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8.魔術都市、到着


 出発してから三日目の夜、私たちはついに魔術都市フィアに到着した。ここが王国中の魔術師が集まる街か。

 街のすぐ外で馬車を降りると、見上げるほど高い塔が真っ先に目に飛び込んでくる。その塔の周りをごく普通の高さの建物がぐるりと取り囲むようにして、大きな街が形成されている。塔や街はいずれもあちこちに白い光がたくさん灯っていて、とても明るい。蝋燭や松明ではなく魔法の明かりなのだろう。

 しっかし高いなあの塔、見てると遠近感が狂ってきそうだ。あれって王城の尖塔より間違いなく高いけど、この世界の建築技術でどうやって建てたんだろう。やっぱり魔法使ったのかなあ。

「ここで迎えがくる手筈となっている。全員そのまま待て」

 アルフレッドの指示に従い、街を眺めながら待つ。その時、塔のてっぺんからふわりと光が舞い降りてくるのが見えた。蛍のようだ。ってちょっと待て、あれだけ遠くであの大きさに見えるということは……あの光、人ひとりすっぽり入るくらいの大きさでは。

 その蛍もどきは急降下した後、三階くらいの高さをゆるやかに滑るようにしてこちらに飛んできた。やっぱりかなり大きい。

 そっとアルフレッドの方をうかがうと、彼は顔色一つ変えずに蛍もどきを見つめている。とりあえず、危険はないのだろうか。

 そうこうしているうちに、蛍もどきがすぐ近くまでやってきた。それは私たちの目の前の地面に接するか否かのあたりで消え、中から人が現れた。

 光の中から現れたのは、全体的にだらしない印象を与える青年だった。背がひょろりと高く、あっちこっち跳ねまくった亜麻色の髪に灰色の瞳。服は黄色っぽいローブだが、あちこち破れたり焦げたりした跡がある。作業着とか実験着といったところか。本人の素材は悪くないだけに、身だしなみの大雑把さが残念な印象を与える。

「王城からお越しの皆さまですね? ようこそ魔術都市へ。僕はラファエル、魔術師の塔で学者をやっています。今回、皆様の案内とか世話とかの係に任命されちゃいました」

 ラファエル、こいつも攻略対象だ。しかしフィニアンと同様前世で未攻略だったので詳細は不明。しかし見た目にたがわず、何ともゆるい挨拶だ。そして彼は毒気を抜くようなぼんやりとした笑みを見せている。

「いかにも、私たちは北西の大森林における魔物の討伐のために王城より派遣された遠征隊だ。私はアルフレッド、この遠征隊の指揮官を仰せつかっている」

 ラファエルのゆるさに全く動じていないアルフレッドが丁寧に答えると、ウィリアムおじさん、ジーク、私の順で自己紹介が進む。

 しかしラファエルはそれらに全く興味を示していないようで、自己紹介が終わると小さくあくびをした。

「うーん、細かいことは明日にしませんか? 僕、さっきまで実験してたんで疲れてるんですよ。皆さんもお疲れでしょう? 宿まで案内するんで今日は解散しましょう」

 のんびりと言うと、彼はきびすを返し大通りを歩き始めた。私たちはあわてて彼を追う。




 塔を取り巻く街はまるで昼のように明るかった。後ろから騎士たちの感嘆の声が聞こえる。私の横のナタリアも頬を上気させながら辺りを見回している。元現代日本人の私からすると割と見慣れた光景とよく似ているので、私は周囲の光景よりもすぐ前を行くラファエルとアルフレッドの会話の方に意識を集中していた。アルフレッドが魔法に興味があるらしくラファエルに色々聞いているのだが、これが中々面白いのだ。

「……で、塔の窓からあなたたちが見えて、しまった遅刻したって全力で飛んできたんですよね」

「全力というなら、斜めに飛んだ方が早いのではないか?」

「そうでもないんですよ。斜めに飛ぶのって、落ちる速度を繊細かつ微妙に調節しながら横に飛ばなきゃいけないんで結構面倒なんです。なので、まず真下にばーっと落ちて、それから一定の高さを保ったまま真横に全力で飛ぶ、これが最速です」

「ほう、魔法とは奥深いものなのだな。素人には分からないことが多い。てっきり魔術師は鳥のように飛べるものだと思っていた」

「飛行術の素質のある人なら斜め飛びもそれなりにできるんですけどね。けれどいずれは、もっと簡単に飛べる飛行術が開発されるはずですよ。そしてその術をこめた魔法具が作られれば、誰でも鳥のように飛べるようになるはずです」

「それは面白そうだな。その日を気長に待っている」

 空を自由に飛ぶのは全人類の夢とはいえ、アルフレッドがそういうのに興味を持つとはなあ。前世で攻略した時はこいつ人の心無いんじゃねって印象だったから、こんな可愛い夢に興味を持っているのが少し意外だ。

 そしてラファエルはのんびりおっとりしている上にちょっとだらしなくもあるので、アルフレッドとは合わなさそうかと思ったらそうでもなかった。意外と意気投合している。




 私たちはそのまま大通りをまっすぐ進み、塔の足元までたどり着いた。改めて塔を見上げてみると、やはり高い。そして床面積も思っていたよりもかなり大きい。東京ドーム何個分だろう。

 ふわああ、とまたあくびをしたラファエルが、塔を指さして言った。

「それじゃ、偉い人はこっち、塔の二階に客間があるのでそこに泊まってください。で、塔の隣の建物をまるごと空けておいたから、他のみなさんはそっちを好きに使っていいですよ」

