第二十四話 戦闘について③
闇属性魔力研究施設、魔術因子適合実験場。
僕とダイヤは、最奥の資料保管庫からすでにここまで走ってきていた。
アメトリンに攻撃されたときは、死ぬかと思ったがクリスタのおかげでどうにかなった。彼女に助けられた以上、今僕らがすべきことは、この研究施設の証拠をギルドに届けること。クリスタのこともカイヤのことも心配だが、今は余計なことは考えず走り続けるのみだ。
「何故か予想以上に、研究員の方たちが慌てていますね。侵入者である私たちに、目を向けようともしません。」
「良く分からないけど好都合だね。」
ダイヤの発言に、僕は微笑んでそう返す。
カイヤの言う通り、研究員たちは非常に慌ただしく走り回っている様子で、僕らのことをまったく気にしていない。彼らは皆口々に『適合体8番が……、』と言って、慌てている様子だ。
適合体8番と言うのは、資料を思い出すにカイヤの前の実験成功者だったはずだ。まだ解体はされておらず、この施設に監禁されていると資料に記されていた。この研究員たちの反応から見て、その適合体8番に何らかの異常が発生したのだろう。
少し興味が湧いてしまうが……さっき言った通り今は無駄なことを考えるべきではない。無心……無心……
「フォスさん!確か、近道はこっちだったはずです!」
ダイヤはそう言って、クリスタの残していた魔力線の方向とは違う道を指さす。
実はダイヤは短時間のうちに、頭に資料室に置いてあった地図をインプットしていたらしい。僕もちらっとは見ていたが、写真記憶のような能力がないため僕にはさっぱりだ。
僕の覚えている範囲の拙い記憶ではあるが、この施設はわざと迷路のように作られているらしく、僕らはこの実験場まで遠回りをして来ていたらしい。
だがある道を通ったりすると、トラップやら自動魔術装置やらが発動するらしく、無傷で最奥まで来れたのも儲けものであった。
「了解!グリフォンとかが追って来ても困るし急ごうか。」
「はい!」
見慣れない廊下を走っていると、少し雰囲気の変わった場所に出た。両脇の壁の代わりに鉄格子が並んでおり、中には首輪の付けられた少年少女が見受けられる。ここで実験に使う奴隷たちを住まわせているらしい。
きっとここにいる彼ら彼女らも、数日後には実験対象としてあの怪しい注射を打たれることになっているのだろう。許せないし、やるせない話だ。
すぐにでもこの鉄格子を壊してこの子たちを救出してあげたいが、かかる手間暇を考えるとそう言う訳にはいかない。
僕らが資料をギルドに提出することで実験が無くなり、結果的に生きていられるようになることを願うしかないのだ。ここは目をつむることにしよう。
数十秒…廊下を走っていると、ようやく奴隷のエリアを過ぎた。何もない真っ白の廊下に出ることになる。研究室が並んでいた行きで使った廊下のような正規の通り道と言うよりかは、奴隷を運んでくるための非常廊下と言ったところだろうか。
そう思ってそのまま廊下を走り抜けていると、いきなり見覚えのある男が一人……
廊下の先から現れた。
その姿は何と……、グリフォンであった。
「え!?」「嘘!?」
僕とダイヤは驚きの声をあげながらも、その場に停止する。かなりのスピードを出していたこともあり、転びそうになったダイヤを引っ張って支えた。
彼女は少し恥ずかしそうな顔をしていたが、気持ちを切り替えてバッとグリフォンの方へと向き直る。
「ふむ……、最短距離で来ていると予想しておいて正解だったな。ここで取り逃しでもすれば、私がどれだけ怒られていたことか……、想像すると寒気がする。」
「何で、あなたがここにいるんですか!遠回りにしては早すぎます!」
