3.いわくありげな首飾り
玉座の間には奥に長く続く赤絨毯が敷かれており、その先には私の背丈ほどの高さの階段があった。見上げるとその上に玉座があり、そこに王が座っていた。
王の両脇には王城の守りの要たる近衛騎士が二人控えている。近衛騎士の鎧はジークたち騎士団の鎧とは少し異なり、赤に金のみで装飾がされている。他に近衛騎士の姿は見えないが、たぶんその辺の物陰にも何人か兵が伏せてあるのだろう。でなければボディチェックもなしに私をあっさり玉座の間に通すはずがない。
まあそもそも私、王に危害を加えるつもりとかさらさらないけど。そんな大それたこと考えてません、ハッピーエンドを探し求めているただの元ゲーマーですし。
ともあれ、王は分かりやすく「ザ・王様!」って感じのいで立ちだった。白い外巻きのカツラをかぶり、きれいに整えたにぶい赤茶色の髭を蓄えた痩せた老人。金飾りがこれでもかというくらいにつけられた赤い装束を着て、とどめに重そうな金の冠と、毛皮の縁取りがついた赤いマントを身に着けている。どっからみても王様。ベタ過ぎて逆にインパクトあるけど記憶には残らないタイプの王様。
私は階段の下までゆったりとした足取りで歩き、そこで立ち止まるとひざまずいた。この辺の礼儀に関しては、過去のセレスティナの記憶に頼るしかない。
「さて、聖女セレスティナよ。この度はギャルンの荒野の魔物を滅したとのこと、大儀であった。これは余からの褒美である。受け取るがよい」
王が心底だるそうな口調でそう言った。偉そうなのは王様だから仕方ないとして、なんだそのやる気なさげな口ぶりは。こちとら命削って荒野いっぱいの魔物を片付けてきたんだぞ、もうちょっと労われ。というかこのじいさん、私を見る目つきが嫌な感じだ。権力者が目下を見下してるような感じというか、蔑まれているというか。嫌われてるのか私。
そんな風に内心ぼやいていたら、目の前にすっと何かが差し出された。顔を上げてそれを見る。
いつの間にか私の傍に立っていた近衛騎士が差し出していたのは、深紅のビロードに乗せられた首飾りだ。白に近い銀色で、青い宝石がいくつもはめられている。
「天青の首飾りじゃ。守護の力があると言われておる。魔物と戦うそなたの助けになるであろう」
そこで、王は鋭い目つきでこちらを凝視してきた。急に目がぎらぎらと輝いて気味が悪い。
「話は変わるが、そなたがギャルンの荒野で浄化した魔物の中に人型をしたものはいたであろうか」
「申し上げます陛下、私が見た中に人型の魔物はおりませんでした」
うん、昨日はそんなものは見ていない。ゲーム中でも見たことも聞いたこともない。
「うむ。今後人型の魔物を見つけたら必ず浄化せよ。やつらを一匹たりとも逃すでないぞ」
王はそれだけ言うと、もう話は終わりだとばかりに明後日の方に目線を移した。先ほどまでの異様な空気はどこへやら、また元の気だるげな様子に戻ってしまった。
私は首飾りを受け取ると、改めて顔を伏せ、礼を述べた。
「ありがとうございます、陛下。聖女として今後も魔物を浄化してゆくこと、お約束いたします」
階段の上の幕が閉じて王の姿が見えなくなったのを上目遣いで確認し、あわてず騒がず玉座の間を退出する。よし、これでミッションクリアだ。
問題は、ゲーム中でこんなアイテム見たことないってことだね!
「セレスティナ様、その……陛下は何と?」
玉座の間を出てヘリオス卿が待つ会議室へと向かう途中、フィニアンがおずおずと切り出した。気になっていたらしい。なので大まかに説明してあげた。(形だけだけど)お褒めの言葉をいただいたこと、褒美に(謎の)首飾りをもらったこと。
「天青の首飾りですか。名前は知っていますよ」
「そうなのですか? ほかには何か?」
「守りの力があるらしい、と聞いたことがあります。もっとも具体的なことは分かっていないようで、そのため宝物庫にずっとしまわれていたそうです」
「そうなのですか。詳しいことは分からなくても、これは陛下が私の身を案じて下さったもの、きっとどこかで役に立つでしょう」
そう言って笑いかけると、フィニアンはまた少し赤くなった。つくづく彼は反応が面白い。
しっかし王様、ほんと嫌な感じだったなあ。謎の首飾りくれたのは一応嬉しいけれど。
謎といえばもう一つ、王様の名前何でしたっけ? ゲームの内容をうすぼんやりとしか覚えていない前世の私はともかく、この世界で生まれ育ったセレスティナは知っていそうなものだけど。しかしいくら過去のセレスティナの記憶をたどってみても、王様の名前は出てこない。そういや騎士団長おじさんの名前も覚えていなかったな、セレスティナ様。
それにしても人の名前は覚えてないし王城は探検するしおやつ隠し持ってるし、過去のセレスティナはゲームのセレスティナよりもむしろ私と似ている。前世の記憶が目覚める前から、私は私だったということか。
だとすると今の私が目覚める前から、ゲームとこの世界との違いが生まれていた可能性がある。私の行動パターンを持った過去のセレスティナが、ゲームのセレスティナと違う選択をし続けていたとしたら。一つ一つは小さな違いだとしても、それが十年以上積み重なっていたら。
どこかで私を取り巻く状況がゲームの流れから外れてしまうかもしれない。個別ルートに入ってしまえば私にとってはほぼ未知の領域なのでそこは気にしていないが、共通ルートの段階で本来のストーリーからずれてしまっていたとしたら。
共通ルートであるはずの今、共通ルートでは見たことのない首飾りが現れた。これはもしかして、そのずれの一つなのではないか。
そう思うと背筋が寒くなった。そんなことになれば、それでなくても僅かな私の知識が全く役に立たなくなる。
頭を軽く振り、縁起でもない考えを追い払う。まだそうと決まった訳じゃない、とりあえず大きな局面だけでもゲームの流れに沿っていてくれれば何とかなる。
……あ、それに今が「二周目」の可能性もあるかもしれない。乙女ゲームにおいて、二周目以降攻略可能な隠しキャラがいるのは定番だし、この首飾りもその辺のイベントがらみかもしれない。そうだそうだ、そういうことにしよう。……その場合、今後私の知らないイベントが共通ルートでももれなく起こってしまう訳ですが。あれ、それって余計に状況が悪化してないかな?
