第二十六話 戦闘について⑤
闇属性魔力研究施設、地下施設最奥の部屋。
シルフギルド所属白金等級冒険者クリスタと、魔王軍幹部アメトリンの姿がそこにはあった。
クリスタはギュッと強く槍を握り、アメトリンの様子を伺っている。
アメトリンは余裕そうな笑みを浮かべて、クリスタを見た。
「クリスタだっけか?ったくふてえ野郎だい、無理やり部下を逃がすなんてなぁ。だが、残念ながら結果は変わらねえ。あの二人はどうせ死ぬか実験体になる。」
「そう思っているのは君だけだ、アメトリン。私の仲間をなめてもらっては困る。」
「いや、別に弱いとは思っちゃねえよ。ただグリフォンが強すぎるだけだ。」
「そこまでグリフォンを評価しているとは意外だな。私にはそこまで強そうには見えなかったが。」
クリスタそう言って、にやりと笑みを返す。
「そうかい、そりゃそう見えてもおかしくはねえ。あれはまともに魔力も使いこなせてねえからな。けど魔力暴走したら関係ねえ。」
「魔力暴走だと?まさか意図的に暴走状態にするつもりか?」
魔力暴走とは、その名の通り体の中の魔力が暴走することを意味している。自信の魔力を把握していない状態で、キャパオーバーの魔法を発動させてしまったり、操る量を超える魔力を放出してしまったときに起こる現象で、魔法習いたての子供に多い。非常に危険で暴走した人間は生きるための魔力までも消費して大量の魔法を発動させてしまい、死に至ることもある危険な現象なのだ。
ただ実際にそれで死ぬ子供はほとんどおらず、近くの人間や先生が当人を気絶させると言った、無理やり魔法を使えない状況に落とし込むことで、被害は防ぐことが出来る。
だが……今の話はグリフォンだ。あの大量の魔力量、それを暴走させてしまえば被害が尋常ではないことくらい、クリスタには容易に想像できた。
「当然だ。それに魔族因子を撃ち込まれた者の魔力暴走は、普通のとは一味違う。生物の魔法の次元を超えて、誰も理解できない言語を用いて神にも等しい魔法を使うんだい。」
「神?……突っ込みどころが多いが、第一にあの魔力量で暴走すればグリフォンは死ぬぞ。それに対して何か思うことはないのか?」
「死ぬ?べらんめえ。元はと言えば、あれが適切な対応をできなかったからこんなことになったんだい。死んでもいいから、迷惑の尻拭いをするってぇのが道理ってもんだろ。」
「酷い考えだな。この世界には命以上に大事なものは無い。わざわざ命を捨てる選択肢を取らせるなんて愚の骨頂だと思うがな。」
クリスタがそう言ってアメトリンを睨むと、彼女は予想外にも腹を抱えて笑い始めた。
「ふ、ふはははっ、良い冗談じゃねぇか。つい笑っちまったよ。まさか日常的に魔物や犯罪者を殺している冒険者に、そんなこといわれるとはなぁ。」
「殺したことがあったとしても、殺しが正しいなんて一回も考えたことはない。そんな簡単に仲間を見捨てるような者と同じだとは思われたくないものだ。」
「いやー、あたいだって死んでほしいとは思っちゃねぇよ。ただ死ななければならねぇときもあるってこった。それにそうなるとは、正直思っちゃいねえ。適合体八番も開放してやったからなぁ。今頃あの逃げた二人は、八番とグリフォンの挟み撃ちに遭ってたりして。」
アメトリンは口角の上がる不気味な笑みを見せた。
「八番?ああ、資料に書いてあった奴か。確かこの施設のどこかに拘束しているんだよな?」
「そうだ、よく読み込んでるじゃぁねえか。ただあれは成功体ではあるが、器が小さすぎる。何もしなくても勝手に、魔力暴走を起こしちまうんだ。だから強制的に眠らせて拘束している。」
「それを解放したと?それなら既に、魔力暴走を起こしているんじゃないか?暴走した人間が敵と味方の区別なんてつかないと思うが。」
「ふっ、ああ、その通りだ。今頃この施設を暴れ回って、研究員だろうが誰だろうが殺しまくっているところだろうな。ただどうであれ、あの逃げた二人を殺すことに変わりはない。」
