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ある海賊の夜明け 8

■8


 ジンライというのは神であり、異星由来の知性体でもある。


 神と人間との関わりは古代の地球にまで遡るが、直近で済ませるなら、やはり宇宙戦争時代がきっかけになるだろう。


 その当時人間は宇宙進出を順調に進めていた。


 人類のゆりかごである地球、太陽系だけではなく、長距離航行が可能な宇宙船が開発されると他星系にまで足を伸ばし、宇宙における人類の生存圏は着実に、そして急速に広まりつつあった。


 それに待ったをかけたのが、その当時すでに宇宙の広い範囲に進出していた異星人だった。


 人類と異星人の生存圏が重なったとき、ほとんど必然的に戦争が勃発したが、当初人類は圧倒的に不利だった。科学技術は異星人のほうが発達しており、また宇宙進出も人類より早かったから、宇宙での戦い方、生き方というものを相手はよく理解していたのだ。


 このままでは人類は宇宙進出どころか地球すら失うかもしれないというとき、神が現れた。


 彼らの呼び方は様々あるが、一部の人間たちはそれをジンライと呼び、ともに戦った。


 神がなぜ人類に味方したのかはよくわかっていないが、ともかく都合よく現れた神の加勢もあって人類は異星人に打ち勝ち、今日の宇宙時代が到来した、というわけだ。


 ミルもその歴史については学んでいて、さらにスヴェトラの王族は直接ジンライとともに戦った英雄だとも教わった。自分たちはその末裔なのだ、と。それを証明するのが、過去の王たちとジンライがともに眠るジンライ陵だった。


 天井に風穴を開けられたそのジンライ陵は、とてつもなく広い地下空間だった。


 どれほど広いかはミルにもわからない。


 本当なら年に一度の儀式でしか訪れない場所で、そのときもちいさな蝋燭しか明かりは持ち込まなかった。


 いまこうして天井に穴が開き、光が差し込むようになって、ようやくここが広い空間だったと知ったくらいだ──暗闇で墓参りをしていたときも音の反響などである程度広い空間だろうとは思っていたが、実際のその空間は、王宮そのものがすっぽり入ってしまうほどに巨大だった。


 天井の穴から地面までも数十メートルはある。思えば王宮からここへつながる道も常に下り坂だった。


 下りるためのロープはアスターがどこからか調達してきた。まずはアスターが自分の体にロープを巻きつけ、反対を重機に固定し、するすると器用に下りていった。無事到着すると、今度はピルカとミルがふたり同時に降りる。ミルはピルカに抱かれるように体を預け、ピルカは両腕と足で絶妙にロープをコントロールしながら難なく穴の底へ降り立つ。


「ここがジンライ陵か。やっぱり陰気な場所だな」


 ピルカはロープをほどき、すんすんと鼻を鳴らした。


「かびくさいな──死体の匂いはしねーけど」

「そりゃ、死体の匂いがしたら地獄だろ。密封された地下空間だぜ。ま、いまは風穴が開いたけど……ミル、ここがジンライ陵で間違いないんだな?」


 ミルはこくりとうなずいた。


 土がむき出しになっている地面。そこにいくつもの土の柱が立っている。その柱こそ、過去の王族の墓だ。そしてそのうちのひとつは建国当時、つまりこの星の開拓当時に存在していたジンライの墓でもある。


 おそらく穴を開けるときにいくつかの墓は崩れてしまっただろう。ミルは思わずその場に膝をつき、祈りを捧げた。お許しください──これもすべては復讐のためなのです。


「神の墓、ね」とピルカ。「神も死ぬわけだ」

「死ぬというより、消えるというほうが正しいわ。ジンライは肉体があるわけじゃないから」

「精神だけで生きてるのか? そりゃまた地獄みたいな話だな。体がなきゃ、なんにもできねーぜ。飯も食わねーし」

「食べなくてもいいのよ。その必要がない」

「ふーん。あたしには理解できねーな」

「ま、女海賊にはね」とアスター。「そもそも、よくスヴェトラに捕まってたな。海賊はだいたい宇宙警察機構に身柄を引き渡されるはずだけど。なにをして捕まったんだ? 密輸でも失敗したのか?」

「そんな間抜けじゃねーよ。船でこの近くを渡ってたんだ。スヴェトラには興味もねーし。そしたら突然、爆発した」

「頭がか?」

「船だよ、ばーか」

「整備不良か。エンジンの暴走とメルトダウンか?」

「そんなわけねーけど……原因はわかんねーままだ。とにかく、突然船が爆発したんだ。船っていうより、船の近くの空間だな。重力分布が妙だと思ったら、次の瞬間には船はばらばらになってた。あたしがいたところは偶然気密が破れなかった」

「ふうん……それでスヴェトラの軍か警察に救助されたのか。そしたら海賊だったもんで、引き渡しまでのあいだこの国で身柄を拘束されてた、と……それがちょうどクーデターと重なって、ミルが逃げ出して、牢屋にいたピルカと出会った、か。なんだか作り話みたいだな。なにもかも都合がいい」

「なんだよ。あたしが嘘ついてるって言いたいのか?」

「そうじゃない。そうじゃなくて──なんとなく悪意を感じるってだけだ。きみの悪意じゃなくて、ね。まったく別の悪意を──まあいい。とりあえず王宮へ行こう。これだけでかい騒ぎを起こしたんだ。王宮もばたばたしてて、王宮内の警備が手薄になってる可能性もある。ミル、覚悟はいいか?」


