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ある海賊の夜明け 3

■3


 軍の指示系統ははっきりしている。


 上から下へ、だ。


 その逆は、間違ってもない。


 つまり上からの指示は絶対であり、ある命令に対して下々の兵士が「その命令はどういう意味で、どういう意図で出されたものですか?」などと質問することもあり得ない。命令に対する返事はただひとつ、「了解しました」。


 ただ、王族の扱いはどうか、というところがむずかしい。


 スヴェトラ軍の正式名称は王立スヴェトラ自衛軍である。


 一般的にはスヴェトラ軍としか呼ばれないし、自分たちでもそのように意識しているが、本来的には軍の上には王族がある。王族が作った軍、というわけだ。


 ということは指示系統の頂点はときの国王であり、言い方を変えればスヴェトラ軍はスヴェトラの王に仕える軍なのだが──その軍がクーデターを起こし、王族をすべて殺害したのだという。


 そのニュースはまたたく間にスヴェトラ全土に駆け巡り、首都以外に暮らしている人間たちも大いに驚いたことだろうが、スヴェトラ軍の警邏部隊、通称惑星警備隊のシラキ中尉もまた飛び上がるほど驚いた。


 さらに国民向けに放送された新たな「国王」であるミシマ大尉の演説を見て、もっと驚いた──シラキ中尉とミシマ大尉は学校時代の同期だった。友人とまでは言わないが、会えばちょっとした雑談をするくらいの仲であり、階級は向こうがひとつ上だったがプライベートな場ではそれも意識しなかった。


 そんなミシマ大尉が、いまやクーデターを主導し、国王になっているのだ。


 シラキ中尉は相変わらず警邏部隊で惑星の周回軌道上をぐるぐる回っているが、ミシマは王宮で国王として暮らしている──まったく世のなかなにがあるかわからないものだ。


 そもそもミシマがクーデターを主導したということ自体、シラキには信じられないことだった。


 ミシマは、シラキが知るかぎりではまじめな軍人だった。だから大尉になれた。さほどまじめではないシラキはいまだに中尉止まりだが。すくなくともクーデターを起こすような人間には思えなかったが、まあ人間には様々な側面があり、他人には見せていなかっただけでミシマのなかには強烈な権力に対する欲求があったのかもしれない。


 ただ、クーデターを起こしただけではなく、王族すべてを「国を後退させた」として処刑したのは明らかなやりすぎだった。


 そもそもスヴェトラは王族に対する好感度、忠誠心は、それほど高くない。


 というのも国民と王族は切り離されていて、王族が国民生活に関与することはないし、当然国民が王族に関与することもない。


 一応国王というものは存在するが、一般人からすれば過去の偉人とさほど変わらない程度の関心しかなかった。そんなことよりも自分の毎日が大事、というわけだ。


 そうした国民性ゆえ、クーデターだけならとくに国民の反感を買うこともなかっただろうが、さすがに王族すべてを処刑するというのはショッキングな出来事だった。処刑されてしまった以上もうどうすることもできないが、国民はこのクーデター、強権的な軍部の動きに不信感と不安感を抱いている。それはシラキも軍人として感じていた。


 いま国内はぴりぴりしている。


 軍部は国民の動きを警戒しているし、国民は軍部がまたとんでもないことをしでかすのではないかと恐れている。


 軍人でもありスヴェトラの国民でもあるシラキとしては、どちらの気持ちも理解できるような気がした。


 すくなくともシラキはミシマのやり方には賛成できない。クーデターだけならまだしも、王族を皆殺しにするというのは。ミシマはそんなことをする男ではないはずだった。ミシマになにかあったのか、それともミシマとは別にこのクーデターを主導する人間がいるのか──いずれにせよ、シラキは軍人であり、いまや国のトップとなって名実ともに最終決定権を持つミシマから下りてくる命令には従わざるを得なかった。


「惑星の全面封鎖、か」


 シラキは惑星のもっとも外周、つまりスヴェトラと宇宙との境目で国境線を管理する任務についていた。


 いまは軍のトップからの命令で、あらゆる宇宙船の運行が止まっている。スヴェトラから出ていく宇宙船もないし、入ってくる宇宙船もない。出入国のすべてが禁じられ、要するにシラキはそれを知らずにやってくる宇宙船を門前払いする役目だった。


 一応、スヴェトラのクーデターについては周知されている。


 それでもたまにそうした情報を知らずにやってくる商船や個人の旅行客はいて、シラキはそうした船がくるたびに部下を派遣し、船内を調べ、なにも問題がなければ「現在入国はできない」と追い返している。


 船のなかを一応調べるのは、これも上からの命令がきているからだった。


 部下には伝えていないが、ある程度以上の階級の軍人には直接ミシマから命令が下りていて、曰く──。


「王族のひとり、王女ミルが混乱のなかで処刑を免れて国外へ脱出している。協力者とともに帰国する可能性がある。スヴェトラに無許可で近づく船は徹底的に調査せよ」


 というわけだった。


 シラキは、スヴェトラの第三だったか第四だったかの王女であるミルのことはよく知らない。名前くらいは生活するなかで見聞きするが、正確な年齢や風貌は曖昧だった。それほど王族と一般国民とは離れた生活をしているのだ。


