第六十四話 夜明けについて③
「あはっ、あはは、リーダーもそこの冒険者もぉ……私のこと……もっと…楽しませて下さい…よ。」
寒気のするような笑みを浮かべる少女。
手には大きな斧。顔が隠れるほどの長い黒髪。そしてお腹に刻まれている、大きな傷。
華奢で弱々しくすら見えるにも関わらず、その気配は禍々しくて、強大。
そんな少女を前に、俺とシェルは武器を構え直した。
二人いようと、戦況はこちらの方が不利だ。魔力量も実力も、俺何かより何倍も上。そんな相手に、時間稼ぎをしなければならない。無茶だ。
そんなの分かってる。
けど……
無茶だけど……ここで諦めたら、俺やシェルだけでなくヒスイも、そしてきっとダイヤやアズや、フォスやシルフにだって……このイーグル街にいる全ての人間に多大な影響を与えてしまうと思う。
だから負けられない。
これは単純に勝つってことじゃない。シェルは勝つ気でいるらしいが、俺はそんなこと思ってない。
とりあえずヒスイの治療時間を稼ぐ。そうすればヒスイやシルフの援軍を受けることが出来る。
シルフがどれほど強いかなど、俺には細かくは分からないけど、白金等級だったんだし師匠も認めていたのだ。きっと戦力になる。
彼の援護があって、やっと倒せる未来が見えてくるのだ。勝負に勝つことができるのだ。
なら俺がすべきは……須らく時間稼ぎ。
だが……もちろん倒せるなら、その隙を逃すつもりは無い。と言うか……その心意気で無ければ、時間稼ぎもままならないだろう。
彼女を倒すには……今俺が持つ手段……
すぐに考えつくのは、チャロアイトを倒したあの魔法をもう一度発動させること。だがこれには7つの技を使わなけれならないのに加えて、倒せるか確実性が乏しい。
となれば……やはりシルフから受け取った首輪か……。
受け取ったときに隙があれば使おう何て思ってたけど、これが打開策になりうるのか……?
この首輪が何かわからないが、奴隷の首輪に酷似した機能を持っていると考えて問題は無いだろう。
奴隷の首輪。
首輪をはめられた者は、首輪をはめた者の奴隷となり自由を失う。もしジェットにはめることができれば、俺が主人となり彼女は俺の言いなりになる。
ただ……本来の奴隷の首輪は、そんな簡単じゃない。首輪になる前に魔法陣の焼印を打ち込み、その焼印と奴隷の首輪があって初めて、成功する。つまり寝てる人に首輪をはめて無理やり奴隷……なんてことは出来ない。
魔法陣の焼印は時間がかかる上に、激しい痛みを伴うから。
けど……多分この首輪は、焼印とかいらないのだろう。
そうじゃなければギルドマスターが俺に、この首輪をはめるだけで良い…なんてこと言わないはずだ。
焼印がいらず、はめるだけで奴隷になる首輪。
とんでもない兵器だ。倫理や権利など全て無視した代物。人として使ってはいけない道具。
そんなもの使っていいのだろうか?例え勝つためとはいえ、敵とはいえ、そんな行為をしていいものなのだろうか?
もしかしたら……そうだからこそ、ギルドマスターは俺の判断に任せたのかもしれない。首輪を使うのはあくまで手段に過ぎないと……。使うも使わないも、人権も自由も倫理も全て、俺の判断に任せると……。
なら俺はどうする?
答えは、簡単。
使うに決まってるだろ。
倫理?権利?自由?知ったことじゃない。目的を達成させるためには何だってやるのが、冒険者。
なら使う以外、選択肢は無い。
ただ……使うと決めたところでも使えるとは限らない。
首輪をはめるには接近するのに加えて、拒まれずに首にはめる工程をこなさなければならない。
難易度は異常な程に高く、難しい。こんな化け物みたいな少女相手に、普通出来ない。
さらに一度失敗すれば、警戒され阻止に全力を注がれるだろう。チャンスは1回だけ。
首輪を俺が持っていることが気づかれる前に、全てをクリアする必要がある。
こんな作戦……ほぼ無理って言っても、いいのではないか?
