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第七十二話 賊について①

イーグル街の騒動から数週間が経ち、魔王軍の幹部と戦った記憶も過去のものへと変わりつつあった。それでも一切記憶が薄れないのは、あの戦闘が自身の人生において、特に刺激的な思い出であるからだろう。


つい夢でも思い出してしまう、アメジストとの戦闘。

一切の隙を許さず、気を抜いた瞬間に死ぬことが決まる、まさに死闘。目覚めるといつも、意味の分からないぐちゃぐちゃの気持ちでいっぱいになる。


きっとこの気持ちは、恐怖なのだと思う。もう一度アメジストと(あい)対したら、僕は生き残れるのだろうか?そして白金等級になるために、僕はあの壁を越えられるのか……倒せるようになれるのか……そういう恐怖。


けど明確に恐怖だと言い切れないのは、他の色々な思いも溢れ出て来るから。勝たなくてもいいんじゃないか?とか退けられて嬉しい…だとか、アズと一緒になら勝てるかも…とか。本当にぐちゃぐちゃ。


だからこの頃は、目覚めが良くない。

そして紛うことなき今日も、そんな夢を見て目覚めが良くないのだ。



体を伸ばしベットから起きると、そのぐちゃぐちゃの感情をぬぐい去るように冷水で顔を洗った。

スッキリするような気がして、それでいてまだモヤモヤしていて……そんな中途半端な感情を抱きながら、服を着替える。


また今日が来たのか……。


そんなことを思いながら、部屋を出た。

男子寮の廊下を抜けると、ギルドの中央窓口へと出る。ギルドの窓口は朝だというのに、非常に忙しい様子。窓口に客がいなくても、皆何かしらの作業に没頭している。暇にしているような人はおらず、まるで緊急事態のような忙しさ。


何故そんなことになってるのか、それは秋だからだ。

すっかり夏の季節はこの数週間で過ぎ去り、外の空気は秋模様へと変わった。木々の葉は赤く染まり、風は涼しく感じられる。


秋に何があるか?

それは……ギルドの入団試験があるのだ。

試験と聞くと、高校受験や大学受験を思い出す者が多いかもしれない。それらの試験は冬にあるから、秋に試験があることは違和感を覚えるのも無理はない。だが秋にあるものはあるのだ。それだけ。


毎年のシルフ街最大イベント、シルフギルド入団試験。何千人と言う冒険者志望の人々が、一斉にシルフ街へと集まってくる。


その試験が二週間後に迫っている今、シルフギルドの事務員は大忙し。冒険者の多くも試験準備の手伝いをさせられる。僕も過去には、問題のチェックだとか、試験監視員の仕事だとか、色々やらされた。

あれは本当に、面倒くさい。給料が出るとは言え、それでも面倒くさい。


今年、僕はやらなくていいので、そう意味ではハッピーだ。


情報漏洩の観点から、カイヤと特に関係の深い僕とアズ、そしてクリスタは今回の試験の手伝いを免除されている。

ただ……このクリスタがいないというのが大問題。


クリスタはシルフギルドの副ギルドマスターで、だからこそギルドの運営をほぼ行ってきた実績がある。事務能力も高く、それ故に彼女が抜けた穴は予想以上に大きい。今回の試験の準備は、いつにも増して大変なようだ。


ま、僕には知ったことじゃないが。

忙しそうな窓口を横目に、僕は食堂の扉を開けて中に入る。入口近くの看板には、今日の定食の献立が絵付きで紹介されていた。

秋になったこともあり、献立も秋に相応しい旬の食べ物が多く見られる。美味しそうだ。


早速朝ごはんを頼もうと、カウンターに向かうとそこには驚くべき姿の少女がいた……。


水着なのだ。黒いビキニの、露出の激しい水着。

そんな服を何故か、スピネルが着ているのである。


既に秋ということもあり、気温は夏に比べれば低くなりつつある。うん……寒そう。

気になったこともあり、僕は声をかけてみることにした。


「えっと……スピネル、どうしたの?」


そう質問すると、スピネルは抱きついてくるんじゃないかと思うくらい勢いよく迫ってきた。

目が少し涙目である。


「聞いてくださいですわ!フォス!昨日、皿洗いをしてたら…誤って皿を割ってしまいましたのよ。そしたら罰として、ギルドマスターがこれ着ろって!酷すぎではありません!?秋なのに水着ですわよ!水着!」


