第八十一話 試験について②
僕とアズはラリマーの助言に従って、シルフギルドの修練場に足を運んだ。朝と言うこともあり、いつもこの時間に修練場を使っている人はいない。ただ……今日は2人ほどそこにはいた。
そのうちの一人が僕らに気づき、パッと近づいてくる。
首元までくらい伸びた茶髪の少女。身長は僕と同じくらいで、腰には短くて丸く湾曲している剣を二本携えていた。
ただ何より特徴的なのは、頭から生える長い耳。言わゆるウサミミと言うやつ。
2本の耳は途中で折れており、前髪にかかるくらい垂れ下がっている。
「あ、フォスとアズ~。久しぶりだね~。パルパルだね!パルパル~。丁度1年ぶりくらいだっけ?あ、パルパルはお気に召さない感じ…かな?じゃあおはパル~。」
少女は笑顔で。僕とアズに手を降ってくる。
窓から差し込む陽光が、丁度彼女の首にかかる金色の徽章に反射した。元気いっぱいの顔も相まって、すごく眩しい。
彼女の名はパール。
シルフギルドの金色等級冒険者。兎人族と言う特殊な種族で、長い耳や雪玉のような小ぶりな尻尾が特徴の種族である。
大きな括りでいえば彼女も獣人なのだが、兎人族は獣人の中でも特別な種族。故に獣人と言われるより、兎人族または兎人と呼ばれることが多い。そのように兎人族が特別視されやすい理由は……彼女の持つ圧倒的な脚力にある。
兎人の体の構造は他の種族とは大きく異なり、足の筋肉が非常に発達していることで有名。それに発達した筋力だけで無く、魔力を筋肉の細部まで巡らす細かな魔力菅がびっしりと張り巡らされている…らしい。まあ兎なんだし、足が発達してるのも、何だか納得出来る節もある。
兎人の脚力は、軽くジャンプするだけで数十メートルを飛び越えることができるほど。足に流す魔力を繊細に変化させることもでき、消費する魔力量も効率化することで非常に少なくすることができる。ジャンプしたり走ったりする能力は、他種族を圧倒してピカイチだ。
蹴りをまともに受ければ、多分肺が潰れる。
「あんたのその意味わからない言葉、未だに健在なのね。何よ、パルパルってキモ。いい加減、正しい言葉使いなさいよね。」
「キモいとか酷いよ~。パルパルはパルパルなの!ちゃんとした言葉なんだからね!おはパルもおやすみパルも、こんばんパルも!全部辞書に書いてあるんだから。」
「辞書に書いてあるって……どこの辞書に書いてあんのよ!」
「私の頭の中!」
「それは辞書って言わないのよ。パールの独自言語記憶と言ったところね。会話が通じないあたり、あんたはやっぱり馬鹿ね。大馬鹿。」
「も~馬鹿じゃないもん!辞書は辞書だもん!頭の辞書に書いてある云々かんぬんって言うでしょ!だから辞書なの~。フォスもそう思うよね!ほらっ、おはパル~。」
「え?あ、えっと、おはパル~。」
「何であんたもやってんのよ!」
「痛!?」
アズの鋭い手刀が僕の頭に振り下ろされた。何だかんだこうやって手を出されたのは久しぶりかもしれない。確かに僕も、おはパルとか意味が分からない。
けどやんなかったら、パールが可哀そうじゃないか。絶対今やんなかったら、すんごいしょんぼりされたに違いない。ならやらなくてどうする。恥ぐらい捨ててやろう。
パールは僕らより先輩のはずなのだが……何と言うか子供っぽい側面が多い。
表情が豊かで、それでいて素直なのだ。悲しかったらしょんぼりした顔をするし、嬉しかったら満面の笑みを浮かべる。だから悲しい顔をされてしまうと、どうしても自分が悪いことをしてしまった気分になるのだ。だから基本僕は、パールを悲しませるような行動や発言はしないようにしている。
「あ~、フォスのこと殴らないでよ!フォスはいつも、おはパルしたらおはパルしてくれるパルパル盟友なんだから。酷い扱いしないで!アズはいつもそうやってすぐ手が出るし、言葉遣いも汚いし、良くないよ!ホント!大丈夫、フォス?痛くなかった?」
パールはアズと僕の間に割り込むと、僕を心配してチョップされた場所を優しくなでてくれる。
ジンジンしていた痛みが、彼女の温かい手に触れていると少しづつ収まっていくように感じた。回復魔法とかを使ったわけではないと思うのだが……不思議だ。ただ……こう迫られると、ちょっとドキッとする。優しいし、陰キャ特攻を重ね持ちしているのかもしれん。
普通だったら惚れてる。
