第五十二話 奇襲について③
私はギルドマスターの指示に従い、西門に向かっていた。避難してくる人々の邪魔にならないよう、脇道や建物の屋根の上を走って進む。
正直走るのは苦手だ。幼少の頃から運動が得意ではなかったってのはあるが、何より胸が揺れて痛いし走り辛い。何でこんな育ってしまったんだろう?フォスさんを誘惑するためならいいのだけれど、戦闘においては重荷になるだけ。
けどだからと言って、文句が言える状況ではないことくらい理解している。
何とか走り続けていると、スケルトンやダークフェアリーが見えてきた。路上には襲われている一般人や既に亡くなった死体ばかり。
「大丈夫ですか!」
私は素早く襲われている人に駆け寄り、魔弾で敵兵を一掃した。スケルトンは回復能力が高いけれど、核を貫けば一発。ダークフェアリーだって魔法による攻撃は強力ではあるが、防御能力は非常に低い。銀等級の私でも、十分対抗出来る。
「早く中央広場まで逃げてください!」
「あ、ありがとうございます!」
助けた人はそう言って、転びそうになりながらも逃げていく。ただ……他にも襲われている人はいっぱいいる。それに弱いといえど、この兵量。
とてもじゃないが私一人では、守りきれない。
せめてリーダーのような存在を倒して、指揮系統を崩すのがやっとか。
そうするべく視界に入った助けられそうな人や、怪我をしている人を助けつつさらに奥へと進む。敵兵は私が強いことが分かっているのか、必要以上に襲ってこなかった。
数分後……とうとう北門の近くまで到着した。
門の外からは次々にスケルトンやダークフェアリーが入ってきている。入り込んでいる量が少ない内に、あの門を閉めておきたい。
そう思って近付こうとしたとき……
「見つけたぜぇ、シルフギルド冒険者ぁ!」
唐突に男の叫ぶような声が頭上から聞こえた。
見上げると…赤髪の鋭い目つきの男が、私に向けて殴りかかって来ている。黒い軍服のような服装。背中には服と同じ色である黒い羽根……あ、あの羽には見覚えがある。アメトリンと同じ羽だ。
アメトリンに比べれば迫力は欠けるものの、禍々しさや気配は普通のダークフェアリーと訳が違う。
他に強い気配は無いし…察するに、この北門のリーダー格。
あっちから来てくれるとは好都合だ。
「火拳、食火鳥!!」
男は言霊を口から発したかと思えば、拳が勢いよく燃え上がった。そのまま頭を殴り潰そうと急降下してくる。空からの重力まで利用した、複合魔法利用の物理攻撃。
くらっては一溜りもない。
私は足に魔力を集中させて踏み出すことで、その場から駆け出した。何とか攻撃を避けて、くるりと向き直る。
素通りした拳はドンっと言う爆発音と共に、地面に振り下ろされた。
ものすごい熱量。夜の暗闇に、神々しく火柱が上がった。
避けたのに彼からは、火傷しそうなくらい熱気を感じる。
「がぁ、避けてんじゃねえぞ、ゴラァ!火拳、不知火!」
男は素早く上体を起こして切り返すと、素早く私の顔面に向けてストレートパンチ。
拳を覆う燃え盛る炎は真っ赤に染め上がり、消えることは無い。火属性の魔力であるのは分かりきっているが、体を覆うなんてことは魔力の扱いが上手くないとこうはならない。
ただ……どれだけ威力があったところで、当たらなければ意味は無い。
私はステップを踏んで拳をひらりとかわす。
「まだまだァ火拳、火鉢!!!」
男は一切の怯み無く、蹴りを脇腹に向けて放ってくる。
足も拳同様に、真っ赤な炎が吹き出ていた。
火拳って言ってるのに、蹴りなのね……そんなことを思いながらまたしてもひらりとかわす。