ダイヤがそう言って睨むと、グリフォンは愉快な表情を見せた。
「なーに、当然だ。この施設は逃亡者などを捕まえられるよう、複雑な構造にしている。そして地図には書いてない道も、もちろん存在する。君たちは最短距離でここまで来たと思っていると思うが、私はその道よりももっと早い道でここまで来ただけだ。」
グリフォンは闇属性の禍々しい魔力を体から溢れ出し始める。
そして一本の漆黒の槍を作り出し、手に取った。
「どうやら、見逃してくれそうにないね。」
剣を鞘から抜いて、構える。
ダイヤも魔法の準備を始める。
「アメトリン様は君たちを仲間に加えても良いとおっしゃってたが、私はその気はさらさらない。君らにはここで敗れ、研究の実験体になってもらおうではないか。」
「残念ながら、それは御免かな。」
「どう主張したところで、君たちに拒否権はない。この圧倒的な力の前では、君たちであろうと相手にならん。」
「圧倒的な力ねえ…もらった注射打って、力を得て…それで強がるとか、恥ずかしくないのか?」
「何だと?」
グリフォンのこめかみにシワが寄ったのが見えた。どうやら僕の言葉に気分を害したらしい。
巌流島で宮本武蔵が決闘を行うとき、わざと遅れていくことによって対戦相手である佐々木小次郎を怒らせ、試合を有利に運んだと言う逸話がある。
怒りと言う感情は、人を冷静でいられなくするものだ。試合前の言葉遊びの時点で、駆け引きは既に始まっている。グリフォンを挑発できたのは、戦いを有利に進めるのに好都合。
ここは、もっと怒らせておきたいものだ。
「他人から与えらた物を、自分の物だと錯覚して粋がるなんて、最高にかっこ悪いって言いたいんだよ。」
「何も持たぬ者に、何を言われても負け犬の遠吠えとしか思えんな。それとも、力を得た私に嫉妬をしているのか?滑稽だな。」
「嫉妬?……そうかもしれない。僕も与えられたチート能力を、我が物顔で使ってこの人生を謳歌したかった。まるでなろう系主人公のように……。けど、どれだけ強かろうとあなたのような者には憧れを抱かない。不思議だね。」
「何を言っているかわからないが憧れを抱けないのは、貴様らがこの実験を理解できない愚か者だからだ。君たちは私に負けて、実験体となれば注射が打たれる。それで適合しようものなら、私のようになれるのだ。悪い話とは思えないのだがな。」
「憧れは抱かないって言ってるだろ、話聞けよ。アメトリンの言葉を借りるなら、そうだな……てやんでぇ、べらぼうめってとこかな。」
「貴様っ……アメトリン様を真似るとは、何たる侮辱。やはりここで貴様ら死ぬべきだ!」
グリフォンは槍を構えると、一気に迫ってきた。
僕はグリフォンの槍による突きを、ステップを踏むように動いてひらひらと躱す。
左脇横を通った槍を見て、右手に持っていた剣で槍をはじく。
するとグリフォンはその衝撃の反動を利用して、槍を回転させると持ち手の部分を右脇腹にあたるように、狙いをすまして振るった。
この槍捌き……
カイヤとの修行をパッと思い出す。
確か…カイヤもグリフォンと全く同じ動きをしていた。そして僕自身がどのようにカウンターしたかも覚えている。
どうやらカイヤとの修行も、案外に役に立つのかもしれない。流石に相手のレベルは違うので、対応は変えないといけないが……。
迫ってくる槍の横薙ぎを、はさみ跳びの要領で躱す。
するとグリフォンの左腕付け根の部分に無防備な隙が生まれる。
腕に風属性の魔力を流し込み、強制的に剣先を返すと、無防備な腕の付け根を思いっきり切る。
するとつけた傷から、真っ赤な血液とどす黒い魔力が溢れ出た。
「ぐぅ!?貴様!」
グリフォンはより怒りを増幅させ、槍先を返して頭に真上から振り下ろしてくる。
