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聖女の護衛は魔王です!?  作者: 蓮水 涼
第二章 魔王は転職中です
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理想の聖女ってなんですか


 ジルが期待の眼差しをもって、メルヴィナを振り返る。

 実は、アランと共にいるのが当たり前となっていたメルヴィナには、ジルの提案は全く思いつきもしないことだった。

 だからこそ初めは素直にアランに促されたが、よく考えてみるとジルの言うとおりのような気もした。

 確かに、アランを自分につける必要はないのかも、と。


「私は浄化をしなければなりませんが、その間周りには教会の方々がついてくださいます。それに、王宮魔術師の方々も何人かいるのでしたら、魔物の討伐に彼を向かわせても問題はないでしょう。神官様、それでよろしいですか?」


 あえてそう訊くメルヴィナに、アランは当然のごとく頷かない。


「申し訳ございません、メルヴィナ様。あなた様の仰るとおり、私は神の遣いである神官です。とするのなら、神の愛し子である聖女様を守るときにこそ、私の刃は初めて輝きを放つことでしょう。ですからどうか、私をあなた様と共に」


 跪き、哀願の瞳でメルヴィナを見上げる。両手はしっかりとメルヴィナの手を包んでいた。まさに神に許しを請うようなポーズだ。

 ジルが心の中で、何が神の遣いだ、と悪態をついたのは言うまでもない。


「でも神か――」

「アランと。名前でお呼びください。私もあなた様を名前でお呼びしているのですから」

「……そう、ですね。では」


 アランを神官に仕立て上げている以上、旅の仲間以外の者がいるときは、さすがに「アラン」と呼び捨てにはできない。そのために「神官様」と呼んだのだが、どうやらアランはお気に召さなかったらしい。

 そうなってくると、無難な呼び方といえば。


「では、アラン、さま……?」

「はうっ」


 メルヴィナがそう呼んだ途端、アランがいきなり胸を押さえてうずくまった。まるで電撃の魔術でも受けたようだ。どこか苦しそうなその様子には、さすがのメルヴィナも焦った。


「アラン様、どうしたんですか。大じょ……」

「っああ! 私はなんて幸せ者なのでしょう。まさかメルヴィナ様にそう呼んでいただける日が来るなんて。呼び捨てていただくのも大変嬉しいのですが、これはこれで違う興奮があると言いますか、たまらないです!」


 はあ、と甘い吐息がアランから吐き出される。そんな変わらない変態ぶりを披露してくれた護衛騎士に、メルヴィナの目が一瞬で据わった。


「……クラウゼ様」

「嫌っすよ、お姫様」


 おかしい。まだ何も言ってないのに。


「ぜひとも神官様をお連れください。そのまま彼の頭を冷やしていただけると助かります」

「それ、断っていい?」


 やっぱりおかしい。最初にアランを望んだのはジルなのに。なぜか彼も、メルヴィナと似たような表情で遠いところを見ていた。

 いや、ジルとしても、戦力としては確かに欲しい。

 が、変態はいらない。


(なんつーか、あれ、魔王ってこんな感じだったっけ?)


 よく聞かされる物語なんかでは、魔王は極悪非道で最恐で、かなり気まぐれな性格ゆえに人を気分で滅ぼすという、目の前の男とは似ても似つかない魔王像が語られている。

 そのせいか、子供向けの絵本には、魔王は異形の姿で、かつ真っ黒に塗りつぶされていることが多い。といっても、大人向けの教本でさえ、それが少しリアルなタッチに変わるだけだが。

 結局のところ、魔王についてはあまり正確な情報が出回っていないのが正直なところである。

 とにかく人が口を揃えて言うのは、恐ろしい、人類の敵、そればかりだった。

 だというのに、目の前で頬を染めながら「もう一度呼んでください」とメルヴィナに迫っている正真正銘の魔王へんたいは、人が言う恐ろしさの欠片もない。

 いや、恐ろしいと感じるときももちろんあるが、ああやってメルヴィナに叱られているところを見ていると、どうにも毒気を抜かれてしまう。


(うわ、まだ食いついてるよ……)

「その砂糖菓子のように甘い声で、月夜に輝く女王のように蠱惑的な眼差しで、どうか、もう一度呼んではくださいませんか。個人的には渋々かつそこに照れを交え涙目からの言い逃げをしてくださると最高です。追いかけます」

「私は最悪だけど!?」

(つか普通に怖ぇよそれ)

「普段気丈に振る舞っているメルヴィナ様が、先ほど私の名前をためらいがちに呼んだあの瞬間! あまりの衝撃と快感に息の根が止まるかと思いました」

「できればそのまま止まってくれたほうがよかったわ」

(うわ同感。つか、魔王って本当になんだっけ?)

