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第六話 恋人について⑥

キンググレートボアの討伐を成し遂げた僕らは、すぐに死体に埋もれている獣人の少女に駆け寄る。

脈や呼吸を測り、意識の確認をした。

どうやら意識はないようだが、脈や呼吸に別状はない。


ただ魔力が乏しく、食事も十分に取れていないのだろう。非常に弱っているのが伺える。

このままでは命に危険があるので、痛む体に鞭を打ち獣人の少女を背負って下山することにした。


正直あまりの疲労に休みを取りたいところだが、すでに空は夕焼け。少女を治療する技術もなければ魔力もないため、一刻を争う状態だからこそ何としてでも下山しなければならなかった。


その後結果的に言うならば、近くの街まで何とか到達し、医療施設に助けた少女を預けさせてもらうことに成功した。

異世界の医療技術は回復魔法の発展により、日本とは比べられないほど向上している。死にかけていた獣人の彼女も、数日経てばすっかり元気になることだろう。


だが、心の傷については、どれだけ魔法技術が発展しようとも癒すことはできない。

獣人の少女は首に銀色のグリフォンが彫られた徽章をかけていた。察するに彼女もあの死んでしまったグリフォンギルドの冒険者パーティの1人だろう。


仲間の死と言うのは、簡単に拭いきれるほど安いものではない。そしてそこに対して僕らが出来ることは何もない。少女が真実を叩きつけられて、体調が悪化しないことを願うのみだ。


僕らは彼女を預けた後、そのまま馬車に乗りシルフ街へと向かうこととなる。

依頼達成の他にも、キンググレートボアの出現、グリフォンギルドの冒険者たちの安否、それら諸々について報告しなければならないことは沢山ある。

少女が意識を取り戻すまで街で休ませて欲しいものだが、こういうときに限って冒険者と言うのは恐ろしく過労だ。


すでに日は落ち、夜空を埋め尽くすように星々が輝いてる。

冷たい夜風が体をくすぐるように吹き抜け、馬車が地面を進むカタカタという小さな振動が寝ている体を小刻みに揺らした。

自分は馬車の硬い木でできた床に、1枚の麻布を敷いて横になり天井を見つめていた。


ふと横を見ると、同じように1枚の麻布を敷いているアズと目が合った。どうやら彼女は自分の方を見て寝ていたらしい。何だか気恥ずかしい思いに駆られるが、アズはそんな僕を気にすることなく話しかけてきた。


「ねえフォス。拾ったお金、全部置いてきて良かったの?」


「うん。あの金があれば医療費は十分に賄える。それに元を言えばあの少女のパーティのものだからね。」


「ふーん、助けてあげたんだからちょっとぐらい貰っても思うんだけど。フォスは変わってるのね。」


「そうか?」


「ええ、そうよ。私なら医療費以外全部もらっちゃうわ、と言うか普通そうよ。フォスは優しすぎ……って、もしかしてあの子をハーレムに加えるために恩を売ったの?獣人だし異種族でピッタリだものね……。鬼畜だわ、ぐう畜。」


「いやいや、そんなつもりはない。僕は誰だってそうしたよ。それに危険魔獣倒したからけっこうお金入ってくるだろ?そう考えると、そのくらい気にしなくても良いかなって。」


「それは……そうね、一理あるわ。けど、どうせ私は新しい弓の購入に全部吹っ飛んじゃうから、ちょっとでも欲しいのよね。また面倒な仕事やるの嫌だし、もっと余裕のある生活を送りたいものだわ。」

アズはそう言って、辛そうに嘆いた。


アズが言った通り亡きパーティメンバーから奪った全てのお金と徽章は、助けた獣人の少女に託してきた。少女はその徽章を見て、きっとことの次第を悟るときが来るだろう。


空に浮かぶ二つの月が輝く。

周りに魔物の気配は無く、人の気配もない。

静かでとても穏やかな時間だった。日本のように虫の音が聞こえるような夜の風流はないが、何も聞こえず月明りだけが蘭々と輝いているのも違う意味で風流がある。


疲れている分横になればすぐに寝るものだと思っていたが、案外眠れない。冒険者となると、どんな悪環境でも睡眠を強要されることはある。だから硬い床だろうと、寝ることに対しては問題ないはずなのだ。

