第五十八話 奇襲について⑨
「地獄落とし!」
「燕子花!」
ヒスイの剣とジェットの斧が交わる。
そして案の定…ヒスイの体は受けきれずに吹き飛び、宙を舞った。左腕は骨折していて動かない。剣も片手でしか持てない。
けど……諦めない。
ヒスイは体を宙返りして、地面に着地した。
何度こうして攻撃を受け続けているのか……彼女自身理解できていない。どのくらい時間が経ったのだろう?
数分?数十分?それとも数時間だったりして……。
今生きていることさえ、奇跡のようにも感じる。
けど生きてる。
なら……私は生きることは諦めない。
既に周りの建物はこの戦闘に巻き込まれ、ほぼ半壊状態。戦闘の壮絶さに、周りにいたはずのスケルトンやダークフェアリーたちは姿を消していた。
逃げるように中央広場の方に向かったのか……はたまた戦闘に巻き込まれ息絶えたのか……。ジェットさえも理解していないことだろう。
何度も迫ってくる、高威力の攻撃。
それを何度も凌いで、ここまでどうにかしてきた。どこかで隙が生まれるはず……そう信じて。
斧という武器は、威力を出すという目的において、他の武器より秀でている。けどその分攻撃が大振りになり隙が生まれやすい。ジェットは広範囲かつ高威力の攻撃を繰り返すことで、意図的に隙を作らないようにしている。
常に距離を狭めて、相手に攻撃のターンを与えない。
それを可能にしているのは、あの莫大な魔力。そして華奢な軽い体。
筋肉があるほど早く動けると言うのは当たり前の事実ではあるが、魔力との兼ね合いによっては正しくない場合がある。
ジェットはまさに、その例外の部類。使う魔法や一つ一つの行動を、華奢で軽い体を軸に構築されている。そのためにあそこまで爆発的な力とスピードが実現している。
「まったく……デタラメすぎますよ、とヒスイちゃんは訴えます。」
そう自然と言葉が漏れた。そしてやはり……黒髪を揺らしながら迫ってくる影。夜と言うこともあり、その姿は視覚ではほぼ知覚できない。それでも魔力の気配を機敏に感じ取り、剣で斧の一撃を受ける。
「きひ…きひひ……もう、諦めたら…どう……ですか?あなたに勝ち目は…無い……です。」
「確かに勝ち目はほとんど無いですね。けど1パーセントでも勝ちの可能性がある限り、ヒスイちゃんは諦めません。」
「そう……ですか…。けどそれはきっと愚か……です。無駄に疲労しても、辛いだけ……です…。」
「勝手に辛い何て、決めつけないで下さいよ。ヒスイちゃんは辛くないです、むしろ今を楽しんでます。だって……こんなにも生きてるって思うんですから!」
人は生きている。
それは当たり前で、けど意識をすることは日常においてほとんどない。だからこそ……死にそうな…殺されそうな…今だからこそ、感じる。私は生きている……と。
血だらけになりボロボロだと言うのに、自然と笑顔が漏れていた。その姿を見てジェットは、苦い顔を浮かべる。
「……気持ち悪い……です…。痛いのに…辛いのに…それなのに楽しい何て…間違ってます!もしかして……ドM何です…か?」
「ド、ドM!?うーん、どうでしょうか?もしかしたらそうなのかもしれないですね。」
「ひぃ、マゾだ……本物のマゾ…初めて見た。」
「酷いですね、そんな人が嘔吐した瞬間を見たような顔をして。マゾの何が悪いんですか?マゾじゃないなら、逆にジェットさんはサドなんですか?」
「それは……違います…けど?」
