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7.新幹線なら日帰りの旅


 そしてとうとう遠征出発の朝を迎えた。夜明けと同時に起床し、まだ空がピンク色に染まっている中、王城前に集合する。そこには人を乗せるための箱型の馬車が二台、荷物を運ぶための質素かつ頑丈な荷馬車がたくさん、さらに騎士たちが乗るのであろう馬たちがいた。集まっているのは、この遠征の指揮を執るアルフレッド、騎士団の精鋭、彼らの身の回りの世話をする小姓たち、あとは私とナタリアだ。

 全員が馬車や馬に乗り込んだのを確認するとアルフレッドが号令をかけた。人と馬の列がゆっくりと進み始める。先頭がウィリアムおじさん、次いでアルフレッドが乗る馬車、私とナタリアが乗る馬車、荷馬車と続き、しんがりがジークの順だ。騎士たちは騎乗して隊列の全体に散っており、小姓たちは荷馬車の中や御者台に乗り込んでいる。

 私とナタリアが乗った馬車は四人乗りだが、乗客は私たち二人だけなので周囲に気を使わなくていいのが嬉しい。……予算削減のために一台の馬車にみなで乗りましょうとかアルフレッドが言い出さなくてよかった。

 魔術都市フィアまでは途中の宿場町に寄りながら二泊三日の旅だ。ちなみに遠征隊の人数が多いので、騎士団の面々は宿場町に入らず野営するとのこと。この王国、騎士団の扱いが割とひどくない?

 ともかく、目的地につくまでは私の出番は一切ないので、ナタリアとおしゃべりしながら馬車に揺られていた。だって魔物が出たら騎士団が倒すし。私の必殺技「白の浄化」って命削るから連発できないし。こんなもの小物相手に使ってたまるか、わたくし対大物用特大兵器ですのよ。……今更ながらゲーム中のセレスティナの立ち回りが理解できた。なるほどこの性能なら普段は守られっぱなしになるわ、確かに。

 しかし揺れがひどい。サスペンション? とかいうのは無いのか。ふかふかのクッション敷いてるけどお尻が痛くなってきた。これが三日続くのか。


 その時、馬車がゆっくりと止まり馬車の扉が控えめに叩かれた。ナタリアが扉を開けると小姓の一人がそこにおり、ここで休憩をとることを知らせてくれた。

 揺られ続けて体がこわばっていたので、これ幸いと馬車から降りて伸びをした。他の人たちも、休憩したり馬に水をやったりしている。

 そっと体をほぐしながら風景に目をやる。緑豊かな草原に、澄んだ水をたたえた湖、遠くには雪が残った高山が連なっている。記憶戻ってからは荒れ地と王城しか見てないし、はあ癒されるわ大自然。

 せっかくの休憩なので運動がてら湖の方に歩いていく。そちらには騎士たちがたむろしていた。騎士たちの鎧はみな王国を象徴する色である赤を基調としているので、この辺だけ真っ赤で異様に派手だ。目がちかちかする。

 と、真っ赤な群れから赤いかたまりが進み出てきた。ジークとフィニアン、それにフィニアンと同じくらいの背丈の少年だ。この少年も赤い鎧をまとっている。

「こんにちは、セレスティナ様。……ほら、自己紹介しろって」

 フィニアンがもじもじしている連れの少年の背中に手をかけ、私の前に押し出す。少年はおどおどしながら話し始めた。話している間もそわそわと落ち着きがない。

「あ、あの……はじめまして、僕はアドリアンと言います。その、フィニアン兄さんから聖女様のお話はいつもうかがっています。えっと、とても魅力てふがっ」

 焦った様子のフィニアンがアドリアンの口をいきなり手でふさいだ。

 フィニアンの弟? 初耳だ。フィニアンに抑え込まれてもがいているアドリアンは、兄と似た黒い巻き毛を肩まで伸ばし、瞳は兄と同じ深緑。表情や雰囲気は違っているが、顔立ち自体はとてもよく似ている。フィニアンは活気にあふれておりぱっちりと見開いた眼で真っすぐにこちらを見てくる元気な子犬、アドリアンは眉が下がっていて伏し目がち、顎を引いて上目遣いのか弱さを前面に押し出した子犬といったところか。結局二人とも子犬系ではある。