ただ炎を纏った攻撃範囲は広く、足元あたりの服の裾が燃えちぎれてしまった。それでも火傷しては無いし、大きな問題じゃない。
その後も続く蹴りやパンチを何度も避け、何とか2mほど距離を離れることに成功した。
私は魔術師だ。
近接戦闘は相手に分がある以上、一定の距離を保てなければ攻撃も難しい。
「あああああ、何回も何回も避けやがって!男なら拳なら拳で対抗すべきだろうが!んなことして楽しいのか?お?」
「ふふ、避けられるのは避けられないように工夫しない、あなたが悪いのではないですか?あと私は女性です。」
「んなこった、どうでもいいんだよ!」
「いや、重要ですよ!?」
重要で無いわけがない。
ただ私の話など、男の耳には入っていない様子だ。ギリギリと殺気の溢れる目で私を睨み続けてくる。
「ちっ、てめえシルフギルドの銀等級冒険者だな?俺はお前を絶対殺す、絶対にだ!」
「ふふ、そうですか。ちなみにそれは、アメトリンをクリスタさんに殺されたからですか?」
「あ?アメトリンだぁ?アメトリン様だろうが!呼び捨てで気安く呼んでいい名前じゃねぇんだよ!」
「あら、そうですか?ごめんなさい、アメトリンちゃんでしたね。」
「てんめぇええええええ、ぶっ殺すううう!!!」
男は再び、私に向けて殴りかかって来る。その青筋を立てる姿は迫力があり、拳だけでなく全身が炎を纏うほどになっていた。
戦闘での挑発は、精神を乱れさせ冷静な判断をさせ無くするのに重要。冒険者なら一般常識の範囲内だし、フォスさんがグリフォンに向かって使っていたので印象深いのだが……ここまで効くとはね……。アメトリンに対する煽りは有効に使っていこうかしら。
男の攻撃は先ほどに比べれば威力が上がっているものの、煩雑さが見られる。
これなら一層当たることは無い。
「俺はお前を殺す!殺す!殺す!ダークフェアリー族四天王の1人、ザクロが必ず貴様を駆逐する!」
「ザクロさんって言うんですね!私はダイヤって言います。」
「聞いてねえよ!!!」
再び何度も続く、猛攻の数々。その全てを華麗に避けてはいるが、全く疲れが見えない。これほどの魔力を常に出しているのに、何という魔力量だ。
それにいつの間にか真っ赤な炎に、禍々しい漆黒の魔力が混ざっている。闇属性の魔力だ……。
複合魔法の上に合成魔法。攻撃の威力が絶え間なく上昇し続けている。
「火拳、陽炎!」
燃え盛るどす黒い炎を纏ったアッパーカットを避け、そのままジャンプして距離をとる。ザクロさんはつかさず攻撃の暇を与えないように接近してくるが、やっと間が生じた。
反撃するには今しかない。
そう感じ取り、一瞬で手のひらに魔法陣を展開する。
「放て、天の弾丸!」
近づいてくるザクロさんの顔面に向け、魔弾を放つ。
バンっと手から打ちでる音を放ち、空気を切るように白い帯をまといながら一直線に飛んで行った。
さすがに真正面から受けるのを嫌がったのか、ザクロさんは横に避ける。そのために私へと向かう道筋が大回りになり、さらに私と距離が生じた。隙を逃さないべく、つかさず新たな魔法陣を構築する。
「穿て、天の蒼穹!」
放出する光属性の魔力を矢に変形させ、その何十本の矢を一斉に放つ。
またもザクロさんは避けることを選んだようで、さらなる空間が生まれた。
あれほど怒っていたとに逃げるとなれば冷静だ。
何も考えずに突っ込んでくるタイプかと思っていた……。
ただ距離が離れれば離れるほど、こっちのテリトリーに入ってることを自覚すべき。
「光束せよ、天の鎖!」
手から光属性の魔力で構築した鎖を出現させ、接近して来るザクロさんを素早く縛りあげる。足が鎖で固定されたことにより、勢いよく転がるように地面に倒れた。
