第六十六話 夜明けについて⑤
「固有結界、冥府!」
ジェットの言葉がその場に響く。そして俺とシェルは闇に包まれた。そして……気付けば知らない場所にたっている。
草木一つ生えていない荒野。真っ赤な大地が地平線の奥まで続いており、地面は乾燥して所々にヒビが入っていた。風が無く、立っているだけで喉が乾くような感覚を感じる。
暗かったはずの空は、夕方のようなオレンジ色。だが空には雲がかかっており、太陽を見ることは叶わない。
ここはどこなのか……?何度も周りを見渡す。
俺の横には同じように困惑するシェル。そして5メートルほど前方に、ジェットの姿。
彼女はとても嬉しそうに、心から笑みを浮かべている様子だ。斧を何度もクルクルと回して、生き生きしている。
「あはっ、あはは、すごいですよね……この魔法。まだ……誰にも…見せたこと無かったんですよ。リーダーにも……いひっ、ひひ……。」
口角が上がったまま、ジェットは俺らにそう告げる。
これがジェットの本気の魔法と言うことなのだろうか……。
俺らをこの知らない土地にまで、ワープさせた?
空間魔法?いや多分、違う。
空間魔法を行うなら、魔法陣の展開の仕方が違うはずだ。少なくとも俺とジェットの足元を覆うような、巨大な魔法陣でなければならない。
これは……結界魔法。
きっとそうなのだと思う。そうでなければ今の状況を説明できない。けど……そうだとしても……正直、信じられない。
結界魔法とは、主に防衛などに使われる魔法。ある一定のエリアを、魔力で囲み外部からの攻撃を防ぐために使う。ただ……応用として、防衛魔法で囲んだエリアを魔力で上書きし、情報を塗り替えることができる……らしい。
言ってることが難しいため、理解するのは難しいかもしれないが……つまりある一定のエリアを、術者の好きなような空間に作り替えることができると言うこと。
俺とシェルは移動したのではなく、居た環境ごと変わってしまったのである。
外部から俺らとジェットがいる場所は、空間が歪んだドームのように見えているのだと思う。地面が地平線まで伸びているように見えるのは幻想で、実際には途中で行き止まりに繋がる。空だって本当はなく、空に見える天井があるだけ。小さな部屋の中に閉じ込められたと表現した方が、良いかもしれない。
ただ……やはり理解できても、それが納得できる理由になるとは限らない。
こんな結界魔法何て俺は見たことは無い。こんなことが出来る何て噂を聞いたことがあるくらいで、俺が述べたのは全て曖昧な情報だ。
自由に創り変えた世界に、無理やり閉じ込める。
そんな魔法、本の中に出てくるような夢物語にしか思えない。人間には扱えず、まさに夢の魔法。
信じられるものじゃない。
けど……今、否定する根拠を持たない。
だからとりあえず信じるしかないらしい。冷静に状況を把握し、戦えるよう思考を整理しなければならない。
「行きます……地獄落とし!」
そう声が聞こえたかと思った瞬間、ジェットの姿が消えた。スピードが早いとか、そう言う次元の話じゃない。ワープした、そうとしか思えない。
前に居たはずの気配が、気付けば後方から感じた。俺は反射的に腰を捻りながら、倒れ込むことでジェットの攻撃を避ける。
眼前を斧がブンっと言う音と共に、通過した。前髪の先が切れ、風圧でメガネに小さなヒビが入る。
危なかった……少しでも遅れれば、今ごろ首チョンパ。
傍にいたシェルもその攻撃を何とか交わして、剣を構え直した。
俺は地面に倒れた後、素早く起き上がって姿勢を立て直す。その隙を狙ってジェットが攻撃しようとするも、その剣をシェルが止めた。
俺が立て直した頃には、シェルとジェットが鍔迫り合いの硬直状態になっている。
「ジェット、君はさっき何を行った?」
「いひ…何で……しょう…かね、リーダー。いやもうリーダーじゃないですよね……じゃあ、裏切り者のシェルさん……ですか…ね、えへ、へへへ。」
「どう呼んでくれても構わないが、裏切り者は私ではなく君であることを自覚してもらいたいものだな。」
「また……意味わかんない…こと…言ってる。」
二人の武器が一度離れる。その後、激しい斬り合いが始まった。俺もジェットを挟むように加わり、戦闘はさらに激しいものへと変わる。
俺が剣を横に振れば、ジェットはしゃがみながらシェルに一撃。シェルはその攻撃を受けながら、剣を返すも軽いステップで避けられる。さらにジェットは俺の追撃攻撃を斧で気軽に弾くと、迫ってくるシェルに蹴りを放った。シェルはその蹴りを剣で受け止めてしまい、攻撃のできない間が生じる。
