第五十話 奇襲について①
ドンっ!!!
花火が打ち上がった後、唐突にとてつもなく大きな音がイーグル街に響いた。空中を飛ぶ僕とアズも、その壮大な音に少し体をビクッと動かす。
始まった。
何故かそう感じた。
気付くと僕らが向かっている北門が、砂ぼこりを舞いあげている。分かる、北門が崩壊した。
いや北門だけじゃない。東門も南門も、西門も一斉に崩壊したのだ。
そして崩れ落ちた門の中から溢れ出てくるのは、スケルトン。いやスケルトンだけじゃない、ダークフェアリーも混ざっている。何だこの混合軍は……。
スケルトンと言うのはアンデット族に属する生物の一つ。アンデット族自体種類が幅広く、多くの種族を総称してアンデット族と呼ぶ。
見た目は完全に人体骨格模型。ただ人間の心臓がある辺りに魔石が埋め込まれており、その魔石が魔術回路となって動いている。そのためその魔石を壊さない限り、一生倒れることなく復活してくる脅威の回復能力を持つ。生物なのかも正直、僕には分からない。
言わゆる僕らが貧民街で戦ったゴーレムと同じ感じだと思うと分かりやすい。魔王軍との戦争となれば歩兵として先ず出てくるので、帝国でもスケルトンの存在は有名。魔王軍の歩兵として、有能な役割を果たしていると言える。多くの騎士団兵や冒険者が1度は戦闘経験があるだろう。
だが……何故ここにスケルトンが……。
いや、何となく分かっている。
ダークフェアリーだっているのだ、これは間違いなく魔王軍の奇襲攻撃。
このイーグル街は魔王軍領からも離れているし、何故奴らがここにいるのかは説明がつかない。
それでもこの多くの人が集中する夏祭りを狙って、攻撃を仕掛けてきたことには間違いない。
僕とアズの感覚は当たっていたのだ。
そう確信すると共に、僕はアズを通り越して北門の大通り入口に着地する。
すでに街はパニックになっており、人々が我先にと中央広場へと逃げ出す。スケルトンやダークフェアリーが人々を襲い、すでに死体が何人も見られた。
血痕が所々地面や壁に付着している。
酷い。
僕らや騎士団が死ぬのはまだいい。だが市民を殺すのは別だろ。一般人を戦争に巻き込んでいい理由なんてどこにもない。
剣を構え、横一線に振るう。
前方にいたスケルトンやダークフェアリーたちが、一瞬で息絶えた。
今、僕らがすべきことはこの大通りの死守。
北門から溢れ出てくる魔王軍の連中にこの大通りを通らせてしまったら、中央広場に集まっている人々に危害が及ぶ。
4つの門から襲撃されている以上、逃げ場は無く一般人は中央広場に集まる以外道はない。
ここを守れなければ想定される被害は何倍にも、何十倍にもなってしまう。
ただもちろん北門以外から押し寄せてくる魔王軍を、止めるすべを僕らは持たない。そこはイーグル街の騎士団に期待するしかないだろう。
とにかく今は目前のやるべきことをやる。
剣を振り何体ものスケルトンやダークフェアリーを葬る。アズは後方の高い位置で魔道弓を取り出し応戦してくれてるが、それでも完全に抑えることまでは難しい。
察するに気配からしてスケルトンやダークフェアリーの数は250体くらいか。1度では止めれなくとも、僕とアズが協力すれば問題なく葬れる数ではある。
ここは土の壁を作り出し、流れを止めた方がいいか……
そう思った瞬間。
僕の全身を悪寒が走った。
体が芯から冷たくなるのではと錯覚するほど、強力な悪寒。圧倒的な気配に恐怖という感覚。
思わず体がブルっと震えた。
なんだ、この気配は……。
いや、この気配に見覚えがある。
確か地下施設でアメトリンと対峙したときと全く同じ感覚。
ってことは……
僕は恐る恐る顔を見上げた。
北門をじっと見つめる。
そこから現れたのは、馬に乗った真っ黒いドレスのような服を纏っている女性であった。
スタイルが良く、胸も大きな美しい女性。
だと言うのに纏う気配は、恐ろしいほどに禍々しい。距離を離れて対面していると言うのに、息が苦しく感じる。
目は鋭く、肌は青黒くてまるで体をくっつけたかのような縫い跡が何個も見られる。真っ黒の髪は背中を覆うほどに、長く伸びていた。そして何より奇妙なのは、乗っている馬の首がないことだ。
なんで生きてるのか、動いてるのかも理解できない。
首のない有名なアンデット族の中に、デュラハンという種族が存在する。ゲームなどに明るい人なら、知っている者も多いだろう。
この馬はそのデュラハンの類い、なのだろうか?
