第四十四話 祭りについて③
僕とアズは無事に、イーグル街に到着した。
竜車を降り夏祭りの地に降り立ったときには、すでに夕暮れ。
空も茜色に染め上がっていた。
夏風が肌をくすぐる。
それは暖かいようでどこか冷たくもある、心地よい風。
このくらいの時刻が丁度いいかな。
夏祭りは夜行くものだと勝手に思ってるし、その方が風情がある気がする。
少し混んでいることもあり到着時刻からは大分遅れたように思うが、トラブルで到着できない……とかに比べればなんてことない。
車輪が壊れたとかよくあることだし、遠出の任務が荷車の故障で想定の2倍くらい時間がかかることだってよくある。
ちょっと遅れたりして異様に激怒する人間はちらほら見るが、そんな調子ではストレスで死ぬんじゃないかこの世界は。予定は予定。
予定通りに物事が進む方が、難しい。
とりあえず夏祭りが終わる時刻に到着する、なんてことがなくて良かった。
ちょっと安心だ。
「へぇ~、これが夏祭りなのね。」
祭りの様子を見て、アズは呆然と立っていた。
感心していると言うよりかは、圧巻されているような様子。無理もない。
この光景は日常とは、大きく逸脱している。
屋台が並んでいるという意味ではシルフ街の大道りと変わらないが、屋台自体は小さく、それでいて日常では見ることの無い物ばかり売られている。
全てがその祭りの場で楽しむためのものであり、祭りをより彩るものばかり。
空には何個もの提灯がぶら下がっており、暗くなっていくイーグル街の街並みを照らし続けていた。
美味しそうな食べ物の匂いが鼻を刺激し、人々の楽しんでいる歓喜の喧騒が耳を通り抜ける。
中央街からは太鼓や笛の鳴る音が響き渡り、踊っている者も目に入った。
夏の暑さを感じながらも、夜の涼しさや人々の熱気が入り交じる。
まさに夏祭り。
ただの街並みの風景が今日限り、特別な式典のように様変わりする。その場にいるだけで気分が高揚していくような、そんな感覚。
夢の国にでも来たような気分だ。
大袈裟かもしれないけど。
ついつい高ぶってしまっているからこそ、こんなことを言ってしまう。
「アズ、突っ立ってないで行くぞ。この人の量じゃ見失いそうだし。」
「わ、分かってるわよ!」
アズに声をかけて、夏祭りに足を踏み出す。
やはりかなりの人の量だ。通り抜ける屋台の多くは、行列がてきている。
人の往来も激しく、アズみたいに突っ立っていれば容易に流されてしまうだろう。
やっぱり人混みは嫌いだ。歩き辛いし、人に酔う。
そして……やはり目につくカップルたち。
通行人も考えて広がって歩くな。手つなぐなら縦に歩け、横に歩くな。
とまあ、かっかしても意味はない。
今はとりあえずアズとの夏祭りを、全力で楽しもう。
……と、不意に後ろから服を引っ張られるような感覚があった。ちらりと見ると、アズが僕の服の裾を後ろから掴んでいる。
「な、何よ?迷ったら困るんだから、このくらいいいでしょ!」
「え!?あ、うん。」
アズは少し恥ずかしそうな表情を浮かべて、プイッとよそを向いた。
それでも手は離さずに、僕の後ろを付いてくる。
ちょっと、意外だ。
アズのことだから僕よりもガンガン先行して歩いていくのかと思っていた。
僕が必死に追いかける様子が容易に想像できたのだが……こんなしおらしいアズは初めて見る。
何というかいつも男らしいのに、今日は一層女の子らしい。少し可愛らしく思えた。
ちょっとしたイレギュラーな感覚に包まれながらも、そのまま当たり障りのない話を歩きながら続けていると、唐突にアズが奥の屋台を指さす。
「あれ、何をしてるの?」
アズが指さした屋台を見ると、『金魚すくい』と書かれていた。