「……あの、大丈夫ですかセレスティナ様?」
気が付くと、フィニアンがひどく心配そうに私の顔を覗き込んでいた。いけない、考え事をしているうちに立ち止まってしまっていた。
「昨日祈りを捧げられたばかりですし、お加減が悪いようならいったん自室に戻られても」
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですから」
「それなら、いいのですが……」
フィニアンはまだ心配そうだ。今度はぺたんと伏せられた犬耳の幻が見えてきた。うん、やっぱり私にシリアスは似合わない、幻見てるくらいでちょうどいい。気分を切り替えよう。フィニアン可愛いし。
それにいつまでも彼をしおれさせているのもかわいそうだ。という訳で話をそらすことにした。
「実は、先ほどいただいた首飾りが私に似合うかどうか考えていたのです。考え込んでいたら、うっかり立ち止まってしまったみたいですね。心配をかけてすみません」
「! そんな、セレスティナ様に謝っていただくことなど! こちらこそ出過ぎた真似をいたしました、申し訳ありません」
「ふふ……私たち、お互いに謝りあっていますね」
「あ、はい、そうですね!」
何だかおかしくなってしまって、二人顔を見合わせて笑いあった。ああ癒される。
「それと、天青の首飾り、セレスティナ様にきっとお似合いだと思います!」
またもや顔を赤らめながら、それでも真面目に告げてくるフィニアン。
それにしてもつくづくフィニアンは可愛い。それにいい子だ。しかし可愛すぎて男性として見られないというか。まあいい子だし(二回目)、フィニアンはまだキープしておこう。……乙女ゲームの主人公の立ち回りって、リアルにやるとかなりゲスいということを今ひしひしと実感しています……。
「会議室に着きましたね。まだ予定の刻限には早いので、中でお待ちください」
フィニアンはそう言って扉を開けてくれ、私たちは一緒に入室した。
一歩入ると、会議室の中は戦場だった。幾人もの文官と騎士、さらに彼らを手伝う小姓たちが会議室とその奥の資料室とをあわただしく行き来している。大きな円卓には書類がうず高く積まれ、壁に貼られた大きな地図には色分けされたピンがあちこちに刺してある。たくさんの足音と話し声があふれていて、とてもにぎやかだ。
その人々の中にジークの姿があった。遠いのでわかりにくいが、目の下にうっすらとくまができている。そういえばフィニアンも朝食抜きで働いてたようだし、もしかして騎士団のみんなは昨日の戦いの後からずっと滅茶苦茶多忙だったりするんだろうか。
自分だけたっぷりと寝てしっかりとご飯を食べていたことにほんのり罪悪感を覚えていると、フィニアンが私に会釈してジークの元へ向かった。ジークの仕事を手伝いに行ったようだ。
一人になった私は何も貼られていない壁際に移動し、そのまま壁にもたれかかった。下手に誰かを手伝って気を遣わせるより、一人で大人しくしている方が良いだろうと判断してのことだ。まあ、用があるならあっちから声をかけてくれるだろう。
しかし一人でただぼけっとしているのも何なので、この後のことに思いをはせる。私をここに呼びつけたのは軍務大臣のヘリオス卿ことアルフレッド・ヘリオス侯爵、彼もまたゲームの攻略対象だ。前世では最初に彼を攻略しているのだが、ああ、目を閉じると思い出す、驚きと波乱と恐怖に満ちた個別ルート……。
「ヘリオス卿、到着なさいました!」
でたー!!
ちょうど恐ろしい思い出にひたっていたところに彼の名前が呼ばれたせいで反射的にびくついてしまった。誰も見てないよね? ……大丈夫だ、みんな入り口に注目してる。
私も視線を入り口に向けると、小姓を従えてそいつが立っていた。とうとうアルフレッドの登場イベントが始まってしまった。
ああ、こいつにはできるだけ近寄らないでおきたい……。などと、軽くめまいを感じながら一人そっと天を仰ぐ私だった。