だから無理には狙わない。実力差があっても、もしチャンスが来て、トラブルが起こって俺らが勝つことができるかもしれない。ミラクルはミラクルだからミラクルだけど、有り得るからミラクルなのだ。
俺はミラクルを信じて戦う。そして……首輪の隙も逃さない。
「おい、お前は左から行け!」
シェルがそう叫ぶとともに、走り出す。俺もその指示に従い、左側に走り出した。シェルは右から行くことで、ジェットは左右から攻撃されることになる。
どれだけの強者でも二方向からの攻撃を完全に防ぐことは出来ない。必ずどちらかが手薄になるはずだ。
「水流剣技、水門!」
「薺一刀!!!」
2人の魔力と言霊が合わさった、複合魔法の一撃が放たれる。けどジェットは嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして斧を構えた。
「ふふっ、煉獄!」
ジェットの体がグルっと回る。
その瞬間感じたのは突風。そして感じたのは、今までに気配の無かった魔力。風だ。
風属性だ……こいつ、闇属性だけじゃないのか……。
駒のように回転した一撃が、俺の剣とシェルの剣を同時に弾く。斧という武器は重い分、遠心力を利用しやすい。そこに体重の無い華奢な体が、さらに助長する。
ホントに厄介な相手だ……。
ジェットは攻撃弾いた後、その勢いのままシェルに追撃を行った。斧をシェルの顔面に振り下ろす。
シェルもまた素早く反応し、振り切った剣を無理やり切り返した。
「地獄落とし!」
「剣技、水平線!」
2人の武器が再び、衝突する。
火花と魔力が散り、周りの地面がめくれ上がる。周りの建物の窓ガラスがパリンと割れる音が聞こえた。
ただ……威力はジェットの方が勝っている。シェルの剣は大きく弾かれ、大きな隙を生じさせる。
けどジェットは追撃できない。何故なら、ジェットがシェルに攻撃していると言うことは、俺に背中を向けていると言うこと。その隙を俺は逃さない。
「菘一線!」
ジェットは素早く切り返して、俺の剣を受け止める。
さすがの反応速度。振り返ったにも関わらず、体勢を一切崩さない。そして正確に受け止めるセンス。
もうすごすぎて笑えてくる。
「地獄絵!」
剣を弾いた後、追撃の一撃。
俺は後ろにステップすることで、その一撃をかわす。
そしてその間にシェルは立て直して、剣を構え直している。
どちらかに対応すれば、どちらに背を向ける。
だからこそどちらかに必ず、隙が生じる。実力がどうだろうと、人数的有利。それは大きい。
「水杯!」
シェルは剣を、大量の魔力と共に振り下ろした。
剣は紫色に染まり、弧は虹のように輝く。彼の莫大な魔力量に呼応し、その剣は激しい気配を纏った。空間が歪んだような、そんな錯覚をも思わせる。
さすがの重い一撃に、ジェットの顔が歪んだ。
「地獄変!」
ジェットの魔力もまた、シェルに呼応するように溢れ出す。そして莫大な魔力を纏い、シェルの剣を弾いた。
バチンっと電気のような音が、俺らのいる空間に響く。
再び生じる衝撃波が、シェル後方の建物を崩壊させた。
あれほどの一撃でも、ダメージを負わせられないのか……。
空間が歪むように見えるとは、それほどに魔力量が出ているということ。高い魔力を扱う技術と、魔力量が無ければ生じない現象。
言ってしまえば攻撃における最高ランクの一撃。
それを持ってしても、ジェットには傷一つ当てられていない。化け物だ。俺らとは、一つレベルが違う。
次元の違う何か。
それ以外、少女を表現する言葉が見つからない。
少女はシェルの剣を弾いた後、俺に勢いよく振り返った。そして斧を振るう。
俺が追撃してくると、そう読んで攻撃を行ってきたのだ。当然だ、攻撃すればそれと同時に隙が背後に生まれる。俺がさっきと同じように、痛撃してくることを予測するのは当たり前。
けど……いや、だからこそ、俺は攻撃しなかった。
シェルの斧は空を裂き、空振る。
「え!?」
少女の漏らした声が、微かに聞こえた。
攻撃をしない、それはジェットからは考えられない行為だろう。攻撃をしないということは、同時に勝つことを諦めている行為にすら捉えられる。戦闘を心から楽しむ少女には、殺し合いを好み少女には、絶対に取らない選択肢。
攻撃できるのに、攻撃しない。
それは間を生むという新たな選択肢。
だからこそ行った。ジェットの思考を利用した。
戦闘狂を、戦闘の天才を、欺く唯一の行い。
勝ちを捨てる選択肢?
それは違う。今挟み撃ちの状況において、勝ちを捨てる選択肢は勝ちを拾う選択肢になる。
誰かと共に戦ったことがないから、気付かなかっただろう。
センスに…直感に…頼って、一人で敵を倒してきたジェットでは理解できなかっただろう。
これが……弱い人間が生み出すミラクルだ!