「大丈夫?まだ痛い?痛いよね、パパルパルパル痛い痛いのパルパル~。」
「パルパルパルパルパル、あんたと話してると頭おかしくなんのよ!フォスもデレデレしない。」
アズは素早くパールを僕から引きはがして、ぎろりと僕を睨んだ。
デレデレしてるつもりは無かったんだけどな……。もしかしたら僕はパール以上に、表情に感情が溢れ出てしまっているのかもしれない。
と言うか…うわっ、アズの顔、怖。久しぶりだよ、この恐怖体験。
蛇ににらまれた蛙の気持ちが、今なら良く分かる気がする。
「あーもう、せっかくフォスの痛みをパルパルしたのに~。アズ良くない!やっぱり良くない!フォス、アズなんかじゃなくて私とパーティー組もう?そしたらもうこんな恐怖政治とはおさらばだよ?どう?ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!私はね、フォスと死ぬときは一緒って互いに誓ってんのよ。」
唐突にアズはそんなことを口走る。
確かにアメジストと戦うときとかにそう言ってはいたけど……このタイミングで言うと誤解されると言うか……
「え!?ええええええええ!?死ぬときは一緒って、何だから告白みたいだよね。メルヘンだ~。」
やっぱり。
パールの目が、一瞬にしてキラキラ光始める。
「は、はぁ!?こ、告白!?そ、そんなつもりじゃ!」
「えぇ~、告白みたいだよ~。そっか~なら私が出る幕は無いよね。ごめんねアズ。」
「だ、だから告白なんかじゃ…なくて……、」
アズの声量が尻すぼみに小さくなっていく。気づけば顔がリンゴくらい赤くなっている。
告白だとか言われただけで、アズがこんなにも動揺するとは……驚きだ。確かに僕も少し恥ずかしい気持ちにはなるけど、ここまで真っ赤にはならない……と言うか普通ならないよな。
もしかしてアズって……めちゃくちゃ初なのか?いや恋愛の相談とか乗ってくれてたし、そんな訳もない気がするけど……。
「あ~アズ、とっても顔赤ーい。」
パールはさらに目を輝かせる。
珍しくアズをいじり倒せるチャンスだと思っているのかもしれない。
ただ……そのとき彼女の背後から、透き通った声色の言葉がパールを静止させた。
「パール、アズをいじめるのはそこまでにしなさい。パルパル言っているあなたも十分、不愉快よ。言葉を慎み、言動を気品あるものに心掛けなさい。」
「うわぁ、コハクも酷いこと言う~。言われなくても私は気品あふれてるよ~だ。パルパルはすっごく気品高いんだから。」
「上下を間違えているわ、y軸の正が逆。いえz軸を根本的に、間違えているのかもしれないわね。頭の辞書が何とか…とか聞こえたけれど、あなたの辞書に数学の概念を書き加えておきなさい。」
そう言って僕らの前に現れた女性。
胸元あたりまで黄緑色の髪が伸び、僕よりも背が高くすらりとした体系。そして人を見つめるだけで殺しそうな鋭い目つき。腰には一本の短剣のみが携えられている。
漆黒のパーカーを頭から被り、ギリギリ膝下にまで伸びたスカート。それでいて目の前に立っているだけで、空気がピリッと張り詰めるような圧倒的気配。
その気配を表すように、首から下げる白く輝く徽章。
僕はシルフギルドで多分、この女性のことが一番苦手だ。シルフギルドにはウルツとかウルツとかウルツとか…苦手な人間がいる訳だが、彼女に比べれば可愛い方だろう。
シルフギルド白金等級冒険者、コハク。
世界に七人しかいない白金等級冒険者の一人にして、シルフギルドにおけるクリスタ、ローズに続く三人目の冒険者。
彼女と対面するだけで、いつ殺されるか分からないような……そんな殺気じみた気配を感じる。
彼女の前では隙を見せてはならない…そんな緊張感と緊迫感。これほど対面してるだけで、体力を消費する冒険者はいない。
「アズ、フォス久しぶりね。元気?見た雰囲気的には元気に見えるのだけれど。」
「見た目通り、元気ですよ。」
「そう。私はてっきり。次に会うときはどちらかが死んでいるかと思っていたわ。そしたら可愛い弟子を無くしたローズとクリスタの泣き顔が見えると思ったのだけれど……少し残念。」
「そんな簡単には死にませんよ。この1年で死にかけたことは何度かありましたけどね。」
「何度あっても死んでいないのなら、それはきっと実力ね。どうやら私はあなたたちを、見くびっていたようね。もしくはこの一年の間に、大きな変化があったのか……。」