「ひどいことをする。一緒に研究してきた仲間だろう。それを君は見殺しにする選択を進んで取ったんだ。上に立つ者としては失格だな。」
「失格だってぇ?あめふりのにわっとりなこと言うじゃぁねえか。残酷な判断でも、冷静に下せる者こそがリーダーだ。確かに褒められる判断ではないだろうが、あの資料を持ち出されるリスクと天秤にぶら下げて比べれば妥当な判断よ。いわゆる必要な犠牲と言う訳だい、このすっとこどっこい。」
アメトリンはそう言って、背中の羽を激しくバタつかせた。口調からして何か怒りの感情のようなものを叫んでいるのだが、クリスタはイマイチ理解できていなかった。
「えっと……ずっと言うか迷ってたんだが、君との会話は良く分からない言葉がよく混ざってくるんだ。それは何だ?話が入ってこないんだが。」
「分かんねえのは、おめえが唐変木なだけやい!おめえの仲間はこの施設から逃げきれずに、死ぬ。それだけ!」
「…そういうことか。まあ、そうだな……確かにあの魔力量で暴走状態の二人に挟み撃ちされては、フォス達と言えど厳しいか。」
「何だい、分かってるじゃねえか!」
「ああ、大体な。ただ、そう言うことなら……、さっさと君を片付けないとな!」
クリスタはそう言うと、肉体と手に持った槍に大量の魔力を流し込む。力強く踏み出し、槍先をアメトリンに向けたまま距離を、瞬時に縮めた。
「ほう?そりゃ、妥当な判断だ。けどそりゃあ、あたいが魔王軍幹部であることを忘れてんじゃぁねえか!」
クリスタがアメトリンの顔面に向けて、鋭い突きを放つ。
だが既に魔力のバリアがアメトリンを囲むように球状で形成されており、槍が弾かれた。
「小賢しい、バリアだな。」
クリスタは怯まずに、そのまま何発も突きを放つ。バリアに当たり、金属がぶつかり合うような耳が痛くなる音が部屋中に響いた。真っ赤な火花が何度も飛ぶ。
しかし……それでもバリアにはひび一つ入らなかった。
「その程度ならぁ、あたいに触れることなんて百年経っても無理さ。さっさと引っ込んでろぃ!」
アメトリンの羽がどす黒く灯り、突風が巻き起こる。
その勢いはすさまじく、踏ん張らなければそのまま飛ばされて壁に叩きつけられるほど。
クリスタは槍を地面に引っ掛けながら体が浮かないように振る舞うも、強制的に後方へと押し返された。
クリスタとアメトリンの間に、何メートルもの距離が開く。その状況にクリスタは、苦笑いを浮かべた。
「すごい風だな。闇属性と風属性の合成魔法か?」
「ご名答。しっかし白金等級だなんて言うから、もうちょいと強いかと思ったがおったまげた。早く本気出さないと死ぬぞ?」
アメトリンは右腕を、手先が天井を向くように上げる。すると、五つほどの魔方陣が彼女の周りに発生した。
「ただ、本気を出すまで、待ってやったりはしねぇ。めんでえから、これで死んでくんねぇか?」
アメトリンがそう言うと、魔方陣から何匹もの蝶が出現した。緑や紫色に仄かに灯っている蝶々たちは、クリスタの周りを囲むように漂い始める。その位置は丁度クリスタの槍の間合いから外れており、攻撃がし辛い。
この数秒で私の間合いを完璧に把握したか……
クリスタはそう感心しながらも、唇を軽くかんだ。
「妖精の戯れ!」
アメトリンがそう叫んだ瞬間、クリスタの周りを漂う蝶々たちから何個もの小さな魔方陣が出現した。さらに何とその小さな魔方陣たちは複雑に絡まって、魔弾を生成し発射して来る。
一つ一つの魔弾は小さくはあるが、クリスタの周りをぐるっと囲んでいることもあり全方向から飛んで来るため非常に避け辛い。それでいて、一秒に一発の間隔で周期的に攻撃が続くのだ。非常に厄介な設置型の魔法。
ただ……
「この程度じゃ、私は倒せないぞ。」
クリスタは槍を容易くクルクル回して、魔弾を全て弾く。弾かれた魔弾は綺麗に同じ軌道で、戻って行き蝶々たちに衝突した。