「メルヴィナ様に息の根を止められるのならば本望です。私の願いを叶えてくだされば、おそらく私はすぐにでも昇天するでしょう。ぜひともお願いいたします」

「嫌よ! なんでそんなうっとりとした目で見てくるの!? 勝手に死なれるのは困るし、そもそも願いを叶えるってつまり私に涙目で渋々かつ照れを交えての言い逃げをしろってことでしょう!? 却下!」

「ああっ、メルヴィナ様はなんてお優しい! こんな私でも生きることを許してくださるのですか」

「というより、その許可如何を私に委ねないで」

「いいえ、私の命はあなた様のもの。あなた様が必要ないと仰るのなら、この命は必要のないものなのでしょう。ですから、あなた様が私を護衛として必要ないと仰るのであれば、つまり、この命も必要ないということですね……」

「なんでそうなるの!」


 あ、と思った。

 メルヴィナとアランのやりとりを内心で突っ込みながら見守っていたジルは「あ、これやばいやつだ」と気づいてしまった。

 でもメルヴィナは気づいていない。自分が少しずつ、アランの思惑どおりに誘導されていることに。


「では、メルヴィナ様は私の命も必要だと仰ってくださるのですか?」

「だから、私にその権利は」

「そうですか、やはりメルヴィナ様は私のことなど……」

「必要! とっても必要だから今すぐその縄をしまいなさい! どこから出してきたの!」


 むしろなぜそんなものを持っている。

 しかも、ちょうど人の首をくぐらせるのにいい感じの輪っかが、先端に作られている。その使用意図など恐ろしくて訊きたくもない。


「メルヴィナ様、本当に? 本当に、必要だと思ってくださいますか?」

「思ってる。思ってるから、早くそれをしまいなさい」

「ありがとうございます! では、私を必要だと仰っていただけましたので、ひいては護衛としても必要だと思っていただけているということでよろしいですね? 全身全霊をかけてお守りいたします、我が愛しの聖女様」


 アランが慇懃に礼を取ってみせる。そんな彼の顔にわざとらしい笑みが貼りついているのを認めたとき、メルヴィナもようやく気づいた。

 ――やられた。


「アラン……様、あなたまさか」

「いいえ、私の言葉に嘘偽りはございません。どれも私の本心ですよ?」


 意地の悪い、ともすれば妖しい笑みに、メルヴィナは不覚にも見惚れてしまう。

 ここは「私を誘導したわね」と怒るところなのだろう。しかし、結局のところ、こういうときのアランにメルヴィナが勝ったためしはない。

 異様なほどメルヴィナに忠誠心を捧げるこの男は、異常なほどメルヴィナのそばを離れることを嫌がる。主としては、嬉しいんだか情けないんだか、よく分からない話だが。


「では、お話はまとまったということでよろしくて?」

「ええ、ギュンターヴ様。お待たせして申し訳ございません。私がメルヴィナ様の護衛を務めさせていただきます」

「ま、俺はこうなると思ってたけどねぇ」


 それまで静観していた二人にそう言われてしまえば、メルヴィナはがっくりと肩を落とし――そうになって慌てて背筋を伸ばした。アランの変態的言動のせいで、またしても人前で猫をかぶり忘れてしまった。今さらそれに気づいたのだ。

 周りには仲間だけでなく、この教会の聖職者たちもいる。ちらりと盗み見た彼らの顔が、皆一様にぽかんとしているのを見てとれば、メルヴィナは今すぐにでもこの場から逃げ出したい思いに駆られた。