 隣の建物をみると、どう見ても貴族の豪邸だ。こんなもの借りていいんだろうか。いやそれ以前に、偉い人ってざっくりしたくくりだなあ。確実に偉い人に入るのは侯爵であるアルフレッドと騎士団長ウィリアムおじさんか。ジークも男爵位持ってた気がするし、一応偉い人なのか? 逆に私は教会に所属してるけど階級は下の方。聖女以外に偉そうな肩書持ってないよ。

 しかしアルフレッドはこういう時も有能だった。さっさと組み分けを進めてそれぞれのグループを寝所に導く。ちなみに塔に入ったのはアルフレッドにウィリアムおじさん、特別枠で私とナタリアだ。ジークは豪邸に泊まる騎士たちのまとめ役をするらしい。




「それではおやすみなさい」

 と皆に挨拶をして与えられた客間に入ろうとした時、横の曲がり角から手がぬっと出た。手はひらひらとこちらを招いている。誰ですか、と問うと笑顔のラファエルが首だけをのぞかせた。

「聖女様、寝る前に少しだけお話しませんか。あなたに会えたら話したいことがあったんです。明日まで待ち切れなくて」

 承諾すると彼はうきうきした様子で、では僕の研究室へ行きましょう、と誘ってきた。ナタリアがちょっと心配していたが、塔の中は魔法で守られているとのことだしさほど危険はないだろう。

 そしてラファエルは私の手を取ると、石の窓枠に足をかけた。

「さあ聖女様、こっちが最短距離です。大丈夫ですよ、僕はいつもこっちを通ってますから」

 ここから飛ぶらしい。そういえばさっきラファエルは塔のかなり上から飛んできていたし、歩いてあの高さまで登るのはきつそうだ。少し怖いけど、行ってみるか。

 そのままラファエルは見えない床があるかのように空中に歩き出す。私もそろそろと空中に足を踏み出す。後ろでナタリアが固唾を飲む気配がした。

 おお、立ってる。私空中に立ててる。足の下からは弾力性のある感触が伝わってくる。

「では、行きますよ」

 そう言ってラファエルは空いた片手をそっと私の肩に置くと、いきなり世界が下に落ちていった。視界は急速に動くのに、加速度はあまり感じない。そしてものの数秒で目的の高さについた。

「それでは、ようこそ僕の研究室へ」

 さて、ラファエルは何を話したいんだろう? こんなイベントはゲーム中では見ていない。ラファエルはさっき登場したところだから、これは好感度が条件になっているイベントの類ではないだろう。そうなるともう私には皆目見当がつかない。とりあえず大人しく話を聞いてみるか。




 通されたラファエルの研究室は、見事にごちゃごちゃだった。本と紙の混合物が無造作に積み上げられ山となり、その横には謎の液体が入った瓶がランダムにおかれ、よく分からない石や不思議な文様が刻まれた木片や、その他の訳の分からないもので満ちていた。

「その辺のものを動かさないように気を付けてくださいね、魔法が暴発するかもしれないので」

 そんな物騒なことをにこやかに言いながら、ラファエルは椅子を勧めてくれた。

「面倒だから単刀直入に言っちゃいますね、セレスティナ。あ、僕のこともラファエルでいいですよ」

 こいつ、私の了承とらずにいきなり呼び捨てに切り替えてきたな。

「教会では聖女の力の理由はどう説明されているのか聞いていいですか? やっぱり神の奇跡だと言われているんですか?」

 えーと、確かセレスティナは小さいころからそう聞かされて育ってるな。こくりとうなずく。

「ああ、やはりそうか……実は、僕たち魔術師は別の仮説を立ててるんです。もっとも、教会は僕たち魔術師を煙たがってますし、魔術師が聖女に会える機会なんてまずあり得ないですから仮説の検証のしようがなかったんですけどね。今回、あなたが魔術都市に来ると聞いて、ずっと楽しみにしてたんですよ?」

「あの、よければその仮説を聞かせてはもらえませんか?」

 そう水を向けると、待ってましたとばかりにラファエルは話し始めた。

「僕たちは、聖女の浄化は魔法の一種であると考えています。僕たちが魔力を使って光を灯したり空を飛んだりするように、聖女は生命力を使って魔物を浄化しているのだと。魔物だけが白の浄化の対象となることから、この浄化は魔物だけが有する何らかの要素を抜き取る魔法のようなものと考えることができるんです」

「は、はあ」

 目を輝かせて話すラファエルの勢いに押されてしまう。神の奇跡も魔術師の魔法も、私からしたらあまり違わない気がするんだけど。

「それでですね、白の浄化の解析が進めば、それを他の者でも使える魔法として組み立てることができるかもしれないんです。また、聖女も生命力ではなく魔力を使って白の浄化を発動できる可能性も出てくるんです」

 そう言うと、ラファエルは机の上の石を取り上げた。深みのある黒をした艶やかな拳大の石だ。

「もしそうなった場合、例え浄化を使うのに必要なだけの魔力を聖女が持っていなくても、このような魔力を蓄えた魔石を使うことでそれを補うことができます。つまりですね、セレスティナ」

 いつの間にかラファエルが目の前に来ていて、間近で私の目を見つめていた。


「あなたが死ぬことなく、魔物を浄化し続けることができるようになるかもしれないんです」


 そこから先のことはよく覚えていない。楽し気に話し続けるラファエルをぼんやり眺めていたような気がする。行きと同じように窓の外を魔法で移動して客間に戻った気もする。待っていたナタリアにおやすみを言ったのは覚えてる。

 その間、ラファエルの言葉がずっと頭の中を回っていたのは確かだった。



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