魔弾攻撃をそっくり返された蝶々たちは、煙のように消える。
「へえ、これを容易に弾くか。ただの丸太ん坊じゃねえってわけか。まあやっぱり……、そうじゃねぇとな!」
アメトリンは再び、何個もの魔方陣を形成する。
「妖精の遊戯!」
今度は、蝶ではなく小さな羽を持った人型の小人が、何人か魔方陣から出現した。妖精のような姿をしたそれは、クリスタに向けて魔法陣を作り再び魔弾を発射して見せた。ただそれは先ほどに比べて大きく色も真っ黒で、多くの魔力量を纏って飛んで行く。
「ふっ、何だこの魔法は?ここはお遊戯会じゃないぞ。」
クリスタはそう言って軽く嘲笑すると、大量の風属性の魔力を、手に持つ槍に注いだ。すると槍が白色に発光し、纏うように風が生まれる。部屋の棚に置いてある紙が激しくバタつき、槍自体を持っているクリスタさえ髪が激しく揺れた。
彼女の槍は風を纏うことで、空中の埃や塵が槍の周りをグルグルと舞うようになる。そしてまるで風と一体となったかのような槍は、とうとう視覚からも消えた。
その槍をブンっと振ると、妖精から発射された魔弾が容易に破壊された。ボンっと火が勢い良く燃え上がったような音が生まれ、魔力の爆発による靄が生じる。
その瞬間を見計らって、クリスタは再びアメトリンに接近した。アメトリンからすれば靄が晴れたと同時に、クリスタが目の前にまで来たように見えたことだろう。
「疾風槍。」
彼女は呟くようにそう言うと、アメトリンに向けて強力な突きを放った。先ほどまでの突きと違い、その一撃はアメトリンのバリアに突き刺さる。激しい火花を上げ、バリアに傷をつけて見せた。
「くそっ、べらんめぇ。妖精の嬉戯!」
アメトリンの号令で、先ほどまでクリスタに向けて魔弾を放っていた妖精たちが一斉にクリスタに向けて突進を開始する。
突進する妖精たちの姿は、いつの間にか魔弾のような球体に変わっていた。まるで妖精たちが、自分の命を顧みずに特攻していくかのような姿。黒と赤が混ざったような色へと変わり、大きさはドッチボールの玉ほどに変貌を遂げる。
流石にその攻撃を受けきるのは難しいと判断し、クリスタはバックステップを踏みながら突撃を全てかわす。だがそのためにクリスタとアメトリンの間に再び数メートルの間が出来てしまった。
クリスタとしては何としてでも得意な接近戦に持ち込むため、再び距離を詰めたい。
逆にアメトリンは距離の開いた中距離以上の戦闘を望んでいるため、クリスタを近づかせたくない。
互いが互いに得意なテリトリーに落とし込もうとする、私欲のぶつかり合いがバチバチに見える戦闘。
アメトリンもクリスタもそれぞれ互いに得意な距離を分かっているからこそ譲りたくない。
「そのバリア中々に、強力なようだな。てっきりさっきの攻撃で壊れると思っていたが。」
「あたりめえよぉ。このバリアはあたいが研究に研究を重ねた、魔王様も喉を唸らすほどの1品さ。てめぇ何かに壊されちゃぁ、困るんでねぇ。」
「私に壊されては困るか……、そう言われるとつい壊したくなるものだな。」
クリスタはそう言って再び走り出すが、その方向はアメトリンではなく横の壁であった。そのまま地面を走るかの如く壁を走ると、部屋をグルりと回ってアメトリンの後方に回る。
その行動に驚きつつ、アメトリンも反応して振り返った。一瞬の行動も見逃さないようしっかりと目で追う、だが……消えた。
「木枯らし」
魔法を唱えることで、クリスタは風を纏っていたのだ。槍が既に姿を消していることもあり、彼女を視覚で捉えるのはほぼ不可能。突風が巻き起こり、塵や書類の紙束がアメトリンのバリアにぶつかってくる。それでもアメトリンは魔力の流れや、気配を感じとり的確な反応を見せた。
「妖精の悪戯!」
クリスタが方向を一転させアメトリンを向いた瞬間、彼女もまた魔法を唱える。