魔力を纏っていたこともあり、地面が凹み石畳の破片が飛び散る。
炎が地面を炙り、バチバチと音が鳴った。
「ぐっ、くそ、こんな鎖!」
「身動きを封じられた気分はどうですか?ふふ、壮観ですね。」
「うるせぇ、てめぇは絶対許さねぇ!殺す殺す殺す!」
「ふふ、そんなに怒って、怖いですよ?アメトリンちゃんの方が、何倍も冷静に見えました。」
「知ったような口効きやがって……、ふざけんのも大概にしろよ!」
「いえいえ、本当に知ってましたから。闇族性研究所地下室、私もいたんですよ?」
「んだとぉ!?あそこに……いた?」
ザクロさんの目つきがガラッと変わる。
心から驚いたような顔、そしてそれは恐ろしいほどの殺気を纏う。
思わず体を震わせてしまいそうだ。
「アメトリン様を殺した一員!?ゆる…さない……心から、許さない。殺す殺す殺す!ザクロおおおおおおおおお燃えろおおおおおおおおお。」
ザクロさんはいきなり叫び出したかと思えば、どす黒い炎を爆発させるようにさらに噴き出す。けれど服が燃えていないのを見ると闇雲に吐き出しているのでは無く、しっかりと魔力がコントロールされている様子だ。
そして激しく暴れ、何とか拘束を解こうとしていた。
ただ、それでも中々拘束は解けない。
当然。
私はグリフォンさんに簡単に解かれそうになった経験を生かし、さらにこの魔法を改良させた。
魔力をあふれ出そうが、頑張って暴れようが、簡単に解かせなどしない。
「放て、天の弾丸!」
ちょっと魔力をまき散らしている様子は怖くはあるが、今こそ攻撃の最大の好機。
拘束して身動きのとれないザクロさんめがけ、魔弾を放つ。
必死に転がってもこれは避けることができないはず。
魔弾は真っ直ぐに、ザクロさんの胴体めがけ飛んでいく。
今度こそ命中する……そう思った瞬間、ザクロさんは口の中から魔法陣を展開した。
「火拳、狐火!」
彼の口から火炎放射が放たれ、私の魔弾をかき消した。
体術だけのように思えたが、そんな手段を持っていたとは……。
あともう絶対火拳、関係ない。
「熱っ……、」
気づけば彼を拘束した鎖が真っ赤に染め上がってきている。
さっきの火炎放射の熱が鎖に伝わって来たのかしら……。
鎖とは言え、魔力でできているために熱は伝わり辛い。それでも伝わると言うことは、明らかに見た目からして熱量が凄まじいが、その見た目以上にあの魔力の熱量は凄まじい。
このままでは鎖が出ている手が焼かれ、火傷してしまう。
それなら……
私はグッと鎖に力を入れると、道路脇の建物に向けて拘束を解きながらぶん投げる。前に私はこの方法で、グリフォンに投げられた。あのときはフォスさんに助けられたが、思えば彼を意識したのはあのときくらいからかもしれない。
ただ私は馴れ初めとしての思い出だけでなく、しっかりと反省し学んだ。
鎖による拘束は、身動きを封じるだけでなく攻撃にも転じさせられることを。
勢いに乗り、ザクロさんは建物に突っ込む。
ドォン!という、建物の壊れる音。瓦礫が飛び散り、砂埃が高く空に舞い上がった。
民間の建物が壊れてしまったのは持ち主に申し訳ないが、そんなこと気にしてる暇はない。
どうにか一撃を与えた。
空が暗いこともあり視覚で敵を捕らえることは難しいが、彼のどす黒い炎は消えていない。
暗さが余計に、その明るさを主張させている。
やっぱりこれで倒れてくれるほど、甘い相手ではないか……。
攻撃のターンを渡さないべく、私は魔弾を放とうとする。
そのとき……
「爆発!爆発爆発爆発!火拳、火花ああああああああああああああ!」