流れるようにステップを踏みグリフォンの背後に回ることで、その一撃を躱した。
ズドンと床と槍がぶつかり外した音がするも、グリフォンは素早く降り向いて、背後を取られないように振る舞う。まさに一糸乱れぬ攻防戦。
僕がグリフォンの後ろに回り、グリフォンが向き合ったため……元々僕の後方にいたダイヤが、グリフォンの背後をとったことになる。
ダイヤが攻撃するための完璧すぎるアシスト。僕って実はすごいのかもしれない。
「天の鎖!」
ダイヤがそう叫ぶと、彼女の手の平から光属性の魔力でできたチェーンが飛び出し、グリフォンを拘束した。
チェーンが絡まり、グリフォンの動きが止まる。
その隙を狙い、先ほどつけた傷と同じ場所である、グリフォンの左腕付け根に向けて剣を振るう。怪我をしたとこをわざと狙う、スポーツ漫画なら敵役の発想だ。
汚くはあるが、命の取り合いにそんな戯れ言など…ひとへに風の前の塵の同じだ。
だが、グリフォンは僕が振るった剣に、巻き付いてきたチェーンを丁度的確に当てることで攻撃を防いだ。
金属がぶつかり合う、鈍い音が廊下に響く。
「さっきも見せただろう!この程度で私は止まらん!」
グリフォンはチェーンをいとも簡単に引きちぎり、逆にチェーンを手にとって引っ張って見せた。チェーンはダイヤの手から出ていることもあり、ダイヤは引っ張られてバランスを崩す。
「ふん!」
グリフォンは意気込むと、チェーンを背負い投げするような形で引っ張った。
ダイヤはそのチェーンに引っ張られ、空中に吹き飛ぶ。
そのまま、グリフォンの真上を通って、僕のいる方向に飛んできたのだ。
グリフォンが途中でチェーンを放したことにより、ダイヤは一直線に飛んでくる。
反射的に受け止める体制をとるも、ダイヤを抱きかかえる形で後方にぶっ飛ばされ……壁に背中を打ち付けた。
見るとグリフォンと僕らの間、数十メートルの距離が生まれている。かなりの距離吹っ飛んだらしい。
「いっつぅ……、ダイヤ大丈夫か?」
体の痛みを我慢しつつ、抱きかかえていたダイヤの顔を覗く。気づけばお姫様抱っこになっていた。
「っ…は、はい!すいません!またご迷惑をっ…て、あれ……、あ、ああ…」
ダイヤは涙目であったが、少し恥ずかしそうにもしている。素早くダイヤを降ろして、真っ直ぐ立たせた。僕なんかに抱っこされたら、気持ち悪く感じてもおかしくない。自分で言ってて悲しいけど……。
「ありがとうございます……。」
「ダイヤ、強力な魔法とかあるか?言いたくないけど、けっこうあれ強いよ。何か手段考えないと。」
「は、はい……その……一撃で倒せそうな魔法ならあります。」
「本当か?」
「はい。ですがグリフォンに一撃を与えるほどとなると、それなりに時間がかかります。」
「分かった。僕が君を守って時間を稼ぐから、その魔法の準備してくれるか?」
ダイヤを受け止める衝撃で落としていた剣を拾い、再び構え直す。近くに落ちていたのは不幸中の幸いだ。
「は、はい。」
ダイヤは何故か耳まで赤くしながらも、頷いてくれた。
「自分から挑発して戦ったと言うのに、その形か。真に無様だな。」
グリフォンはそう言って、1歩1歩近づいて来た。
ダイヤの魔法を隠すため、僕はダイヤがグリフォンから見えないような位置に立った。ここから魔法準備のための時間稼ぎが必要となる。僕一人でできるかは分からないが、言ってしまった以上やるしかないだろう。
「グリフォン、一回落ち着かないか?焦っても何も良いことはないからさ。」
「ははは、焦り?私は至って冷静だが。」
「いや、冷静じゃないように僕からは見える。ほら、靴紐がほどけているよ。」