 ミルが逃げ出している、見つけ次第に捕らえよ、という命令は、軍としては理解できる。それと同時にシラキはミルに同情してもいた。親族すべてを殺され、自分もまた命を狙われているミル。


 シラキは、もし自分がミルを見つけたら、そのときはそっと遠い星へ逃げることを勧めようと思っていた。


 軍の命令違反にはなるが、軍の命令以上にまず自分の良心に従わなければならない。


 ミルはおそらく王宮を取り戻しにスヴェトラへ戻ってくるつもりなのだろうが、どんな協力者がいたとしても、そんなことは不可能だ。


 この星へ戻ってくるというのは、文字どおり自殺行為だった。


 ミルはまだ若い。この星でなくても、生きていく場所はいくらでもある。シラキはミルに逃げろと伝えるつもりで、近づく船を徹底的に調査し、ミルを探していた。


 いまのところまだミルは見つかっていない。


 もしかしたら自分でその自殺行為に気づき、もうスヴェトラのことを忘れて生きていく決心を固めたのかもしれない。


 それならそれでいい。そのほうがいいのだ。こんな星には帰ってこないほうが。


「シラキ中尉、通信が入っています」


 警邏隊の基地になっている人工衛星ゴコウの指令室で、シラキはむくりと体を起こした。衛星内は回転運動によって疑似重力を生み出しており、気づくとふてぶてしい姿勢で椅子に座っていたりする。シラキはしっかり椅子に座り直し、それからいつの間にか冷たくなってしまったコーヒーを飲み干して、オペレーターを見た。


「プライベートなものか? そんなわけ、ないよな──基地に連絡してくるはずがない。だれからだ?」

「識別信号はポートランド所属の商船です。ヒナゲシ号、とデータにはあります。どうやら個人の輸送船のようですが──向こうは船長のミスターXと名乗っていて」

「ミスターX? 悪ふざけか。いまそんな暇はないが──」


 しかしクーデターで国境が閉鎖されているなか、わざわざそんな悪ふざけをする人間がいるとは思えない。


「ヒナゲシ号の過去の航行履歴をチェック。私が対応しよう。モニタに繋いでくれ」

「は──出ます」


 いくつかあるモニタのひとつに映像が表示される。


 ミスターXと名乗る相手は、見たところごく平凡な男だった。


 年は三十になるかどうかというくらいで、冴えない、宇宙のどの酒場にもひとりくらいはいそうな雰囲気の男で、しかしその男は映像がつながったことを知るとにやりと笑ってみせた。


『おたくが責任者?』

「警邏隊のシラキ中尉ですが」

『こちら、ミスターX。まあ、調べりゃわかることだけど』


 シラキはちらりとオペレーターを見た。別画面にヒナゲシ号のデータが表示されている。海賊船でもないかぎり、惑星に出入りする船は必ず運行管理局にデータを登録しておかなければならない。それによるとヒナゲシ号のオーナーはアスター・シンボリスとなっていた。この男がオーナーなのか、それとも雇われ船長のたぐいなのかはわからないが──シラキは表情を変えず、言った。


「貴殿の目的をお聞きしたい。責任者を呼び出した目的はなんでしょう」

『スヴェトラの状況はわかってる。とんでもないクーデターの真っ最中だ。ミシマとかいう軍人が王族を皆殺しにして、自分が王になった。だろ?』

「国内の政治情勢について、こちらから答える立場にはない」

『それでいいさ。ニュースはよく見る。でもニュースにはなってないこともある。王族は本当に全員が殺されたのか? ひとりの生き残りもなく?』


 シラキはわずかに指先が緊張するのを感じた。


 この男は、ただのいたずら好きではない。


『おれの行きつけの酒場があるんだが、そこにスヴェトラの軍人がきたんだ。なにをしてるのかと思えば、必死になにかを探してる。それでぴんときた。スヴェトラといやあクーデターの真っ最中。王族はみんな殺された。クーデターの真っ最中なら、軍は国内の統治に必死のはずだ。それなのにほかの惑星まで兵士を派遣してなにかを探してる──そうまでしてなにを探してるのか。ここまで条件が揃えばバカでもわかるさ。王族は皆殺しにされてない。生き残りがいるんだ。で、そいつがうまくスヴェトラから逃げ出した。その生き残りを探してるんだろ?』