アメトリンの羽に魔法陣が浮かび上がり…盾を持った妖精が大量に飛び出して、クリスタが突っ込んで来る方向に集まって行く。そしてそれらはバリアを強化するように綺麗に隊列を組んで守りの姿勢をとると、クリスタを迎え撃ったのだ。
「薫風槍っ!」
クリスタの叫びと共に、見えざる槍の一撃が衝突する。クリスタは直前で攻撃の位置を微妙に変えることで、防御の厚い妖精の隊列中央に攻撃することを避けていた。防御の薄い位置を狙い定め何匹の妖精を串刺しにしたまま、バリアに強力な一撃を叩き込んだのだ。
「ふむ、これでも割れないか……。だが、これで終わりではないっ!」
クリスタは怯まず、再度攻撃を行うとする。だがそれを許すほどアメトリンは甘く無かった。
「妖精の嬉戯」
アメトリンの言葉を合図に盾を持った妖精たちが、一斉にクリスタに突進する。先程よりも数が多く、避けるのはもっての他であった。
「くそ、」
クリスタはしょうがなく攻撃することを辞めて、避けるのに徹する。
アメトリンの攻撃を全て防いだ頃には、彼女との位置はまた遠くになっていた。
クリスタが妖精たちに集中が行っているうちに、アメトリンが壁に背中が着くほど下がり距離をとっていたのである。
「いや~、今のはさすがのあたいもビックリした。中々パンチの聞いた一発じゃねぇか。」
「ありがとう。ただビックリしたにしては、冷静な対応だったように見えたが。」
「そらぁ、べらんめえあたぼうよ。あのまま攻撃の主導権を渡すにはいかねぇ。」
「素直に渡してくれた方が、私としては助かるのだが……しかし今の攻撃で分かったことが何個かある。」
「何個かぁ?」
「そうだ。その中でも一番強烈にわかったことは……、私は君に勝てると言うことだ。」
「はぁ!?んだァその冗談。」
「冗談では無い、本気で言っている。」
「てんめぇ、増々笑えねぇぜ……、あぁいや、あたいも今の戦闘で分かったことが一つだけあるよ。あめぇにはぜってぇ負けねぇってことがなぁ!」
「それは妙だな。それではどちらかが嘘をついたことになるではないか。」
「てんめぇに決まってんだろ!味噌汁で顔洗って出直してこい!くらえっ、妖精の戯れ!」
アメトリンの言葉とともに、何匹もの蝶が出現しクリスタに近づくように飛んで来る。
「その技は、もう完全に見切った。」
クリスタは手に持っていた槍を一振り。すると斬撃波が生まれ、近づこうとする蝶々たちを一蹴する。蝶々たちが飛んで来る軌道と位置を、完全に読み切っていたのだ。
ただの魔弾攻撃。これは誰もができる魔法であり、どうこの単純な魔法を強化するかが技術の向上を図る上で非常に重要。魔方陣に何か違う魔方陣を加える、詠唱を取り入れる、などそれぞれ色んなアプローチを行い、自分に合った強力な魔法に作り替える。
アメトリンの場合、それは蝶々や妖精の位置を利用してもう一つの魔方陣を形成し魔法を強化するものであった。
蝶々や妖精たちはバラバラで意志があるような動きを見せているがそれはブラフに過ぎず、決まった定位置に最終的に繋がっている。クリスタはアメトリンの魔法に、妖精や蝶々たちの位置が非常に深く関わりあっていることを既に気付いていたのである。だからこそ蝶の軌道を完全に読み切ることが可能であった。
「まだまだぁ!妖精の遊戯!」
またもや数匹の妖精が出現し、クリスタに向けて魔法を放つ。
「それも、もう見た。」
クリスタは更に槍を一振りし、魔弾だけに収まらず妖精たちをも一発の斬撃波で破壊する。その状況にアメトリンはひどく驚いたような、表情を見せる。
ーこの隙を逃す訳にはいかない!ー
クリスタはそう直感で気付き、再びアメトリンとの距離を詰める。魔法を完全に見切られ動揺しているアメトリンを攻撃する好機、それをクリスタは見落とさなかった。
だが彼女は、少し違和感も感じていた。
今までの戦闘でアメトリンはそこらとは比べものにならないほど強者であると言うことが、痛いほど分かっていた。彼女が既に使った技を見切られるだけで、ここまで動揺を見せるだろうか?
