第八十話 少女について②
「あの、本当に……さっきの…受けなくて良かったんです…か?」
横に座っているジェットは、大事そうにカプチーノを両手に抱えながら俺をチラリと見てくる。
空は快晴、俺とジェットは散歩の休憩がてら、公園のベンチに座っていた。
公園には走り回る元気な子供や、それを見守る親の方々。仕事から抜け出してきたと思わしき商人の下っ端や、休憩の息抜きに来ている騎士団の人。
シルフギルドの中央から少し逸れたところにある公園は、広いこともあり多種多様な人々が訪れている。
さっきの……か。
ジェットが言っているのはさっきの……とは朝にフォスとアズから言われたこと…のことなのだろう。
風の盗賊団の調査……だっけ?もちろん新聞などには目を通しているので、風の盗賊団がどのような組織なのかくらいは理解している。
貴族の邸宅を狙い、ことある事に金品を奪って煙のように消える謎の集団。
騎士団も手一杯でフォスの話によれば、勇者までもがわざわざ動いたのだとか……。その勇者からの頼みとなれば報酬も期待できるし、やる価値も大きい。
それでも引き受けないのは……ま、面倒だから。
ジェットと向き合いたい時間も多いし、何より昨日報告書が終わったばっかりなのだ。依頼を受けて行動すれば、再び報告書を書く羽目になる。
それは……嫌だ。せめて1ヶ月くらいは休ませて欲しい。大体俺は長期間の仕事をゆっくりこなすのが好きなのだ。こんな短期間に次々と依頼を受けるなんて、俺の肌に会わなすぎる。
だから半場強制的に、話題をコハクにぶん投げた。
ちょうど昨日帰ってきたらしいし、色々と情報やら暇やらあるだろうという勝手な予想と判断で起こした行動である。逃げるにはあれが1番簡単だったのだ……許せ…コハク。
大体協力はするし、それで十分だろう。たまたま情報を得られたら、教えてあげる……それくらいの仕事で俺は満足だ。しっかし……ジェットがそこに突っかかってくるとは驚きだ。
散歩をしに来たとは言え、ジェットと何かを喋るわけでは無い。ただ二人無言で歩く。
それはカプチーノを買ったとことで、ベンチに座ったところで、一緒だ。
そんな沈黙を壊してでも話しかけてくるのだから、何かがよほど引っかかったのだろうか?
「風の盗賊団、気になるのか?」
「いや……いえ…嘘はつけない…ですね。正直気になり…ます。」
「ジェットが気になるとはな。風の盗賊団などジェットには関係ないことだろ?何故だ?」
「何故……と言われても…困ります…ね。あまり言いたくはないことなのです…が……魔王軍でそんな団体の話を…チラリと聞いた…気がします。」
「何!?」
俺は驚きで、紙コップに入ったカプチーノを落としそうになる。魔王軍で聞いた?それはとんでもなく大きな、情報かもしれない。
「それについて詳しく、教えてくれないか?」
「……確か…どこかの種族が風の盗賊団と言う組織に関わっている…そんな話を聞いた覚えが薄らある程度…です。これ以上は散策しないでくだ…さい。私はこの首輪のせいで……あなたに隠し事が…できないのです…から。」
ジェットは首に嵌めている視覚することはできない首輪を、指で優しくなぞる。
髪に隠れて表情や目が見えないが、俯いているような……そんな気がした。魔王軍の情報を俺に伝えること、それは魔王軍を裏切る行為と同然。教えたくないのは、そりゃ当然だろう。
ただ……残念ながらここまで聞いて、聞かないとはならない。
冒険者として協力すると、そうこの口でこの俺が言ったのだ。そこに対する責任くらい俺自身理解している。
「もちろんジェットには辛いことだとは分かっているが……風の盗賊団について知っていることは全て教えて欲しい。それは俺がシルフ冒険者として、協力すると言ってしまった罪だ。教えて……くれないか?」
「……私が拒否できなことを知って…言っているんです…か?ずるい…です…。」
そう言うとジェットは一度黙ってしまった。
手に持っていたフラペチーノの入ったコップに刺さっているストローを、口元までゆっくりと近付け…すする。
