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シャーリーの企て

王子妃教育は先ほど、課題の範囲を全て終えることができた。

私が去った後、先生方は本当の婚約者に教育し直さなければならない。

元々はそのことが申し訳なくて、先生方の負担にならないようにできるだけ短期間で習得したいと考えていた。

それに加えてここ1年ほどは尚更懸命に受けてきた。

そのおかげで、本来の予定よりもだいぶ早く全てを学び終えることができたのだ。

私が学校を卒業する頃までを想定していたようなので、3年ほど短縮できたことになる。


1歳上のセドリック様は昨年から学校に通うようになった。

お話を聞いていると、それはそれは楽しい学生生活のようだ。

お茶をする度、様々なお話を私に聞かせてくれる。

授業の話とご友人達との話は、それまでにも似たような話題を聞くことがあった。

けれど、異性のことなどはこれまでに話題に上ったことがなかった。

セドリック様が学校に通うようになってから、明らかに変わったことだ。

おそらくだけれど、ご学友である何人かのご令嬢の中にセドリック様が真に見初めた方がいらっしゃるのだと思う。

毎日会えることに喜びが溢れて、ついつい饒舌になっているのではないだろうか。


この変化に気が付いた時、私は決意をした。

あの日からずっと、私に対する思いやりを見せてくれているセドリック様。

そんな優しいあの方のために考えた計画だ。


王子妃教育を全て終えた私はもう、毎週王宮に通う必要がない。

したがって、今日が“最後のお茶会“になる。


「シャーリー、待たせてしまったかな」

予定時刻より少しだけ遅れて、セドリック様が部屋へと入ってきた。

セドリック様がお茶の時間に少し遅れてやってくるようになったのも、学校が始まってからの変化だ。


ここはセドリック様専用の執務スペース。

婚約当初の頃はセドリック様の私室でお茶をしていた私達だけど、執務スペースの方が向かい合って座れる大きなソファがあるから過ごしやすいだろうという話になって、こちらに場所が変更されたのだ。


「いいえ。私がここに来てからそれほど時間も経っていませんから」

私が笑顔を添えて答えると、セドリック様も微笑んだ。

美形の微笑みは、この5年の免疫がなければ倒れてしまいそうなほどに素敵なものだ。

本来私が見られるはずはなかったのに、間違われたおかげでこうやって見ることができている。

改めて幸運な5年間だったなあと思う。


「シャーリー?どうしたの?」

感慨に耽っていたら、心配させてしまった。

「いいえ、なんでもありません。お気になさらないでくださいませ」

「それならいいけれど…。ともかくごめんね。学校の行事のことで、少しバタバタしていて。詳しい話は座って話そうか」


向かい合って座り、紅茶を飲む。

キャラメル風味でおいしいな、などと思いつつセドリック様の方を見ると、ただカップを持つ所作さえ美しかった。

いけない。今日はすぐに感慨に耽ってしまう。

なので、心配される前に自分から口を開くことにする。


「この時期の学校の行事というと、卒業式でしょうか?」

セドリック様は、さりげない動きなのに大きな音を立てることもなく紅茶のカップをソーサーに置いた。

「そうなんだ。実は来年度から生徒会に入ることになってね。引き継ぎも含めて準備に携わっているんだよ」

「まあ。執務もあってお忙しいのに生徒会の活動まで。とても素晴らしいことですけれど、あまりご無理なさらないでくださいね」


セドリック様は元々とても忙しい方なので、さらに役割が増えると聞いて体調を心配してしまう。

私との毎週のお茶も、回数を減らしてくれるようお願いしたことが過去にあったなあ。

責任感の強い方だから、無理だけはしないでほしい。

とりあえず私とのお茶会は今日が最後になるのだから、少しは負担を減らせるかしら。


「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。生徒会に入ることで、この次にある大切な行事に関わることができるからね。全く苦ではないんだ」

ご本人が苦ではないのなら…。

これ以上言うことは何もない。そう思い、私は軽く笑顔を作って頷いた。


「それにしても来年度だよ。友人達が言うんだ。大変なことになるよって。ご令嬢方が黙っていないんじゃないかって」


“ご令嬢方“と言うのはセドリック様のファンクラブのような方たちのことで、日々の一挙手一投足に黄色い声援を送られているそうなのだ。

今はまだ、婚約者である私が同じ学校内にいないため、ご令嬢方は何の遠慮もいらないとばかりに行動しているらしい。

だから、セドリック様はたくさんの麗しのご令嬢方に囲まれているのだという。

「もう大変だよ」と言葉では困った風を装っていながらも私に報告してくるあたり、本人的には嬉しいことなのだと思う。

その中に真に見染めたご令嬢がいらっしゃるのだから、喜んで当たり前。

今だって、ニコニコと笑って上機嫌だ。

その様子を見ていて、私の計画をお話しするタイミングだなと思った。

勝手に進めてきたことだから、話すことに少し緊張してしまう。

私は手に持ったままでいたカップから紅茶を一口飲んだ。

それをソーサーに戻すとカチャリと小さく音が鳴ったので、何となく視線をソーサーに向けたままにして話し始める。


「…もし、私が入学することで想定される事態を心配されているのでしたら、大丈夫ですよ。私、隣国に留学するんです。セドリック様と同じ学校に通うことはないですから。それと…」


ガチャン


音に驚いて視線を上げると、セドリック様がカップを取り落としたところだった。

幸いなことに、まだそれほど高く持ち上げていなかったようでソーサーの中に紅茶が溢れただけで済んでいそうだ。

けれどと思い、立ち上がってハンカチを差し出しながら尋ねた。

「大丈夫ですか?手やお召し物にかかったりしていませんか?」


するとセドリック様はいきなり、ハンカチごと私の手を握った。

え?と思い、お顔を見るとセドリック様は酷く冷たい目をしていた。

「どういうこと?」

「え…あの…」

これほど冷たい目を見たこともなかったけれど、これほど怒りを含んだ低い声も今までに聞いたことがなかった。

突然起きた事態に私は戸惑ってしまい、何を答えていいのかが分からない。

ただただセドリック様のお顔を見ていた。

お互い、何も言わないまま見つめ合う。

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