閑話 旅について④
シャーク街のある宿。
机を挟んだ僕の向かい側に、キャップを被った白黒髪の少女が座っていた。
僕の横には付与魔法の作業を終えたスピネルが座っている。
「なるほどなるほど、そちらの方はマスターの奴隷兼メイドなんですか。」
ボブカットの髪を揺らしながら少女はジーッと、スピネルの顔を注意深く覗いている。
この少女の名は、ヒスイ。
シルフギルド所属の金等級冒険者で、僕の部下であり仲間でもある。
等級について補足すると、世界四大ギルドの金等級になるのは、非常に難しいことで有名なのだ。銅等級から銀等級に上がるのとは訳が違う。
成果を出し実力を認められてやっと金等級候補になれ、受験資格が与えられる。その後数年に1度行われる昇進試験において世界四大ギルドのギルドマスターたちに、十分な判断力、戦闘力、知識などを測られ、合格しなければならない。
試験官である僕だからこそ、この試験の大変さはよく分かってるつもりだ。白金等級の昇格試験よりはレベルが低いとは言え、中途半端な実力ではまず合格しない。一発合格する冒険者の方が稀だと言えるだろう。
世界四大ギルドの金等級になれずに、冒険者を引退する者もかなり多い。
シルフギルドも、金等級の冒険者は全員で10人しかいないのだ。
一応確認のため言っておくと、これはあくまで世界四大ギルドの金等級の話なので、一般のギルドの金等級とは話が違う。
そしてこの目の前に座っているヒスイと言う少女もまた、試験を合格し実力を認められた冒険者。
僕も彼女の能力の高さは認めている。
「そうよ、我はご主人様の超優秀メイド、スピ……じゃなくてアンですわ。おーっほっほっほ。」
スピネルは何故か、お嬢様のような高笑いをしていた。
ヒスイに魔王軍幹部を奴隷にして従えているなんてこと、知られる訳にはいかない。
情報とは漏れ出てしまえば、留めることはできないものだ。僕が魔王軍幹部を奴隷にしてるなんてビックニュース、あっという間に魔王軍まで届いてしまうだろう。ヒスイが簡単に喋るような人間では無いとしても、念には念を入れるべきだ。
これからスピネルを魔王軍に戻してもスパイのような役割を担ってもらう算段を、僕は密かに立てていたりする。そんなことが起こってはスパイどころか、裏切り者として殺されてもおかしくない。
そのためにスピネルには頑張って、取り繕って貰わなければならない。
彼女としても自身が魔王軍幹部だとバレてしまえば、目的として掲げている魔王軍幹部への復帰が叶わなくなる以上、バレたくはないはず。
上手にヒスイを黙せるかどうか……、
「アンさんですか、よろしくお願いします。しかし奴隷にしては、身なりがよろしいようですね。その服はどうなされたのですか?」
「もちろんご主人様に買ってもらいましたわ。メイドなのですから、雑巾のような身なりではご主人様の顔を汚してしまいますもの。」
「おっと確かにそれはごもっともですね。しかし服は貰えて当然と言うその態度、ヒスイちゃん気に入りません。」
「も、もちろん奴隷としては、身にそぐわないことくらい自覚しておりますわ。こんな素晴らしい服を与えてくれたんですもの。ご主人様には心から感謝してしてもしきれないほどですわ。」
スピネルはそんなことを言ってくれる。
偽りだとしてもちょっと嬉しい。
考えてみれば、奴隷が主人から服を与えられるなんて常識的に考えれば中々に珍しいこと。
僕の買ってきた服を着ないのもおかしいはずだ。メイド服は絶対着させよう。
「なるほど、そうですか。む……アンさんは嘘をついているかが分かり辛いですね。マスター、何か魔法をかけてますか?」
「いや、それについては何もしてないよ。」
「なるほど、では純粋に魔力の扱いが長けているのですね。私が分からないほどですから、よほどですよ。アンさん、ただの奴隷ではありませんね?」
ヒスイは目付きを変えて、スピネルを睨むように見る。
不味いな……上手くごまかせるといいが。
「な、何を仰っているのかしら?我はただの奴隷ですわよ。」
「お、今ちょっと魔力の波長が乱れましたね。ますます怪しくなってきました。アンさん、本当に奴隷ですか?どの団体の奴隷だったか教えてくれます?」
「そ、それはその……あの団体ですわ。えっと、ちょっと忘れてしまいましたわね。」
「自分が入っていた奴隷団体がなんなのか忘れる、ヒスイちゃん驚いて椅子から転げ落ちそうになりましたよ。先ほど超優秀メイドとか言ってた割には、無能ですね。もしかしてさっきの言葉はネタだったんですか?笑った方が良かったですかね?アハハハハ。」