それなら奇しくも、納得のいく気もする。
「ねえグロッシュラー、帝国領に奇襲だなんて興奮しないかしら?私、あぁ、体が火照ってどうにかなりそうだわ。早くっ。早くっ殺しまくりたい。」
「族長様、落ち着いてください。ここは冷静に、一人一人確実に殺して手柄にするのが懸命かと。」
女性の横を歩いているのは、紳士服を着た青年。
ただ頭に大きなネジが刺さっており、明らかに人の類いでは無い。
「もう、分かってるわよぉそんなこと。けれど、あぁ、こんなことなら私がシルフギルドのギルドマスターとやらを始末する役目を担うべきだったわぁ。後悔よ、ひどく後悔だわ。」
「敵討ちとなるのです。ダークフェアリーの隊長が仇討ちに行く以上、族長様が奇襲の指揮を取っていただかないと困ります。」
「はいはい、正論はいいのよ、もぉ……。前代未聞の奇襲作戦にアンデット族が誘われだけでも、感謝しなきゃいけないわよねぇ。アメトリンと仲良くしててよかったわぁ。」
「はい、その通りでございます。それにシルフギルドのギルドマスターには我らアンデット族三人衆のうち、私以外の二人も行っている状況。作戦失敗は先ず、ないかと。」
「ほんとぉ~?三人衆の力は認めてるけど、多分あのギルドマスターの実力を皆なめすぎなのよぉ。絶対に私が行くべきだったのにぃ、あの頑固なダークフェアリーたちが譲らないんだからぁ。ホント困っちゃったわ。」
「あくまでこの奇襲作戦はダークフェアリー族が主体のものですから、しょうがありません。移動手段も奇襲作戦も全てあちらが考えたものですから、例え魔王軍幹部と言えど、こちらから何はも……。」
「もぉ~また正論。大体私は楽しい戦闘がいっぱいできるから参加したのよぉ。なのに雑魚ばっかり、ちょっと残念だわぁ……って、あら、へぇ、いいのがいるじゃない。」
そのとき女性と完全に目が合った。
体を走るような恐怖の感情。逃げた方がいい、そう心が激しく振動して主張してくる。
だがそんな隙すら見つけられなかった。
首のない馬が、猛スピードで僕のいる場所に向けて突っ込んできた。瞬きすればワープしたのかと錯覚するほどの速度。
空気が震えるような魔力を撒き散らし、地響きを轟かせながらの突進。聞こえるはずもないヒヒぃーン!と言う馬の鳴き声が聞こえた気がした。
僕は横に素早く避けて、突進を躱す。
早くとも直線状の動きじゃ、避けるのは容易い。だが彼女の攻撃はそれだけではなかった。
避けて隙が生じた僕に向けて、馬上から漆黒の剣を振り下ろしてきたのだ。禍々しく、綺麗とは言えないボコボコとした不格好な剣。
「くっ……」
ビュンと風を切るような音が、頭上から響いた。
反射的に剣で受け止めるも、数十メートル後方まで僕は吹っ飛んだ。それでも体勢を崩さず、剣を構えたままの体勢で着地する。
良かった。
恐怖で足がすくんでも、体は動いてくれる。
実は今、ワザと僕は後方に吹き飛ぶように仕向けた。
後方に飛びながら受けることで威力を分散させ、より疲労なく攻撃を受けれるから。
初めてここまでの気配を直接ぶつけられていたのなら、ここまで上手くはなっていなかったかもしれない。だがアメトリンと対峙したこのある今なら、いつも通りのポテンシャルを発揮できている。
敵型ではあったが、アメトリンに感謝。
ただこの作戦は万能じゃない。
後方に遮蔽物があったり仲間がいたら使えないし、基本的に一体一にのみ有効な作戦。
アズが離れた位置にいるからこそ、できただけ。
それに剣士にとって一番得意な間合いを、ワザと広げてしまう点もマイナスが多い。剣士なら無理やり受けきってでも、近距離戦闘を仕掛けた方が良い場合の方が多いから。だが僕は魔法剣士。
必ずしもこのデメリットは当てはまらない。
「いいわぁ、私の一撃を受け止められるなんて、ますます体が滾ってしまうわぁ。ねぇ、あなたが誰なのか教えてくれない?少し興味が出たのよ。」
女性の全てを見透かしたような目が、僕を睨む。
気味が悪い。対面するだけで、肌がピリピリと痛くなってる気がする。
「僕はシルフギルドの金等級冒険者、フォス。」
「あら、シルフギルド?それはそれは嬉しいわねぇ。まさかギルドマスターとセットでこの街にいるなんて、興奮しちゃうわぁ。フォス君、ちょうど今退屈してたことなのよぉ。お姉さんと遊ばない?」
「僕が名乗ったのに、お姉さんは名乗らないのか?」
「あらぁ、ホントにお姉さんって呼んでくれるなんて、嬉しいわね。私の名前知りたい?ねぇ、知りたいかしら?」
「はい。」
「ふふ、そんなストレートに言われたら言うしかないわね。私の名前はアメジスト。魔王軍幹部にして、アンデット族の長。よろしくね、フォス君。」
アメジストと名乗る少女は、そう言ってニコって笑顔を向けてくる。ここまで寒気のする笑顔を見るのも、初めてかもしれない。
やはり魔王軍幹部。
僕の予想はズバリ的中か。クリスタが死にかけになって、やっと倒すことができるかどうかレベルの相手。
そんな相手に僕は勝てるのか?
