第三十五話 教会について④
少女が指さした建物。
それは二階建てで、貧民街にしては少し立派な建物であった。周りの建物がオンボロすぎるのも相まって、その建物は異彩を放っているようにすら見える。
建物奥に見えるのは城壁。
察するにシルフ街を囲む大きな城壁だ。
これが見えると言うことは、僕とアイは貧民街の再奥まで来たことを意味している。
ここまでの道のりが分かれば、大体の貧民街の広さも分かってくると言うもの。
しかし……どの道を通ってここまで来たとかは、全く分からない。ギルドに戻ってもう一回ここに来てと言われても無理だ。少女にただ着いてきただけ。
道中ずっとおしゃべりしてたし……。
クリスタみたいに道標を残す魔法でもあれば話が違うはずなのだが……。
大体あの建物が見えたら、嫌でも異様な様子を見て調べようと思うこと間違いなしだ。絶対あの建物には何かがある、そんな感じである。
僕らは恐る恐る建物に近づき、中に入った。
ただの木造建築の構造と思える内装。長い木の廊下の先には、2階に続く階段が見える。
ただ……その階段の周りには、10人ほどの男が立っていた。
皮の服に白いバンダナ。いかにも山賊とか海賊とかそんな感じの服装。
「おい、おめぇら。何もんだ!?誰の許可もらって入ってきとんじゃ、こらぁ。」
男たちはすぐに僕らに気付き、そのうち1人がそう声をかけてくる。
ただ……彼らの目線は、すぐに僕らが首からかけている徽章に向かった。
「お、おい兄貴ぃ、こ、こいつらシルフギルドの冒険者っすよ。しかも金等級っす。」
「な!?なんでシルフギルドなんてもんが、ここに!?」
男たちは明らかにたじろいたのが見て取れる。
やっぱりシルフギルドって偉大だな。
「うちらはシスター服の少女を探してるのにゃ。おまいら、知らないかにゃ?」
アイの声が響くと、さらに彼らはたじろぐ。
「あ、兄貴ぃ、シスター服の少女って、もしかしてボスがお気に入りだとか言ってたあの少女じゃないっすか?」
「おいおい、マジかよ!?どうすんだ!?シルフギルドの冒険者なんてまともに相手出来ねぇぞ。」
「とりあえずボスに言って、譲り受けてもらうしか……。」
「ば、ばっか。そんなこと言ったらシルフギルドの冒険者に殺られる前に、ボスに殺られるだろ!とりあえず知らない体で、シラを着ろう。」
「わ、分かりました兄貴!」
う~ん、丸聞こえである。
彼らは聞こえないように話しているつもりだろうが、耳に大量に魔力を流せばそんな小細工通用しない。
多分50メートルくらい離れてても、聞こえる。
魔力ってすごい。
「お、俺らは知らねぇなぁ。他を当たった方がいんじゃねぇか?」
魔力ぶれぶれ。声すら震えてしまっている。
これでは先ほどの会話を聞かなくても、バレバレだ。
「何を馬鹿なことを言っているにゃ。早くそのボスとか言うやつの居場所を言うにゃ。」
「ボ、ボスは2階にいるっす。」
「ばっか、お前何素直に口に出してんだよ!」
「だ、だってこの人たち、嘘とか意味無いくらい魔力の扱いに慣れた連中っすよ。誤魔化しても意味ないっす!」
「く、くそ!確かに2階にボスがいるが、ここを通すわけにはいかない。丁度今幹部会をしてる最中なんだ、邪魔が入ったら警護してる俺らが責任を問われて殺されちまう。」
男は怯えるように、体をぶるっと震わせている。
今度は嘘ではないらしい。
「そんなの知ったことじゃないにゃ。おまいらの残された選択肢は二つ、うちらを二階に通すか、ここで死ぬかにゃ!」
アイはギラりと眼光を光らせると、男たちを脅すように睨みつけた。
ものすごいストレートな物言い。
それでいてとても効率的な、事態の運び方だ。
もしかしたらこう見えて、アイは交渉上手なのかもしれない。
「ど、どうしますか?兄貴ぃ。」
「そ、そりゃこうなったら、殺るしかねぇだろ。ここでやんなかったら、結局ボスに殺されるんだ。変わんねぇ。」
「兄貴、やめた方が良いっす。俺が前に所属してた組織なんか、シルフギルドの冒険者一人に壊滅させられました!絶対死にます!」
「え、一人?……マジで?」
「マジっす。一人っす。それも銅等級でした。」
「うそん……、じゃあ、止めようかな……。」
「そうした方がいいっす!」
「そうか。……あの、通っていいですよ。」
