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ある海賊の夜明け 4

■4


 アスターは、警邏隊の高速機動可能な戦闘機の接近を認めなかった。


 もっとも危険なのは、向こうが問答無用で攻撃してくることだ。そうなったらこちらとしては手も足も出せないまま、やられる。死ぬ。船は爆発、運よくその瞬間を生き延びても絶対零度の宇宙に放り出されておしまい。


 アスターが求めたのは、ひとり乗りの脱出ポットだった。


 脱出ポットといってもある程度の自律運転はできる。もちろん武装はない。それで責任者がこの船に乗り込み、そのまま地上へ下りる、というのがアスターの作戦だった。


 向こうの責任者が船にいれば攻撃も受けにくいだろうとは思うが、実際問題、それがどれくらい効果的かはわからない。案外向こうは気にせず攻撃してくるかもしれない。なにしろ王族を皆殺しにするような連中だった。どんな非道な手を使ってもおかしくないとは思うが、これ以上に安全な形で船を地上に下ろす方法は見つからなかった。


 約束どおり、向こうは常に位置情報を提示しながら近づき、脱出ポットを放った。


 その様子はアスターも船の操縦席で見ていた。


 脱出ポットは計算通りアスターの船、ヒナギク号に到着し、へばりつく。それを待ってヒナギク号のハッチが開き、脱出ポットは昆虫を思わせる動きでハッチのなかへ。ハッチが閉じ、酸素が入り、気圧が安定する。アスターも操縦室から倉庫へと向かい、そこで脱出ポットで単身乗り込んできた兵士を出迎えた。


「ようこそ、わがヒナギク号へ」


 脱出ポットから下りてきたのは、五十すこし前くらいの男だった。


 すらりとした長身で、兵士というよりはインテリのような雰囲気。先ほど通信した相手、名前はたしかシラキ。シラキ中尉は落ち着いた表情で倉庫のなかをぐるりと見回した。


「それほど広い船じゃないが、操縦室に案内しよう。それとも先に人質を見るかい?」

「……そうだな。先にそちらを確認したい」

「ではこちらへ」


 第一倉庫を出て、そのとなりの第二倉庫へ。シラキも後ろをついてきた。


 第二倉庫の扉を開けたところでアスターはくるりと踵を返す。


「なかには入るな。ここからでも充分見える。正式な受け渡しは地上で、おれが報酬を受け取ってから、だ」

「わかっている」


 軍の、それなりの地位にいる相手だというのは間違いない。


 シラキは落ち着いた様子で倉庫のなかを覗き込んだ。


 それほど広くはない倉庫で、ほかに物も置いていないから、入り口から覗くだけで倉庫のなかを一望できる。


 がらんとした倉庫の真ん中にはロープで縛られたふたりの人間。ミルとピルカ。シラキはそれをしっかりと見つめた。


「本物、だろうな?」

「あとでしっかり確かめてみるといい」


 ふたりとも目隠しをつけていて、こちらの声にも反応はしなかった。


 ふむ、とシラキはちいさくうなずき、入り口から離れる。アスターはそのままシラキを連れて操縦室に戻り、自分は操縦席へ、シラキはその後ろにある補助席に座らせ、メインエンジンを点火。