 アスターに確認されるまでもなく、とっくに覚悟はできていた。


 家族を殺された恨みだ。


 ミシマを、殺す。


「これをやるよ」


 ぽいと、ピルカがなにかを投げた。


 ミルは不器用に受け取り、どきりと心臓が跳ねるのを感じる。


 ピルカが投げたのは銃だった。何百年も前から変わっていないような、旧式の銃。相変わらず鉛の玉を撃ち出すもの。しかしひとをひとり殺すためにこれ以上に効率的な武器はいまだに開発されていない。


 ミルはもちろん、銃など扱ったことがなかった。


 ただ、銃口を相手に向け、引き金を引けばいい、ということくらいはわかる。


「反動はほとんどねーよ。でもまあ、初心者が一発で当てられるもんでもねーから、相手を殺したいときはとにかく撃ちまくれ。一発くらいは当たる。それで即死はさせられなくても、相手の動きが鈍れば落ち着いて狙いを定められる。初心者は頭じゃなくて体の中心、心臓を狙え。外れてもどっかには当たるかもしんねーからな」


 ミルはうなずき、その銃をしっかり両手で抱えた。


 ひとを殺す武器だ。それ以外にはなんの用途もない、文字どおりの兵器。ずしりと重たい。罪の重みだ、などとロマンチックに考える余裕も、いまのミルにはなかった。


「あっちが王宮だな──いくぞ、ふたりとも」


 アスターが先頭で歩き出した。ミルとピルカがそれに続く。


 ジンライ陵。神さま。どうかわたしをお守りください。わたしたちを。この復讐が成し遂げられるまで。


 穿たれた穴から離れていくと、とたんに足元もわからないほど暗くなる。


 先頭を行くアスターはすり足のように足元を確かめながら進み、やがて壁にたどり着いた。そこから手探りし、なんとか通路の入り口を見つける。人間がすれ違うこともできないほど細い通路。アスター、ミル、ピルカの順で、上り傾斜を進んでいく。


「まるで産道だな」とアスター。「そういう意味もあるんだろう。生まれ変わる、だ。あるいは世界を隔ててるのかな。あの世とこの世。なんにせよ、宗教的な場所だ」

「あんたは神を信じてるのか?」後ろから、ピルカ。「そうは見えねーけど」

「まあまあってとこ。都合がいいときは信じる。都合が悪いときは信じない」

「便利な神だな」

「使えるもんはなんでも使う。神でも。それがおれの主義だ。ミルは信じてるんだろう」

「信じるもなにも、ジンライは存在するもの。ちゃんと歴史の教科書に書いてあるわ」

「古い時代は存在したさ。いまは、いない。いないってことになってる」

「姿を消しているだけ。ジンライはどこにでもいて、あらゆる力を持っているけど、行使しない」

「ふうむ。そうあってほしいもんだけどな」


 それきり会話は途切れた。


 ふとミルはふしぎな気持ちになる──自分は王女で、ピルカは女海賊。アスターは運び屋だ。まったくちがう身分で、育った場所もまったくちがうのに、なぜかいま三人で揃って命がけの計画を進めている。


 仲間、といってもいい。ほかのふたりがどう思っているかはわからないが。


 ピルカは自由のため、アスターは金のために同行してくれているわけだが、それでも──ふたりがいなければ再びスヴェトラへ戻ってくることもできなかっただろう。まるでジンライが導いてくれたかのようだった。このふたりと共に復讐を達成せよ、と。


 ミルはしっかり両手で持った銃の存在を改めて意識した。


 復讐は必ず成し遂げなければならない。


 でもそのあとは?


 王女として再びこの王宮に君臨する自分の姿は、想像できない。


 それよりむしろ──。


「あいてっ」


 アスターが急に立ち止まる。ミルもその背中にぶつかり、ピルカはぶつかる前に立ち止まった。


「壁──いや、扉だ」

「向こうは王宮よ」


 意識せず、ミルは声をひそめた。


「扉の向こうは階段がある。そこを上がったらもうひとつ扉があって、その向こうは一階の廊下」

「ミシマがどこにいるかはわかるか?」

「お父さまの執務室なら三階にある。でも別の部屋を使ってたら、ひとつずつ探してみるしかないわ」

「だれにも見つからず、か。透明人間にでもならないかぎりはむずかしいだろうな。手当たり次第は最終手段だ。可能性が高いところからいこう。三階の執務室だな。外へ出た瞬間に警備兵と鉢合わせする可能性もある。覚悟だけはしとけよ──開けるぞ」


 アスターは体全体を使うようにして扉を押し開けた。


 その向こうにある空間は、はじめは暗闇だった。しかしアスターが一歩踏み出すと人感センサーで照明が灯る。三人は暗闇に慣れた目を細め、しばらく立ち止まって順応したあと、王宮に入った。


 ミルの記憶どおり、数メートルの平坦な通路の向こうは階段だった。


 階段を上り、また扉。アスターはノブに手をかけ、ちらりと後ろを振り返ったあと、慎重に扉を押し開ける。


 通路に顔を出し、だれもいないことを確認して、すべるように扉のあいだを抜けた。ミルとピルカもそれを真似る。ミルはしっかりと銃を握りしめ、王宮の、幼いころから住んでいる自分の家の廊下を見回した。


 赤じゅうたんと、絵が飾られた壁。


 幼いころによくこの廊下を走り回った記憶がふいに蘇る。


 しかしいまこの王宮に立ち込めているのは家族の温かな雰囲気ではなく、触れると感電しそうな、息が詰まるような緊張感だった。


 兵士は見当たらない。アスターはミルを見た。王宮内部を案内できるのはミルしかいない。ミルはうなずき、先頭に立って、ひとまず三階の執務室を目指した。

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