第六十話 奇襲について⑪
『拝啓 お父様、お母様。そしてお姉様、いかがお過ごしでしょうか?私です。ダイヤです。この頃は顔も出さず、実家に帰っていないこと申し訳なく思っています。
魔術協会の研究科まで進んだにも関わらず、就職せずに冒険者になったこと。未だに怒っているでしょうか?
ごめんなさい。私は何度でも謝ります、ごめんなさい。けどいくら謝っても、魔術協会に帰るつもりはありません。私は冒険者が好きで、成りたくて、それで成ってもっともっと冒険者と言う職業を気に入りました。
冒険者は自由です。魔術協会に所属していた頃は、毎日論文に追われ義務感を背負う形で日々魔術の研究に勤しんでいました。その日々に比べて、今は何倍も充実していて楽しいです。
あれほど嫌だった魔術の研究も、自由にやっていくうちに好きになりました。やはり自由とは素敵です。
けど自由とは、全ての責任を自分で背負わなければならないことを意味します。それはちょっと大変です。
けど魔術協会にいた頃より、ずっと良いです。何より依頼を通じて、多くの人のためになれていると実感します。もちろん魔術の研究も多くの人のためにはなりますが、間接的で分かり辛い。私は魔術協会にいて人のためになっている何て思ったこと、1度もありませんでした。
だから冒険者になり直接感謝の言葉を聞く機会も増えることで、実感し気付きました。私は人のためになれているのだと。だから自由で責任はあるけど、達成感があります。やっぱり冒険者になって良かったって今でも思います。
さて……唐突ですが、死にそうです。
冒険者ってのは自由だけど、危険です。死にかけます。
何回か死んだと思ったこともあります。
けど生きています。そして今、死にそうです。
あの……神様、助けてください。』
私は最後の遺書でも刻むように、頭の中で文章を完成させた。何か最後の方、唐突に内容が変わりすぎてる気もする。いきなり死にそうとかおかしいよね。
けど本当にそうなんだから、どうしようもないじゃない。後ろから迫ってくる、火柱。
熱い……離れているのに熱気で汗が止まらない。
匂いとか大丈夫かな?とか……今はどうでもいいか。
とにかく逃げなきゃ。
私は外側の大路地を、全速力で走っていた。あーあ、胸が痛い。
本当に走るのに邪魔だ。揺れて重心が、乱れやすい。
後ろからは真っ赤な炎を纏った、赤髪の男が迫ってくる。名をザクロ……だったけ?
それともザックリ?ザックバラン?いや確か、ザクロさんだ。
何でこうなってしまったのだろう……そう思いながらも原因は明確。
あの注射だ。
そうあの注射に違いない。
私が一本背負いで明確な一撃をザクロさんに与えたとき、彼は注射を腕に刺していた。
針が大きくて痛そうだった分、余計に強い印象が残っている。
あの注射を刺した瞬間、様子が豹変し莫大な魔力を噴出するようになった。
真っ赤で莫大な炎が彼の体を包み、近づくことさえ許されない。
離れているのに、熱を感じざるをえない強烈な炎。もし服に引火でもしたら大変だ。
即刻火だるま状態、間違いなし。服に火が付いた場合は大きな火傷にも繋がる恐れがあるので、地面を転がるなどして強引に消火するのが吉。皆、覚えておこう。
何て……そんな暇与えてくれないだろうけど。
注射を刺すことで、大量の魔力の発現。
その事象だけで、酷く過去のあの出来事に酷似しているように思える。そう、闇属性研究所での一件……。
実験の被験者として多くの子供、冒険者、奴隷が殺されることになった痛烈な事件。あの注射に似た物を肌に突き刺し、グリフォンは化け物と言って差し支えないほどの強力な力を得ていた。ダークフェアリーが関係していることもあり、否が応でもその怖くて刺激的な記憶が蘇ってきてしまう。
ただ……色や気配からして、あの注射とは違うのだと思う。
私はこれまで回復魔法を研究するにあたり、医療についてもかなりの知識を蓄えてきた。その今までの膨大な勉強や研究で得た知識から鑑みるに、あの注射は……魔力増強剤だ。
魔力増強剤。
用途を間違えると人を殺しかねない劇薬のため、一般人は所持することを許されない薬剤。医療機関が魔力を欠乏している、緊急性を孕んだ患者にのみ使う注射。
そんなものを自ら刺すとは……ザクロは何を考えているのだろう。
走りながら、思考を光速で掛け巡らせる。
魔力増強剤を健康体に注射した場合、十中八九魔力暴走が起こる。自身の許容量を超えた魔力を注入されるのだから、当然の現状だ。また魔力暴走を通り越して、体が爆発することもおかしくはない。地下施設の研究所でも注射を打った奴隷の体が爆発したのも、これに似た現象と言えるだろう。
つまり……ザクロは魔力暴走を起こしている?しかし魔力暴走を起こせば、自我は崩壊し私を襲おうとする意思すら消えるはず。けれど明らかに私を追いかけてきているのだ。
まあ、スピードは遅いけど……。
ただスピードは遅いと言っても、私の全速力と同速ぐらい。
けどザクロは本来なら、明らかに私より足が早かった。素手だし、武器も持っていない。それでもそこまで減速しているのは、魔力をまだ使いこなせていないからだろう。
魔力を制御できず、直線的な動きしかできない。故に細い路地などに入ったりして、ジグザグに走れば追いつかれることは無い。けど……こうなっているってことは、やっぱり魔力暴走状態?