漆黒の髪に隠れていた口元が、その時やっと顕となった。
一呼吸置くと、ジェットは再び俺に視線を向ける。
そして決心したように、口を開いた。
「これは……私の族長が…密かに言ってた…話です。私たち四天王にだけ…チラッと……こぼしていた言葉です…。つまりもう……私しか…この世界では知らない…でしょう。」
「何て……言ってたんだ?」
「族長が帝国の魔術協会やギルドの冒険者と協力して……色々と構想していたのは…知ってします…か?」
「ああ。闇属性研究所……だったか?あの地下施設の話だろ?と言っても俺はあまり詳しくないがな。」
「そうですか……。族長は昔から魔族と帝国の人々が平等になるような…戦争が無くなるための研究を…行って…いました……。全ての人間を魔族化して……格差を無くす薬…です。」
「ほう、そんなものを。魔族化……と言う手段は好まないが…思想としては素晴らしいものだな。」
「!?……あなたが理解を示す…のです…か?壊滅させたシルフギルドの…その冒険者…が……。」
「もちろんシルフギルドの冒険者たちの行動は正しいし、間違っていないとは思っている。だが戦争を止める……手段はどうであれその根本の思想はどう考えても間違いではないだろ?違うか?」
「……はい。」
そう小さく、ジェットは俯いた。
俺は地下施設で何があってどうなったのかまで、詳しくは知らない。魔王軍幹部を倒した……とか、カイヤと言う少女がキーの存在だった……とかその程度。
ダークフェアリー族の族長がどんな存在かすら、詳しくは知らない。戦争を止めるため……そんな大きな目標のために研究をしていたと言うのか。ちょっと意外だ。
「その……まさか殺した組織の帝国人に…理解を示されるとは……思わなかったので……。」
「同じ組織と言えど、色んな人が所属している。一色単に考えるべきではない。それに冒険者は正しい正しくない関係なく、依頼をこなすのが全てだ。お前の族長を殺した冒険者が、正しいと思っていても…依頼であれば殺す以外の選択肢は残らない。」
「自分の道理を通せないなんて……冒険者も自由を高らかに言っておきながら、自由のない仕事…ですね。」
「俺はかなり自由だとは思う。依頼は自分で選べるし……シルフからの命令なら、どうしようもないがな。上司からの命令とはそういうものだ。ジェットも魔王から命令なら、どんな理不尽なことでもこなすだろ?それと一緒だ。」
「……確かに、そうですね。魔王様からの命令であれば、命も惜しみません。今は残念ながらそれが叶わないのです…が。」
そう言って過去を思い出すかのように、ジェットは空を見上げた。空は透き通るような快晴。秋風が吹き、涼しさと共に雲が早く右から左へと動いていく。
ジェットの髪が揺らぎ、初めて顔をしっかり見た気がした。
可愛らしい顔立ちをしている。
きっと髪を切ってスッキリすれば、シルフギルドの看板娘になってもおかしくない。ジェットが嫌がるだろうし、ご主人様としても命令するつもりはないが……。
「少し会話が逸れて…しまいましたが……族長は日々薬の開発に没頭していたの…です。しかし……魔王軍内での研究では限界が…ありました。対象が帝国の人々出会ったが故に、どうしようもなかった…から。」
「なるほど。それで魔術協会と手を組んだ…と。」
「……そう…です。ただ…もちろん最初は帝国と協力する…何て発想……ありません…でした。族長に帝国の人々と協力する案を提案した人物……それが風の盗賊団と関わっているという話…です。」
「提案した人物……それは誰だ?」
「残念ながらそこまで…は……。ただ魔王軍幹部であるのは間違いない…です。その…だから…つまり……風の盗賊団の裏には……魔王軍幹部が絡んでいる可能性が…高い…です。」
「魔王軍幹部……それは難儀だな。ただの盗賊組織がいつの間にか、魔王軍幹部と手を組んでいた。いや、手を組んだのではなく最初の発足から関与していると言う可能性もある。」