「えーと……確かに酷くはあるかもね。」


僕はかける言葉が見つからず、そんなことを言っていた。あと目のやりどころが困る……。

胸元とかガッツリ見えるし、何だか精神上良くない。周りのお客さんからも、めちゃくちゃ見られてるし……。


「えーと……一応聞くけど、皿割ったのって何回目?」


「30回目ですわ。」


「30!?ま、まあ…それならしょうがないかもね。」


「えぇ!?しょうがないことなんてありませんわ!水着ですわよ!めちゃくちゃ寒いんですわよ!ありえませんわ…全く……。」


スピネルは、どうやら少しイライラしているようだ。ガンガンと地面を、靴の(かかと)で蹴っている。

30回皿を割る人間と言うのも珍しいが、水着でウェイトレスしているスタッフも珍しい。

どっか違う店かと、勘違いする人が現れてもおかしくない気がする。

言わゆる…あっち系の……。


「とりあえずこれあげるから、羽織な。」


僕は腰に付けているポーチから、羽織物を取り出す。

アズと夏祭りに行く際に、実家の服を引っ張り出したら出てきたカーディガンだ。どっかで使うかもしれないと思ったが、今が良い機会だろう。


「ええ!?こ、これ、いいのかしら?」


「大丈夫大丈夫。ギルドマスターも水着でいろとは言っても、上に何も着てはいけないとは言ってないでしょ?」


「そ、そうですわね。では…ありがたく頂きますわ。」


スピネルは恐る恐ると言った様子で、僕のカーディガンを受け取るとパパっと羽織った。

胸元もへそも隠れる訳では無いが、無いよりはマシだろう。


それにスタイルが良いからか、僕のカーディガンはすごく似合ってる気がする。ただの服でもブスとイケメンじゃ、着こなし方が違う……そう言うことだろう。

自分で言ってて悲しくなってきた……。


スピネルは何度か身動きした後、胸を張って決めポーズのような姿勢になった。

気に入ってくれたらしい。


「おーほっほっほ。フォス!あなたは非常に良い働きをしましたわ。我が魔王軍に戻った暁には、側近として雇っても良いほどの功績ですわよ!」


「え、えと……ありがとう。」


理由は分からないが、反射的に感謝の言葉を口にする。

スピネルって何者?と言うか魔族とは聞いているが、魔王軍に戻るつもりなのだろうか?