その隙を逃さないと言わんばかりに、ジェットは回し蹴り。その蹴りも再び、シェルは剣で受け止める。
俺はジェットの視線がシェルに集中する隙を狙って、剣で後ろから襲う。だが……その瞬間再びジェットの姿が消えた。
そして感じる、背後からの殺気。素早くシェルの股を抜くように飛び込み前転。シェルの後ろに回ることで俺を殺そうと振るう斧を、シェルが剣で受け止める。
「ひひ……やっぱり…夕焼けってのは最高…です。テンションが上がります…。」
「今の行動を見て分かってしまったよ、ジェット。貴様この空間の中でも姿を消すことができるのだろう?」
「えへ…へへへ、族長の側近をしていた存在に相応しい観察眼……です…ね。」
俺は素早く起き上がって、再び剣を構え直す。
姿を消す……か、なるほど。消えると錯覚するほど素早いのでは無く、本当に消えているのか。さらに消えている間は気配を感じさせない……ということだな。
厄介な能力だな、全く……。
「別に私は……特別なことをしているわけでは……ない…です。ただ夕焼けが好きで、そしてこの荒野が好きで……この無風状態が好きで…この気温が好きで…だから自然と……魔力の扱いが…活性化するん…です…いひ、ひひひ。」
「そう言えば貴様は、夕焼けを好んでいたな。思い出したよ。」
シェルは何か納得した様子で、そんなことを言っていた。
魔法と精神には大きな関係があり、精神が乱れていれば魔法も上手に組み立てられない。それはつまり自身が一番リラックスできる状況で戦えれば、魔法もより威力や性能が向上することを示している。
ジェットはその環境を、この固有結界で自ら作り出しているのだ。普段では成功率の低い魔法陣でも、精神が安定する状況で魔法を行使すればもちろん成功率も上がる。
それはきっと魔法だけじゃない。戦闘の一つ一つの動作にさえ、リラックスできる状況はより大きく作用するだろう。視界を鮮明にし、思考を正確なものへと変化させる。今のジェットは今まで以上に厄介だ。
「地獄絵!」
再び襲い狂う斧の攻撃。今の俺では、受け止めてはそのまま潰されてしまう気さえする。とにかく攻撃よりも避けることを専念した。
それに比べてシェルは今まで以上に大量の魔力を流動させることによって、何とかジェットの攻撃を凌いでいる印象。俺とジェット、どちらかが欠けた瞬間、この戦場は決着がついてしまう。それは敗北であり死を意味する決着。
互いが互いを支え合い隙を埋めることで、何とか戦えている状況。綱渡りもいい所だ。
どちらかが何か小さなミスをしただけで、1秒後には2つの首が宙を待っているに違いない。
その状況は、シェルも分かっているのだろう。
だからこそその状況を打開したいと考えたらしい。
彼は唐突に、驚いたことを言ったのだ。
「しょうがない、私も本気を出そう。」
……と。
一瞬、はったりかなと思った。こんな状況にまでなって、まだ本気を出てないとか正気じゃないだろ……と。
ただすぐに、気づくこれははったりじゃない。嘘じゃない。真剣な顔だ。
「消費魔力が多すぎて使うのを躊躇していたが、ここで使うしか無さそうだな。」
彼は唐突に、大量の魔法陣を展開する。会ったときから魔力量が異常なくらい多く感じると思っていたが、その魔力をふんだんに使っている様子。激しい光が発せられ、つい敵意を向けてしまいそうなほどに禍々しく気配を感じた。
「そうは……させない…です!」
魔法陣を阻止しようと、ジェットが姿を消そうとする。
だが俺は咄嗟に迫って剣を振るうことで、その行動を妨害した。そして素早く、剣を横に振る動作を見せる。
「くっ、奈落!」
ジェットはパッとしゃがんで、俺の剣を避けようとする。何度も見た、ジェットの反撃パターン。だが俺は素早く剣筋を変えて、そのジェットの行動に反応した。
ジェットが相手が焦りそうなときほど、冷静にしゃがんで反撃してくることは分かっていた。リラックスし思考が鮮明な今なら、よりその行動をすると思ったのだ。だからフェイントを入れた。
ジェットはまんまと引っかかっったと言うわけだ。
「はぁはぁ……剣技、蘿蔔!」
地面から突き上げるような、剣の一撃。魔力を込めた青緑色の剣は、ジェットを捉える。
ただ同時に疲れのようなものを、酷く感じた。魔力を消費しすぎている……それはそうだ、分かってる。
チャロアイト戦に加えて、この激戦。魔力が枯渇して当然だ。けど……今は、無理させてくれ!