そう思いながらも踏み出そうとするそのとき……
足元から微かな光が見えた。クリスタはその瞬間、違和感が真実であることを確信した。踏み出そうとする足を強制的に着地点から外し、前に進もうとする体を何とか留める。
その状況を見たアメトリンの驚いた表情が、不快な笑みへと一変する。そして……
「妖精の憂晴」
と、呟く。
するとクリスタの足元から、勢いよく真っ黒の蔦が飛び出した。そのまま宙を横切り、天井に突き刺さる。冷や汗が出るほど、予想を超える威力。
クリスタの頬を蔦がかすり、左袖の布を切り裂いた。袖のあった服は片腕だけノースリーブのようになり、不格好な姿となる。
ただ直前で踏みとどまらなければ、かするどころか体がこの蔦に貫かれていたことだろう。
魔法と言うのは基本的に、体に触れる場所…また自身の魔力の影響を及ぼせる領域に限られる。故に魔法は手や足、体近くの空間でしか成り立たず発動できない。
けれどアメトリンは一匹の蝶を、クリスタの足元に着地させていたのだ。彼女の魔法で生み出した存在が地面に触れることで、その領域もまた彼女の魔力を及ぼせる範囲へと姿を変える。
最初の魔法は地面に向かう蝶を紛らわせるため、二つ目の魔法は地面に視界が向かないように誘導するためのこけおどし。驚いた表情は隙が生じたと錯覚させるための罠。
クリスタは見事、アメトリンの手のひらを踊らさせたのだ。
無理やり体を静止させたこともあり、クリスタは体のバランスを大きく崩す。倒れそうになり片手を地面につけて何とか踏みとどまるも、大きな隙が生じた。アメトリンはその隙が生じるのを、虎視眈々と待っていたのである。
「妖精の忘れ種!」
アメトリンの手のひらから、大量の蔓が飛び出す。一本一本が太く、黒と緑が混ざったような非常に気色悪い色。
アメトリンの魔法は怯んだクリスタを捉え、刹那の内にクリスタに巻き付いたのだ。
クリスタは大量の蔓に締め上げられ、苦悶の表情を浮かべる。そのまま体の自由を封じられ、手から槍を落としてしまった。流されていた魔力が消え、見えなくなっていた槍が姿を現す。カランっと音を立て落ち、地面を転がった。
「捕まえたぜぇ、クリスタ!おめぇには、戦闘の駆け引きをする能力が足りねぇようだな。」
「くっ、これは一本取られたな。」
「かぁ、いいぜぇ、その表情。痛みを敗北を噛みしめるその面、おめぇの部下たちにも拝ませてやりたいぜぇ。」
蔦に加わる力が強くなり、さらにクリスタの体を強く締め上げる。蔦の棘が肌に突き刺さり、血が彼女の体から蔦を滴った。クリスタは痛みを我慢するように、歯を食いしばる
「くっ……まいったな、誠心誠意謝るから、見逃してくれたりしないか?」
「おいおいさっきまでの威勢はどうしたんだぁ?見逃す?なわけねぇだろ!おめぇはここで、圧死してもらうぜぇ。いや……そうだな、必死に命乞いをするなら、助けてやるかもしれねぇなぁ。」
「君が男性であったら、色仕掛けでもするところなんだが。君が女性で心底残念だよ。」
「そらぁ、残念だったな。おとなしく命乞いをしたらどうだ?このままじゃ本当に死ぬぞ、いいのかぁ?」
アメトリンの流れる魔力がさらに増え、クリスタを強く締め上げる。棘が食い込み、ドバっと血が出て地面に水たまりを作った。彼女の姿は血にまみれて、真っ赤に染まる。
「くっ、はぁはぁ……た、助けてくれ。まだ死にたくないんだ。」
「おいおい、その程度かぁ?もっと必死に訴えろよ。苦しみ、もがき、叫べ!泣いて、顔もぐしゃぐしゃにして、それで泥をすするような思いをしながら回らない舌で言葉を紡ぐ!それが、命乞いってもんじゃねぇのか?」
「助けて!助けてくれ!何でもする!なんだってする…だから!」
