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思いも寄らない

見つめ合ったまま、数秒。

セドリック様がゆっくりと口を開いた。

「…留学するって、どういうこと?」


もう一度尋ねられたことで、先ほど問われた内容が理解できた。

驚くかもしれないとは思っていたけれど、まさかこんなに怒るなんて…。


想定外のことに狼狽えながらも、私は経緯を説明する。

「あ、その…。セドリック様から学校でのお話を伺っているうちに、私は同じ学校に通わない方がいいのではないかと思ったんです。楽しい学校生活のお邪魔になってしまうと、そう思ったんです…。だから、何か私にできることはないかなと考えて…。それで隣国への留学を思い付きました。留学生の選抜テストは匿名で行われますから、家名など関係なく実力勝負です。難関だと言われているのを知っていましたから、一生懸命勉強しました。けれど、それでも合格できるとは限りません。だから合格するまではセドリック様にお話しすることができませんでした。黙っていて、ごめんなさい。申し訳ありませんでした」

言い終わってから頭を深く下げる。

すると、頭の上でセドリック様が大きく溜息をついたのが分かった。


「なぜ、こんなに重大なことを勝手に進めるの?僕がシャーリーのことを邪魔に思う?どうして?それに隣国への留学と言ったら、年単位で帰ってこられないんだよ。そもそもシャーリーには王子妃教育もあるのに、そんなに長く国を離れるようなことはできないよ」

セドリック様は感情を抑えるように、静かに言った。


そうか。怒っていたのは、私が王子妃教育を放って隣国に行こうとしていると思ったから。

たしかに責任感の強いセドリック様から見れば、とてもじゃないけれど信じられない行動だろう。

誤解を解かなきゃ。


「あの…。王子妃教育なら終わっています。今日で、無事に全ての課題を終えることができました。私も途中で放り出すのはいけないことだと、ちゃんと分かっています。だから、一生懸命頑張って…」

私が話している途中で、セドリック様が声を上げた。

「え…?あの内容を全て?」

先ほどまでのような声ではなく、純粋に驚いた声だ。

それにつられて、私は思わず顔を上げてしまった。

すると、声だけでなくセドリック様の表情からも驚いていることが見て取れた。


ここからもう一度頭を下げるのも不自然なので、目を少し伏せるだけで、そのまま答えることにする。

「はい。元々、早め早めに進んではいたんです…。私が王宮に来ることで忙しいセドリック様に時間を使わせてしまっていることも申し訳なくて、教育を早く終えて私が来る機会を無くさなきゃと思っていましたから…。そこに1年前から留学という目標が加わって。とても大変でしたけれど、何とかやり遂げることができました…」


私が言い終えると、セドリック様は先ほどの溜息とは異なる雰囲気の溜息をついて、俯いてしまった。

その気配はどこか落ち込んでいるようにも感じられる。

どうされたのかしら…。

心配ではあるけれど、私が声を掛けていいものなのか分からない。

だから、そのまま何も言わずにセドリック様の反応を待つことにした。


しばらくするとセドリック様は立ち上がって、握っている私の手をそのままに、テーブルのこちら側へと回り込んできた。

それから私にソファーに座るように促して、自分も隣に腰を下ろした。

隣に座ってはいるけれど、セドリック様は俯いたままなので目は合っていない。


「…正直に答えてほしい。怒ったりしないから…。シャーリーは…。シャーリーは、僕と一緒にいるのが嫌?」

セドリック様から躊躇いがちに問われたのは、また私の予想外の質問だった。


え…、セドリック様と一緒にいるのが嫌…?

そんな恐れ多いこと、意識にのぼったこともない。

嫌だなんて、あるわけがない。

セドリック様は素晴らしい方なのだから。

私がというより、むしろ嫌なのはセドリック様の方なのでは。

日々忙しい中で、好いていない相手と5年も過ごすだなんて。とてつもなく面倒なことだと思う。


正直にと言われたので、私は思っていることを伝えてみようと思った。

「いえ。私は嫌だと思ったことなどありませんよ。私よりも、セドリック様の方がお嫌だったのではないですか?好いていない人間の相手を5年もするなんて、とても面倒なことだと思いますから」


セドリック様は勢いよく顔を上げた。

そこには驚愕の色が浮かんでいる。

「好いていないって。それは一体…。どうしてそんな考えに…?」


セドリック様の反応を見て、気付く。

ああ、そうだった。セドリック様は、まさか私がこの婚約の真相を知っているとは思っていなかったんだった。

もう少し柔らかい表現をすればよかった。

ここまで気遣ってもらってきたのに、何をやっているのだろう。

驚かせてしまったことに、申し訳ない気持ちが募る。


「ごめんなさい。この5年。私を傷付けないためでしょう、できる限り良くしてくださっていたのに…。その私自身が配慮に欠ける言い方をしてしまいました。でも私知っていたんです、最初から。セドリック様は私のことを選んだわけじゃない、何らかの手違いがあって私が婚約者として内定してしまったんだってことを。すぐに間違いは正されると思っていたのですけれど、そうはなさらなかった。私の経歴にできるだけ傷が付かないタイミングを探してくださっていた。好いていない相手に対して、ここまでのことはなかなかできることではない。セドリック様は、本当に思いやりのある素晴らしい方です」

「……どうしてそのような誤解を…?」

「え、誤解…?いえ、もう本当に大丈夫ですから。私は傷付いたりしません。だからそんな風に言わないでくださいませ。私聞いていたんです。初めてセドリック様のお部屋に伺った時に。『なんでよりによって、あの子なのか』たしかにセドリック様はそう仰っていました」

ほら傷付いたりしないですよ、という思いを込めて私は笑顔を作った。


セドリック様は、そんな私の顔を悲しそうな表情でしばらく見つめて。

それから…。

壊れ物を扱うかのように、ふんわりと私の体を抱きしめた。

抱きしめられるなど、この5年で初めてのことだった。

私は驚いてしまって、何も言えなくなった。

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