 表面上、シラキはなんの反応も示さなかった。


 驚きもしなかったし、納得もせず、ただ相手の出方をじっと窺っていた──むしろその反応が相手にある種の確信を与えたのかもしれない。


『こう見えて、おれは探し物が得意でね。とくに土地勘もない兵士ならどれだけ探しても見つからないようなものも、おれなら見つけられる』

「なにが言いたい?」

『取引がしたい。簡単な話だ。面倒なことはないよ。おれは金がほしい。お恥ずかしい話だが、貧乏でね。酒場にはツケも溜まってる。そろそろ払わないと店から追い出される』

「こちらは金を払って、そちらはなにを差し出す?」

『これだ』


 画面が切り替わる。向こうが映像を操作したのだろう。男の姿が消え、おそらく船内の、がらんとした倉庫のような場所が映し出された。


 その倉庫の中央に、人間がふたり、ロープで縛り上げられていた。


 どちらも女だ。カメラが寄る。ひとりは見知らぬ女だが、もうひとりは──燃えるような赤い髪。直接その顔を見たことはないが、間違いない。


 スヴェトラの王女、ミルだった。


 画面がまた切り替わり、男の姿が戻ってくる。


『おれが捕まえて、縛り上げてある。大丈夫だ、手荒な真似はなにもしてない。おれにだって王族を敬う気持ちはあるさ。ま、スヴェトラには一度も入ったことはないし、王族を敬う気持ちがないのはおたくらだろうけど──王女ミルと、それに協力してた女海賊のピルカだ。おれも実はこのふたりに協力するふりをして近づいて、縛り上げてやった。もちろん生け捕りだ。おたくらの探し物と金を交換したい』

「そのような案件をこちらだけで判断することはできない。協議する時間がほしい」

『いいだろう。いまから宇宙標準時で一時間だ。それを一分でも超えたら、王女がまだ生き残ってることを全宇宙のマスコミに流す。そうすりゃ世界中のマスコミがこの王女を守ることになるだろう。暗殺もむずかしいと思うね。ちなみに要求する金は、そうだな、王族の護衛艦があるだろう、その倉庫に入るだけ金銀財宝を詰め込め。もちろん燃料も。おれはその護衛艦を拝借して帰る。以上、通信終わり』


 通信は一方的に切られた。


 シラキはオペレーターに視線を向ける。


「発信場所の特定は?」

「いくつかの基地局をわざと経由させたようですが、元をたどりました。公海ぎりぎりの近宇宙です──どうします、シラキ中尉? ここへ兵士を向けますか?」


 無論、軍としてはしがない男の要求に従う理由などなにもない。


 一時間という猶予を得られたのは幸いだ。それだけの時間があればこの男の船がある海域までいける。そこでその男ごと、船を沈めてしまえばよい。元々ミシマはミルを殺すつもりなのだ。あえて取引に応じる理由はどこにもない──が、シラキは兵士を差し向けようとは思っていなかった。


「ミシマ大尉……いや、国王に連絡を取りたい。可能だろうか?」

「は──王宮を呼び出すことは可能だと思いますが」

「やってくれ。私が対応する」


 オペレーターは忠実だった。すぐ王宮を呼び出し、向こうのオペレーターが出る。シラキは階級と通信の目的を告げ、ミシマ大尉と直接話がしたい、と申し出た。


 おそらくは無理だろうと思ったが、しばらく待たされたあとに出てきたのは、昔からよく知っているミシマの顔だった。


「ミシマ──」


 クーデターを起こしてからミシマの顔を見るのはこれがはじめてだった。


 表面上なにも変わりないミシマの姿にシラキは顔をしかめ、それから言った。


「シラキ中尉です、陛下」

『陛下、はいい』とミシマ。『おれとおまえの仲だ。そうだろ、シラキ?』

「ふむ──では、いままでどおりミシマと呼ばせてもらう」


 聞きたいこと、問いただしたいことはいくつもあったが、いまはそれをやっているときではない。シラキは手短に事情を説明し、言った。


「相手方の要求をすべて飲むつもりはないが、すくなくとも要求に応えるふりはすべきだろうと思う。相手の言うことが本当かどうか──あの映像にあった少女が本物の王女なのかどうかたしかめる必要がある」

『本物かどうかなど、どうでもいい』ミシマは言った。『本物だろうと偽物だろうと殺せばいいんだ。本物ならそれでよし。偽物ならまた本物を探し出せばいい』

「ミシマ、おまえは──それでは、ダメだ。船ごと沈める方法では、それが本物なのか偽物なのか判断できない。もし本物だったとしてもその確証は得られないんだ。それなら本物かどうかを確認してから処遇を決めればいい」

『ふむ……それも一理ある。わかった。その男の要求するものは、こちらで用意しておく。おまえは男と人質を連れて地上へ戻れ。部下には任せるな。これは重大な任務だ。責任者であるおまえがやれ。いいな?』

「了解した」

『おまえのことは信頼している。頼んだぞ』


 ふむ。信頼、か。シラキは通信を切り、オペレーターに言った。


「こちらから先方に連絡を取れ。相手が言うとおりにしよう。私があの男と地上に降りる。そのあいだ、ここは任せた」


 そのあいだ、か。


 あるいは、自分は地上で殺されるかもしれない、とシラキは思う。


 ミシマは変わってしまった。それとも本当はああいう人間だったのだろうか。平気で他人を傷つけ、殺せるような男だったのか──シラキは管制室を出た。準備をしなければならない。町でなにがあってもいいように。


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