第六十二話 夜明けについて①
前方にはグロッシュラーと、黒い馬。
僕は剣を構えて、アズの言葉を再度頭の中で繰り返す。
三十秒稼げ……
その命令を噛みしめ、僕は地面に魔方陣を展開する。
後ろには、大量の魔方陣を空中に浮かべるアズ。
アズの透き通るように真っ白な魔力が魔方陣に流れ、彼女の弓矢を覆っていく。
そして大量の魔方陣が輝き、渦を巻いたように魔力が、気配が、風が、アズを包んだ。
何個もの魔方陣が一つ一つ結合していき、ドンドン大きく膨らんでいく。
アズが得意とする、大量の魔方陣を合成させることで威力をあげる多情報型の魔方陣。
それも今回はアズの周りの空間を埋め尽くすほどの量だ。準備に時間がかかることは目に見えて分かるが、それと同時に威力がこの上なく上昇していることもまた明確。近くにいるからか、その魔力が肌をピリピリと刺激するような感覚がした。
「風、弓、矢、空、雲、天、魔、法、日、月、雨、腕、制、手、力、指、御、終、結、暁、……二十の素をここに。我が蒼穹は空を穿つ。地を穿つ。魔を穿つ。その一矢で曙をここに。」
そして……アズは小さな声で言霊を紡ぎ始める。呪文……それは今までアズが使うことが出来なかったもの。そして僕が用いることのできない手段。
アズは毎日勉強しているとは言ってたが、瞬時の防御魔法に加えこっちも既に形にしてるなんて……さすアズ以外の言葉が浮かばない。
魔方陣は言葉に反応し、さらに輝きを増す。大量の魔力と技術が併せ持った複合魔法。
空気が変わった気がした。
突風がアズに吸い込まれるように流れ出し、髪を激しく揺らす。
アズの成長をひしひしと感じる。言霊を、温もりを、信頼を、彼女の魔力から、風から、仕草から、心で感じ取る。すごい……素直にそう感じた。
だが感心しているだけではいかない。アズがこんなにも頑張ってくれているなら、僕は彼女の支援のため全力を注がなければならない。
魔法の邪魔はさせない。アズには指一本触れさせない。
『三十秒』
それは短いようで途方もない数字だ。
グロッシュラーとあの黒馬を相手に、それもアズの支援なく一人で時間を稼がなければならない。
グリフォンとの戦いではいつ死んでもおかしくない状況だったとは言え、動き続けることが出来る+単調な攻撃と言う利点があった。
今回はそうじゃない。
動けないアズを守りながら、複雑かつ自我を持った攻撃。
そして数的不利。
ダイヤの魔法に比べれば時間はかからないけれど、難易度は跳ね上がる。
ならどうすればいいか……思考を瞬時に巡らし、そして一つの答えに繋げる。
それは単純明快、デメリットをデメリットで無くしてしまえばいい。
つまりデメリットとなる根本を変えればいい。現状を把握し、状況を変化し、今を変える。
勝利への道を、僕が作る。
「二対二なら、今まで通りとは思わないことだな!」
「ヒヒィーン!」
グロッシュラーと馬が一気に距離を詰めて来る。
どうやら馬よりもグロッシュラーの方が足は速いらしい。馬より速い人間がいるなんて、ちょっと不思議な話だ。いやあれが人なのかと言われたら良く分からないのだけれど、人型である限りこの世界の定義は人間らしい。日本語がそのまま使われているわけじゃないので、そういう所は曖昧だ。
僕は彼らを睨みつけ、一気に魔力を地面に流し込む。
一つ目の僕らのデメリット……複雑かつ自我を持った攻撃。
それを解消するため地面から大量の土の手を創り出し、一斉に彼らへと伸ばした。
逃げ場を生じさせないような大量の手。見えざる手もビックリな量である。ホラー映画ならこれだけで、ワンシーン作れそうなほど。
これが人の手だったり、血のりが乗ってたら最高だ。
グロッシュラーは迫って来る手の数々を拳で粉砕し、馬は突進の勢いで無理やり突破した。
だがこの攻撃はそこで終わらない。粉砕した土は地面へと舞い落ちる。そして舞い落ちた地面は、僕の魔力範囲内へと変化するのだ。
「何!?」 「ヒヒン!?」
彼らが驚くような声が上がる。
足元から生まれた土の手が彼らを、ガッシリと掴んだのだ。
そして掴むと、地面の底へとグイグイと引っ張る。プールで足を掴まれて溺死するみたいな、学校怪談の定番みたいな話があるがイメージはそんな感じだ。
もちろんそんな簡単に、決まるわけでは無い。
グロッシュラーは素早く振り払い、さらに僕との距離を詰めて来る。
ただ今ので、勢いが落ちたのは明らか。それを突こうと再び足元からも大量の土の手を伸ばす。
グロッシュラーは機敏に反応し、手を避けながら前進を止めない。ただ彼は気付いていないだろう。
避けているのではなく、避けさせられていると言うことに。