そんなことギルドマスターが許すとは思えないけど……。

とりあえず今は、深く考えるのは止めておこう。スピネルが喜んでいる、ならそれでいいじゃないか。


「ええ、ええ、そうですわ。その反応ですわ。その反応こそ最近味わっていなかった、地位の上の者を敬う受け答えですわよ。感謝しますわフォス。おーほっほっほ!」


スピネルは上機嫌で、食堂の奥の部屋へと歩いていった。ただ声が大きかったので、より人の注目を集めてしまったような気がする。

あのお嬢様口調と笑い方は、キャラ作りなのだろうか?それとも自然と?本当にお嬢様だったりして……。



想像を膨らませながら定食をカウンターで受け取り、空いていた四人席に座ることにした。

この食堂の飯は、早い、安い、美味いの三拍子が揃っている。うん……やはり美味しい。

異世界の吉〇家と言っても過言では無い。


多くの人がわざわざ朝からこの食堂まで足を運ぶのも、納得できる。

さらにシルフギルド冒険者は格安になるのだから、これを食べない手はない。

シルフギルド最高ー。


ただ……四人席に一人と言うのは、少し浮いている気もする。いつもアズやダイヤと食べるので、あまり気にしてこなかったがこんな状況は久しぶりだ。

だが……大丈夫。僕は前世でぼっちを極めし男だ。

このくらいの静けさ、むしろ心地よい。


しかし……


「あ、フォス、ぼっち飯してるにゃ。」


「なに!?しょうがねえな、親友であるウルツ様が一緒に飯を食べてやるか!」


僕の静けさは彼らの一言で、どこかへと飛んで行った。


声の聞こえた方向を見ると、アイとウルツが朝食の乗ったトレーを持って立っている。そして僕に断りもせずに、隣と前に座ってきた。一切の躊躇が見られない。


「フォスがぼっち飯とか珍しいにゃ。アズはどうしたのにゃ?」


「アズはいつも朝起きてこないよ。それに報告書の疲れも重なってるだろうから、いつにも増してね。」


「にゃにゃ!?そうだったのかにゃ!?あと、まだ報告書終わってないのかにゃ?」


「結構大変でね。」


「へー…んなら、俺が助けてやろうか?この親友であるウルツ様がな!」


「親友主張激しいな。あと大丈夫、明日には終わるから。」


前にムーンの一件で親友と言ったのが引き金になったのか、ウルツはことある事にこんな感じだ。

相変わらずウザいのは、ウルツらしいと言える。手伝うと言ってくれるあたり優しさも感じられるが……。


ただウルツやアイも、今は試験準備で大変な時期だろう。

さらに負担を与えるつもりは無い。


「そうかよ~。けど困ったことがあれば言えよ。なんせ俺はお前の親友だからな。さらに結婚してパワーアップした俺に、出来ないことは無い!」


「うわぁー、またその意味の分からない自信にゃ。フォス、どうにかして欲しいにゃ。こいつ結婚してから、ウザいのにゃ。」


「ウザいのはいつもでしょ。」


「そ~なんにゃけど、特にウザイのにゃ、もういつものウザさが人参くらいだったら、今のウルツは松茸って感じにゃ。」


「例えが意味わからないけど、言いたいことは分かったよ……。」


どうやらとてつもなくウザくなったということを、アイは僕に伝えたいらしい。


ウルツは本当に何故か、そしていつの間にか結婚していたのだ。相手は一般人の女性だとか。

正直コイツが結婚なんて、不安しかない。ウルツは生粋の女好きで、昔から両手に女を抱いて遊んでるような、最も忌むべき陽キャだ。


そんな男が結婚?不倫をしそうで、とてつもなく怖い。

一夫多妻が浸透している世の中とは言え、側室の有無は家族の問題。正室である今の奥さんが許さなければ、作るべきではない。この世界でも裁判沙汰になったりと、恋愛関係はトラブルが絶えない。

数カ月で離婚とか止めてよ……。


「ウルツ、嫁さん幸せにしてやれよ。」


「そりゃ当然だろ。この俺が結婚すると決めた女だぜ。幸せにするどころか、俺までも毎日が幸せさ。昨日なんかな……」


「はーい、ストップ、ストップにゃ!その話もう耳にタコができるくらい聞いたにゃ!もううんざりにゃ!」


「んだよ…そんなこと言って、聞いてる時はすごく楽しそうな表情浮かべるじゃねえか。」


「にゃ!?アイがいつ、楽しそうな表情を浮かべたのにゃ!あるとしたら話がやっと終わるって言う喜びの表情にゃ!」


アイとウルツは、そうして大声で口論を初めた。

アイはかなりウルツに対して鬱憤が溜まっているらしい。けど残念、このウルツと言う男は何を言っても変わりはしない。自分がしたい話があれば、無理やりにでもする……そういう男だ。


「はぁ……もう面倒にゃ。とりあえず結婚の話題は終わりにするにゃ。他の話をするにゃ。」


「他の話って、何かあるの?」


「そうだにゃ……あっ、フォスは風の盗賊団って知ってるかにゃ?」


「ん?あー、何か最近話題のやつだっけ?」


「そうにゃ!その風の盗賊団がシルフ街にも現れるんじゃないかって話にゃ。何でもシルフ街を治める貴族様に、襲撃の予告が入ったらしいにゃ。」


「ええ!?そうなの?」


「何だフォス、知らなかったのか?最近シルフ街はその話で持ち切りだろ?俺も奥さんに聞かされてな、そのときの怖がっている奥さんが可愛くて……」


「何で話題が戻って来るのにゃ!?」


アイは驚きすぎて、手からパンを落としていた。


風の盗賊団……元々は王都で盗賊行為を行っていた集団。貴族の屋敷を襲撃し、金になる金品を奪ったりするのだとか。そして最近活動範囲を広げている……みたいな話は聞いていたが、まさかシルフ街まで標的になっていたとは。


最近は魔法の勉強と、イーグル街騒動の報告書に全神経を注いでいたので、全然知らなかった。


ただ……正直、どうでもいい。


だってこの風の盗賊団と言う組織は、貴族だけを狙って襲撃する集団なのだ。言葉が悪いとは思うが、貴族がどうなろうがどうでもいい。貴族がどんな被害を被ろうが、冒険者である僕には関係ないのだ。守って欲しい……だとか依頼が来たら別だとは思うが、そういう訳でも無い。


それに騎士団が本格的に動けば、捕まるのも時間の問題だ。今までにこんな感じで話題になる賊はいたが、どれも数ヶ月で捕まった。どうせ今回も同じようになるだろう。大した問題でもない。


「そんとき奥さんがな……、」


「あーこいつ、めちゃくちゃウザいにゃ~。」


僕はそのままアイの叫び声を聞きながら、朝食を完食した。


読んで頂き、感謝申し上げます。

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