第七十八話 少女について①
俺は日の落ちて真っ暗になった空に度々視線を送りながら、羽ペンを走らせた。少し薄暗い灯りを灯しながら、椅子に座り机に向かう。そして……そのペンの動きが止まった。
……終わった。やっと終わったのだ、報告書が。
イーグル街での騒動以降、その行動報告や戦闘経緯の流れを報告書に毎夜書き殴っていた。それが終わったのだ、やった……そんな喜びが足から頭まで駆け巡るような気分に包まれる。
これで暇ができる。
イーグル街の騒動に参加したメンバーは、報告書など他にやらなければならないことが多くあるため、そこを鑑みてギルドマスターが試験に関する仕事を減らしてくれた。
おかげで俺やヒスイ、ダイヤは試験準備の仕事が無い。
そうは言っても試験監督とか、試験中や後の仕事はちょっとあるのだが……他の人たちに比べれば楽な方だろう。それに俺はどうしても暇が欲しかった。
なぜそこまで暇を欲していたのか……その原因は今俺のすぐ後ろのベッドで、体育座りしている少女である。彼女と向き合う時間…これまで充分に時間が得られなかった以上、どうしてもどこかでつくらなければならないと思っていた。それがきっと今なのだろう。
俺はくるりと椅子を回転させ、少女と向き合う。
少女はその俺の動きに反応し、俯いてた顔を上げる。長い黒髪に隠れていた赤い瞳が、前髪の間から顔を出す。
「ジェット、明日共に外を散歩してはみないか?きっと気持ちいぞ。」
「……何故…ですか?」
俺のベッドに広がった水溜まりのような髪が、僅かに動く。ジェットの口が小さく動いた。その声は小さくて聞こえ辛くはあったが、耳に魔力を流せばはっきり聞こえた。
「シルフギルドに来てから、ずっと俺の部屋に引きこもっているだろ?そのままではふやけたお米のようになるぞ。デロデロだ。外に出れば少しは、リラックスできるだろ。」
「嫌……です…。」
「そうか。じゃあ、止めよう。」
外に出るのが嫌なのだと言うのなら、しょうがない。何かリフレッシュに繋がるような他の方法を考えるか。
ジェットはこのシルフギルドに来てから数日は、毎度声をかける度に殺気を飛ばして来ていたが、この頃はむしろ大人しくなった。
俺が殺気を受けても、一切行動を曲げないからだろうか?観念したのかもしれない。ただここまで大人しくなられても少し心配になる。
ジェットにとっては、憎しみの対象である敵の本拠地。そんな場所に来させられただけでなく、奴隷にさせられ従いたくもない男に従わざるを得ない。精神的にダメージが大きいことくらい、俺でも分かる。
俺を殺したいだろう。このギルドにいる全ての冒険者を殺したいだろう。帝国の人々を1人残らず殺したいだろう。それでいいと思う。例え俺が魔王軍の本拠地に連れてかれ同じような境遇になったのならば、同じような憎しみしか感じなかっただろう。ジェットがそう言う思いを一生秘めていても、当たり前でしょうがないことだと思う。
もちろんその憎しみを、少しでも和らげてあげることができるのなら…してあげたい。帝国の人間も魔族の人間も同じ人間で、本来なら憎しみ合うべき関係ではないことに気付かせてあげたい。ジェットには帝国の人たちを、シルフギルドの冒険者の人たちを好きになって欲しい。
それが主人となった俺の役目なのだと思う。だからできるだけはジェットには奴隷としてでは無く、1人の少女として、1人の人間として向き合ってきたつもりだ。
けどどれだけ俺がそう頑張っても、もちろん和解なんてことは困難で、簡単じゃない。分かってる。
けどどれだけ睨まれても、どれだけ殺気を飛ばされても、諦めない。接し続ける。
それが俺の責任だと思った。彼女を殺すのではなく生かす選択をした、俺の運命だと思った。
覚悟を決めたのだ。
だが……まるでその覚悟が裏切られたように、途端にジェットは大人しくなったのだ。そりゃ心配する。
睨んでくれなくて心配になるなんて不思議な話ではあるが、ジェットの俺に対する憎しみは簡単に薄れるような…そんなもんじゃないはずだ。
なら……心が折れたとかだろうか。憎しみを通り越して何も感じなくなった…とか?