「多分そっちの線だと……思います…。族長に提案したと言うことは、多分ですが……それより前に帝国と裏で関与していた…と言うこと……。もしかしたら風の盗賊団は…氷山の一角に過ぎないのかも…しれません。」
「ほう……これは想像以上に、闇深そうだな。」
何となく話を聞く程度と思っていた風の盗賊団だが、想像以上に重要な任務なのかもしれない。
暇を云々以前に、俺が全力を挙げて協力すべき事柄……そうなのかもと思ってしまう。
もし風の盗賊団が氷山の一角であるとして、そうなればどれだけ深くに帝国と繋がっているのか想像がつかない。この闇を暴くだけで帝国の闇根底まで手が届く、その可能性だって捨てきれないのだ。
魔王軍幹部が帝国の深くと関わっているとなれば、もちろんだが大問題。それに既に魔王軍幹部が魔術協会と手を組んだ前例がある時点で、完全に否定することができないのもまた、タチが悪い。更にはその本人に提案した人物……可能性はさらに高いと言わざるおえない。
どうするべきなんだ……?俺は……。
想像以上に深い闇。勇者は気付いているのか?だからこそ……勇者がこんなたかが盗賊団1つの事件に関与してきた…そうとも捉えられる。とりあえず俺はフォスたちにこのことを、報告すること……そこから始めよう。
「情報はそれで全て……なのか?」
「はい…多分……あ、いや、もう一つ…あります。」
「ぜひ聞かせてくれ。」
「私たちダークフェアリー族とアンデット族がどのようにして、イーグル街を襲撃したのか……覚えています…か?」
「どのように?確か……移動魔法陣を使って一気に襲来した、だったか?もうギルドマスターに消されたらしいが。」
「……そうなんです…か?それは初めて…聞きました。非常に囁かなことかもしれないのですが……あの魔法陣を作った人…誰か知ってます…か?」
「まさか……その人なのか?」
「そうです。あの魔法陣は私たちの族長と、その方が共同で完成させた移動魔法陣…です。成立させるのに数年はかかったらしいんですけど…ね。あまり意味はないかと思いましたが……とりあえず関連ごとなので…伝え…ました。」
そう言ってジェットはカプチーノを飲み干すと、パッと立ち上がって…公園に置いてあるゴミ箱に向けて紙コップを投げた。紙コップは綺麗な軌道を描いて、正確にスローイン。ジェットは小さくガッツポーズする。
そんな子供らしい様子を見つめながら、俺は思考をぐるぐると巡らした。
あの大軍をワープさせるほどの魔法陣。それを共同とはいえ完成させたということは……風の盗賊団に関わっている魔王軍幹部は、かなりの魔法の使い手と言うことだ。
まあ魔王軍幹部は白金等級相当の相手なので、そのくらいのレベルだと知ったところで驚きはしない。話によればあのイーグル街の騒動のときに率いていたアメジストと言う魔王軍幹部は、勇者やギルドマスターが集まってやっと追い返したレベルだったとか……。
もうここまで来ると、魔王軍幹部は強くなければ逆に不自然なまである。
少し、恐ろしい話だ。
とにかくこの情報は俺だけで抱えるべきことじゃないくらい、重要で価値のある情報。
勇者にまで確実に伝えなければならない。
その後は……知らん。全面的に協力するかは……まだ分からないし考えたくもない。とりあえず情報提供料をふんだくって、それから考えよう。
「ジェット、本当に助かった。言いたくなかっただろうに……すまないな。この情報は必ず有効活用してみせる。」
「出来れば有効活用して欲しくない……と言うのが本音…です…ね。けどこれほど教えてあげたのです。私のわがまま一つくらい聞いてくれても……いい…です…か?」
「なんだ?」
「あのフラペチーノ、もう一杯。」
そう言ってジェットは、公園のそばに出ている出店を指さした。どうやらカプチーノを気に入ってくれたらしい。
「もちろんだ。」
俺はそう、即答した。
とうとう第八十話達成だそうです。めでたい!
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