「いえいえ、ヒスイちゃん分かりますよ。ジェットさんはドSです。だってこんなにも私を痛ぶって楽しんでるじゃないですか?正真正銘のドSです。」
「えぇ……そうなんで…しょうか?確かに帝国人を殺すと、頭の中が幸せいっぱいになる……です…。」
「じゃあ、やっぱりドSですね。認めて下さい。そしてドMの全人類に謝ってください。方向性は違えど、ドSとドMは同じ針のむしろ何ですから。」
「ご、ごめんな……さい?」
ジェットは、何故か私に頭を下げた。
ホント変なところ、真面目だ。裏と表の顔がコインみたいにコロコロと変わる。礼儀正しい控えめな少女であり、殺しに喜びを感じる殺人鬼の少女。どちらも背反で、それでいてそれはジェットなのだ。
二重人格者。もしかしたらそう表現できるのかもしれない。けどこれは最大の好機。
剣に無けなしの魔力を灯して、全身を集中させる。
「隙アリ!風船葛!」
今残る全力の一撃。両手ではない分、腰を使って体を回し剣を振るう。ジェットは反射的に斧で受け止めるも、完璧に受けきれず後方に吹っ飛んだ。
ふう……やっと一撃与えられた。
これだけ戦ったと言うのに、最初の一撃以外まともに攻撃が入らなかった。達成感からか体がふらっとする。
やっぱり魔力を使いすぎたかな……、けど気を引き締めないと……だってこれであの子が死んだなんて冗談でも思えないから……。
月光に照らされて、ジェットの立ち上がった姿が微かに映る。ふらふらと相変わらず、定まらない体。
そしてその赤い目は今まで以上に、鋭く輝いているように見えた。
「酷い……やっぱり帝国人は下劣で…醜い…。殺さないと……私が…私が…殺さないとぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一瞬で姿が消える。気配すら早すぎて、感じるのが難しい。けど分かる。来ることくらい!
剣を瞬時に構える、それとジェットの斧が迫ってくる瞬間は一致していた。
「砕け散れ!地獄草紙!」
ジェットの絶叫に似た声。そして衝撃。
反射的に後ろに飛ぶことで威力を下げるが、そんな小細工が通用する威力じゃなかった。
体がぶっ飛ぶ。一瞬で視界の景色が、早送りの映像を見ているかのように変わる。
そして数秒間を宙を待った後……街を囲む城壁に体を打ちつけた。体に鈍い衝撃が走る。
受け身と魔力での威力緩和を瞬時に行うも、意味を成しているのか分からないほどに痛みが全身を走った。
そのまま壁を伝うように、地面に落ちた。
あまりの衝撃に、呼吸ができない。
体が痺れて動かない。ちらりと目を動かすと、私が伝った壁にベッタリと血痕が着いていた。
あれ?これ、もしかして私の血?出血してる?
何とか首を動かすと、脇腹に白くて細いものが見えた。
私の体の中から、突き出ててる。そこから井戸水のように血が溢れていた。
そして気付いた……あ、これ…私の肋骨だ。
衝撃が強すぎて、体を壁に打ちつけた時に折れて突き出たんだ。すごい、人の体ってこんなになっても死なないんだ……何て、訳もわからず思った。
けどもう私って死ぬんだろう……もう体が動かない。
私に迫る、黒い影。死神が見えた。
いやそれはジェットだ。けどドクロの装飾がなされた斧を持っている彼女の姿は、死神そのもの。
せっかくあのときフォス様に助けてもらったのに、私ここで死ぬんだ……。なんの恩も返せてないのに……まともに会話だってしたことないじゃないか……。
ここで死んでいい道理なんて1つもない。
立つんだ!戦うんだ!