鬱とかそう言うやつなのかもしれない。ならせめて外に出て見るのが良いのかなと思ったのだが……そういう訳にもいかなそう。
精神系の専門家であるギルドマスターに、どうすればいいか聞いてもいいかもしれない。だがギルドマスターは、現在超多忙時期。クリスタの抜けた穴を埋めるべく、ローズと死に物狂いで頑張っている。
その邪魔はさすがの俺もできない。
できるだけ俺だけで、解決したいものだ。それに俺はジェットのご主人様になったのだ。それくらいのこと解決してあげたい。
とりあえず俺なりにどうにかできる方法を、紙に書きなぐってみることにしよう。文字にして明確にすると、思考も明確になると言うもの。
そうしてみよう。そう思い椅子を回転させて机と向き合おうとしたとき……
「何で……。」
そうジェットの呟きが聞こえた。
俺は反転しようとする体を静止して、もう一度ジェットと向き合う。
「何で…とは?」
そう問いかけると、ジェットが体育座りの姿勢を崩し、グッと身を俺の方へと近づけた。髪に隠れていた口元や鼻立ちが顕になる。
「何で……そんな…簡単に引くんです…か?あなたは私の主人なのだから…命令すればどうにでもできる…のに……。外に行かせたいなら……何でそう命令しないんですか?何でそうしないで…私が嫌だと言ったら止めるんですか!」
そのとき……シルフギルドに連れてきてから初めて、ジェットの大声を聞いた。純粋な、憎しみなどが混じってない純粋な怒りのような感情をぶつけられた気がした。
俺は驚きからか、少し声量が小さくなる。
「……俺はお前が嫌がることを、無理やりさせるつもりは無い。確かに奴隷には、命令してまるでゴーレムのように動かすのが、一般的かもしれないな。だが俺はお前を1人の人として尊敬している。」
声量は小さくても、俺は素直に、そして確実に心の内を言葉にする。
「お前は強かった。俺なんかよりも何倍も。勝てたのは奇跡で、100回やれば99回負けただろう。たまたまシェルと首輪が上手い具合に重ねって、奇跡的に勝利を掴んだだけ。だから俺はお前に勝てたとは思えていないし、その強さに圧巻され恐怖した。それは本物で、明らかで、だから尊敬している。その圧倒的な強さに。故にお前に、俺の身勝手を強制するつもりもない。」
ジェットは、俺なんか足元にも及ばないほどに強かった。もしかしたらスフェーン師匠と並べると思えるほどに……。それほどの強者を俺は敵であろうと、尊敬している。
ただ……その言葉を聞いたジェットは、いつにも増して鋭い形相を浮かべた。
「尊敬?勝ったと思ってない?……ふざ…けんな。ふざけんな!なら私は…何なんですか!何故ここに…いるんですか!負けたんですよ!それだけ私が強くて、あなたが弱くても、負けたという結果は変わらない!嫌がることは命令しない……なんて…同情ですか?そんなことをするなら、私を殺してください!その手で、その剣で、早く私を殺してください!」
ジェットは俺の胸ぐらに、掴みかかって来る。
首輪の効果でその力は弱いものであったけれど、その気迫は本物だ。怒りが、魂が、その言葉に、その手に詰まっていた。
殺せ……か。確かに殺した方が、彼女のためになったのかもしれないな。けど俺はしっかり考えて、その選択をした……殺さない選択を。
「俺はお前を殺しはしない。死にたいと言われても死なせない。同情だと?全然違う。尊敬は尊敬でしかない。俺は君の戦闘する姿に心惹かれた、惚れたのだ。」
「惚れ…た……?」
「そうだ。惚れた。俺もジェットのように、強くなりたいと思ったのだ。人生の目的地として、指標にした。だから俺はお前を殺さない。どう言われてもな。」
「……そう…ですか。」