男たちはそそくさと、僕らに道を開けてくれた。
多分戦ってたら、アイが全員殺していたことは間違いない。
想像以上に物分りが良いヤツらだったらしい。
懸命な判断である。
僕らは彼らの横を通り過ぎて、階段を登った。
二階に上がると、大きな扉が正面に見える。中からは話し声が聞こえ、そこに何人かがいることは明らか。
「どーんにゃ!」
アイ蹴飛ばすようにして、その扉を開ける。
するとそこには想像以上に、広い部屋が広がっていた。
そして奥に見える身長3メートルはありそうな、ガタイのいい大男。
その男を中心に何人かの男女が座っていることから、彼が先ほど言っていたボスと言うやつなのだろう。
「あんたら誰?こんな部外者が入って来ていいような場所じゃないんだけど。つか下のやつらは何してんのよ。」
ボスの周りに座ってた1人の女が、そう言って僕らを睨みつけてくる。
「全員、殺したにゃ。」
ストレートな嘘。
ここまで清々しいと、僕では嘘だと見抜けないかも。
「はぁ!?ちっ、殺ろうってことね!」
女は見事に騙されて、剣を構えた。
周りにいた人たちも皆、一斉に武器を構える。ボスは動かずに俯瞰しているようだが……。
ただこいつらのことなんかより、今はムーンのことが心配だ。ムーンはこの部屋にいるのか?
そう思って見渡すと、部屋奥の隅に牢屋があるのが見えた。そして中にいる少女……ムーンだ!
ムーン以外にも何人かの人間が同じ牢屋に捕まっているらしい。
ただ……そのムーンの姿は酷いものだった。
修道服はボロボロだし、体はアザだらけ。出血もしているようだし、右腕はあらぬ方向に曲がっている。見てるだけで、心がギュッと締め付けられるかのような思いに駆られた。
酷い……あまりにも酷い状態だ。
無理やり連行されて抵抗でもしたのだろうか?それともこいつらが意図的に痛みつけた?
許せない。
こんな状態のムーンを見て許せるはずがない。
ただそんなボロボロになっていても、ムーンの目は死んでなかった。ちょうど僕とムーンの目が交差する。
「ムーン!」
「フォ、フォス!ふぉすうううううう超助けてぇ、こんな場所いたくない……。早く教会に超帰りたいよぉ……。」
「ああ、今から助けるからな!待ってろ!」
ムーンは瞳から何粒もの涙を零していた。
痛かっただろう。辛かっただろう。
その苦しみは中学生の少女が受けるには、あまりにも重いものであっただろう。
よく頑張った。
後は僕の出番だ。
僕は剣を鞘から抜き、迫ってくる賊に向けて思いっきり振るう。
血飛沫が飛び、目の前で人がチーズみたいに引き裂かれた。
あぁ、僕は愚かな人間だ。
人の命は大事だとか、命を失う選択は取りたくないとか、そんなことを言っておきながらこうして情に流されこうして人を殺めてしまった。
グリフォンと戦うとき、怒りは冷静さを失うだとか言っておきながら、今は自分がそうなっている。
愚かだ。愚か者だ。
そうだと分かっている。それなのに僕の剣は、動きを止めることはなかった。
たったの数秒で、目の前には何人もの死体が転がった。服は返り血で真っ赤に染め上がっている。剣も赤色、ただその色は風魔法で瞬時に消し去った。
何か悲しくて虚しい気持ちだ。自分の心の醜さを見せつけられたような……そんな感じ。
結局善人ぶってるだけの殺人鬼、それが僕。
こんな愚かな僕が白金等級になれるものなのだろうか……。
「おぉ~フォスの剣舞すごい威力にゃ!カッコイイにゃ!」
ただアイは僕とは真逆の、反応を示していた。すごく嬉しそうで、目を輝かせている。
僕とは命の考え方が根本的に違うようだ。けどきっとアイのような考え方ができた方が、この世界では生きやすいのだろう。僕は考えすぎなのかもしれない。
あ~あ、よくわかんなくなってきた。
とにかく今は一旦置いておこう。
何よりもムーンが第1優先だ。
僕は素早く、ムーンが捕まっている牢屋に近づこうと走り出す。
ただそのとき聞こえたのは、
「だはははははははははっ!」
と言う笑い声であった。
「なるほどなるほど、それはシルフギルドの徽章か。ならば我が愛すべき同胞たちが簡単に殺られるのも無理はない。だはははははっ!」
ボスと思わしき男は、豪快に笑い出す。
目の前で仲間が死んだというのにあの余裕はなんだ?