そう脳から命令を出しているのに、体は動かない。
それどころか意識が朦朧としてきた。指の感覚はもう無い。深いはーはーと言う、私の呼吸だけが耳に響く。
眠い……眠くなってきた…。
ちょっと寝ていいかな?起きたら戦うから……何て、私は何を考えてるんだ。
ここで寝たら死ぬじゃないか……けど体は動かない。
できることなんてない。なら寝てもいいんじゃないかな……だって眠いんだから…。
瞳から光が消えていく。まぶたを閉じていく。
けど……
そのとき声が聞こえたがした……。
「ヒスイ!」
その声が聞こえたとき、一瞬だけ意識がハッキリとした。そして薄らと見えた。
メガネをかけた水色髪の青年の姿が……。
私はそうして、意識を手放した。
★
ラリマーはチャロアイトを倒した後、強者がいると聞いていた東門に向かっていた。チャロアイトほどの人物でも、強いと認める存在。
そんなのを相手にしてヒスイは無事だろうか?そう心配になり東門を訪れたのだが……その悪い予想は的中してしまった。
真っ赤な血溜まりの上に、壁を背もたれのようにして座る少女がいた。ヒスイだった……。
服はボロボロで、体の所々から出血している。背中の壁にはベッタリと這いずったような血痕。上に伸びているので這いずった訳では無いのだが、頭上の壁の凹みから察するに……ここに叩きつけられ落ちたのは明白だ。
「ヒスイ!」
そう声をかけるが、反応はない。側までくると、脇腹が骨が突き出ているのが見える……酷い重症だ。
肋骨が折れ、臓器に突き刺さっている可能性もある。それにこの出血量……微かに魔力が感じるも、余りにも乏しい。もう死んでると言われても納得できるくらい、ヒスイは死体のよう。
とにかく治療だ。治療しなければ助けられる命も、助けられない……。けどこれほどの酷い状態の彼女を治す術を、俺は持っていない。それにそんな隙もない。
後ろから感じる寒気のするような気配……俺はバっと振り返った。
そこには……細くて小さい一人の少女が立っていた。
地面につくほどの長い黒髪。手にはドクロの装飾が成された、身長よりも高い斧。ふらふらと不安定な体。
そして……血よりも真っ赤な赤い目。
「ふひ、あへ?あなた……誰?それの仲間?」
ニヤリと裂けたような口が笑った。
全身に寒気が走る。なるほど……こいつは強い。
感じる魔力量が尋常じゃない。向かい合っているだけなのに肌がピリピリとしてくる。意識しなければ足まで震えそうだ。
「俺はラリマー。そうだな、接点は少ないが一応ヒスイの仲間だ。」
「そう仲間……なのね…ふひ、ふひひ帝国の人……殺さなければならない人……。」
「お願いがあるが、ここは見逃してくれないか?俺の七草粥をあげよう。それに免じて、ここから消えて欲しい。」
「へ!?七草粥……?何故そんな不味いのを…?」
「不味い?貴様、七草粥を不味いと言ったのか?許せん!人生の半分以上、損していることを自覚しろ!そして死ね!七草粥の良さを分からん者など、生きる価値もない!」
「ひ、ひぃ……豹変した…怖い。」
少女はぶるぶると体を縮こませる。
その姿だけ見れば、ただのか弱い女性に見えなくもない。けど……違う。
怖がっているようで、怖がってない。弱そうに見せているだけで、牙を隠し持っている。興味深いのはそれが演技ではなく、自然と自覚無く行っていること。これは騙される者がいてもおかしくはない。そういう意味ではこの少女は、戦闘を始める前から仕草だけで有利に運ぼうとしている知能犯だ。
「おっと、すまん。言葉を荒らげてしまった。俺らにはもう、戦闘の意思はない。だから見逃して欲しい。ダメだろうか?」
「見逃して……欲しい…の?いいよ、けど条件がある。」
「条件?何だ?聞こうじゃないか。」
「えっとね……その…二人の生首をくれたら。ふへ……。」
「生首!?そんなものあげたら、死ぬじゃないか。」
「そうかな?やってみないと分かんないよ。ほら……」
そう言った瞬間、少女が目前まで迫ってきた。
どうやら元から交渉する気も無かったらしい。まあ、俺も十中八九断られると思っていた。少女の斧に瞬時に反応する。
「地獄変!」
「防御魔術、繁縷!」
魔力のバリアを作り、少女の攻撃を受ける。その間にヒスイを抱き上げ、逃げる体勢をとった。
後方に守らなければならない存在がいる時点で、避ける手段を俺はとることができない。少女の斧の重い一撃、それを受け続けなければならないのは分が悪い。それにチャロアイトと戦ったせいで、魔力だってそんなに残ってないのだ。逃げる方がまだ、ヒスイを救う可能性がある。
「地獄絵!」
少女の二振り目の一撃で、防御魔術は崩れさる。その瞬間を見計らい、俺はヒスイを抱いて飛び出した。
一気に近くの建物の屋根までジャンプし、そのまま中央広場方面に飛ぶようにして走る。
ヒスイを助けられる人物。それは現状近くにいる条件を考えると……回復魔法に長けたダイヤと、ギルドマスターであるシルフの2人。ダイヤは戦闘中でそんな暇は無いだろうことを考えると、騎士団に指揮をしに行ったシルフを頼るべきだ。
だが……その可能性を押しつぶすように、後方から不気味な声が響いてくる。
「ふひ、ふはは、逃げられると、思った!?えへ、ふひひひひ!」
速い……。
少女は俺の予想を遥かに超えるスピードで追ってくる。あんな重い斧に華奢な体……魔力が豊富とは言え瞬足と名高い俺に、こんなにも早く追いつこうとするなんて……。
ここで追いつかれては、ヒスイと一緒に俺まで死ぬ可能性の上が高い。ここは何とか足止めして、時間を稼ぐ!
