軍幹部なんて大物……ギルドマスターは奴隷にしてるんだろうか。シルフ…底が見えなすぎる。
スフェーン師匠が一目置いていたのも、今思えばひしひしと理解出来る気がした。
そんな我らがギルドマスターに、意識を持っていかれていると……不意にジェットが俺を見つめていることに気付いた。
何事かと思ったが、彼女は訴えるように口を開く。
「そう言えば……あなたは風の盗賊団について…情報を欲していました…よね?」
「ああ、もちろんだ。」
「それが……今日来ていた受験者の一人が…風の盗賊団について情報を知ってまし…た。」
「何!?」
俺は夜だと言うのに、ついそう大声をあげる。
きっと隣の部屋の人には、聞こえただろう。けどそんなことどうでもよくなるくらい、ジェットは興味深い発言をした。
「何か……聞いたのか?」
「……はい。きっと情報を欲しがると思いまして…面倒ではありましたが…詳しく聞いておきました。はぁ……わざわざ帝国のために…動くだなんて…私はどうしてしまったのでしょう……。」
ジェットは声量がしりすぼみしていく様子でそう口にすると、地面に俯いていた。
彼女は葛藤しているのだろう。魔王軍に所属していたにも関わらず、奴隷の首輪の影響で意志とは反して帝国のために行動してしまうことに……。
それに彼女の首についてる奴隷首輪はギルドマスターが作ったオリジナルで、どんな特殊な効果があるのかは俺も知らない。ただ首輪が透明化して知覚できなくなったりと、普通の奴隷首輪でないことは明らか。さらにその精度は、白金等級であるクリスタやコハクですら見抜けないほど。
俺もスピネルに首輪がついていることに、ギルドマスターに言われて初めて気付いたくらいだ。
ジェットも他人からすれば、奴隷では無い普通の少女に見えることだろう。そんな高度な作用が、他にもあると思われる不思議な首輪。
それをはめているジェットには、もしかしたら俺の知らない大きな変化が起こっているのかもしれない。
「それで……なんと言っていたんだ?」
「……それは……ですね…、」
ジェットは渋々と言った様子で、風の盗賊団についての情報を教えてくれた。
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数日間いきなり休んでしまいすいません。これからまた毎日投稿に戻りますので、よろしくお願い申し上げます。