僕の攻撃は単純な無秩序且つ広範囲攻撃に見えるかもしれない。
けど実はある一定のルートに、わざと手が伸びないように制御している。そのためグロッシュラーは自ら避けているようで、その攻撃が来てない道を進んでいるにすぎない。
複雑かつ自我を持った攻撃をしている気でいて、それは全て僕に読まれているのだ。
一つ目のデメリット解消。
ちなみに馬はどうなっかたのかと言うと、足を掴まれて暴れていた。
激しく藻搔いているため土に埋まるまではいかないが、僕の土の腕が必要以上に絡みつくので動きを制限している。考えて見れば頭がないのだから、体のバランス的には悪いのかもしれない。
それでも直ぐに立て直す。それでも、僕に到達するまで数秒の遅れが生じてしまっていた。
必然的に、グロッシュラーの方が何割も早く僕の元まで来ることになり、攻撃が合わない。
タイミングが揃わない。
これで実質的に僕とグロッシュラーの一対一の盤面にすることが出来た。
つまり数的不利では無くなる。二つ目のデメリット解消。
「勝利をここに。未来をここに。破壊は破壊たる所以。終焉、最後、終末を告げる鐘。踵。風。我が矢は忘却と共に、我が矢は閃光と共に、我が矢は狂乱と共に。運命の歯車、回る。刻む。告げる。」
アズの詠唱が最終段階へと移行したのが、気配で分かった。
後ろからの眩い光で、僕の姿は後光が差すように見えたことだろう。空中に展開されていた魔方陣が一斉に一つに混じりあい、調和する。結合する。合成する。
そしてアズの掲げる弓矢を纏った。
「成立はさせんぞ!!!」
グロッシュラーが叫びながら僕の傍まで迫ってきた。僕の示した順路を辿って。
ここまでは僕の予想通り。ただ……読んでいるとは言え、この彼の一撃を真正面から受けなければならないことには変わりない。グロッシュラーの拳が真っ黒な魔力を纏う。
そして僕に目掛け、全力のストレートパンチ。
グロッシュラーもここで僕に押し負けたら、アズの反撃で負けることが分かっているのだろう。
だからこそ全力だ。僕さえ怯ませれば、あとは隙だらけのアズだけ。
魔法を中断させるのは容易い。
実は魔法は強力であればあるほど、キャンセルされたときに負担が多かったりする。
流し込んだ大量の魔力が無駄になるのでそれはそうなのだが、加えてノックバックと呼ばれる現象が起こる。
これは僕も魔術に詳しくないので理由は分からないのだが、中断した魔法は、その当事者に強大な身体的、そして魔力的な負担を与える。僕も経験したことはあるが、直接的な痛みと言うよりかは、身体中の魔力回路がビリッとする痛み。静電気が体の中からする……みたいな感じ。
アズの魔法が強大であることを考えると、ノックバックも想像を絶する。
最悪を考えれば、死んでもおかしくない。アズにそんな負担を与える訳にはいかない。
「死ねええええええええクデュファああああああああああああああ!!!」
「おらああああああああああああああああああああああ!!」
チャロアイトの拳と、僕の剣が大声と共にぶつかる。
動きを完全に読んでいたこともあり、剣の芯で正確に受けることは難しくはない。
ただ……威力は凄まじい。
まさに全身全霊の攻撃と言うべきだろ。今まで一番の魔力量を纏い、そして一番威力が強い。
やはり僕とは魔力量が違うか……僕の剣がブレる。威力に押し負ける。足の踏ん張りが限界に達する。
そして体は、宙に浮いた。
吹っ飛んだ。空を飛んだ。
グロッシュラーはこの瞬間、僕らの敗北を確信しただろう。
僕さえ吹き飛ばされば、余力のパンチを後ろにいるアズに当てればいい。
そうすればアズの魔方陣は崩壊し、ノックバックで更なるダメージを与えることが出来る。
その隙は確実に大きく、追撃すれば間違いなく仕留められる。
けど……
「いない……!?」
そうグロッシュラーは気付いたのだ。僕の背後にアズがいないことに。
驚きで、一瞬グロッシュラーの体の動きが止まる。硬直する。固まる。
そして冷静に、気持ちを落ち着かせて思い出す。
フォスを殴り飛ばしていると同時に、刺していた光が移動していたことに。
気付けば、神々しいほどの光は側面から刺していた。
彼が気付いたように、拳と剣が交わったとき真正面から感じた魔力の光は移動していた。
つまり……アズの立っていた場所が移動していたのだ。
これぞ、僕の作戦通り。
グロッシュラーに押し負ける……そんなこと当然だ。一度たりとも、僕が押し切れたことなんてない。だから当然、僕が彼に押し負けることも把握していた。
逆にグロッシュラーは、僕が読んでいないとでも思ったのだろうか?