「そんな小細工が私に通用するとでも思っているのか?焦っているのは、君だろ、フォス。」
「何のことやら。」
「私に怯えているのだろう?分かるよ。その剣で私と相対して気付いたのだ。だから私を恐れている。ほら、君が頑張ってつけた傷もこの通り、もう治った。」
グリフォンはそう言って、不気味な笑みを浮かべた。
傷をつけたはずの脇腹を見ると、彼の言った通りすでに塞がっている。勝負を決するほどの大きな傷をつけた訳ではないが、それでも簡単には治らない一撃だったはずだ。回復魔法を使ったような痕跡もないし、彼自身の回復能力と言うところか。恐ろしいものだ。
「さて……おしゃべりもしまいだ。ここで決着を付けさせてもらう!」
グリフォンは勢いよく駆け出し、僕らに迫ってきた。彼の薙ぎ払いの一撃を、剣で何とか凌いだ。重く鋭い一撃。少しでも流す魔力量を下げれば、手元から剣が飛んでいきそうだ。
彼の莫大な魔力故に成しえる威力だろう。ただこれでもまだ、本気を出していないはずだ。
彼が魔力をフルで使ったのならば、僕は今の一撃を受けきれずすでに死んでいた。僕なんかに本気を出すまでもないと思っているのか、はたまた魔力を使いこなせていないのか……。
どうにか膝蹴りを繰り出すも、グリフォンはバックステップの最小の動きで難なくかわし、槍を構い直す。僕も小さく呼吸を整え、剣を構え直した。
「その程度の蹴りで私に勝てるとでも?それとも恐怖の感情が強すぎて日酔ったのか?」
「日酔っているのはあなただろ。その程度の蹴りと一蹴するなら、避けないべきだと僕は思うけど。」
「念には念をだよ。冒険者なら当然の心構えだ。シルフギルドの冒険者にもなって知らないのか?」
「あなたが冒険者を語るんじゃない、裏切り者が。」
前足を踏み出して、力強く剣を上から下に振り下ろす。グリフォンはその攻撃を槍先に当てて受け流すと、槍をクルクルと回して持ち直し、流れるようにそのまま僕に向けて突きを放った。
槍の突きは攻撃範囲が点であり、極端に狭い。だからこそ横に逸れてかわしたいところだが、そうしてしまうとダイヤにその攻撃が行ってしまう。ただ攻撃を受けきるというのも、威力の点から得策ではない。よってここで僕がとる行動は、弾くのみだ。
振り下げた剣の刃先をクルりと返して、勢いよく振り上げグリフォンの突きを弾く。彼の突き攻撃を防ぐことに無事成功した。
このとき、グリフォンの目線は僕の体に釘付けになる。剣を振り上げたせいで、僕の胴ががら空きなのだ。彼ならばこの隙を逃すわけにはいかないと、僕が剣を構え直す前に無理やりでも追撃を加えようとするはずだ。
だが……これは僕のまいた、ささやかな罠。
案の定無理やり姿勢を崩してでも、追撃しようとするグリフォンの姿がそこにはあった。
そのときを見計らって僕は足元から魔方陣を展開し、土の槍を発射する。
グリフォンはその攻撃に気付くも、すでに避けれられる体制ではなかった。
これまで僕は彼の前で土属性の魔法は使ったことが無い。逆に風魔法を彼を拘束するときに使ったことで、彼はすっかり僕が風属性の魔力使いと錯覚していたはず。
だからこそ足下から土を扱った魔法の警戒が、足りていなかったのだ。
まさか僕が稀に見る、二属性の魔力使いだとは思わなかったことだろう。
グリフォンの体にグッサリと槍が突き刺さり、大きく怯んだ。
「ぐぉっ……。」
グリフォンが小さく声を漏らす。回復能力が高いとしても、痛みはしっかり感じるようだ。この大きな隙を逃す手は無い。
振り上げていた剣を、再び魔力を大量に流しながら振り下ろす。グリフォンは何とか槍を構え直して一撃を受けるも、姿勢が十分じゃなかったようで、大きく床を滑るように後方に弾き飛ばされた。彼との間に、再び数メートルの距離が生まれる。