それでも寝れないのは……きっとあのキンググレートボアとの戦闘の名残が、未だに頭の中をグルグルしているからだろう。


今でも剣を振るうときの感覚が、手に残っている。

一歩間違えれば、アズもあの獣人の少女も死んでいた。そう思うと未だに少し恐怖を感じずにはいられない。


僕は今まで多くの人の死を見てきた。魔王軍と戦争をしている戦場に出向いたこともあるし、キンググレートボアよりも強力な魔物や魔族と戦ったこともある。

そこで多くの人の亡骸を見た。多くの人の亡くなる瞬間を見た。

今回だってそう、亡くなった冒険者を見た。


死というものに慣れるにつれ死ぬことへの恐怖も、死を目にする悲しみも、どこか薄れてきて…僕は人として何か大事なものを失っているような感覚を感じている。


けど、確かにあのとき僕は恐怖を感じた。

どうしても…どうなってでも…アズに死んで欲しくなかった。死んだら嫌だと思った。

だからこそ無我夢中で剣を振ることが出来たんだろう。そう思えたってことは、まだ辛うじて人間性は保てているのかもしれない。


僕はあれからずっと、あることを考えている。

今回はアズを助けることが出来た。けど、次はどうだろうって……。


冒険者ってのは死とは隣り合わせで、そんなことはずっと前から分かってる。けどそれはきっと、心のどこかで他人事のように考えていた。

だからなおさら、今日直面してしまった死に動揺してしまっている。


大切な仲間のアズには、どうしても死んでほしくない。しかし今日助けられたのは本当にまぐれだ。

アズの弓が壊れるなんて欠片も思ってなかったし、そんな予想外のアクシデントにこれから対応できる保証はない。次アズが死に直面した時、果たして僕は彼女を助けられるのか……そう思えば思うほど、どんどん怖くなってくる。


「ねえ、アズ。僕やっぱりなろう系チートハーレム主人公になりたいよ。」

気付けばそう言葉が出ていた。


僕は異世界のチートハーレム主人公に憧れ、ここまで人生を歩んで来た。もしかしたらとかひょっとしたらとか…そう言うのを考える歳でもないのに憧れてきた。


ただ…なろう系主人公じゃない今の僕でも、何となく心の中で満足していた。アズとくだらないことを言いながら酒を飲む毎日が、自分で自覚しているよりも何倍も幸せに感じていた。けれど……その日常は『死』の一言で簡単に壊れる。


もし僕がなろう系チートハーレム主人公になれたら、そんなことは起こらない。いつだってその圧倒的なパワーで敵を倒し、皆を救ってくれる。アズが死ぬなんてことはないし、僕だって死なない。

そうなればどれだけいいことか……そう大切な存在の死に直面したからこそ思える。日本で経験したあんな過ちも、絶対に有り得ない。


「唐突ね。また、そのなろう系チートハーレム主人公?」


「うん。今日そう改めて実感したんだ。心から大事だと思っている人を救うことが出来た。けど次は分からない。アズを失いたくないけど、僕の実力じゃどうしようもないんだ。だからなろう系チートハーレム主人公になりたい。なれたら失いたくない人を全員救えるのに……。」


「え、えと……あんた、今けっこうすごいこと言ったわよ。何、フォスって私のこと心から大事に思ってくれてたの?」


「そりゃ、この世界でアズほど仲間だと思っている人間はいないからね。だって異世界転生してきたなんて言ったら、普通信じないだろ?けどアズは信じてくれた。だからこそ、アズへの信頼は計り知れないよ。」


「そ、そう……何だかそこまであっさり肯定されると、ちょっと照れるわね……。は~、しょうがない。フォスの相談に、今回も真面目に乗ってあげるわよ。先ずあんたは大事なことを忘れてるわ。さっき『次は分からない』とか自分を僻むようなことを言ってたわね。けどそれは違うわ。」


「違う?」


「ええ、『次は分からない』じゃなくて今日は無事に私を助けられた、そこを強調すべきなのよ。いい?私は今日あんたに救われなきゃ死んでたわ。けど今、私はどう?生きてるでしょ。ならあんたが心から大事だと思っている私を救えたこと、それを喜びなさい。なんか自分で言うと恥ずかしいわね……。」


「喜ぶか……そうだよね。先ずは救うことが出来た自分を褒めるべきだよね。」


「そうよ。それに何?なろう系チートハーレム主人公だっけ、そんな無いものねだりしても意味ないわ。次は分からない?そんなの誰にも分からないわよ。あんたが憧れてるなろう系チートハーレム主人公なんてのも分かんないわよ。人にミスはつきもの。死ぬときは死ぬのよ。大事なのは一日一日悔いなく生き抜くこと、違う?」


「全く違わない……けどなろう系チートハーレム主人公は、いつだって英雄でその強さで敵をねじ伏せる。転生者なのになれなかった僕より、人の命を救う能力は何倍もけているんだ。」


「だから~言ってるじゃない、死ぬときは死ぬの。人の命を救う能力が何倍もけてても、失うときは失うものよ。それにね、なろう系チートハーレム主人公になりたいとかフォスは言うけど、その存在って曖昧にもほどがあると思わない?チート?ハーレム?英雄?全部具体性に欠けてるわね。」


「それは……めちゃくちゃ正論だね。」


「でしょ。あんたは結局、何になりたいのよ。具体的にどんな成果を出して、どんな地位になって、どんな人間になりたいの?それを教えなさいよ。」


「……、」

僕は言葉が出なかった。

なろう系チートハーレム主人公になりたい、それは曖昧で具体性に欠けている。

魔王を倒したり、多くの人に称賛されるような英雄っだけ?僕の憧れたものは……。



日本で生きてたとき、僕は自分が嫌いだった。

今でもそう……日本での僕が嫌いだ。


一度の一生を通して色んな経験をした。けど何か残せたものがあるかと聞かれれば何も無くて、誰かのために何かできたわけじゃない。

あのときああすれば…って後悔を何回も繰り返して、助けたかった人も救えなくて、それで30歳にもなれずに死んで……何の意味もない人生。

死んだときに思った、何で僕が…僕だけがこんな人生を送らなきゃいけなかったんだ……って。

そうして自身をひがんでた。


けど転生してこの世界に生まれたことを自覚したとき、やっと報われたと思った。

異世界転生したら大概は物凄く素晴らしい人生が待ってるから。

もちろん例外もあるけど大半はチートしてハーレムして、誰もが憧れるような人生を歩んでる。そういう人生を送れれば、あのどうしようもなかった人生を取り返せるような気がした。