ヒスイはロボットのような笑い声をあげる。
明らかにワザとだ。
「ぐぬぬぬ……。」
スピネルは歯を食いしばって、獣みたいな声を上げている。どうやら煽り耐性は無かったらしい。
こんな様子じゃバレバレだな。そろそろ僕が援護に入った方がいいかもしれない。
「アンさん、出身はどこですか?まさかそこまで忘れるほど無能ではありませんよね?」
「え、えと……」
「ヒスイ、僕のメイドをいじめないであげてくれ。アンはちょっと緊張でパニックになってるだけなんだよ。」
「ご主人様……」
「ほう、なるほどそうですか。しょうがないですね、ここはマスターの指示に従ってあげましょう。」
どうやら質問攻めは防げたらしい。スピネルの僕を見つめる目が子猫みたいにうるうるなっている。
けっこう追い込まれていたらしい、こんな顔を見るのは初めて。
こんな様子じゃ、魔王軍幹部も形無しだ。
そんな僕ら片目にヒスイは一度、僕の出したお茶をグッと飲み干す。
そして次はスピネルでは無く、僕の方を見てきた。
「アンさんのことは、深掘りしておかないであげましょう。しかし私にはギルドへの報告義務があります。マスターが女性の奴隷と一緒にシャーク街でデートしていたと、クリスタには報告しておきますね。」
「偏向報告じゃない?主従関係はデートには入らないと僕は思うね。」
「マスターがどう思っていようと、男女が二人で街を歩いてたとなれば、クリスタにはデートに写ると思いますよ。あと私がそうなるよう伝え方を工夫します。あーあ、マスター。副ギルドマスターに怒られちゃいますね。」
「酷いことをするなぁ。クリスタはそんなんじゃ怒らないと思うよ。」
嘘です。
「いつもギルドマスターがやるべき仕事を、ほぼ全てやってくれてるんですよ。なのにそのマスターが女性とデート……怒らないとは思えませんね。」
「なんですって!?ご主人様、仕事をサボってこんな場所に来ているの!?それは長の立場であった我見ても、どうかと思いますわ!」
スピネルはどっちの味方なんだ。
せっかく僕が頑張っていると言うのに。
「長の立場……ですか?」
「え!?あ、気にしなくていいですわよ。おほほほ。」
サラッと魔王軍幹部のヒントも落としていくし。
スピネルは嘘が苦手っぽいな。ヒスイに確認されたように、バレ辛くなる魔法でも後でかけておこう。
「マスター、デートがバレれば冒険者たちの信頼は無くなります。それでいいんですか?嫌ならアンさんの情報、提供するのが身のためですよ。」
「はぁ、まさかギルドマスターの僕が、所属している冒険者に脅されるとは思わなかったよ。」
「ヒスイちゃんは頑固なので。ちょっとやそっとでは逃がしません。エッヘンと胸を張ってあげましょう。」
ヒスイの程々の胸が縦に揺れた。
どうやら誤魔化せそうにはないらしい。こうなれば真実を言うべき……
なーんて、僕がするわけないじゃん。
汚い手でも使えるものがあればなんでも使って、目的を達成する。それが冒険者。
その冒険者を指導する立場にある僕が、それをしない訳がない。
「ヒスイ、別に僕は報告されても構わないよ。けどそうするなら僕にも考えがある。君の恋路を邪魔するって方法でね。」
「おっと、予想外の返答にヒスイちゃんびっくりです。恋路の邪魔とはですか?と食い気味で聞いてあげましょう。」
「僕はヒスイが好きな人がいることを知ってる。その彼に君が好意を抱いていることを言ってあげよう。」
「好意を私の代わりに伝えると言うのは、マイナスではなくむしろプラスなのでは?」
「プラスね。本当に君がそう思ってるなら、それで構わないよ。」
「……これはヒスイちゃんやられましたかもしれませんね。一応聞いておきますけど、私が好きな人は誰だと思ってるんですか?」
ヒスイが興味を示したのを確認すると、数秒間をあけて僕はその名を口にする。
「君と同じシルフギルド所属の金等級冒険者、フォス。」
「な、なななななななな何故その名を……。うっ、ヒスイちゃん、驚きのあまり叫んでしまったじゃないですか。」
そうヒスイはフォスのことが好きなのだ。
このことは多分、ギルドでは僕しか気付いていない。部下の冒険者たちをしっかり観察しているからこそ気付いた、僕だけが使える武器。
「確かに私はフォス様のことが大好きですが、その好意がバレてはひじょーに困ります。もし好意が伝わってしまえば、フォス様とアズさんの関係もきっと悪くなってしまいますし、最近修行してあげていた少女とも関係悪化は必死。フォス様の冒険者生活が壊れてしまう。私はそんなこと絶対にしたくない。フォス様が幸せに冒険者生活を送れることが、ヒスイちゃんの幸せなのです。迷惑をかけないよう遠くから見守る、それだけで私はいいのです!」