「貴様!属性を隠していたのか!卑怯な手を使うとは…シルフギルドが聞いて呆れる。」
「あなたが言うと、ギャグか何かに聞こえるな。逆にあなたがやっていることが何なのか、教えてあげようか?それはね、ドーピングって言うんだ!」
僕は剣を持ち換えて腰から瞬時に短剣を抜くと、グリフォンに向かって、野球選手のピッチャーのように整った姿勢で投げつけた。
風属性の魔力を大量に込められた短剣は、弾丸のようなスピードでグリフォンに真っ直ぐ飛んで行く。
「く、この程度っ……。」
グリフォンは痛みを我慢しながら、闇属性の魔力でできた壁を瞬時に作り出す。
だが僕が投げた剣の威力はすさまじく、グリフォンが生み出した壁を割って、彼のシックスパックのお腹に突き刺さった。
「ぐっ!貴様、許さん!」
グリフォンはおなかに刺さった短剣を引き抜き、殺気を放ちながら僕を睨む。そして、槍を構え直し再び距離を詰めようと、走り出した。
だが……もう遅い。
僕は、その場から素早く横にそれた。
「ダイヤお願い!」
「フォスさん!ありがとうございます!」
僕が横に逸れたことにより、グリフォンの視界に大量の魔方陣とそれに包まれたダイヤの姿が露わになる。
「き、貴様、なんだその魔法は!」
グリフォンは走ってダイヤを止めようとするが、距離が離れていて届かない。
ダイヤは、地面と周りの空間に数十個の魔方陣を展開していた。
光属性の魔力が流れており、全ての魔方陣が明るく光る。彼女の姿がまるで日光が降り注いでいるのかと思うほど、激しく輝いた。
神々しいその姿はまさに、天使と言っても過言ではない。
「これはシスターダイヤの名の下に神の神罰を与えし一矢の灯火。天に従う我らを脅かし存在を、我が弓をもってこの世になさざん者とならざんと。」
彼女の言霊と魔方陣がリンクし、さらにその輝きは増す。もう彼女を直視することすら難しい。
展開していた全ての魔方陣が回転し始め、光でできたかのよう眩い弓矢が顕現する。
ダイヤはギッとその弓を一気に引いた。
「天の光咆!」
ダイヤが叫んで矢を放った瞬間、一筋の光が一瞬で光線のように放たれる。
その閃光は迫ってきていた、グリフォンの体を瞬時に貫通した。
閃光に遅れるようにして、爆風が吹き起こる。床が抉れ瓦礫や土埃が舞い上がり、僕は咄嗟に身をかがめながら目を塞いだ。耳がはちきれんばかりの轟音が鳴り響く。
想像を絶する強力な魔法。僕が時間を稼いだとは言え、この威力を数秒間で完成させるなんて人間の技じゃない。エルフは魔力の扱いに長けていると聞いたことがあるが、それ故なのだろうか?それとも彼女の才能か…はたまた研究努力の賜物か。
数秒間、僕は何もできずに、そのままじっとしていた。
静寂になり余韻も冷めやらぬまま目を開けると……、矢が通った後の廊下は大きな蛇でも通ったかと思うほど、大きく抉れていた。
グリフォンは廊下奥の遠くの壁に、大の字でめり込んでいるのが見える。あの威力の攻撃、普通に考えて体が木っ端みじんになってもおかしくない。だが彼の体はボロボロだが、四肢欠損無く残っていた。
「はぁ、はぁ、やりましたか?」
ダイヤは激しく息切れをして、膝に手をついていた。あのレベルの魔法を放ったのだ、無理もない。
だが……
「ダイヤ、それフラグ……。」
そう僕が言葉を口にしてダイヤを見た瞬間、悪寒のようなものが体全身を走った。殺気などの感覚ではなく、幽霊にでもあったかのような尋常ではない身から震える恐怖の感覚。
そしてボロボロになったはずのグリフォンから感じる、膨大な魔力の気配。