先ず、日常生活では遭遇しない屋台の一つだろう。
「名前の通り金魚すくいをするんだよ。こう破れやすい紙みたいな網で、すくい上げるんだ。」
「それ、何が楽しいわけ?」
「そう言われると困るけど、案外難しいんだよ。その困難を楽しむのかなぁ?」
「何で疑問形なのよ。」
「僕もどういう楽しみ方が正解なのか、分からないんだよね。どうせだしやってみたら?アズでも意外と、できないかもよ。」
「何それ?もしかして挑発?そこまで言うならやってやるわよ!」
「いや違うんだけどな……。えっと……一応言っておくけどそこに書いてあるように魔力使うの禁止だから。」
僕は金魚すくいの屋台横にある、木の看板を指さす。
そこのは黒いペンキでしっかりと、値段の他にルールが記されていた。
魔力を目と腕に意図的に多く流せば、金魚すくいなんて余裕にも程がある。
多分網が敗れる前に、10匹以上は楽勝だ。ルールを設けるのも当然だろう。サラッと見た感じ夏祭りの屋台は、ほとんどが同じルールを設定している。
そうじゃないと、赤字まっしぐらだ。
あとどうでもいいが、1回ワンコインとは中々に安い。
「分かってるわよ……って魔力多く流動させてるって、このおっちゃんが気付けるとは思えないんだけど……。」
「そこは暗黙のルール、なんじゃないか?ゲームってのはルールがあるから面白いって言うだろ?そういうことだ。」
「ふーん、ま。そうね。」
アズはそう言いながらも、少し納得し難い様子だ。
一般人ならまだしも、シルフギルドの金等級レベルとなればもちろん魔力を感じ辛くする工夫や知恵、技術は伴っている。
多分本気でズルしようと思ったら、余裕だ。
僕がしっかり監視することにしよう……。
アズと言えど、魔力が使えなければただの少女に相違ない。簡単に金魚をすくえるとは……思えないと思っていた時期もありました。
数分後。
アズの持っている袋には、二十匹の金魚。
想像以上に大量だった。
袋がパンパン。屋台のオジサンが少し涙目になっている。
やっぱりアズってのは天才だ。どれにおいても平均以上を簡単にやってのける。
僕は人生であんな華麗な金魚すくいを見たのは初めてだった。
まるで空を金魚が飛んでいるかのような姿。
それでいて、全くやってのけたという様子がない。むしろ悔しそうだ。
「油断したわね。まさかあんな簡単に網が破れるなんて……想像以上難しかったわ。悔しい。集中力をきらさないのが大事だったのね。」
「違わないけど、違う。その量は充分な量だぞ。僕なら一匹取れるかどうかってとこだね。」
「それは下手すぎよ。」
取れるだけでも、いいと思うのは僕だけなのだろうか。
僕は魔力の扱いが長けてるからある程度戦闘能力が高かったりするが、魔力がなければその程度。
超絶平均。
それでいて体格や、身長も平均ときた。
本当に僕って転生者なのか?ふざけてる。
ただ今はこんなことよりも、重要なことがあった。
「ね、フォス……この金魚ってどうすんの?」
「……どうしようね。」
とうとう来てしまった……金魚すくいでゲットした金魚、どうするのか問題!
これは雰囲気に流されて金魚すくいをした者に訪れる、避けては通れない問題の一つ。
ついやってしまったが最後、どうするかは周りではなくその当事者に任せられる。
「これって、飼うしかないの?確かギルドってペット禁止よね?」
「禁止ではあるけど、金魚くらいどうにかなる……いや……、」
金魚すくいの金魚を舐めてはいけない。
良く分からんが、こいつらの生命力は半端ないのだ。
平気でめちゃくちゃ長生きする。あとくっそでっかくなる奴もいる。
この小ささのままならまだしも、大きくなればなるほど飼育は面倒だしアズがその世話をできるか?