ジェットは意表を突かれたこともあり、正確に受身をとる事が出来なかった。魔力の壁で守りはするものの、俺の剣の一撃で数メートル後方へと地面を転がる。
何とか一撃を入れることが叶った。同時に疲労でその場に膝を付いてしまう。これ以上ジェットの注目を引き寄せることは難しそうだ。接近を阻止することは叶わない。
だが……想像以上にシェルの魔法成立時間は短かった。
ジェットが起き上がる頃には、シェルの魔法陣が完成していたのだ。
「固有魔術、曹達水!」
その叫び声とともに、背後にいるシェルから莫大な気配を感じた。渦だ。魔力の渦。
シェルを中心として、真っ黒な魔力の渦が台風のように吹き荒れている。無風だったはずのこの場所に、風のようなものを感じた気がした。
黒い渦の中心で、剣を構える長髪の青年。
圧倒的な魔力量……。真っ黒くて禍々しい、間違いなく闇属性の魔族ならではの迫力と気配。
本来なら敵として、敵意を向けなければならない相手として意識する感覚。だが今は違う。
出会ったのは数分前。けどもうそれは戦友。
禍々しくても、寒気のするような気配でも……それでも彼の気配はどこか頼もしく感じた。
「ジェットよ、数分前貴様は、魔力増強剤を刺したとしても実力差は埋まらないと言っていたな。確かに私は、貴様より弱い。だが今は違う、族長が残してくれた魔力増強剤はやはり偉大だったのだ。どうだ?今の私を見ても同じことを言えるか?」
シェルはゆっくりと歩き出すと、俺の横を通過してジェットの2mほど前にまで近づいた。ジェットは立ち上がり服についた土埃を軽く払ったあと、斧を構えてシェルを真正面から見据える。
「そうです……ね…、ええ、確かに莫大な魔力量です。ただ……やはり、私には…及びません。それは……断言…します。」
「なら地獄に行った時に気付くことだな。あのとき素直に恐怖の感情を感じていたことを自覚し、逃げれば良かった……と、な!」
「恐怖?ひひ、いひひ、笑わせない……でくだ…さい。特殊な魔法陣で剣の威力を向上させ…身体能力をあげたようですが……所詮…その程度…ですよね?固有魔術何て言うから、少し……覚悟…しました。けど……あはっ、期待外れ。」
「それは貴様の、危険を感じ取る能力が欠如してる故に起こる錯覚。単純な能力の底上げが、どれほど強いか思い知るといい。」
「錯覚?それはきっと、裏切り者であるシェルさん……の方…ですよ。自分の力に酔ってるんじゃない……です…か?ふふ、お可愛いこと。」
「ふっ、減らず口を。すぐに思い知るとも知らずにな。あとさっきも言ったが裏切り者は貴様だ!」
その言葉を皮切りに、二人は一瞬で接近した。
そして剣と斧が交わる。
激しい爆音、爆風。そして光。
二人の姿は、その光に遮られ見えなくなった。
ただ感じるのは気配の衝突。魔力の流動。
俺はその感覚を感じながら、呆然としていた……。
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二章ももうすぐ終わり。最後まで読んで頂ければ幸いです。