そうか……分かった。

何で僕がなろう系チートハーレム主人公になりたかったのか……それは自分の人生に価値が欲しかったからだ。何も残せず、何の成果も無い、そんな無価値の人生を意味のあるものにしたかったからだ。


なら僕はどうなるべきか、それは明快。

この異世界での人生がが日本での人生なんかと違って、自分自身に自慢できるくらいのものにすること。

それが僕なりのなろう系チートハーレム主人公なんじゃないか?


「その……明確な目標は思い出した。けど具体的にどうすればいいか分からない。どうしたらそうなれるか……僕には分からないんだ。」


僕なりのなろう系チートハーレム主人公、その明確な目標はある。

しかしそれはやはり具体性に欠けていた。自分の人生を価値あるものに変える方法、そんなの分からない。どこを目指し、どんな目標に向け進んでいけばいいか分からなかった。


しかしアズは僕の言葉を聞いて、ニヤリと笑みを浮かべた。

彼女はそう知っていた、僕の道しるべを……。


「じゃあフォス、私が教えてあげるわよ。白金等級の冒険者になること。それがあなたの了然りょうぜんたる答えよ。」


「白金等級……!?」


白金等級とは冒険者の頂点。

誰もの憧れであり、希望。

圧倒的なカリスマと実力、全てを併せ持った冒険者しかたどり着くことのできない選ばれし者の証。


けどそんな存在、僕はなれるのだろうか?

等級は前に言った通り、下から銅、銀、金、白金。しかし金等級と白金等級の間には、他の等級差と比べ物にならないほどの差がある。

現に金等級冒険者は余りあるほどいると言えど、白金等級冒険者はこの世界に七人しか存在しない。

なりたいからなれる、そんな存在じゃないのだ。


「白金等級冒険者の実力は、十分チートと言っても過言じゃないでしょ。ならあんたが白金等級冒険者になることで、とりあえずチートって部分は達成できるわ。それに白金等級冒険者になるってのは私の夢でもあるの。つまり結果はどうであれ、あんたと私の目指すべき場所は同じってこと。」


「アズって、そんな夢持ってたのか?」


「そうよ、あれ言ってなかったけ?たしか言った気がするんだけど……。」


「そうだっけ……あー、確かに言ってたな。」


思い出してみると初めてアズに会ったとき、そんなことを言われた気がする。

けどそれは五年以上前のことで、言われなければ思い出せないほど昔の事であった。


「そうか……白金等級か。うん、確かに……。ありがとうアズ、何だかやっと僕の生き方について一つの答えが出たような気分だよ。」


「そう?どういたしまして。」


「その…けど、ハーレムのところはどうやって達成するべきだと思う?」


「そうね、告白あんな調子だったし……あっ、簡単な答えがあるじゃない。前にあんたがモテない理由覚えてる?」


「ああ、三つあったやつだよね。」


「そう。けど白金等級冒険者になれれば、それはもう収入は多くなるし圧倒的な地位を得たも同然。事務仕事も多くなるから危険だって少なくなる。つまりモテなかった理由の三つのうち二つを解消したことになるわ。そうなればあんたがハーレムできる可能性も低くないわよ。」


「おおお……マジか。」


「そうよ。だからとりあえず告白とかして積極的に動くべきじゃないわ。だって白金等級冒険者になれば自然に条件は満たさるんだもの。まさに果報は寝て待て。今はとりあえずハーレムのことは置いておくのが吉ってことね。」

少しアズが早口になったような気がしたが、気のせいだろう。


にしても何と言うことだ。

あまりにも遠かったなろう系チートハーレム主人公と言う夢が、アズの言葉で一気に現実味を帯びてきた。

なれる……僕はなれるぞ……なろう系チートハーレム主人公に。

価値のある人生にこのどうしようもない人生を変えることができる!


「アズ!ありがとう!本当にありがとう!アズのおかげで僕の夢が見えて来たよ!アズに相談してよかった。」


「ま、まあ当然でしょ。私を誰だと思ってんのよ。公爵にまで上り詰めた元ライト家の長女、アズよ。」


「よっ、アズ様!」


「おーほっほっほ。もう一回言いなさい。」


「よっ、アズ様!」


「もう一回!」


「アズ様!」


僕らの声は夜の静寂の草原に響き渡る。

月明かり照らされた嬉しそうなアズの顔は、とても美しかった。


ご愛読感謝申しあげます。

評価、感想等頂けたならば幸いです。

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