 だから急いで猫を連れ戻して、もう遅いとは思いつつも、聖女らしい微笑みをたずさえる。


「メルヴィナ様」


 そんなメルヴィナに、エレーナがこっそりと話しかけてきた。


「ギュンターヴ様、どうされました?」

「エレーナで構いませんわ。一つ、メルヴィナ様にお伝えしておこうかと思いまして。先ほどのやりとりを見ていて思ったんですが――アラン様の隣にいるメルヴィナ様は、とてもかわいらしいですわね」

「え?」


 それはいったい、どういう意味で。と、少しだけ身構えてしまう。

 そんなメルヴィナの思いが伝わったのか、エレーナが意味深に目を細めてくる。


「つまり、とても親しみやすくて、わたくしはそちらのメルヴィナ様のほうが好きですわ、ということでしてよ」


 ふふ、と小さな笑みを残して、エレーナの背中が遠ざかっていく。

 これはあれだろうか。中身は置いておいて、見た目十二、三歳の少女にからかわれたのだろうか。


(ううん、違う。エレーナ様は、もしかしたら……)


 ――〝そんなに肩肘を張らなくてもいいのですよ〟


 もっと気楽に、と言ってくれた彼女だから。

 きっと、もしかしたら。メルヴィナが、聖女としてふさわしくない態度を取ってしまったと後悔していたことを、気づかれたのかもしれない。

 だから、その必要はないと、むしろあれは失態なんかじゃないと、そう遠回しに伝えに来てくれたのだろう。

 

(でも、聖女じゃない私は)


 ――〝よいですか、聖女様〟

 

 頭の中で、しわがれた声が木霊する。

 

 聖女とは、誰にも愛情の心を持ち。

 自分のことより他者を思い。

 常に優しい微笑みでもって、皆を安心させる存在でなければなりません。

 それが聖女です。それがあなた様の役割です。それがあなた様に課せられた、運命なのです。


 身に染みついたその教えは、ふとしたとき、強迫観念のようにメルヴィナにのしかかってくる。

 運命など知らないと、子供のように言えたならどんなに楽だっただろう。

 しかし、メルヴィナには持って生まれた者の責任がある。

 だから人々の理想の聖女でいようとする。いや、理想の、尊敬できる聖女で在らなければならない(・・・・・・・・・・)のだ。メルヴィナは。

 そうしないと、大切な人を失ってしまうから。

 

(聖女とは、誰にも愛情の心を持ち……)


 刷り込まれた教えを心の中で復唱すると、自分の浅ましさに思わず自嘲してしまう。

 幼い頃につけられた家庭教師は、それはそれは熱心な聖女信仰の一人だった。国王はメルヴィナを気遣ってその人を手配してくれたのだろうが、熱心すぎる彼女の教えは、もはやメルヴィナにとっては苦痛だった。

 まるで彼女の理想の聖女を作り上げられていくようで。

 何度、私は人形じゃないと独り泣いたことだろう。

 病気になっても看病されなかったことだってある。家庭教師曰く、尊い聖女が人間と同じように風邪など引くはずがないからだそうだ。同じ理由で、泣くことも許されなかった。

 ずっと、ずっと独りで闘ってきた。

 そして、その葛藤が今のメルヴィナを作り上げている。

 完全に人形にも成りきれず、かといって、完全に聖女という理想像を打ち壊すこともできず。

 だから、いまだに悩んでいる。

 自分は心優しい聖女じゃない。けれど、耳に繰り返し響く声に、そう在ることが聖女としてはふさわしいのだと思い込んでいるから――。

 

「さて、そうと決まりましたら、早速向かいましょう。メルヴィナ様もそれでよろしくて?」


 沈んでいた意識が、エレーナの問いかけで浮き上がる。

 正直、あまり話は聞いていなかったが、自分の心情に気づかれたくないメルヴィナは曖昧に頷いた。


「ええ……大丈夫です」

「では全員の了承も取れましたし、参りましょうか、ジル様、ヴァリオ様」

「エレーナ嬢の仰せのままに」

「はぁ、結局こうなるのか」


 そんな三人に、メルヴィナは「よろしくお願いします」と激励の礼を取る。

 空は、相変わらず曇ったまま。


 ――〝どうしておまえは、そんなふうになってしまったのだろうね? もし、私たちがそうさせてしまったのなら……〟


 彼らの背中を見送りながら、耳の裏に蘇った兄の声は、酷く寂しそうな声だった。


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