バっとグリフォンを見ると、彼の体から大量の真っ黒な煙が吹き出した。数秒でグリフォンの体が見えなくなるほどの大量の煙。感覚からしてそれは魔力なのだ。闇属性の魔力。
その魔力はグリフォンの体を覆うように、へばりつくように噴出し続けている。
気付いた頃には煙は形を変え、漆黒の甲冑のような姿に変貌していた。日本風の兜のような鎧では無く、西洋風の顔まで完全に隠れる鎧。
グリフォンの姿は上半身裸の若干変態のような姿から、真っ黒の鎧に身を包んだ姿へと変貌を遂げたのだ。煙も鎧の隙間から出続けおり、鎧に吸収されるようにして消え続けている。
何十メートルも離れていると言うのに、圧倒的な気配と威圧感。
体が勝手に硬直してしまう。
「*#^#^*#*#*^}**#!!!!!!!!!」
グリフォンは聞いたことない、何かをしゃべった。テレビの砂嵐のような音で、上手く聞き取れない。だがそれでも何かの言語であることは何となく分かった。寒気がするような、気分が悪くなるような不快な音だ。
その奇妙な音を発したかと思った瞬間、目を疑うほどの量の魔方陣がグリフォンを中心として発生した。それも一つ一つの魔方陣は見たことが無いほどに複雑、もはや人が扱える範囲を超えている。
その魔方陣は全て一つの魔方陣に組み合わさっていき、そうして一つとなった魔方陣の中心が僕らを向いた。
禍々しい膨大な魔力が全て魔方陣の中心に集まり、回転し始める。
これはマズい!そうすぐに直感で分かった。明らかに魔法の成立が早く、威力も異次元だ。
避けられなければ僕とダイヤは間違いなく死ぬ。だが走って逃げたりすような隙を与える時間は既に残ってはいない。
あまりの事態に理解が追いついてはいないがこうなった以上、僕がとれる行動は一つだ。
僕は焦るように地面を踏み出して、ダイヤに覆いかぶさった。
あまり褒められる行為でないことは分かっているが、命には代えられない。
「え!?フォスさん!?」
ダイヤは僕の意味不明な行動に、理解がついて行っていなかった。僕もここまで大胆な行動が出来てしまったことに驚いている。
彼女はそのまま僕に押し倒されるような形で、地面に倒れた。
僕は彼女を床ドンするような姿勢で、床に手をつく。床はダイヤの魔法の影響で、めくれ上がり地面が露出していた。その土に触れ、大量の魔力を流し込む。
間に合ってくれ!
そう願いながら、土を流動させて地面を沈下させた。僕とダイヤをそのままの姿勢で地平より下げ、床の高さより僕の体が低くなるような姿勢をとる。グリフォンから見れば僕とダイヤの姿は地面に沈んで、見えなくなったはずだ。
その瞬間……、
彼の魔方陣から、廊下を飲み込むようなビームが飛んだ。
空気が震え、人など一瞬で屑にしてしまうのではないかと思うほどの威力。突風が吹き、髪が激しくバタついた。頭上すれすれを飛んだため、生きた心地がしない。見てはいないので詳しくは分からないが、気配と衝撃でほぼ予想はついた。
だが……一応、間に合いはしたらしい。生きているのがその証拠だ。
ダイヤには悪いことをしたとは思うが、こうしなければ間違いなく二人であの世行きだったことだろう。そう思ってダイヤを見ると、彼女はポカンと口を開けていた。
「あれ、私たち今死にました?」
ダイヤは真上をビームが通り過ぎた瞬間を直視したために、現実を受け止め切れていないのだろう。声は震え、恐怖を感じていることも伺える。
それ故なのかぎゅっとさらに力強く抱きしめてきた。ちょっと苦しい。
「いや、生きてるよ。けど……あと数分後に生きているかは保証できないかな」
僕はそう言って、苦笑いする。
僕とダイヤはそのとき、死と言う概念を目の当たりにしてしまったのだ。
ご精読感謝申し上げます。
評価、感想頂けると幸いです。