「航路は指示に従ってくれ」と後ろから、シラキ。「その航路を守るかぎり、この船が攻撃されることはない」

「わかってるさ。あんたも大変だね、シラキ中尉。軍人はいつだって大変だ」

「きみも元軍人だそうだが──アスター・シンボリス」

「有名人みたいだな、おれも」


 実際はこの時間を使ってファイルを調べたのだろうが。その気になれば経歴などいくらでも追える。


「おれは軍から逃げ出したんだ。脱走兵さ。軍が嫌になってね」

「そうかな。記録では、きみは軍の仲間を殺し、そのまま逃げたということになっている」

「そんな記録が? だったらおれは全宇宙に指名手配されてると思うがね」

「記録上は事故だ。しかし責任者でもなかったきみが軍を追放されている。状況を考えれば、同僚の死にきみが関わっていた可能性は高い。それも公にできない形で」

「おれが同僚殺しだとしたら? そんなやつは信用ならない、か」

「どのみち、信用はしない。これは取引だ。双方に利益がある。信用、信頼は、一方的に利益を与えてくれると信じることだ。私はそれほどお人よしではない」

「なるほど。わかりやすくていい。おれはあんたを信用するけどね。悪いやつじゃなさそうだ。どっかのえらそうな大尉とはちがって」


 シラキはなにも答えなかった。


 アスターは誘導航路をオートパイロットに任せ、腕を組み、目を閉じ、鼻歌を唄う。


 ここから地上へ到着するまで、とくにやることはない。


 すでに引き返すこともできないし、打てる手もなかった。


 強いて言えば、うまくいくことを祈るだけだ。そんな祈りに応えてくれる神がいるとすれば、だが。



     *



 ミルは祈っていた。


 祖国スヴェトラの神、ジンライに。


 スヴェトラの王族は、元はといえば開拓民だった。肉体を持たない異星人であるジンライと協力し、なにもなかったスヴェトラを切り開いたのだ。ジンライは神となり、いまもひとびとを見守り、正しいほうへ導いてくれる。ミルはそう信じ、正義がなされるようにと祈った。


 一方でピルカは女海賊らしく神など信じておらず、ほかに祈る対象もなかった。


 ピルカが信じているのは、力だ。


 それも物理的な力。


 たとえば力にもいろいろな種類がある。


 信仰の力もそうだし、政治力もあるだろう。


 しかしそれらの力は限られた場面でしか有効ではない。


 一方で物理的な力、強さは、どんな場面でも有効になる。


 目の前にいる人間を殴りつけたいとき、政治力を使ってもできるだろうが、自分の拳を使ったほうが早い。すくなくともピルカはそう信じている。言ってみれば「強さ」を信仰しているのだ。


「……あの男は本当に信用できると思う?」


 ミルがぽつりと言った。


 ふん、とピルカは鼻を鳴らす。


「あたしを信用する程度にはできるんじゃねーの。そもそもあたしだって海賊だし。あんたとの約束は守るけど、死んでも、とは言わない。死ぬくらいなら約束を破る」

「……あなたには感謝してるわ、ピルカ。あなたがいなかったら、スヴェトラから逃げ出すこともできなかった。いまごろお父さまやお母さまと同じように殺されていたはず」

「そのほうが幸せだったかもよ。あっさり殺されるよりつらいことなんてこの世のなかにはいくらでもあるぜ。拷問とか」

「わたしを拷問しても仕方ないでしょう。隠しているものなんか、なにもないんだから」

「ま、そりゃそうだ。だからミシマとかいうやつもあっさり殺そうとしてるんだろうな。逆にあたしやアスターは拷問されるかもな。王女はどこだって。そうなったらあたしもアスターもあっさり言うだろうけど」

「ええ、そうして。わたしのせいで傷つけたくない」

「……ったく、冗談が通じねーやつ」


 まあ、王女としてまじめに育ってきたのだ。およそまじめとは言い難い人生を送ってきた自分とはまったくちがう種類の生き物だと思ったほうがいい、とピルカはひとりで納得する。


 同じ人間でも、育ちによっていろいろな人生がある。


 宇宙は広い。ひとりとして自分と同じ人間はいない。


 船の振動を感じる。メインエンジンが動いているのだ。作戦がうまくいっているのか、それともなにか予期せぬことが起こっているのかは、ピルカやミルの立場ではわからなかった。無事地上に下り、日の目を見るまでは──いや、そうなってからが本当の意味では危険なのだ。国中の兵士が追いかけてくる。それも生け捕りなどという生ぬるい方法ではなく、最初から殺すつもりで、くる。


 ピルカは目を閉じた。


 やることがないときは寝るにかぎる。


 ちらりと薄目を開け、ミルを確認すると、ミルはまだ祈っているようだった。


 神は祈りを聞き入れるだろうか。そうだとしても代償が必要だろう。おまえの魂をよこせ、とか。それじゃあ悪魔だな。ピルカはひとりでくつくつと笑い、そして眠りに落ちた。

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