5.散策も探検も大体同じ
「セレスティナ様、今日はどうされますか?」
朝食の後、ナタリアが満面の笑みで尋ねてきた。
昨日の会議で、次の遠征に出発するのは三日後と決められた。今日明日で休息をとりつつ出立の準備をし、明後日の朝王都を発つ予定だ。騎士団が過労死しないか心配だが、どうやら目的地である魔術都市……街の名前はフィアだったかな? についてからゆっくり休息を取るらしい。魔術都市側が早く聖女を派遣しろ、早く近隣の魔物を浄化しろとせっついているそうだ。あれ、過労死しそうなの私の方?
そんなこんなで私とナタリアは丸二日予定が空いてしまった。私たちの場合、出立の準備といっても普通の旅支度だけだし、すぐ終わってしまう。
ナタリアが今日の予定を聞いてきたのはそういう訳だ。しかしナタリアは何だかやけに楽しそうだ。
「特に決めていません。皆様の邪魔になってはいけませんし、今日明日は英気を養うくらいしか思いつきませんね」
「でしたらセレスティナ様、散策に行きませんか」
ナタリアが積極的だ。昨日の首飾りにまつわるあれこれといい、ナタリアの印象がゲーム中とはちょっと違っている。ゲームのナタリアはセレスティナを崇拝せんばかりに盲目的に慕っていて、その反動なのか自信がなくおどおどした女の子だった。しかし目の前のナタリアは、セレスティナのことが好きなのはゲーム中と同じなのだけれど、同時に割と前向きで元気な子に見える。どういうことだろう?
「ナタリア、散策というのは……あの、いつもの?」
彼女のこの変化の原因について、一つ心当たりはある。落ち着いてセレスティナとしての自分の記憶をたどってみると、どうやら私は子供のころからナタリアを巻き込んで探検三昧だったようなのだ。何だ、このとんでもない過去は。私たちが暮らしていたのは教会の中心たる大聖堂だが、その詳細マップ(隠し通路のデータ込み)なんてとんでもないものを作っていたのだ、十にも満たない子供二人が。
おかげですっかりナタリアは探検が好きになってしまい、私のことも崇拝対象兼幼なじみ兼悪友みたいなややこしい相手として認識してしまったようだ。まあ私としては、ゲーム中のナタリアよりこっちのナタリアの方が好きになれそうなので結果オーライだ。
「はい、そのいつもの……です。部屋でゆっくり休養するのもよいですが、外の空気を吸って英気を養うのもよいかと存じます」
さすがに二人ともそろそろ大人扱いされる年なので、昔のように「わーい探検だー」とはしゃいだりはしない。「散策でもして、外の空気を吸いに参りましょう」と形ばかり取り繕ってみたりする。結局やっていることは一緒だが。いや地図を描くのが上手くなっているぶん子供のころより悪質かもしれないが。
「そうですね、では行きましょうかナタリア」
こうして、私たちは王城の探検に出発したのだった。
客間を出た私たちは、できるだけ人目につかない通路を選びながら王城の北東を目指していた。幼いころからの住まいである大聖堂の探検のときは手描きの地図やペンを持ち歩いていたのだが、今は手ぶらだ。はたから見ると、ぶらぶら散歩しているようにしか見えない……はずだ。
何せ無断で王城のマッピングなんてしてるのがばれたら、さすがの聖女といえどなんらかのお咎めをくらうのは間違いない。一応機密情報だもんね、城の見取り図って。なので王城では地図を描き起こすことはせず、全ての情報は頭の中にしまっておく。
そして二人で話し合い、この辺りが妙だ、隠し通路があるならこの辺じゃないかという結論にたどり着いたのだ。隠し通路だらけの大聖堂を探検して鍛えたこの勘は伊達じゃない。
「このあたりですね。妙に入り組んだ作りなのが気になっていたのです」
「はい、セレスティナ様。ほかの区画は整然と部屋が並んでいるのに、ここは部屋の位置がばらばらな気がします」
「それに、通路の長さもひどくまちまちですね」
「そして、あちらの通路が少し長すぎるように見えるのですが……」
「あら、本当ですね。もしかしてあちらの通路から目をそらすためにわざと他の通路の長さを変えたのかしら」
声が響かないようにひそひそ話。年頃の乙女が二人して、なんて色気のない話をしているんだろう。楽しいけど。
人が来ていないか何度も確かめながらそろそろと件の通路に近づく。歩数で長さを測りながら、通路の行き止まりにたどり着いた。
「やはりこの通路、長すぎます……外壁から飛び出している気がします……」
ナタリアが真剣なまなざしでぶつぶつ呟いている。楽しそうなのはいいことだけど、私がこんな珍妙な趣味を教えちゃったんだよね。少々申し訳ないかも。
「こういうときはこう……あれ、この辺があやしいかな……こっちの壁か、それともあっちの床か……あっ!」
独り言をつぶやきながらあちらこちらの壁や床を触っていたナタリアが、小さく歓喜の声をあげた。どうやら何か見つけたらしい。思い返せば、大聖堂での探検でもナタリアの方が隠し通路を見つけるのが上手かった。