ヒスイは早口で、熱の篭った口調でそう言った。
彼女のフォスへの熱意がひしひしと伝わってくる。
正直他人の恋路ほど人生にどうでもいいものは無いが、こういう使い方もあるらしい。
皆参考にしてくれ。
「じゃあ、交渉成立ね。」
「くっ、ヒスイちゃんは悔しさをにじませす。今回は見なかったことにしてあげましょう。さすがマスター、悪どい交渉術において右に出る者はいませんね。」
「他人の恋愛事情に介入しようとするなんて、ご主人様は鬼畜ですわ。」
「なんで僕が悪いみたいになってるのかな。それで……ヒスイはこれだけのために、僕のとこまで訪れたの?」
ヒスイは会話の切り出しとして、この話題を振っていたように僕から見えた。
それにシルフギルドの冒険者が、シャーク街なんて言う超離れた街にいるとは考えにくい。
察するに意図的に僕と接触するために、ここまで来たのだろう。
「さすがにマスター、もちろん違う理由があってここを訪れました。この手紙を渡すように、副ギルドマスターから言われてここまで来たのです。はいどうぞ。ヒスイちゃんも中身は知らないので、楽しんで読んでみてください。」
「楽しんで読むとは?にしてもよく僕がこのシャーク街にいるって知ってたね。」
「副ギルドマスターが、いるならこの街って言ってましたから。」
「うーん、さすがクリスタ。長年活動を共にしただけはある。」
僕はクリスタの手紙を受け取ると、中を開いてパラッと目を通した。
『親愛なるギルドマスターへ
清々しい初夏を迎え、少しずつ暑い季節になって参りました。
さていきなりですが本題に入らせて頂きます。
私、クリスタがカイヤの修行を命令通りするにあたり、ローズが秋に行われるシルフギルド入団試験の準備をしてくれています。公平性を重んじるため受験者の関係者である私やフォス、アズは試験の準備に関与できません。コハクもいないため人材が足らず、試験準備にギルドマスターも頑張って頂かなければなりません。
結論を言います。
早く戻ってこい。 クリスタより。』
おっと……これは早く帰らなきゃいけないようだ。
僕がカイヤの修行にはクリスタがピッタリだと思って命令したばかりに、こんなしわ寄せが来るとは。
僕も予想してなかった。
もちろんいつも試験に関しては僕が大体の方針を決めるのだが、人材不足である以上早く多くのことを決める必要があるのだろう。
ま、人材不足とは言うが、クリスタがいない痛手が大きすぎるだけなのだが。
うわー、めんでぇー
ヒスイに手紙を返して、内容を見せる。
すると彼女も、苦い表情を浮かべた。
「これはマスターは強制帰宅ですね。しかしメイドと2人きりで行かせる訳にもいきません。ヒスイちゃんも同伴しましょう。」
「一緒に来てくれるのか?」
「もちろんです。これで結局2人っきりであらぬ噂が立って、腹いせに私の恋路が邪魔されでもしたら泣きますから。」
「そんな、クズに見える?」
「マスターならやりかねませんから。」
「酷いな~。」
ちょっと悲しい。
さすがの僕もそこまではしないつもり。80%くらい。
「え、えと、それ我も一緒に行くのかしら?」
「そりゃね。逃げられても困るし。」
「そ、そう。いきなりシルフギルドはちょっと驚きですわね。シルフギルド冒険者の本拠地……。」
しかし、スピネルをギルドに連れていかなければならないのは不安が残る。
まだ設定もまだならない上に、嘘は下手。
魔力量や気配は、僕の魔法で誤魔化すとしても、ちょっと、キツイな。
ギルドに着いたら、僕の空間魔法で作った空間の中に居てもらうことにしようかな。
人を入れるなんてやったことないけど、多分僕ならできる。
「ここから行くとなると、イーグル街のルートかと思うんだけど、ヒスイはどう思う?」
魔王軍領を通ればほんの数日だが、ヒスイがいる上でそんなことはできない。
そのためひどいまわり道を強いられることになる。
僕が提案したルートはざっくり言うと、今いるシャーク街からモンキー街、その後スワン街、イーグル街を経由してシルフ街に行くルート。
けっこうな王道ルートだ。
「そうですね。私もそのルートで来ましたし、いいと思いますよ。」
「さて、じゃ怒られたくないしさっさと行こうか。」
「分かりました。」「了解ですわ。」
僕は代金を支払って、宿から出ることを決めた。
読んで頂き感謝申し上げます。
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