何度も剣と拳を交えたじゃないか。僕の実力も、グロッシュラーの強さも、十分すぎるほど理解していたはずだ。だからこそ、彼は少し慢心していたのかもしれない。
勝てることを疑わなかったのかもしれない。
その心が油断を誘い、そして大量の土の手で気配も、視界も狭まっていた。
だから気づかなかったのだろう。
アズの足元の地面が、移動していたことに。
アズが動くことができない、なら話は簡単だ。足場ごとアズを移動させればいい。
アズを移動させるのではなく、土台ごと移動する。
これはアズの足場が土だったから、そしてアズが地面ではなく空中に魔方陣を描いていたから、そして……僕だからこそできた。土を操作する僕だからこそ、細々とした作業を得意とする僕だからこそ、アズの移動を可能にしたのだ。
3つ目の…最後のデメリット、動けないアズ。
解消。
僕は僕が強くないことくらい、十分に分かっている。僕はなろう系でも、チートでも、ハーレムでも、主人公でもない。そして強力な武器もない。誰をも倒せるようなそんな、強力な一が無い。
まともに戦って、勝てる強者の方が少ない。きっと、グロッシュラーにも勝てるか分からない。
けど……だからこそ……頭を使う。
小細工をする。工夫をする。騙す。誤魔化す。
何でもする。だから僕はアズの横にいる。
だから……僕は勝つ。
僕は地面に体を叩きつけながら、アズの傍にまで転がった。
アズが僕のやり切った顔を見て、ニヤリと笑う。
「くそ!」
グロッシュラーは吐き捨てるように言って、アズに近づこうとする。
気付いた、やっと今気づいた。けどもう遅い。
アズは既に弓矢を構えていた、天に……。
「導け!輝け!降り注げ!我が命運を纏う矢!」
アズの一本の矢が空に放たれた。
それは小さな灯火。夜空の星に紛れそうなほど小さく、それでいて決してい消えない光。
そしてその光は天に達する。その瞬間……巨大な魔法陣が空に降臨した。
「……っ!?」
僕は言葉を失った。まるで花火のように、1つの灯火が巨大な魔法陣に開花した。
大きく、それでいてその輝きは太陽のよう。
夜空は光に包まれ僕らがいる場所一体は、昼間以上の輝きに包まれた。きっとこの光は、スピネルやアメジストがいる場所まで包んだだろう。
彼女たちも戦いながら、空を見上げているだろう。
そして……アズは言葉を紡ぐ。
「天の川、織姫星!」
その瞬間、空いっぱいに広がる矢。そして僕の視界は光で何も見えなくなった。
とてつもなく強大な魔力が流動し、感覚もまともに機能しない。
ただ……そのとき、手を温もりが包んだ。
何となく分かった、アズだ。僕とアズだけがいるその場所だけが静かだった。
二人で何も言わず、そこにいた。
衝撃音も悲鳴も空気の震えも、そして魔力の爆発音も衝突音も流動音も……自然と聞こえてこなかった。
数秒……いや、数分だったのかもしれない。
光の輝きが収まり、飛び込んできたのは焼け野原になっていた周辺の景色。何個ものクレーターのような窪みが、そこら中に散らばっている。
そして血だらけになり動かなくなったグロッシュラーと黒馬の姿……どうやら僕らは勝ったらしい。
二人を倒したらしい。
「フォス、ナイスサポート。」
そう言ってアズは、親指を立てて来た。
満面の笑みで。フワッと安堵のような温かい感情が溢れて来る。
だけど……分かってる。
まだこの戦いは終わってはいない。
「ふふ、いや~綺麗な花火だったわ。スピネルが見たくなるのも納得よね。」
禍々しい寒気がするような声。
それとともに、僕らの横に一人の少女が転がってきた。
体はボロボロで、肌からは出血している。
おでこ辺りには深い傷が刻まれており、髪に血が滴っていた。
服は破れ、所々から下着が見えてしまっている。背中からは多くの傷を負った黒い翼。
そして荒い、呼吸音。
「ごめんなさい、ちょっとしくじりましたわ。」
スピネルはそう言って、僕らに薄ら笑いを見せた。
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