「変化はしましたよ。むしろ毎日変化してます。」
「ふふっ、そうね。人は変化を怠らない生き物だわ。けど変化の仕方は人それぞれ。良い方向にも、悪い方向にも、人間はどこにだって変化できる。あなたちは……少なからず、悪い方向へと変化した訳じゃなさそうね。」
そう言ってコハクはニヤリと笑う。
やっぱ、この人と話していると緊張するな。
クリスタはコハクのことを、戦闘となれば最強の冒険者……そう表現していた。残念ながらコハクが戦闘しているところは見たことがないのだけど、白金等級冒険者であるクリスタが最強と言うのだ……マジでどんだけ強いんだろ、この人。
コハクは見た目ただの人間に見えるが、実はハーピーと言う種族だ。ハーピーと言うのは両腕に羽が生えていて、足が鳥のように鋭い爪が生えている不思議な種族。
それなのに人間に見えるのは、体を変化させているから……らしい。
どうやって変化してるのかすらよく分からないのだが、勝手に魔力での錯覚とか変化とかを駆使しているのだと思う。あまりこういうデリケートなとこはツッコまないようにしてる。
「それで……なんの意味もなく私たちに会いに来るような、そんな物好きではフォスもアズもないでしょう。さっさと要件を言いなさい。ないなら今から魔法の実験台にさせてもらうわ。丁度修練場にいることだし…ね……。」
「要件があるに決まってんでしょ。あんたたちは風の盗賊団って知ってんの?」
いつの間にか平常運転に戻っていたアズが、そう2人に質問し始めた。その後、僕らが知っている全ての情報をアズが伝えてくれる。
コハクは手を顎に当てて、僕らの話を真摯に聞いてくれた。パールもだらんと垂れていた耳を立てて、話を聞いてくれる。
ただ……コハクは少し渋い表情を浮かべた。
「先ず……ずっとダンジョンに篭っていた私たちが、そんな流行りの族ごときのことを、知っていると思う?」
「ラリマーが、絶対にコハクさんたちは知っていると豪語してましたよ。」
「そうよ。ラリマーに言われなかったらわざわざ私たちだって、あんたたちに話しかけないわよ。」
「そう……。どうやらラリマーは適当を言ったようね。後で問い詰めておくわ。」
コハクはそう言って、目を光らせた。
ダンジョンに篭っていたと言っていたように、コハクとパールの2人はこの1年間ダンジョンにいっていた。
ダンジョンについては後で詳しく話すつもりではあるが、まあニュアンスで大体分かって欲しい。
コハクとパールは2人でパーティーを組んでおり、この2人は通称ダンジョンマスターなどと呼ばれるほど多くのダンジョンを、現在進行形で攻略している。そのため二人はギルドにいることはほとんど無い。毎年この試験の時だけ帰って来て、再びダンジョンへと消えてゆくのだ。
会うのが1年ぶりと言うのも、そういうこと。
ただ……今年は大規模な戦争が控えていることを考えると、今回はダンジョンに行かずギルドに居座るのかもしれない。
「残念ながら、有用な情報は無いわ。パールは何か知ってる?」
「えーっとね~、うーん。ごめーん。何にも分からないかな~。」
「そっか、分かった。わざわざ時間取らせてごめんね。」
「いいよ~。私も色んな人に知らないか聞いてみる~。」
「パール、そうして面倒事を何も考えずに引き受けるのは、あまりよろしくないわ。」
「えー、だってフォスが困ってるんだよ。力にならなきゃ!」
「いや……はぁ。まあいいわ。しょうがないわね。私もちょっとは調べてあげるわよ。感謝しなさいね。」
「本当ですか!?パールさん、ありがとうございます。」
僕はパールとコハクに頭を下げた。アズは何もせずに傍観してたけど……。
ただ白金等級冒険者の協力を得られたのは大きい。白金等級冒険者は冒険者における最高の位だけあって、多くの権限が認められている。僕らでは見ることが出来ないような、重要な文書や過去の貴重な報告書など……調査範囲が大きく広がることは間違いない。
「はぁ…パールの優しさも、考えものね……。」
コハクは小さな声でそう漏らすと、もう一度大きくため息をついた。
読んで頂き感謝、感激です。
評価、ブックマーク登録、お願いします。コハクの名前が出てきたのは、第一章の最後でしたね。
やっとの登場です。何と面白いことに丁度今日、パールと名の付くゲームが発売されたそうですよ……。