いや、無理だよね。知ってる。
けど明らかに逃げれそうにないし……とりあえず持久戦に持ち込んで逃げる隙を伺うしかないかな。
夏祭りに来た人々には申し訳ないけど、僕じゃ守るには力不足すぎる。
スパパンっと、アズの矢が僕の前を横切った。
10発ほどの矢がアメジストに一斉に直進する。たがアメジストはまるでハエでも払うように、剣を軽く振って矢を相殺した。
「そんなへっぽこな矢じゃ、私に攻撃するのは無理よ。けどフォス君との楽しい時間を邪魔されたのは、心外だわぁ。グロッシュラー、あれの相手をしてあげて。」
「かしこまりました。」
北門近くにいた紳士服の青年はそう承諾すると、アズのいる方へと走っていった。
アズはあの男を対処できるだろうか?心配だがアズの心配するほどの余裕はない。それどころか僕の方がきっと危険だ。
「さあ、始めましょう。殺戮を。」
再びパンっと馬が地面を蹴り、僕に接近してくる。
こんなめちゃくちゃな突進、真正面から受けたくは無い。
ちょっとでも裏を突けるよう、さっきとは逆の方向に避けて突進を交わす。ただ小細工は通用せず、同様に振るわれる漆黒の剣。
再び後方に飛びながら受け、距離を開かせた。
この作戦をとれれば、とりあえず強力な一撃をくらうことは無い。そうなれば自ずと隙が見えてくるはず。
どれほどの強者だって隙が無いわけじゃないのだ。実力が僕の方が劣っている以上、その隙を突くしかない。
だが、その瞬間……
アメジストは僕の目の前にいた。
「え!?」
そう声が漏れる。
後方に飛んだはずなのに、距離が開いていない。
そんなはずは無いのだ。
テレポートでもしたというのか?
いや違う。目の前に立つアメジストは馬に乗っていなかった。つまり僕を弾いた後、馬から飛び降りて僕に接近してきた!?