「アドリアンはフィニアンの双子の弟で、この間下位騎士となったのです。今回の遠征では唯一の下位騎士ですが、腕は確かですよ」

 アドリアンの肩に手を置きながら、ジークが説明を付け加える。

「すみません、弟は引っ込み思案で。……アディ、セレスティナ様に失礼のないようにって言ったろ、もっとしゃんとしろよ」

 フィニアンがアドリアンの口をふさいでいた手を離すと、そのまま背を軽く叩く。フィニアン、素だとあんなしゃべり方なんだね。

「は、はい……聖女様、僕は下位騎士なので王城に出入りはできませんが、これからよろしくお願いいたします。えっと、早く兄さんみたいに上位騎士になれるよう頑張ります」

「こちらこそよろしく、アドリアン。それと私のことはセレスティナと呼んでください。アドリアンと王城で会える日を楽しみにしていますね」


 そのまま三人と雑談しながら、私の意識はあさっての方向に飛んでいた。

 レックスといいアドリアンといい、ゲーム中で見たことない人物が増え始めたなあ。まあそうだよね、ゲームで描写されるのはこの世界の一部だけでしかないんだし、いい加減未知の事象が出てくることに慣れないと。違いをいちいちチェックしてたら切りがない。大筋が合っていればいいんだ、うん。

 まあそれはそうとして、アドリアンは攻略可能かなあ。レックス共々隠しキャラだったりしないかなあ。しかしメイン攻略対象の弟って、「どうしてこのキャラが攻略不可能なんだと多くのプレイヤーが嘆くやたらと美形のサブキャラ」の可能性もあるからなあ。

 結局、騎士たちとの雑談は休憩が終わるまで続き、おかげですっかりリフレッシュできた。しかしまた馬車に乗ることを思うと……ああ気が重い。




 揺れて揺れて揺れて。もうやだ。馬車やだ。自動車がいい。電車は速くていい。新幹線ならもっと速くていい。飛行機は耳がキンってなるからやだ。

 そんな駄々をこねたくなるくらい、馬車の旅は疲れるものだった。今日の宿についた時は、ナタリア共々疲れ果てていた。ちなみに、隣の馬車から出てきたアルフレッドは同じように揺られまくっていたはずなのに顔色ひとつ変えていない。強いな。

 私たちが立ち寄った宿場町は思ったより小さく、十件ほどの宿屋と、酒場に馬小屋、鍛冶屋に雑貨屋などが寄り集まっている。王都と魔術都市との間は比較的人の行き来が盛んだとかで、この宿場町も規模の割に設備がしっかり整っている。そう言えば移動中に馬車の窓開けて外見てたら、すれ違う旅人がぼちぼちいたなあ。

 今日宿に泊まるのは、私とナタリア、アルフレッドと小姓たちの半数。小姓たちの残り半数は今日は騎士たちと一緒に野営だ。さらに騎士が数名、私たちの泊まる宿の護衛につく。

 質素だけど清潔な部屋に通されると私はそのままベッドに倒れこみ、夕食まで横になって過ごした。王城の客間よりさらに質素だけど、揺れてないというだけで最高だ。




 その日の晩ご飯はポトフっぽい野菜と肉の煮込みがメインで、付け合わせに謎の酸っぱい漬物のようなもの、それとおなじみのライ麦パンぽいパン。小さな宿場町にしては豪華だ。そして意外とおいしい。味付けはシンプルだけど素材がいいんだろう。平民ごはんにも希望が持ててきたかもしれない。

 今日もおかわりまでしっかりと(ただし上品に)たいらげながら、ふと騎士のみんなのことが気になった。野営はこの質素な宿よりも過酷だろう。騎士だからそういうのに慣れてはいるとは思うけど、私ばっかり甘やかされている気がして落ち着かない。まあ、その分有事の際にきっちり命削れって意味もあるんだろうけど。しかし私としては、乙女ゲームの世界に来たからには命がけの魔物退治ではなく恋愛がしたい。