いや、無理だろ。極度の面倒くさがりの彼女が、ペット飼育何てできるわけがない。
あとギルドにばれたら、どうなるか分かったもんじゃない。ギルドの決まりを破れば、多分めちゃくちゃ危ない依頼とか受けさせられる。
それか誰もやらないような面倒くさい依頼。
アズが依頼をこなすとなれば、同じパーティーである他、その原因を作った僕がその依頼を手伝わない訳がない。つまりとても面倒なことに巻き込まれる。
それはやだ。
「これって他の人たちどうしてるのよ?」
「飼ったり、あげたり……殺して売ったりかな?あと食べるとか?」
「食べるって……美味しいのこれ?」
「食べたことないから分からんないけど、貧民街の人にあげると喜ぶよ。」
「あいつらは……ね。はぁ……悲しいけど殺すしかないわね。こいつも魔物の扱いだし、殺して素材売ったらちょっとしたお金になるわよね。」
「うん……。それが良いと思うよ。」
金魚すくいの金魚も、この世界では魔物だ。
と言っても金魚程度、20匹でもお金になるかどうか……。それでも捨てたり漂流したりするよりきっと良い。
この世界では哺乳類とか爬虫類とかそういう分類は無く、全部魔物だ。
虫だって魔物。けど虫ではある。
ここら辺すごく分かり辛いので、雰囲気に流されて欲しい。とりあえず人間以外は大体魔物だ。
植物は除く。
金魚すくいの金魚は、人間によって意図的に育てられる増殖させられた金魚の魔物。
魔物使い……と呼ばれる戦闘スタイルがあるように、魔物を意図的に飼育したり懐かせることは可能なのだ。
かなり人数は少ないけれど。
「ママぁ、もう1回!金魚欲しいの!」
「ダメ!もう2回もやったでしょ!」
「いや!いやぁ!うわああああああああん。」
「もうこんなとこで泣かないの!ほら、帰るわよ!」
「いや、いやあああああああ。」
ふと会話が聞こえたと思ったら、金魚すくいの屋台の前で一人の幼女が暴れていた。その母親らしき人物が必死にそれを制しようとしている。
周囲の視線に耐えかねたのか、母親は無理やり幼女を持ち上げてその場から立ち去ろうとしていた。
それでも幼女は「嫌!いやああああ」と叫びながら暴れている様子。
屋台のおっちゃんは、この様子を見て何か思わないのだろうか……。日本の金魚すくいでも、すくえなかった人には一匹あげるくらいの配慮を見せていたぞ。
しかし……これは僕らにとって好都合かもしれない。
「アズ。」
「そうね。」
言葉を多く交わさずとも、僕の意図はアズに伝わったらしい。二人でその親子に近づいた。
「あの……僕らの金魚でしたら差し上げますよ。」
「え!?す、すいません。この子のわがままですから、気にさらなくて大丈夫ですよ。」
「いえいえ、僕らもその……どうしたらいいか困ってましたから。どうぞ受け取って下さい。」
「そ、そうですか?すいません、ありがとうございます!」
「ひっく……お姉ちゃん、金魚くれるの?」
「え…ええ、いいわよ。」
アズは少し馴れない様子ながらも、金魚の入った袋を幼女に握らせてあげた。
幼女の泣き顔が、パっと花が咲いたように明るくなる。
「す、すいません!それもこんな大量に……。」
「いえいえ。」
逆に大量で申し訳ない。
ただ母親はかなり申し訳なかった様子で、何度も頭を下げてくる。多分、良い人なんだろうな。
こんな反応されては、あげた意味もあると言うものだ。
「ほら、お兄ちゃんとお姉ちゃんにお礼を言いなさい。」
「カップルのお兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!」
カップルじゃないんだけど……。
幼女は満面の笑みでそうお礼を言うと、何度も頭を下げる母親とともに群衆の中に消えていった。
情けは人のためならず。
人への情けは巡り巡って、情けをかけた本人に帰ってくると言う。そんな邪な目的があった訳では無いが、良いことをすると心も晴れやかだ。
「アズ、これでよかった……ってあれ、どうした?」
二人を見送った後、アズを見ると酷く顔が赤い様子だった。夕日の光が反射しての錯覚だろうか?
僕から話しかけられたことも気付いてない様子である。
「アズ?」
「カップル……カップルに見えるんだ私たち……。」
「おーい、アズ?」
「ふふ、えへへ……え!?あ、な、何よ?」
「何よって、僕の言葉聞こえてなかったのか?変な笑い方してたし。」
「はぁ!?そんなことしてないわよ!あんたの声なんか全然、聞こえなかったわ。あんたの声が、小さかったんじゃない?」
「え?そうかな……。」
絶対小さくはないと思うんだけど。距離近いんだし。
何かに集中してたのか?それとも幼女の真っ直ぐな感謝に驚いて、頭が真っ白になったのかな?
そうなら……良いのかもな。
「そうよ!ほらこんなとこ突っ立てたら邪魔になるし、さっさと行くわよ!」
「え!?あ、うん。って、え!?」
反応に戸惑って考えを巡らしているうちに、いきなりアズに手を握られた。
そのまま勢いよく引っ張られて、祭りの人の流れに流されるように連れてかれる。
「ほら、今日中に遊び尽くさないと行けないんだから!早く早く!」
「わ、分かったから急かさないでくれ。」
アズの表情からは笑顔がこぼれていた。
とても上機嫌な様子。
嬉しそうだ。
先頭に立って僕を引っ張っていく姿は、いつものアズみたいで安心した。
やっぱりアズはこうじゃなくちゃな……。
そんな思いに浸りながら、アズに引っ張られて祭りのさらに奥へと僕は歩き出す。
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