「藤袴!」
言霊を叫び、足元に魔法陣を展開させる。青緑に輝く、巨大な魔法陣。消費魔力が多いので、7つ以外の魔法は使う機会がほとんど無かったのだが……ここではそうも言ってられない。
魔法陣からは大量の蔦がメキメキと生え、俺と少女を遮るように成長した。
まるでそれは蔦のカーテン。その大量の蔦は少女を絡め取ろうと、一斉に伸びていく。その様子を見て少女は笑みを零しながら、斧を構えた。
もちろん。この魔法で足止めできるのは数秒だろう。それでもこれを何度も続けて、ヒスイをシルフのとこまで送り届ける。その後どうするかは……正直分からないけど、そうするのが最善手であることを疑わない。
再び妨害の魔法陣を準備しつつ、全力で走る。
どうにかヒスイを助ける……そう信じて。
だが……そのとき目の前の空に見えたのは、一人の男性だった。
長髪で片手に長い剣を持った男。そして背中に生える真っ黒な羽。あっ……一瞬で分かった。
この存在がダークフェアリーで、俺らの敵であることに。気配からしてチャロアイトと一緒か、それ以上。ダークフェアリー族四天王だか言う、4人の1人なのだろう。
「終わった……。」
そう声が漏れた。あの少女から逃げるのに手一杯なのに、前から刺客が現れるとか勝ち目がない。生き残る手段がない。ヒスイを救う手段がない。
あーあ、どうしよう。
どうすればいいか分からない。
けどさっきの師匠の言葉が、頭の中を横切る。
「大丈夫、私がついている。」
そう師匠がついてくれている。見守ってくれている。
ならどんな絶望的状況だろうと、諦めることは無い。
何がなんでも生き残る。そう再度自覚して、手に魔法陣を浮かび上がらせた。
けど……ん?
その男は俺には目もくれず、頭上を飛んで行った。
あれ、俺を狙ったんじゃないのか?全く敵意のようなものを感じない。
どういうことなのだろうか?
理解できない疑問が、頭の中を沸騰したときの気泡のようにふつふつと湧き上がってくる。
けれどそんな俺を置いてきぼりにしたまま、男は少女の傍に着地した。俺の妨害魔法を粉砕した、少女はきょとんとした表情を浮かべる。
「?シェル……どうしたん…ですか?何故ここ…に?もうギルドマスターを……しとめた…んですか?」
そう少女は言葉を紡ぐ。だが男は一切の返答をしない。
まるでその言葉を聞こえていないように、まるで相手にしていないように、それでいてゆっくりと少女に近づいて行った。
グサッ
唐突にそんな音が聞こえた。
剣が肉を裂くようなそんな音。
そして俺は見た……
その景色は、一瞬目を疑った。
嘘かと思った。見間違いかと思った。
だって……だって……
その男の剣が、少女の腹部を貫通していたのだから……。
視点移動が多くて分かり辛いかも、すいません。
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