試しに、声でもかけてみるかな。
「あのー、ザクロさん!意識ありますか!?」
ザクロの性格からして、一言くらい返答が合ってもいいと思う。合ってから数分も経ってないけど、多分そんなタイプだし。けど……返答は無い。
となるとやっぱり魔力暴走状態?だが明らかに私を追いかけて、路地裏に入ってきた。両脇にある建物や、物をその熱気で破壊している音が聞こえる。
この状況から察するに……多分、ザクロは魔力暴走状態と、自我がある状態のギリギリ真ん中の状態なのだと思う。
魔力暴走をギリギリ起こさず、それでいて自我もギリギリで失わない。アンバランスのようで、バランスが取れている絶妙な状態。そんな状況なのだろう。
そうなるとザクロは魔力を消費すればするほど、自我を取り戻していることになる。
だって魔力暴走の原因は、許容量を超えた魔力。消費すれば消費するほど、許容量を超えた魔力は、制御を行える魔力量になる。この莫大な魔力量で、自我を取り戻したのなら……私に勝ち目はあるのだろうか?
今は暴走状態の錯乱状態だからこそ、ギリギリ生き残れている。暴走状態が解けた時、そりゃ今よりは魔力量は減っているけれど限度がある。そうなったら……どうする?
ザクロが注射を刺したとき、私は魔法による攻撃を行った。けれど彼を纏う業火が、私の攻撃をかき消し意味をなさなかった。鎖での拘束も、あの熱量じゃ意味をなさない。どうする?どうすればいい?
悩む。考える。思考をめぐらす。
そうしながら、足を止めない。路地から路地へと走り、できるだけ大通りの方に逃げないようにする。大通りに出たとしても、すぐ近くの細い路地に入る。
だが……そのとき私が入った路地は、真っ直ぐに直線の道だった。
しまった……そう思った。自我がまともにない状態とは言え、単調で直線的な攻撃ならザクロにもできる。
つまりこの路地に入った、時点で逃げ場がない。
今すぐ路地を入り戻そうと思うも、感じるのは強烈な熱気……戻れない。
こうなれば上に逃げるしかない。そう思うも、判断が少し遅かった。大体、ザクロは巨大な火柱を常時発しているような状態なのだ。上へには逃げられる、可能性は低い。それでもそれしか逃げられる可能性は無かったのだから、判断は間違えて無かったと思う。
けど……私は避けられなかった。
「がああああああああああああああああ!!!」
ザクロの雄叫びが聞こえる。それと共に、感じる衝撃。
私の体は宙を舞い、そのまま裏路地を抜けた。ただ路地の先は外側の通りに繋がっていたらしく、私はイーグル街を丸く囲む城壁に、体を打ち付けた。
魔力で体を纏ったとは言え、痛いものは痛い。
口から空気が盛れ、体からバギっと変な音が響く。
骨が折れたのだと思う。ただそれだけに収まらず、私の体は何と城壁を貫通した。
勢いそのままイーグル街外の草原に転がった。
「いっつ……」
そう声が盛れた。背骨が折れたのだろうか?体が立ってくれない。いや正確には痛すぎて、立つことができない。ただ……壁を貫通することができたのは、運が良かった。
壁が貫通してくれたことで、体を打ち付けた時の衝撃を和らげることができたのだ。きっと壁が壊れなければ、背骨だけに留まらずもっと酷い被害を被っていたことだろう。ただ……動かないことには変わりはない。
すぐに回復魔法を使い、体を治そうとする。しかしその隙を許さないと訴えるかの如く、近づいてくる炎。真っ赤で人の肉など一瞬で燃やすのではないかと思うほど、強力な熱。熱い。赤い。
そしてさらに状況は、最悪だった。
「やっと追い詰めたぜ!女ぁ!」
ザクロの意思が完全に戻っていたのだ。魔力暴走ギリギリの状態から、大量の魔力を纏ったまま、意志を持った完全状態となっていた。
これは……どうしようもない。
私はどうしようかなと一瞬の時間で思案するが、どうにも案が浮かばない。背骨は折れ体は動かない。
痛みから、魔法陣を正確に組み上げることすら難しい。
私ではどうしようもない。
死んだ?終わった?