ジェットが攻撃を読んで攻撃を行った分、過剰に力が入ったことにより体幹が微妙に崩れる。
そう微妙に、ほんのちょっと、ほとんどの人には見えないほどに、気付かないほどに生じるズレ。
けどそのちょっとのズレは、結果として大きなズレを生む。たったコンマ数秒の対応の遅れは、大きな行動の隙を生じさせる。
「潰せ!貫け!壊れろ!龍土水!」」
シェルの叫び声。
それと共に、ジェットの体は斬り飛ばされた。
俺の視界を横切り、右奥の建物に衝突してドゴンと音が響く。続けて建物が崩壊する轟音。
そして数秒の静寂。
俺とシェルの呼吸音だけが、妙にうるさく響いた。
ジェットが瞬時に斧で受け止めたのは見えたが、完璧な体勢で受け止められていなかった。受け止める当たりがジェットがジェットである、何よりも証拠だが……。
やっと一撃。それでいて重い一撃。
「はぁ……殺ったか……。」
シェルはそう言葉をこぼした。
手応えはあったらしい。俺もこれでジェットは倒すことが出来たと思う。
ジェットが万全だったらそうは思えなくとも、既にヒスイと戦い、シェルにお腹を貫通されてとダメージは蓄積しているはずだ。
この一撃はかなり重く響いたはず。
死んでてくれ……倒れてくれ……、立ち向かってこないでくれ……。そう願う。
けど……分かってる。
心の中の奥底で……死んでるわけないと。
そして聞こえる足音。
トントンと軽くて、それでいて禍々しくて……静寂の夜空に響き渡る音。
あぁ、やっぱりまだ死んでいないらしい。
斧を持った少女は、俺らの前に再び現れた。
ただ傷口が開いたようで、ポタポタとお腹から血が垂れている。生きているとはいえ、ダメージを与えていない訳じゃない。
「いひ、いひひ、いいじゃん。特にそこの冒険者……、ねぇ、名前……教えて…。」
「シルフギルド冒険者、ラリマー。って俺、前にも自己紹介したはず何だが……。もしかして聞いてなかったのか?」
「そ、そうだっけ……?ラリマーさん、ごめん……なさい…。」
ジェットは想像以上に素直に、頭を下げる。
性格がどうであれ、素直に謝れる心の持ち主ではあるらしい。少し拍子抜けだな。
「いひ…いひひ……それに比べてリーダーは……全然興奮……しない…です。」
「……。」
シェルは何も言わず、黙っていた。
そのまま剣を構える。
「いひ、ふひ、あはっ、あはははははははは、私、もっと戦いたい。もっと殺したい。そう言えばヒスイさんによると、私は……ドS…何だそう…です。ラリマーさんは……どう…思いますか?」
「どう思う?ふっ…そうだな、ドSと言うよりかは、ド鬼畜に見える。」
「ド鬼畜……なるほど…そうですか。帝国の人に言われるなら……それは…褒め言葉なのかもしれませんね。」
ジェットは不気味に笑う。
そこからは疲れも、出血の痛みも、何も感じない。
ただ遊びを楽しむあどけない少女。
だがそれにしては手に持つドクロの斧は、場違い感を感じざるをえない。
そして少女は、その斧を構え直す。
笑みを崩さずに口を開いた。
「私……楽しませてくれる…ラリマーさんのこと…気に入りまし…た。だから……本気を…出して…あげます。あはっ、ひひっ、ラリマーさん、嬉しいですか?」
「嬉しい以前に、まだ本気じゃなかったのか!?と言いたいのだが……。」
「えへへ、ごめんなさい…。」
まじかよ……。
これで本気じゃない?白金等級冒険者何かのレベルじゃないんじゃないか……この少女は……。
スフェーン師匠より強いのかは分からないけれど、間違いなく同じかそれ以上のような気がする。
なんでこんなことになってんだ……。
俺はただダイヤの恋路を応援しようと、夏祭りに来ただけなのだが……。こんな化け物相手にすると分かってたら、こんな夏祭り何て来なかった。
イーグル街が襲われるとか、俺がいなかったら被害が大きくなるとか……何も知らずに、ベットで寝てたかった。全部終わった後、結果だけを新聞で知って「へー、大変だったな」って独り言を言っていたかった。
そんな現実逃避しても意味は無い。けどついしたくなってしまう。それほどにこの現状は、絶望的だ。
ジェットの周りに大量の魔法陣が浮かび出す。
黒と白が混ざりあったような色の、禍々しい魔法陣。
ヒスイの髪色かよ、何てツッコミを入れたくなった頃には……魔法陣は完成していた。
「固有結界、冥府!」
その言葉と共に、俺の視界は真っ黒な闇に包まれた。
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