頭がおかしいのだろうか?気味が悪い。
こんなキチガイなんて放っておいて、僕は牢屋の前まで到達する。
そして剣を振り上げると、檻に向けて振り下ろした。
これで檻は壊れるはず……
そう思っていたのに聞こえたのは、ゴンっと言う弾かれた音であった。
なんだ?まるで僕の攻撃を受け付けていない。
もしかして……
そう思い格子を掴んで無理やり、牢屋を壊そうとする。
だがビクともしない。
ここまで頑丈ということはやはり……
この檻はアダマンタイト性だ。
いきなりだが前に魔力親和率に話したのだが、覚えているだろうか?
簡単におさらいするなら、魔力親和率の値が高いほど魔力を通しやすく影響を受けやすい。
そして魔力親和率が最も高い素材は、オリハルコンであるということ。
しかし……この世界には逆に魔力親和率がほぼ0の鉱物もまた存在する。それがアダマンタイトだ。
魔力親和率が0と言うことは、魔力の影響を一切受けないことを意味する。
そのためにアダマンタイト性の物には、魔力の干渉が一切通用しない。魔力を流した剣でも、この通りという訳だ。
ただこの鉱物は非常に希少で、罪人の手錠とかにしか使われない。檻となればかなりの高額になるはずだ。
なんでこんなものが、貧民街にあるんだよ。
参ったなぁ……。
「例え優秀なシルフギルドの冒険者と言えど、その檻は開けられんだろう。だははははは。ほら鍵はここにあるぞ。」
ボスと思わしき男は、そう言ってポケットから取り出した鍵をチラつかせる。
どうやら自分から在処を言ってしまうあたり、相当な馬鹿らしい。
「早くそれをよこすのにゃ!」
アイは男に迫って、鍵を奪おうとする。
だがアイが近づく前に、男の周りに奇妙な影が出現した。それは人型の人形。
ゴーレムだ。
魔術自立式物体、通称ゴーレム。
自立型人形もまた、ゴーレムの種類の一つと言える。
魔術の発展分野の一つであり、未だに研究盛んな魔法だ。
ただ非常に高度なロジカルを要求してくるので、僕は勉強しようと思って挫折したほど。
この男がその技術が扱えるほど魔力の扱いに長けているとは思えない。
「高い金を払って、護衛用に買った甲斐があったってもんだぜ。がはははは。」
男の周りには次々とゴーレムが現れ、その数は実に十体ほど。なるほど自分で生み出したのではなく、購入して得たものらしい。
それでは壊れても直せないし、改造もできないのであまり意味が無いようにも見える
ただ……確かにこのゴーレムは少し手強そうだ。
「ゴーレムなんて関係ないにゃ!ぶん殴るだけにゃ!」
アイは迫ってくるゴーレムにストレートパンチを放つ。
するとゴーレムは豪快に吹っ飛び後方の壁に叩きつけられら。だがそのままなにごともなかったかのように、起き上がって迫ってくるのである。
「にゃにゃ!?これじゃ拉致があかないにゃ。」
殴っても殴っても戻ってくるゴーレムに、少しアイは押され始めた。数の暴力も相まって、対応しきれてないらしい。僕も加勢して、ゴーレムに剣を振るう。
ゴーレムは真っ二つ……かと思いきや切れた瞬間、何本という魔力線が胴体を繋ぎ止め再生した。
さらに胴体の中から毒針を飛ばしてくるというカウンター。
体を逸らして避けるも、想像以上に厄介だ。
ゴーレムの毒針とか、刺さったら泡吹いて即死するんじゃ無いだろうか?怖すぎる。
「にゃは~、これじゃあ近づけないにゃ……。」
「だははは、当然だ。この鍵を取られたら困るからなぁ。なんせ俺のお気に入りの女たちだ。奪われるわけにはいかねぇよ。」
「奪ったのは、どっちだよ。」
「あぁ!?この檻に入ってる時点で、もうこいつらは俺の所有物だ。殴ったら、助けて~だとか痛いとか~悲鳴をあげてくれる最高の奴隷。たまんねぇよ。だははは!」
「うわ、キチガイにゃ。きもいにゃ。」
僕もアイの発言と至って同感だ。
いたぶって楽しむ、最悪のキチガイ。
ムーンが心から可哀想だ。
とりあえずこの男の顔面を、一発殴ってやろう。
そのためにもこのウザったらしいゴーレムたちを、ぶっ倒さなければ。
「フォス!うちが今から本気で殴る準備するから、アシストするにゃ!」