私の人生はここで集結するのだろうか?
ふと好きな人の顔が思い出される。
私の好きな……安心する……フォスさんの顔。
フォスさんならこんなときどうするだろうか?
このまま諦めるだろうか?
いや……絶対に諦めない。
どんなに厳しくても、辛くても、痛くても、ちょっとでもあるかもしれない希望を捨てず、信じる。
生きることを疑わない。例え死んでも、死んだのを気付かないくらい。
それがフォスさんだ。地下施設で私を救ってくれたフォスさんだ。私の大好きなフォスさんだ。
なら……私も諦めちゃならない。
絶対に、諦めない。
私ではどうしようもない?
なら他人の力を借りればいいんだ!
「助けて!!!!」
それは滑稽かもしれない。戦う者として、冒険者として情けない行為かもしれない。けどこれが私が唯一、生き残る術なのだと思う。ならそれに縋る。
叫ぶ。抗う。
生きたいから。諦めたくないから。
「助けて!!!!」
何度も叫ぶ。別に助けてくれる宛がある訳じゃない。
私以外の皆はきっと、各々の門の守備でいっぱいいっぱいだろう。ギルドマスターだって騎士団と協力するため中央広場の方にいるはず。
きっと私の声は届かない。
けど叫ぶのだ。奇跡が起こるならと。何か起こればと。
私はシスターだ。神に人生を捧げて奉仕してきた。
希望的観測でも、神頼みでも、何だって縋る。何だって信じる。私は生きる!
「おいおい、無駄だぜぇ。くっそみっともねぇ面見せるじゃねぇか。最高だぜ、くっく……。」
ザクロは私の誰かに助けを乞う姿に、嘲笑の笑みを浮かべた。
体からは相変わらず炎を吹き出しており、体が炎に遮られて見えない。
感じる、とんでもない魔力を。体が反射的に恐怖を感じるほどに、強大で禍々しい魔力。
これが魔力増強剤の力なのか……?
けど……彼がどうだって私が行うことに変わりはない。
「助けて!!!!」
そう叫ぶのみ。喉から血の味がしたって、関係ない。
生きたいから叫ぶ。
「おいおい、お前は終わりなんだよぉ。せめて最後は一瞬で痛み無く終わらせてやるよ!」
ザクロは拳を構える。
「助けて!!!!」
「じゃあ……な!」
ザクロの拳が迫る。
真っ赤で、熱くて、禍々しくて、そして容赦のない一撃。
けどそれでも、死ぬ寸前でも私は諦めない。諦めたくない。
一時でも、一秒でも、一瞬でも、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!
「助けて……。」
「その言葉、聞き届けた!」
そのとき聞こえたのは、透き通ったような女性の声。
そしてその声と同時に、水色の剣が私の目前を通過した。
吹き飛ばされる、ザクロ。彼の拳が私に届くことは無かった。
「中々、ギリギリだったわね。良かった~、急いできて。ってあなた大丈夫?うわ、見るからにやばい状態じゃないって、え!?胸デカ!?私よりでかいって相当よ、それ!?肩こり酷くない?」
私の体をまじまじと見るのは、青髪の少女であった。
真っ白い服を着ており、胸辺りに天秤のマークが刻まれている。
「っていきなり、そんなこと言われても、ビックリするよね。私はフローライト、勇者よ。」
そう言って少女は、笑みを浮かべた。
私はどうやら、まだ生きていけるらしい。
奇跡を手繰り寄せたらしい。
これからどうなるのか分からないけど……、私はまだ生きていいらしい。
「奇跡って最高。」
私は小さな声で、呟いた。
ごめんなさい、10/14は投稿休みにします。
読んでいただき、感謝。
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