「ありましたセレスティナ様! こちらの床石に隙間があります! この手の仕掛けはこうやって」
この通路の床は四角い石が敷き詰められた石畳だ。その一部、ナタリアが指差したあたりの石と石の間に細い割れ目が走っている。その割れ目は、ちょうど人一人通れるくらいの四角形を描いていた。ナタリアがその四角形の角に手をかけ引くと、四角形の片側が大きく持ち上がった。こういう隠し蓋は開け方にコツがあり、普通にやったのでは中々開かないのだけれど、ナタリアは隠し通路については百戦錬磨、これくらいは楽勝だったようだ。
外れた四角形は薄い石の蓋になっていて、一つの辺が蝶番で床と繋がっており、反対側の辺には長い紐がついていた。よく見ると、蓋の裏はビロード張りになっている。さらに、その下からはこれまたビロード張りの両開きの木の扉が現れたが、こちらは表面のくぼみに手をかけて軽く引くとあっさり開いた。
扉の中を覗き込んでみると、下に向かって空間が広がっており、壁の一部に上り下りするための取っ手がついていた。壁のあちこちに指一本ほどの幅の切込みが入っており、そこから日の光が差し込んでいるおかげで明かりがなくても問題なく動けそうだ。
「ああ、やっぱり隠し通路でした! 見つけられて嬉しいです」
「ふふ、おめでとうナタリア。この通路がどこに通じているのか気になりますが、さすがに王城の隠し通路を使う訳にはいきませんものね」
そう言った瞬間、とんでもないことが起こった。私の首にかけていた天青の首飾りがするっと外れ、隠し通路の中に落ちていったのだ。すぐにカシャンという硬質な音がする。
えええええ!? いきなり外れた!? なんで!? それより不吉な音がしたけどあれ割れてない砕けてない傷ついてない!? 王様からのもらい物を一日で駄目にするとか大問題だ!
「セ、セレスティナ様……」
こっちを見るナタリアも顔面蒼白だ。
「お、落ち着きましょうナタリア。とにかく首飾りをこのままにはしておけません……かと言って人を呼ぶ訳にもいきません」
まあ確実になんでこんなところにいるのか、そして何故隠し通路の蓋が開いてるんだって話になるし。通りすがりでーす、とかたまたま開いてたんでーす、で押し通せるか……? いや無理だろう。
ならば道は一つ、誰かに見つかる前に首飾りを自力で回収して、即この場を離れる! それしかない!
「ナタリア、落ち着いて聞いてください。私が今から首飾りを取りに行きます。首飾りをあのままにはしておけませんし、ここでこうしているのを誰かに見つかるのも好ましくありません」
「そんな、セレスティナ様をお一人で行かせられません、私が参ります」
「私が落とした首飾りを私が取りに行く、これなら万が一のときに咎められるのは私だけで済みます。あなたまで巻き込みたくありません」
「でしたら二人一緒に」
「駄目よナタリア、二人で入ったら誰が隠し通路の蓋を閉めるのですか」
なんとも不毛な言い争いになってきたが、そのときナタリアが流れを変えた。
「それについては一つ考えがあります」
そう言うとナタリアは、石の蓋についている紐を手にして隠し通路に入り込んだ。紐を木の扉の間に挟み込むと、そのまま扉を内側から閉める。見守る私の前で紐の残りがするすると木の扉の隙間に消えていき、石の蓋が引っ張られてぱたんと小さな音をたてて閉まった。隠し通路の入り口は、私たちが来た時と同様にきれいに閉じていた。
次の瞬間、石の蓋と扉が一気に内側から押し開けられ、満面の笑みを浮かべたナタリアの顔が隠し通路から現れた。
「さっき蓋を開けたときに、妙に軽いなって思ったんです。それに、蓋と扉がビロード張りなのは蓋を閉めたときに音を響かせないためでしょう」
得意気に言ったナタリアは、さらに笑みを深くして畳みかけた。
「これで、二人一緒に入れますね、セレスティナ様?」
もはや反論の余地はなかった。どうか誰にも見つかりませんように!
壁の取っ手に足をかけ、手でつかんで着実に下に降りてゆく。二、三階分ほど降りたころ、隠し通路の底についた。大慌てで首飾りを探す……までもなく、首飾りは床のど真ん中でキラキラ輝いていた。傷も欠けもヒビもなく、私落下なんかしてませんよーとでも言いたげだ。
「ああ、無事でよかった……」
拾い上げて首にかけ直す。留め具は結構がっちりした作りなのに、さっきはなんで勝手に外れたんだろう。
首飾りの無事を確かめたナタリアは、辺りをきょろきょろ見渡していた。なりゆきはともかく隠し通路に入ってしまったからには、観察せずにはいられないのだろう。
隠し通路の中は妙に清潔で、居心地が良かった。なんならさっきまでいた通路の方がよっぽど埃っぽいくらいだ。しかも、隠し通路の底をぐるりと囲む壁、そこに堂々と扉がついている。木製の、とても質素な扉だ。
……この隠し通路って、頻繁に使われてる気配がするんですが……うん、誰かに見つかる前に逃げるのが得策だ。
そう思ってナタリアに声をかけようとした時、いきなり扉が開かれ、その誰かが姿を現した。