「そんなんじゃぁ、足りねえぞ!」
「ぐっ、ぐす…ぐす……、嫌だぁ死にたくない!嫌だ!ここで死ぬわけにはいかないんだ!だから!助けて!助けてくれ!」
クリスタの瞳から、涙の雫が垂れる。その様子を見て、アメトリンは今日一番の嬉しそうな表情を浮かべた。不気味という言葉では言い表せないほど、ひどく醜く光悦とした表情。
そしてにんまりとした口が、ゆっくりと動く。
「おうおう、結構いい感じの命乞いじゃぁねえか。だけど、ざ~んねん。やっぱ助けないわ。」
「なっ、ふ、ふぁけるなぁ!」
クリスタは叫んで必死にもがき、何とか蔦の檻から抜け出そうとする。それでも棘が食い込むだけで、びくりともしない。
「大丈夫さ、死んでも一人にはならねえ。逃げ出した二人の部下もすぐに、あの世に送ってやるよ。感謝しな。」
「く、くそ野郎がぁ!」
「お前の命乞い、目を見張るものがあったよ。じゃあな、死ね!」
アメトリンは大きく口を開き、満足した表情を見せた。流れる魔力が一層増え、蔦の締めあげる力が増幅する。クリスタはその様子を見て、苦しみの表情を見せた。
「や、止めろ!…………なーんてな。」
その瞬間、クリスタの手のひらがアメトリンの方向を向いた。手のひらには何個もの複雑怪奇な文字や図が複雑に絡み合う魔方陣が構築されていたのである。大きさは手に収まるほどに小さくはあるが、その魔方陣は何重もの横だけでなく縦や斜めの図が重なっており、立体的に展開されている。常人が行える技術の範疇を超えた魔法。
「ぶっ飛べ!業風槍!」
クリスタの咆哮と共に手のひらの魔方陣から一本の槍が、目にも止まらぬスピードで放たれる。白く眩い光を放ち、まるで拳銃が発砲したようなバンっという重い音を響かせながら、アメトリンに向け一直線に飛んだ。
軌道は一筋の線を描き、魔力の残り香が空中を漂う。
「なっ!?」
アメトリンはその魔法に、完全に反応できていなかった。
勝利への確信と、人が見せた苦しみへの愉悦……その隙を完璧なほど正確に突かれた。魔法を唱えて対抗することもできず、一本の槍は瞬きも許さない内に目の前にまで飛んで来る。
そして……アメトリンのバリアに衝突した。
生じる莫大な衝撃。爆風。轟音。
バリアは大きな亀裂が入って崩壊し、アメトリンの体は気付かない間に宙を舞い、吹き飛ばされる。背中を壁に叩きつけ、そのまま壁を貫通した。
資料保管庫の厚い壁にアメトリン型の穴が開き、彼女の体は隣の部屋の床を転がった。埃や瓦礫の塵にまみれ、美しい緑色の髪はひどく汚れる。服はボロボロに破れて、下着や肩が露わとなった。
パラパラと魔法の残響を鳴らすように、壁から塵が落ちる音が静寂な空間に響いた。アメトリンの魔法が解除され、蔓が煙のように消える。拘束から解放され、クリスタは槍を拾い直して一度クルクルと腕の中で回した。大量の出血をしたこともあり、クリスタの体は真っ赤に染まっていた。服には所々穴が開き、傷がその穴から覗かせる。
彼女は頬を滴る血をペロッと舌で舐めると、バッと槍先をアメトリンのいる方向に向けた。
「さっきの言葉そのまま返してやろう。君には、戦闘の駆け引きをする能力が足りないようだな。」
床を転がりボロボロになっていたアメトリンが、体を震わせながら肘で上体を浮かせる。バリアが威力を吸収してくれたおかげで、彼女は命を落とすほどの衝撃をくらわずに済んだのであった。
心底恨むような眼でクリスタを睨むと、ゆっくりと口を動かす。
「こりゃぁ、一本取られたなぁ。」
アメトリンの今までに聞いたことのないような低い声が、空間に響き渡った。
ここまで読んでくれて本当にありがとう。
評価、感想くれるととても嬉しいです。