 そんなことを考えながらちらちらと窓の外を見てしまっていたらしく、ナタリアが声をかけてきた。

「野営の皆様が気になられているのですか?」

「ええ。私たちばかり屋根の下というのも気が引けて」

 そこで会話に割り込んでくる例の人。意識しないようにしていたのだけれど、アルフレッドも同じ宿に泊まるので夕食にも同席していたのだ。

「だったら、何か差し入れてやってはどうかな、セレスティナ殿?」

「そうしたくはありますが、何をどれだけ差し入れればよいのか分からないのです」

「ならば今から私が手配しよう。君からの差し入れという名目にすればいい。その方が騎士たちの士気も上がるだろう」

 あ、やっぱりそういう感じの意図がありましたか。まあいいや、お互い利害が一致したということで。


 それからしばらくして、私はナタリアと護衛の騎士、そして差し入れの荷物とそれを運ぶ人足たちを連れて、宿場町のすぐ外の野営地に向かった。野営地では夜通し松明を燃やし続けているので迷うこともない。

「聖女様、こんな夜分にどうされましたか」

 野営地に近づくと見張りの騎士が話しかけてきたので、差し入れの件を伝えると野営地の中に通された。手すきの騎士たちが何事かと集まってくる。その中にアドリアンがいた。

「こんばんは、あの、これは一体何でしょうか」

「差し入れを持ってきたのです。夜は少し冷えますので、葡萄酒にしてみたのですが」

 アルフレッドがあのあとすぐ小姓を酒場に走らせ、樽ごと買い付けてきたのだ。決断の速さと手際の良さはさすがといったところだ。

「わあ、ありがとうございます。……ふふ」

 顔を輝かせていたアドリアンが不意にいたずらっぽく笑った。

「どうかしたのですかアドリアン?」

 問いかけると、アドリアンは実は、と声をひそめて続けた。

「フィニアン兄さん、お酒が駄目なんです。一口でも飲むと真っ赤になっちゃうんですよ。格好がつかないって言って、一生懸命隠してるんですけど」

「まあ、それは意外でした。知らなかったことにしておきますね」

 そう言って笑いかける。秘密にしてるのならそっとしておいてあげよう。

「はい、そうしていただけると僕も助かります。いつも、お前だけ飲めるなんてずるい、って言われているので」

 アドリアンもにっこり笑い返してきた。フィニアンは可愛いがアドリアンもやっぱり可愛い。

 そうこうしているうちに、周りは集まってきた休憩中の騎士たちでにぎやかになった。あ、ウィリアムおじさんも休憩中だ。ということは副団長のジークは仕事中だろうし、こちらには来ないだろう。そして人だかりからちょっと離れたところにフィニアンがいた。遠巻きにこちらをうかがっている。ちょっといじけているように見えなくもない。

「アドリアン、私はフィニアンに声をかけてきますね」

「でしたら、僕も行っていいですか」

「ええ、もちろんです」


 そうしてフィニアンと話すと、やはり差し入れに手を出せないのが悔しいのか、彼は少々いじけていた。酒で集中力を削ぎたくないからだと表向きは主張しているが。こういう時はあれの出番だ。

「フィニアン、では代わりにこれを受け取ってもらえますか?」

 二度目の登場となる隠しポケットの干し果実。初めて見たアドリアンは目を丸くしている。

「あ、いいなフィン兄さんだけ」

「俺は飲まないからいいんだよ」

「じゃあ僕も飲まないから、それ分けて」

「これは俺のだ!!」

 ああ可愛い……可愛い子犬が二匹じゃれ合ってるようにしか見えない……。

 正直、一日の疲れが吹っ飛びそうな光景だった。いや別に私はそっち系の趣味ではないですよ。純粋に可愛いものを愛でているだけですよ。


 それから二日間はだいたい同じ感じだったので省略する。なお二日目以降「馬車の座席を二人分使って横になると多少楽」というとんでもない技を編み出してしまったため、窓をきっちりと閉めた上でナタリアと二人して寝転んで過ごしたのは内緒だ。



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