「いきなりの無茶ぶりだな……。」
アイが拳を構えるのを見て、僕は彼女を囲むように土の壁を展開する。
さらに風属性の魔力を加え、ゴーレムでは壊せないほどに強固にした。ゴーレムたちは再生能力には長けているが、攻撃力はあまり高くない。こうすればゴーレムたちでは手の足も出ないだろう。
ただ……ここ二階なんだよね。
実はこの土の壁、地面から1階を貫通して突き出ているもの。土魔法は土を操作するのには長けているが、それは言ってしまえば土が無ければならない。何も無い場所から土を生み出すとなると、かなりの魔力量を消費してしまう。
コスパ的にはこちらの方が、断然楽だ。それに新たに土を生成して作ったら、多分2階の床が抜ける。
もちろん遠隔操作とかはできないので、1階で足に触れていた地面を起点にして操作しているわけだ。
操作を行う際、干渉は必須要素。
ここテストに出ます。
とりあえずアイが準備が終わるまで、適当にやり過ごす。ゴーレムの攻撃がムーンに届かないようにすることだけは、本当に注意しよ。
「フォス!いくにゃ!」
アイの準備の完成も早く、たった5秒ほど。
優秀すぎ。
見ると彼女の拳は、何個もの魔法陣に包まれている。
一瞬で土の壁を消失させアイの前に現れたのは、10体のゴーレム。アイにしっかりタゲが向くように、逃げ方も工夫しておいた。アシストは完璧だ。
「マンチカンナックルにゃあああああああ!」
アイは言霊と共に、再び右ストレートを宙に放った。
ただその威力は、先ほどとは訳が違う。
生み出されたのは強力な突風と、衝撃。攻撃範囲にいなかった僕の髪が、激しくなびいた。
アイの前にいたゴーレムたちは触れられてもいないのに一瞬で、粉々に粉砕される。
修復できないほどの損害を受け、動かなくなった。
すごい威力だ。
アイから距離が離れてる遠方の壁にすら、大きな穴を開けた。これがただの右ストレートの威力と言うのだから、笑えてくる。
ボスと思わしき男も、あんぐりと口を開けたままその場に佇んでいた。頼りにしていたゴーレムたちの一瞬の壊滅は、かなりの衝撃だったのだろう。
数秒間何も言わずに、時が止まったかのように静止している。
ただアイは容赦なく、そんな呆然としている男にジャンプして瞬時に近づいた。
「ペルシャキックにゃ!」
「ひぃ……。」
男は完全に腰が引けていた。
アイのライダーキックのような華麗な蹴りが、男の顔面に直撃する。
男はそのまま倒れて動かなくなった。完全に気絶している。ゴーレムいたから面倒だっただけで、実力は結局その程度だったらしい。
僕は近づいて頬を殴った後、鍵を拾って檻の施錠を解除した。
すると中からムーンが飛び出してくる。
「フォスぅぅぅぅ超怖かった…ぐすっ、怖かったよう……。」
ムーンは僕に飛び付くように抱きついてきた。
僕の服にはベッタリと返り血が着いているのだが、それも全く気にしていない様子。
それほどに怖くて、それでいて安心したのだろう。
「大丈夫だよ、ムーン。良くここまで頑張ったね。」
「ひっく、フォスお兄ちゃん超ありがとうぅぅぅぅ。うわあああああああああぁぁぁん。」
「うん。大丈夫だから。もう大丈夫だから。」
僕は泣きじゃくるムーンを何度も撫でた。
そして回復魔法で傷を治す。右腕もこんなになって痛かったことだろう。それでも抱きついてきているのだから、彼女の苦しみは想像を絶する。
こんなひどいこと、僕は絶対に許せない。
然るべき措置を受けてもらおう。
そう怒りを噛みしめながら、ムーンの背中を何度もさすった。
その後アイが魔弾を何度も空めがけて飛ばしてくれたこともあり、1時間後にはアズやダイヤも集まってきて、騎士団を率いたウルツも来てくれた。
賊たちは捕まり、ムーンと同じように幽閉されていた子たちも元の場所まで送り届けてくれるらしい。
何とか一件落着だ。
ただ……ムーンは傷が治っても、泣き止んだ後も、ずっと僕に抱きついたままであった。
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