馬に乗っていたから気づかなかったが、彼女の身長は想像以上に大きかった。明らかに2mは超えている。
その圧迫感と迫力は、今まで以上に一層強く感じられた。
それでも素早く反撃しようと、剣を振る。
着地の瞬間は後ろに飛ぶことも出来ず、隙が大きい。
その隙をつかれないためにも、先にこちらから攻撃を仕掛け穴を埋める。
攻撃は最大の防御。
剣に魔力を大量に込め、新しく学んだ魔法陣が剣を纏った。
眩いほどの白色の輝きを伴い、僕の剣はアメジストに向けて振り下ろされる。
「おらあああああああ!!!」
力を振り絞る一撃に、声が自然に出る。
実戦で高度な魔法陣を初めて使うこともあり、剣は激しい衝撃波を伴うとともに手先がピリピリとした。
だが……そのとき僕の目に映ったのは、僕の輝きを打ち消すかと思うほどに真っ黒な煙を伴う剣筋。
「雲に梯。」
アメジストの低い声が、微かに聞こえた。
ドンっと、魔力がぶつかる音が響いた。
手にかかる腕が折れるかと思うほどの、衝撃。
溢れ出る閃光で、一瞬目の前の景色すら見えなくなる。
白と黒が入り混じったような世界に包み込まれたような、そんな感覚。
手先から感覚は消え、何が起こったかも一切知覚できなかった。
そして僕は、気づいた。
剣が手元に無くなっていたことに。
僕の剣は後方の地面に刺さっている。
どうやら今の衝撃で、僕の剣が手元から宙へと飛んでいってしまったらしい。
そのとき見えたのは、剣を構え直したアメジストの姿。
これまで少ない期間ではあるが、僕は魔法を勉強し、向上させて来た。
魔方陣だってより高度な理論を実践で使えるまで、仕上げた。
それでも……それでも、こんなに差があるのか……。
僕は負けたのか……。
その瞬間、剣は横薙ぎに勢いよく振られた。
魔力でガードするも、剣の峰は僕のお腹に直撃した。
「ごふっ……」
肺から空気がこぼれる。
口の中に血の味が広がった。
後方に吹っ飛ぶことすら許さない、身をよじることも、威力を分散することさえも許されない完璧な一撃。
遅れて感じる今までに感じたことの無い、痛みと衝撃。
飛びそうになる意識を、何とか繋ぎ止める。それでも体は麻痺し、その場に崩れ落ちそうになった。
だがその行為すら、アメジストは許さない。
倒れようとする僕の胸ぐらを掴むと、そのまま持ち上げた。足元から地面が離れ、気道が狭くなる。
「あら、もう終わりなのかしら?奥の手とかないの?もう、お姉さんガッカリだわ。」
「ぐっ…ぎぃ……、」
喋ろうとするも、言葉にならない。
苦しい。痛い。
体が痙攣したようになり、力が入らない。
動かない。息ができない。
「シルフギルドの金等級ってのはこの程度なの?せっかく血がたぎったのに、はぁ……見損なった。」
「ぐ……、」
「じゃあ、これで終わりね。あーあ、さようなら、フォス君。」
アメジストは剣の刃を僕に向けると、上から振り下ろした。脳天から真っ二つに切るような、そんな軌道を描いて。
ただ……そのとき声が聞こえた。
それは聞き覚えのある声。
僕が誰よりも信頼している、聞いただけで安心するような声。
「フォス!死ぬときは一緒って言ったでしょうが!勝手に死ぬなんて許さないわよ!」
アズは叫ぶようにそう言って屋根から飛び降り、アメジストの真上から矢を放った。
アメジストの剣が反転し、矢を弾く。だが剣が振り切った隙を見て、アズは蹴りをアメジストに入れた。
魔力に加え自由落下の重力を伴った蹴りは、アメジストの体をほんの一瞬だけ怯ませる。
ギリっとアメジストが殺気を纏った目で、アズを睨んだ。
その瞬間に僕を手から引き剥がすと、勢いそのまま2人抱き合うように地面を転がる。
アズの圧倒的行動の素早さと、一つ一つの動作の正確性。その全てが合致し、僕とアズはアメジストの間合いから逃れる。アメジストの反撃の一撃は、宙を斬った。
「ごほっ、ごほっ。」
口の中から、息がはい出る。
やっとの苦しさから解放され、呼吸が戻ってきた。
「フォス!大丈夫!?」
アズは必死な形相で、僕をまっすぐ見つめる。
美しい髪や可愛らしい服は地面の塵やゴミで、薄汚れていた。抱き合ってることもあり、彼女の暖かい体温と震える振動が感じられる。
そうか、アズも怖かったんだな。
「あ、ありがとう……。」
それしか言葉が出なかった。
間違いなく今生きているのは、アズのおかげだ。
「ちっ、まさか殺し逃すなんて不快だわぁ。けど、ふふふっドキドキしてきちゃう。ねえグロッシュラー、あの子の対応を頼んだはずなんだけど、どういうことかしらぁ。」
アメジストは頬をほんのり赤色にめながら、紳士服の青年を見た。青年は少したじろぐような仕草をする。気付けばその紳士服は少し乱れ、破れているところもあった。
「す、すいません族長様。新手が来まして……、」
「新手……?」
アメジストは疑問を浮かべた表情で、近くの建物の屋根を見る。
そこには傘を持った、薄紫の髪色をした少女が一人立っていた。
腰に手を当て、また大きく開いて仁王立ちしている。
そして……
「おーほっほっほ、我、参上ですわ!」
そう高らかに宣言していた。
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ついに第五十話まで来ました!!!
本当にありがとう。
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