私の追撃を許さないと言わんばかりの、速攻のエルボーのような突進ナックル。どうやら足元を爆発させ、その衝撃を利用して勢いよく接近してきたようだ。
この様子では魔弾を放っても、勢いが殺せずよりダメージをくらうのは私……。
私は魔力を体に纏い、火に触れても大丈夫な状態を作り出す。
ザクロさんが炎を纏えるように、私だって魔力を身に纏うくらい可能。何年魔術師として、魔力と向き合ってきたと思っている?余裕だ。
私は冷静に攻撃を見極め、寸前のところで横に逸れる。
怒りの感情は、火力を上げるのには適しているが正確性は失わせる。
攻撃は最大の守り。そんな言葉もあるが、冷静さを失った攻撃は逆に隙を作るだけ。
怒れば怒るほど、予想外の出来事への対応能力は無くなる。
ザクロさんは思っているだろう。
私は魔術師だから、近接戦闘はできないと……。
確かに、苦手だし真正面から戦っても私に勝ち目はない。だが……出来ないとは一言も言ってない。
『ダイヤは魔力の扱いがトップレベル、それは認めよう。だがな、そうだからと言って魔術協会の魔術師のときみたいに、魔法が使えればいいってわけじゃない。冒険者である以上、近接戦闘の技術は必須だ。シルフギルドの冒険者であれば尚更な。』
ラリマーさんは私を指導するとき、そうよく口にしていた。師匠の言うことは最もだった。
魔術師の永遠の課題、近接戦闘。
その課題を乗り越えるべく、ラリマーさんはよく私に、熱心にレクチャーしてれた。私は近接戦闘なんてやったことなくて、本当にめちゃくちゃでド下手。それでも見限ったりせず他の人を教えなければいけない中、見守り続けてくれた。修行期間がすぎても文句1つ言わず、付き合ってくれた。
あのときの努力、もしかしたら今のためにあったのかもしれない。
ありがとう、ラリマー師匠……。
私はザクロさんの袖をとると、そのまま懐に入るように背中を入れ、ぐるりと宙を回して地面に叩きつけた。
一本背負い。
私が努力に努力を重ねて身につけた、魔術師の固定概念を利用するカウンター技。
ザクロさんは爆発的なスピードで接近してきたこともあり、その威力をそのまま利用したため叩きつけられる威力も凄まじい。地面にヒビが入り、魔力が地面にぶつかる爆発音。
「がはっ……」
ザクロさんはその衝撃に、口から空気を吐き出した。
感覚的に背骨とあばら骨が数本、折れたと思う。これで立つこともできないだろう。
ただ……、私はそこで油断したのかもしれない。
いや油断したつもりはなかった。けど無意識的に、トドメを刺そうと魔法を発動させるのが遅かったのかも。
初めて体術が明確に成功した感動が、次の行動を鈍らせた。それともザクロさんの判断が早すぎた。
実際今からの回復魔法は間に合わないし、背骨を折った相手は反撃の術が無かった。
ただそのとき、予想を遥かに上回る何かが起こった。
彼はどこからか隠していた注射を、自身にぶっ刺していたのである。
一瞬、何が起こったのか私にも分からなかった。
だがそのとき私は爆風に包まれた。
ザクロさんの体が爆発したのかと思うほど、莫大な魔力の塊に包まれたのだ。
夜空を明るくするほどの、巻き起こる火柱。その威力と迫力で生じた爆風に、私は飛ばされていた。
周りにいたスケルトンやダークフェアリーを巻き込み、クッションにするようにして地面を転がる。
理解が追いつかない。何が起こったか分からない。
ただ私が顔を見上げると、そこには……
今までとは雰囲気の全く違う、男性が立っていたのである。
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