ジェットは小さな声でそう言うと、僕の首元から手を離した。そして元の体勢に戻る。そして俯いたまま動かなくなってしまった。
それから……数十秒が経った。
その時間、俺もジェットも何も喋らなかった。時計のカチカチと言う音だけが、響く空間。
「……あなたは…おかしい…です。」
時計の音にかき消されそうなほど小さな声で、ジェットは微かに呟いた。
「おかしくはないだろ。」
そう言い返すと、ジェットは少しハッとした表情をする。どうやら聞かれたとは思ってなかったらしい。再び俺のことをギリっと睨んでくる。
「魔王軍の……貴重な捕虜だと言うのに…、騎士団にも会わせず…奴隷のような扱いもしない。これほどおかしい人が……どこにいるん…です…か。せめて……せめて…私を敵として、殺して…下さい…よ。殺してくれないと……私は…」
「言ったように、俺は魔族云々以前に人として尊敬している。だからそんないい加減な扱いはしない。」
「そう……です…か。尊敬……ですか…。あんな本気の顔して…私の戦闘する姿に惚れただなんて…初めて言われました。」
「そうなのか?言われると思っていたがな。」
「私が評価されたことなんて……ありません…。いつも他の誰かが輝いていて、私は影の中……。どれだけ強くなろうと……評価されるのは…私ではありません…でした。」
そう言うと、再びジェットは黙ってしまった。
評価…ね……。どれだけ個人単位で強かろうと、評価されるのは指揮官で、責任者だ。
冒険者はギルドと言う大きな組織に所属しているものの、基本個人行動。だからこそ評価されやすい点はあるが、騎士団などとは全然違うのだろう。
きっとジェットもまた、騎士団の一般兵士のように、中々評価されずにここまで生きてきたのかもしれない。
そこには少し……同情したくなる俺もいる。
だって俺より何倍も強いジェットと言う存在が評価されないなんて……おかしい。けどそれを口にする気は無い。それこそ、ジェットが1番嫌う行為だろうから。
くるりと椅子を回し、報告書の書類を整理して紐にまとめる。筆ペンのインクが漏れないように拭き取り、元の場所へと置き直した。もう……寝る時間かな。
「もう、寝るぞ。」
そう声をかけると、ジェットは体育座りのままに顔だけ出るように僕の掛け布団を被った。体育座りしながら寝るなんて辛いと思うのだけれどベッドは一つしかないので、他の選択肢は添い寝か床寝の2つしかない。
俺が床で寝ても良かったのだが、ジェットはその寝方を頑なに止めなかった。その寝方をされると、掛け布団に妙な空きができて気になったりするのだが……まあ問題はない。
天井にぶら下げている火の魔石を取り出し、明かりを消す。そしていつも通りベッドに横になった。やっと出来た暇……どう活用しようか…なんて考えながらまぶたを閉じる。
ただ……いつも通りでなかったこともある。ジェットが少しづつ体勢を変えていることだった。
そして気付けば、僕の顔のそばにジェットの顔があった。体育座りしているはずの彼女が、僕と添い寝をしていたのである。
「……どうした?」
そう声をかけると、ジェットの鋭い目が僕の顔を正面から捉える。
「その……明日…外行ってもいい。」
それだけ小さな声で言うと、くるっと反対側を向いてしまった。
どうやら俺と散歩する気になってくれたらしい。
何故心変わりをしたのか俺には分からなかったけれど……
「ありがとう。」
そう言葉を口にしていた。
読んで頂き感謝申し上げます。
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明日は投稿をお休みします。すいません。
三章は短くなる予定だったのですが、気付けばけっこう長くなる気がしてきた……。




